「脊髄小脳変性症」の版間の差分

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歩行失調・小脳性構音障害・四肢失調・または小脳性眼球運動障害、運動症状出現5年以内の嚥下障害、
歩行失調・小脳性構音障害・四肢失調・または小脳性眼球運動障害、運動症状出現5年以内の嚥下障害、
MRIにおける被殻・中小脳脚・橋・または小脳の萎縮、FDG-PETにおける被殻・脳幹・または小脳の低代謝。<br>
MRIにおける被殻・中小脳脚・橋・または小脳の萎縮、FDG-PETにおける被殻・脳幹・または小脳の低代謝。<br>
 (3) Possible MSA-C<br> パーキンソニズム(動作緩慢と筋強剛)、MRIにおける被殻・中小脳脚・または橋の萎縮、FDG-PETにおける被殻の低代謝、SPECTまたはPETにおける黒質線条体ドパミン作動性ニューロンの節前性脱神経
 (3) Possible MSA-C<br> パーキンソニズム(動作緩慢と筋強剛)、MRIにおける被殻・中小脳脚・または橋の萎縮、FDG-PETにおける被殻の低代謝、SPECTまたはPETにおける黒質線条体ドーパミン作動性ニューロンの節前性脱神経
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|'''MSAの診断を支持するred flag所見<br>'''
|'''MSAの診断を支持するred flag所見<br>'''

2016年2月1日 (月) 13:29時点における版

西澤 正豊
新潟大学 脳研究所
DOI:10.14931/bsd.6769 原稿受付日:2016年1月30日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:漆谷 真(京都大学 大学院医学研究科)

英語名:spinocerebellar degeneration

英語略:SCD

概念

 脊髄小脳変性症は、小脳あるいはその連絡線維の変性により、主な症状として小脳性運動失調を呈する疾患の総称である。 SCDは従来、神経病理学的所見に基づいて、主に脊髄を障害するもの、脊髄と小脳を障害するもの、主に小脳を障害するものの3群に分類されてきた。しかし、最近では遺伝形式と臨床症候に基づく簡便な分類が用いられ、SCDはまず孤発性と遺伝性に大別される。全体の約3分の2を占める孤発性群はさらに、変性が小脳に限局する皮質性小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy:CCA)と、変性が小脳系だけでなく、大脳基底核系や自律神経系、錐体路にも拡がる多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)に分けられる。孤発性群では、MSAが約3分の2、CCAが約3分の1を占める。全体の残り3分の1は遺伝性群で、遺伝形式によって優性遺伝性と劣性遺伝性に分けられる。優性遺伝性が9割以上を占める。

 遺伝性SCDの原因遺伝子の同定が進み、分子病態が解明されつつある現状から、SCDを病理学的な概念である「変性症」に限定せず、運動失調(ataxia)を呈する疾患群として捉えようとする立場や、分子病態に基づいて分類し直そうとする試みがある。

多系統萎縮症

概念

 多系統萎縮症(Multiple system atrophy : MSA)の多系統変性は、小脳系、大脳基底核系、自律神経系の3系統を中心とし、錐体路にも及ぶ。小脳系の系統変性を主体とする病型は、従来、オリーブ橋小脳萎縮症(olivopontoserebellar atrophy:OPCA)、大脳基底核系では線条体黒質変性症(striatonigral degeneration:SND)、自律神経系ではShy-Drager症候群(Shy-Drager syndrome:SDS)と呼ばれてきた。

 OPCAはDejerineとAndré-Thomasによる1900年の報告に始まるが、オリーブ小脳系を超えた病変も認められていた。1964年にAdamsが提唱したSNDにおいても、黒質線条体だけでなく、オリーブ小脳系の変性を伴うと記載されていた。SDSはShyとDragerにより1960年に報告されたが、1967年のSchwarzによる4剖検例では、自律神経系を超えた変性が認められていた。こうした経緯から、GrahamとOppenheimerは1969年、病変分布の共通性から、OPCA、SND、SDSを包括する多系統委縮症という名称を提案した。高橋によるSDSのわが国初の詳細な剖検報告(1969年)でも、SDSとOPCA病変の共通性が指摘されている。

 その後、MSAに共通する疾患特異的バイオマーカーとして、脳幹のオリゴデンドログリアや神経細胞の細胞質内に特徴的な封入体(glial cytoplasmic inclusion:GCI、neuronal cytoplasmic inclusion:NCI)が見出され、MSAは疾患単位として確立された。さらに、GCI、NCIの主な構成成分は、リン酸化されたα-シヌクレインであることが明らかにされた。

 MSAの診断には、1999年に発表されたGilmanらによるconsensus statementが広く用いられてきた。これによると、MSAは診断の確かさによりdefinite、probable、possibleの3群に分類され、さらにOPCAもSNDもいずれは自律神経症状を合併することからSDSを除外して、小脳症状と自律神経障害を呈して従来のOPCAに相当するMSAをMSA-C、パーキンソン症状と自律神経障害を呈して従来のSNDに相当するMSAをMSA-Pとして、MSAを臨床的に2分した。2008年には、改訂版が発表され、probableとpossibleの主な分岐点は、自律神経症状の程度により規定された。排尿障害では尿失禁、男性では勃起障害が重視され、起立性低血圧では、起立後3分以内に収縮期血圧が30 mmHg以上,あるいは拡張期血圧が15 mmHg以上低下する場合をprobableとする基準値が定められた(表1)。

 これに対してわが国では、MSA-AとしてSDSを残そうとする立場もある。新潟大学脳研究所で、病理学的に診断が確定されたMSAの臨床像を検討すると、MCA-C、MSA-Pのいずれも22%は、初発症状が自律神経障害であった。SDSとされてきた症例は、早期から著明な自律神経障害で発症し、次第に小脳性運動失調やパーキンソン症状を伴うが、SDSに特異的な自律神経障害は指摘できない。また「premotor MSA」(発症早期に自律神経障害が前景に立ち、他の系統変性による症候がまだ目立たない段階で、たまたま病理学的検索が行われた症例)では、オリーブ橋小脳系と線条体黒質系の変性は軽微であるのに対し、脳幹の自律神経諸核には既にGCIを認めている。また、SDSと進行性自律神経機能不全症(progressive autonomic failure:PAF)との鑑別も、初期には困難である。こうした知見を総合すると、SDSを独立した疾患とすることは現時点では難しいと考えられる。

 MSA-CとMSA-Pの頻度には、著明な人種差がある。わが国ではMSA-Cが全体の7、8割、MSA-Pが2、3割を占めるが、欧米ではこの頻度が逆転している。MSA-CとMSA-Pは臨床診断であるが、病理学的に診断が確定されたdefinite MSAについても、Wenningらが検討した欧州ではMSA-Pが8割を占め、一方、新潟大学のMSA連続剖検例では、MSA-Cが3分の2を占めた。

 病理所見としては、MSA-Cでは小脳皮質、橋小脳系、および下オリーブ核に強い変性と神経細胞脱落、グリオーシスが認められる。一方、MSA-Pでは被殻、黒質の変性が高度であり、特に被殻の後外側部は神経細胞脱落が強く、褐色調の色素沈着がみられる。SDSとされた剖検例では、脊髄中間外側核、迷走神経背側核、交感神経節などの自律神経諸核の変性が強い。

 GCIの主要な構成タンパク質であるα-シヌクレインは、もともとオリゴデンドログリアには発現していない。MSAでは病的グリアがα-シヌクレインを産生するという可能性よりも、神経細胞が産生したα-シヌクレインが細胞間を伝搬してグリアに取り込まれるという「プリオン様のタンパク伝搬仮説」が現在は有力である。Parkinson病(PD)の特徴であるLewy小体の主な構成成分もリン酸化α-シヌクレインであるが、同じシヌクレイノパチーであるMSAとPDがどこで分岐するかは未解明である。α-シヌクレイン遺伝子の点変異は家族性PDの原因とはなるが、MSAの表現型は示さない。α-シヌクレイン遺伝子のduplication、あるいはtriplicationによるまれな家族性PDでは、Lewy小体とGCIがともに認められることから、遺伝子量の増大はGCI形成の原因の一つと考えられる。

 ごくまれではあるが、MSAには家族発症例があり、これらの解析から辻らによりCOQ2(コエンザイムQ10合成酵素)遺伝子に変異が同定された。変異が2つあれば発症者となり、変異が1つでは発症リスクを高めることになる。日本人のみに認められるV393A変異はMSAの約9%に見出され(健常者では約3%)、ホモ変異例では脳内のCOQ10量が減少していた。

表1.MSA診断基準改訂版 (Gilman S, et al.: Second consensus statement on the diagnosis of multiple system atrophy. Neurology 71(9): 670-676, 2008)
従来通り、definite, probable, possibleに分類し、さらにMSA-PとMSA-Cに分類する。
  1. Definite MSA
     病理学的に,中枢神経に広範に、多数のα-synuclein陽性glial cytoplasmic inclusion(GCI)を認め、線条体黒質系またはオリーブ橋小脳系の変性所見を伴う。
  2. Probable MSA
     孤発性で進行性の成人発症(30歳以降)の変性疾患で、自律神経障害(尿失禁(膀胱からの尿排出をコントロールできない、男性では勃起障害)、または起立後3分以内に少なくとも収縮期血圧が30 mmHg,拡張期血圧が15 mmHg低下する起立性低血圧)に加え、レボドパ反応性の乏しいパーキンソニズム(動作緩慢に、筋強剛、振戦、または姿勢反射障害を伴う)、または小脳症候群(歩行失調に、小脳性構音障害、四肢失調、または小脳性眼球運動障害を伴う)を呈する。
  3. Possible MSA
     孤発性で進行性の成人発症(30歳以降)の変性疾患で、パーキンソニズム、または小脳症候群を呈し、加えて自律神経障害を示唆する所見(他の原因では説明できない尿意促迫、頻尿、残尿、男性では勃起不全、またはprobable MSAの規準を満たさないレベルの起立性低血圧)を少なくとも一つ認め、さらに以下の表で少なくとも一つの所見を満たすもの。

 (1) Possible MSA-P またはMSA-C
 腱反射亢進を伴うBabinski徴候陽性、喘鳴。
 (2) Possible MSA-P
 急速進行性のパーキンソニズム、レボドパ反応性が乏しいこと、運動症状出現3年以内の姿勢反射障害、 歩行失調・小脳性構音障害・四肢失調・または小脳性眼球運動障害、運動症状出現5年以内の嚥下障害、 MRIにおける被殻・中小脳脚・橋・または小脳の萎縮、FDG-PETにおける被殻・脳幹・または小脳の低代謝。
 (3) Possible MSA-C
 パーキンソニズム(動作緩慢と筋強剛)、MRIにおける被殻・中小脳脚・または橋の萎縮、FDG-PETにおける被殻の低代謝、SPECTまたはPETにおける黒質線条体ドーパミン作動性ニューロンの節前性脱神経 。

MSAの診断を支持するred flag所見

口部顔面ジストニア、頸部前屈、カンプトコルミア(脊柱の高度の前屈)and/or Pisa症候群(脊柱の高度の側屈)、手または足の拘縮、吸気時のため息、高度の発声困難、高度の構音障害、いびきの出現または増悪、手足の冷感、病的笑いまたは病的泣き、jerkyなミオクローヌス様の姿勢振戦または動作性振戦。

MSAの診断を支持しない所見

典型的丸薬丸め様の静止時振戦、臨床的に有意な末梢神経障害、薬剤誘発性でない幻覚、75歳以上の発症、失調症やパーキンソニズムの家族歴、認知症(DSM-IVによる)、多発性硬化症を示唆する大脳白質病変。

症候

 MSA-Cは40~60歳に、多くは小脳性運動失調から発症し、次第に自律神経症状や錐体外路症状、錐体路症状を伴う。新潟大学の剖検例では、MSA-Cにパーキンソニズムを伴うのは74%であった。また、尿失禁や排尿困難、起立性低血圧や失神、男性では陰萎などの自律神経症状が発現する中央値は発症から2.5年であり、2.5年より早期から自律神経障害が出現すると、その後の進行が速かった。

 MSA-Pの多くはパーキンソン症状から発症し、次第に自律神経症状を伴う。小脳性運動失調症状はパーキンソン症状にマスクされやすく、MSA-Pが小脳性運動失調を伴う頻度は、新潟大学の検討では44%であった。MSA-Pの初期には、PDとの鑑別が困難な症例もある。PDに比べて、レボドパ補充療法の効果が乏しく、進行が速く、症状の左右差や静止時振戦がまれであることが特徴とされるが、MSA-Pでもパーキンソン症状の左右差が明らかな例や、典型的な静止時振戦を示す例、レボドパも無効ではなく、改善を示す例がある。進行期になると、MSAでも大脳皮質の著明な萎縮や、進行性の認知障害が認められる。

 MSAの全経過は約9年で、誤嚥性肺炎や敗血症などの感染症が死因となることが多いが、夜間の突然死も重要である。通常の低音のいびきとは異なる高調の喉頭喘鳴は、声帯外転麻痺を示唆する症候とされ、声帯外転麻痺による気道閉塞が突然死の原因と考えられてきた。しかし、麻酔薬により睡眠状態を再現して喉頭内視鏡検査を行うと、気道狭窄が生じている部位は声帯に限らず、被裂部、喉頭蓋、舌根部、軟口蓋など広範囲に及び、また吸気時に喉頭蓋が気管に引き込まれ、気道を閉塞するfloppy epiglottisと呼ばれる病態も合併することが明らかになった。MSAの睡眠呼吸障害に対する治療法として、マスクを用いた持続陽圧換気(continuous positive airway pressure: CPAP)を不用意に行うと、floppy epiglottisでは気道狭窄が悪化する恐れがあり、注意を要する。

 MSAの睡眠呼吸障害に対して、CPAP装着や気管切開などを行っても、突然死を防げない症例が存在する。中枢性無呼吸や致死性不整脈などが原因と考えられ、気管切開による人工呼吸管理が必要になる。

補助診断法

図1.MSAのMRI所見
図左:MSA-Cにおける橋十字サインと橋、小脳の萎縮
図右:MSA-Pにおける線条体後外側部の線状高信号(スリットサイン)

 MSAの補助診断にはMRIが有用である。MSA-Cでは、小脳、中小脳脚、脳幹の進行性萎縮とともに、橋底部に十字状の高信号(hot cross bun sign:橋十字サイン)が、MSA-Pでは、被殻の進行性萎縮とグリオーシス、鉄の沈着により、被殻後外側部に線状の高信号(putaminal slit sign)が認められる(図1)。MIBG心筋シンチグラフィーでは、MSA-Pの初期には取り込みの低下は認められないので、PDとの鑑別に役立つ。脳脊髄液中のα-シヌクレインはMSAでは低下する。GCIに結合するリガンドを利用したPET検査も開発中である。

治療

 根治的治療法は確立されておらず、対症療法が主体となる。わが国では、thyrotropin releasing hormone(TRH)の点滴とその誘導体(タルチレリン)の経口投与が、小脳性運動失調に対して唯一保険適用となっているが、その効果は限定的である。起立性低血圧や排尿障害などの自律神経症状には、対症療法を行う。多くの薬剤について、小脳性運動失調症に対する有効性が検証されているが、確実に効果が実証されたものはない。

 MSAでは、経過中に気道や尿路の感染症を繰り返して、全身状態が悪化することが多い。口腔ケアを徹底して、誤嚥による気道感染を予防することが重要である。

 SCDとMSAは厚生労働省の指定難病制度の対象疾患であり、さらに介護保健法における「特定疾病」に指定されている。制度上SDSを拡大してMSAとして独立させたために、SCDにはCCAと遺伝性SCDが残された形となっている。また、MSA-Pはパーキンソン病と診断されている場合が少なからずあり、難病対策制度上の分類には、再度整理が必要である。

皮質性小脳萎縮症

概念

 SCDの中では最も高齢で発症し、小脳性運動失調のみが緩徐に進行する孤発性の一群を皮質性小脳萎縮症 Cortical cerebellar atrophy(CCA)と呼んでいる。しかし、CCAは単一疾患ではなく、一見家族歴を欠いていても、遺伝子診断により後述するSCA6やSCA31と確定される例があり、またアルコール性などの二次性小脳変性症も含まれる。純粋小脳型を呈する変性疾患としてのCCAは、実際には非常に少ないと考えられる。

症候

 中年期以降に、小脳性の体幹運動失調と構音障害が緩徐に進行する。経過はMSAに比べて緩やかであり、進行しても独立歩行が可能な例もある。四肢の協調運動障害も次第に進行するが、小脳系以外の症候は認めない。

補助診断法

図2.CCAのMRIにおける小脳萎縮
小脳の萎縮を認めるが、脳幹は保たれている

 画像検査では、小脳に限局して進行性の萎縮を認める(図2)。病初期には虫部前葉から萎縮が始まり、次第に小脳半球に波及する。しかし、甲状腺機能低下症、ビタミンE欠乏症、ビタミンB1欠乏症、Wilson病などの代謝性疾患、慢性アルコール中毒、フェニトインや臭化バレリル尿素などの薬物中毒、有機水銀中毒、トルエンやベンゼンなどの有機溶媒中毒、傍腫瘍性小脳変性症(腫瘍随伴性神経症候群)、グルテン失調症、GAD抗体陽性失調症、急性小脳炎、Fisher症候群、神経Behçet病、多発性硬化症、小脳血管障害、小脳腫瘍など、多くの疾患を除外する必要があり、診断をCCAと確定することは容易ではない。

治療

 根治的な治療法は確立されていないが、小脳の機能維持を目的として、四肢末梢への錘負荷やバランス訓練などのリハビリテーションが広く行われてきた。小脳が正常に保たれている脳血管障害に対する機能回復訓練とは異なり、運動学習の首座と考えられる小脳に進行性の変性が起きている小脳変性症の場合にも、繰り返し学習による可塑性(use- dependent plasticity)が獲得されるか否かは明らかでなかった。そこで、厚生労働省の運動失調症調査研究班で筆者らは、短期集中リハビリが小脳性運動失調の進行抑制に有効であるかを検証する臨床治験を、CCAと遺伝性純粋小脳型失調症(SCA6とSCA31)を対象として実施し、1日各1時間の理学療法と作業療法を1ヶ月間継続すると、小脳性運動失調は改善し、その効果は最大6ヶ月続くことが実証された。この効果は既存の薬物治療効果を上回っており、小脳機能維持を目的としたリハビリテーション体制を整備することが今後の課題である。

遺伝性脊髄小脳変性症

常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症

概念

 遺伝性SCDの9割以上を占める常染色体優性遺伝性脊髄小脳変性症 Autosomal dominant SCD (ADSCD)は、その約9割まで原因遺伝子が同定された。原因遺伝子座が同定されたADSCDは、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia:SCA)の何番というように、病名を機械的に決める方式が広く採用されている。The Human Genome Organization(HUGO)には現在SCA41まで登録されており、このうちSCA9、16、22は欠番である。一方、わが国で頻度が高いDRPLA(dentatorubral pallidoluysian atrophy:歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)は、SCAとしては登録されていない。

 わが国ではMachado-Joseph病(MJD:別名SCA3)の頻度が最も高く、全体の約4分の1を占める。SCA6、DRPLA、SCA31がこれに次ぐ。これらの頻度には地域差があり、東日本ではMJD、西日本ではSCA6が多い。

 ADSCDにおける遺伝子異常の多くは、翻訳領域に存在するCAGリピート長が正常の2、3倍に異常伸長していることであり、遺伝子レベルではCAGリピート病、タンパク質レベルではポリグルタミン病とよばれる。伸長したポリグルタミン鎖を含むタンパク質が凝集する過程で形成されるオリゴマーに細胞障害性があると考えられる。

 ポリグルタミン病では、世代を経る毎に発症年齢が若年化し、重症化する表現促進現象(anticipation)が認められる。Mendel遺伝では説明できない現象であったが、リピート数の伸長によることが明らかになっている。翻訳領域のCAGリピートは父方から伝搬する場合に著明に伸長する傾向があり、CAGリピート数が短いSCA6を除き、発症年齢とリピート数には負の相関が認められる。

 遺伝性SCDに関する遺伝子診断を行う際には、文部科学省、厚生労働省、経済産業省の3省庁合同のヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する最新の倫理指針を遵守する必要がある。根治的な治療法が確立されていない遺伝性疾患の発症前診断や保因者診断は、原則として行わない。

各論

 わが国で頻度の高い病型を中心とし、その他の病型は表2に一括した。

  1. Machado-Joseph病 MJD(SCA3)
     MJDは当初、ポルトガル領アゾレス諸島から北米に移民した子孫の間に見出された疾患であり、その後、欧州で記載されたSCA3でも同一のCAGリピート伸長が確認されている。臨床的にはRosenbergにより、若年発症で錐体路症状と、ジストニアなどの錐体外路症状が目立つ1型、成年発症で痙性失調症と眼振を呈する2型、高齢発症で筋萎縮や末梢神経障害などの末梢性病変を伴う3型、パーキンソニズムを伴うまれな4型に分けられている。Ataxin3遺伝子に存在するCAGリピートの伸長は1型で最も長く、3型では短い。顔面筋の線維束性収縮やミオキミア、びっくり眼などはMJDによくみられる。
  2. SCA6
     50歳前後で発症し、小脳性運動失調症状のみを呈する純粋小脳型ADSCDであり、P/Q型電位依存性Caチャネルα1サブユニット遺伝子のC末端に位置するCAGリピートの軽度の伸長による。同遺伝子の点変異は、反復発作性運動失調症2型(episodic ataxia type 2: EA2)と家族性片麻痺性片頭痛の原因でもある。
  3. SCA31
     ADSCDでは最も高齢の60歳前後で発症する純粋小脳型ADSCDであるが、遺伝子診断によらずにSCA6と鑑別することは困難である。わが国では長野県、静岡県、鹿児島県で特に多い。第16染色体長腕のBEANとTK2遺伝子に共通するイントロンに挿入されたTGGAAという5塩基リピートが著明に伸長しており、転写産物によるRNA fociが形成されていることから、これと相互作用する核タンパク質の機能変化が想定される。
  4. DRPLA
     わが国に多いADSCDで、発症年齢により臨床症状が異なる。atrophin 1遺伝子に存在するCAGリピートが長い場合は若年発症となり、進行性ミオクローヌスてんかんの臨床像を示す。伸長の程度が軽い場合には成人発症となり、認知機能障害や不随意運動などを呈する。ポリグルタミン病では最も著明な表現促進現象がみられ、リピート伸長の程度により、発症年齢や臨床像、重症度が規定される。小脳歯状核とその遠心路、淡蒼球視床下核系に変性と萎縮を認めるだけでなく、大脳白質にも広範な変性像が認められる。
  5. 毛細血管拡張運動失調症(ataxia telangiectasia:AT;Louis-Bar症候群)
     幼児期に小脳性運動失調と皮膚や眼球結膜の毛細血管拡張症で発症する。IgAが低下し、免疫不全のために感染症を起こしやすく、また高率に悪性リンパ腫などの悪性腫瘍を合併する。ATの責任遺伝子ATMは2本鎖DNAの損傷修復に関与するタンパク質をコードする。神経症状として眼球運動失行を認め、以下に述べるaprataxinやsenataxinの欠損症と病態、臨床症候は類似している。

常染色体劣性遺伝性SCD

概念

 早期から緩徐進行性の小脳性運動失調を呈し、両親がいとこ婚である場合には、常染色体劣性遺伝性SCD autosomal recessive SCD(ARSCD)が疑われる。SCAと同じく、HUGOではSCARとして順番に番号がふられており、現在SCAR20まで登録されている(表3)。ARSCDでは純粋小脳型は少なく、末梢神経障害、眼球運動失行(ocular motor apraxia:OMA)などの多彩な症候を合併することが多い。

各論

  1. Friedreich運動失調症 Friedreich ataxia(FRDA)
     欧米では最も頻度が高い遺伝性SCDである。FRDAの90%以上は、原因遺伝子frataxinのイントロンに存在するGAAリピートの著明な異常伸長のホモ接合体であり、数%は異常伸長と点変異の複合ヘテロ接合体である。しかし、欧米のFRDAには強い創始者効果が認められるため、わが国ではGAAリピートの異常伸長によるFRDAは確認されていない。原因遺伝子産物は、ミトコンドリアTCAサイクルを構成するaconitaseなどの鉄-硫黄タンパク質の機能維持に関与するので、FRDAの病態はfrataxinの機能喪失によるミトコンドリアの機能障害と想定される。
     FRDAの主な症候は、後索の変性による深部感覚障害、錐体路症状、凹足、脊柱側弯症などである。小脳の萎縮は軽度であり、また心筋障害、糖尿病を合併する。
  2. アプラタキシンaprataxin欠損症
     わが国では、OMAと低アルブミン血症という特異な症候を伴い、FRDAに類似した臨床像を呈する早発性失調症(early onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalbuminemia/ ataxia-ocular motor apraxia type 1:EAOH/AOA1)が見出され、原因遺伝子としてaprataxinが同定された。GAAリピートの異常伸長を伴う欧米型のFRDAはわが国には存在しないと考えられるので、これまでわが国でFRDAとして報告されてきた症例は本症と考えられ、本症はわが国のARSCDの約3分の2を占めている。原因遺伝子産物のaprataxinは核小体に局在するタンパク質であり、1本鎖DNAの損傷修復機構への関与が想定される。
     OMAでは衝動性眼球運動(saccade)の開始が著明に障害される。主に小児期に認められるため、本症は小児科領域でAOA1として記載されてきた。OMAは10代後半には次第に目立たなくなり、代わって眼球運動障害が進行してくる。また低アルブミン血症は30歳前後から明らかになる。
  3. セナタキシンsenataxin欠損症
     Ataxia-ocular motor apraxiaには、AOA1に類似した臨床症状を呈しながら、アルブミンは低下せず、α-fetoproteinの高値を伴うAOA2がある。原因遺伝子senataxinの変異による。わが国からも報告があり、血中CK、γ-グロブリンも高値となる。
  4. サクシンsacsin欠損症
     わが国のARSCDでは、アプラタキシン欠損症に次いで、シャルルボア・サグネイ型劣性遺伝性痙性失調症(autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay:ARSACS;サクシン欠損症)が多い。ARSACSは当初カナダのQuebec州から報告されたが、その後世界各地で見出されている。ケベックの症例は網膜有髄線維の増加を伴う痙性失調症を特徴とするが、わが国では網膜有髄線維を欠く例、痙縮を欠く例も報告されている。
  5. ビタミンE欠乏症
     α-tocopherol transfer proteinの欠損によるビタミンE欠乏症では、進行性の小脳性運動失調が認められ、しばしば網膜色素変性を伴う。ビタミンEの大量投与により症状の改善が期待できるので、運動失調症の鑑別上重要である。

遺伝性痙性対麻痺

概念

 わが国の難治性疾患克服研究事業では、遺伝性痙性対麻痺(Hereditary spastic paraplegia:HSP;spastic gait:SPG)が従来からSCDに含まれており、SCD全体の約4%を占めている。AD、AR、X染色体連鎖劣性の各遺伝形式をとるが、ADが多い。HSPもSPGの何番というように、病名を順番に機械的に決める方式が広く採用されており、その数は50を超えている(表4)。わが国では、ADでspastinの変異によるSPG4が最も多い。

症候

 HSPには、緩徐進行性の痙性対麻痺のみを呈する純粋型と、その他の症候を合併する複合型がある。複合型には小脳性運動失調を合併する場合があり、この場合は痙性対麻痺を主とする立場と、小脳性運動失調症を主体とする立場で分類が異なることになる。これまでにわが国で確認されている主な病型と原因遺伝子、臨床症状を表にまとめる。

参考文献