「聴覚野」の版間の差分

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英語名 : auditory cortex 
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/bunketsuso 宋 文杰]</font><br>
''熊本大学 大学院生命科学研究部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年8月31日 原稿完成日:2012年12月25日 一部改訂:2021年6月3日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/ichirofujita 藤田 一郎](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
</div>
 
英:auditory cortex 独:auditiver Cortex 仏:cortex auditif
   
   
 [[聴覚]]に関わる[[大脳皮質]]の領域で、聴覚伝導路の最高中枢である。複数の領野から構成され、現在も新しい領野が発見されつつある。[[wikipedia:ja:コウモリ|コウモリ]]などの一部の動物を除いて、聴覚皮質各領野の機能分担は明らかになっていない。
{{box|text= 聴覚に関わる大脳皮質の領域で、聴覚伝導路の最高中枢である。コア領域とベルト領域およびパラベルト領域から構成され、それぞれの領域に複数の領野が存在する。一次聴覚野はコア領域に存在し、周波数地図とFM音方向選択性地図、およびピッチ反応性を示す部位が領野内に示されている。}}
 
[[IMAGE:聴覚野図1.jpg|thumb|300px|'''図1.サルの聴覚皮質の領野構成'''<br>参考文献<ref name=ref6><pubmed>16774452</pubmed></ref>と<ref name=ref100><pubmed>18264095</pubmed></ref>を基に作成。濃淡勾配は周波数勾配を示す。]]
[[IMAGE:聴覚野図2.jpg|thumb|300px|'''図2.ヒゲコウモリが発する定位音と大脳皮質聴覚野の模式図'''<br>'''A.''' 定位音(Pulse、実線)とそのこだま(Echo,点線)の[[wj:ソノグラム|ソノグラム]]。定常周波数音(CF)と[[wj:周波数変調|周波数変調]]音(FM)の基本周波数音と高調波からなるが、第2高調波が最も強い。飛んでいるコウモリは主に、目標との相対速度をCF音の[[wj:ドップラーシフト|ドップラーシフト]]量(DS)から推定し、目標との距離をFM音こだまの遅延(Delay)から推定して、目標を定める。<br>'''B.''' 大脳皮質における聴覚皮質領野の一部。<br>'''C.''' Bに示している領野の詳細。FM-FM野のニューロンは遅延に同調したFM成分の組み合わせ(例えば、pulse FM1-echo FM2)に最も高い反応選択性を示し、CF/CF野のニューロンはDSに同調したCF成分の組み合わせ(例えば、pulse CF1-echo CF2)に最も高い反応選択性を示す。更に、最も強い第2高調波のドプラーシフト音を一次聴覚野の一部が特殊化した領野DSCFによって高感度で検出している。A1内に書かれた数字は特徴周波数である(kHz)。このように、コウモリの大脳皮質聴覚野の各領野は、こだま定位のための手掛かりを、別々に抽出している。 文献<ref name=ref13 />に基づく。]]


== 構造 ==
== 構造 ==
 大脳皮質聴覚野は他の感覚種の感覚野と同様、複数の領野より構成されている。[[wj:霊長類|霊長類]]の聴覚皮質の領野構成に関して多くの研究が行われ、図1に示すように、現在17の領野が同定されている<ref name=ref2 /> <ref name=ref1 /> <ref name=ref4><pubmed>1583155</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>16774452</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>7701330</pubmed></ref> <ref name=ref100><pubmed>18264095</pubmed></ref>。その枠組みに関して、Kaasらがサルの聴覚皮質をモデルに、コア‐ベルト‐パラベルト構造の概念を提唱している<ref name=ref2><pubmed>11050211</pubmed></ref> <ref name=ref1><pubmed>11745645</pubmed></ref>。そのうち、[[一次聴覚野]](primary auditory cortex; A1)、[[R野]](rostral area)と[[RT野]](rostrotemporal area)がコア領域を構成し、そのいずれにも明確な[[周波数地図]]が見られ、隣接する領野の周波数地図は[[wj:鏡対称|鏡対称]]になっている。コアを取り囲むようにして、[[CL野]](caudolateral area)、 [[CM野]](caudomedial area)、[[MM野]](midmedial area)、[[RM野]](rostromedial area)、[[RTM野]](medial rostrotemporal area)、[[RTL野]](lateral rostrotemporal area)、[[AL野]](anterolateral area)と[[ML野]](middle lateral area)がベルト領域を構成し、そのいずれの領野にも周波数地図が見出されている<ref name=ref6 />。ベルト領域の更に外側部に位置する[[CPB野]](caudal parabelt)と[[RPB野]](rostral parabelt)がパラベルトを構成する。コアとベルトは外側溝内に位置し、パラベルトは上側頭回に位置する。


 大脳皮質聴覚野は他のモダリティーの感覚野と同様、複数の領野より構成されている。その枠組みに関して、Kaasらがサルの聴覚皮質をモデルに、コア‐ベルト‐パラベルト構造の概念を提唱している<ref name=ref2><pubmed>11050211</pubmed></ref> <ref name=ref1><pubmed>11745645</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]の聴覚皮質の領野構成に関して多くの研究が行われ、現在17の領野が同定されている<ref name=ref2 /> <ref name=ref1 /> <ref name=ref4><pubmed>1583155</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>16774452</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>7701330</pubmed></ref>。そのうち、[[一次聴覚野]](primary auditory cortex; A1)、[[R野]](rostral area)と[[RT野]](rostrotemporal area)がコア領域を構成し、そのいずれにも明確な[[トノトピー]]が見られ、隣接する領野のトノトピーは[[wikipedia:ja:鏡対称|鏡対称]]になっている;コアを取り囲むようにして、[[CL野]](caudolateral area)、 [[CM野]](caudomedial area)、[[MM野]](midmedial area)、[[RM野]](rostromedial area)、[[RTM野]](medial rostrotemporal area)、[[RTL野]](lateral rostrotemporal area)、[[AL野]](anterolateral area)と[[ML野]](middle lateral area)がベルト領域を構成し、そのいずれの領野にもトノトピーが見出されている<ref name=ref6 />;ベルト領域の更に外側部に位置する[[CPB野]](caudal parabelt)と[[RPB野]](rostral parabelt)がパラベルトを構成する。コアとベルトは外側溝内に位置し、パラベルトは上側頭回に位置する。
 最近の脳機能イメージング法を用いた研究により、[[wj:ヒト|ヒト]]においても、聴覚野にコアとベルト、およびパラベルト領域が存在することが報告され、外側ベルトは[[上側頭回]]に位置し、パラベルトは[[上側頭溝内]]に位置する<ref name=ref10><pubmed>21160558</pubmed></ref>。Woodsらによると、ヒトのコア領域のすべての領野に周波数地図が存在するが、その他の領域には周波数地図が見られない<ref name=ref10 />。しかし、Striem-Amitらによると、ヒト聴覚野の広範な領域に周波数地図が見られ、上側頭溝内にも明確な周波数地図が存在する<ref name=ref9><pubmed>21448274</pubmed></ref>。従って、ヒトでは、パラベルト領域にも周波数地図が存在する可能性がある。


 最近のイメージングの研究により、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]においても、聴覚野にコアとベルト、およびパラベルト領域が存在することが報告され、外側ベルトは[[上側頭回]]に位置し、パラベルトは[[上側頭溝内]]に位置する<ref name=ref10><pubmed>21160558</pubmed></ref>。Woodsらによると、ヒトのコア領域のすべての領野にトノトピーが存在するが、その他の領域にトノトピーが見られない<ref name=ref10 />。しかし、Striem-Amitらによると、ヒト聴覚野の広範な領域にトノトピーが見られ、上側頭溝内にも明確なトノトピーが存在する<ref name=ref9><pubmed>21448274</pubmed></ref>。従って、ヒトでは、パラベルト領域にもトノトピーが存在する可能性がある。
 コア‐ベルトの概念は[[wj:げっ歯類|げっ歯類]]にも当てはめることができるようである。例えば、[[wj:モルモット|モルモット]]の聴覚皮質には、明確な周波数地図を持つA1野とDC野(Dorsocaudal field)を取り囲むようにして、他の領野が存在している<ref name=ref5><pubmed>17050828</pubmed></ref>。これはコアーベルトの考え方で捉えることができるが、パラベルトに相当する領域は同定されていない。最近、げっ歯類の[[島皮質]]領域に聴覚領野が見出され、低周波数の[[wj:純音|純音]]に広い領域で応答する<ref name=ref8><pubmed>18424777</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>22118307</pubmed></ref>。 


 コア‐ベルトの概念は[[wikipedia:ja:げっ歯類|げっ歯類]]にも当て嵌めることができるようである。例えば、[[wikipedia:ja:モルモット|モルモット]]の聴覚皮質には、明確なトノトピーを持つA1野とDC野(Dorsocaudal field)を取り囲むようにして、他の領野が存在している<ref name=ref5><pubmed>17050828</pubmed></ref>。これはコアーベルトの考え方で捉えることができるが、パラベルトに相当する領域は同定されていない。最近、げっ歯類の[[島皮質]]領域に聴覚領野が見出され、低周波数の[[wikipedia:ja:純音|純音]]に広い領域で応答する<ref name=ref8><pubmed>18424777</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>22118307</pubmed></ref>。 
== 機能 ==


== 機能 ==
 聴覚皮質の機能に関する大きな枠組みとして、Romanskiらが聴覚野から[[前頭葉]]へ背側を通る"where"経路と腹側を通る"what"経路の概念を、[[視覚系]]に倣って提唱しているが<ref name=ref11><pubmed>10570492</pubmed></ref>、個々の領野の機能は明らかになっていない。領野間の線維連絡や階層性に関してさえ、視覚系ほど解明されていない。コウモリは周波数定常音と周波数変調音成分を含む定位音を発し、目標物から戻ってくる反響音(こだま)と聴き比べて獲物の捕獲や障害物の回避を行うため、聴覚皮質各領野の機能分担が明確にされてきた<ref name=ref13><pubmed>8071892</pubmed></ref>('''図2''')。しかし、多くの[[wj:哺乳類|哺乳類]]やヒトでは、コウモリのように限られた聴覚情報のみを処理するのではなく、音声一般に対する処理能力が要求されるため、聴覚系がそれに対応するように適応したと考えられる。一方、システムとしての聴覚系に多くの非線形要素が含まれているため、その特徴を解明する一般的な方法は恐らく存在しない。それぞれの研究者のアドホックなアプローチで、徐々に解明が進むものと思われる。覚醒動物で、同定した細胞の反応選択性を調べ、細胞反応と動物行動の関係を調べる戦略は考えられる。覚醒動物で得られた大脳皮質に関する知見の一つとして、A1とベルトの境界にピッチ受容候補領域が同定されている<ref name=ref3><pubmed>16121182</pubmed></ref>。


 聴覚皮質の機能に関する大きな枠組みとして、Romanskiらが聴覚野から[[前頭葉]]へ背側を通る"where"経路と腹側を通る"what"経路の概念を、[[視覚系]]に習って提唱しているが<ref name=ref11><pubmed>10570492</pubmed></ref>、個々の領野の機能は明らかになっていない。領野間の線維連絡や階層性に関してさえ、視覚系ほど明らかにされていない。コウモリは周波数定常音と周波数変調音成分を含む定位音を発し、目標物から戻ってくるコダマと聴き比べてエサの捕獲や障害物の回避を行うため、聴覚皮質各領野の機能分担が明確にされてきた<ref name=ref13><pubmed>8071892</pubmed></ref>。しかし、多くの[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]やヒトでは、コウモリのように限られた聴覚情報のみを処理するのではなく、音声一般に対する処理能力が要求されるため、聴覚系がそれに対応するように適応したと考えられる。一方、システムとしての聴覚系に多くの非線形要素が含まれているため、その特徴を解明する一般的な方法は恐らく存在しない。それぞれの研究者のアットホックなアプローチで、徐々に解明が進むものと思われる。覚醒動物で、同定した細胞の反応選択性を調べ、細胞反応と動物行動の関係を調べる戦略は考えられる。覚醒動物で得られた大脳皮質に関する知見の一つは、A1とベルトの境界にピッチ受容候補領域が同定されている<ref name=ref3><pubmed>16121182</pubmed></ref>。
==関連項目==
*[[聴覚系]]
*[[周波数地図]]
*[[聴覚空間地図]]
*[[こだま定位]]
*[[視覚野]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />
<references />
(執筆者:宋文杰 担当編集委員:藤田一郎)