「脊髄神経」の版間の差分

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[[ファイル:spinal_cord_whole_view.jpg|thumb|250px|'''図1 脊髄外景'''<br><ref name=ref1>'''Werner Spalteholz'''<br>Handatlas der Anatomie des Menschen<br>''Verlag von S. Hirzel'', Leiptig 1933</ref>による。日本語名称は船戸和弥による。]]
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[[ファイル:spinal_cord_with_spinal_nerve.jpg|thumb|250px|'''図2 脊髄と脊髄神経'''<br><ref name=ref1 />による。日本語名称は船戸和弥による。]]
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0208969 端川 勉]</font><br>
''独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター''<br>
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年月日 原稿完成日:2013年月日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadashiisa 伊佐 正](自然科学研究機構生理学研究所)<br>
</div>
 
羅:nervi spinales 英:spinal nerves 独:Spinalnerv 仏:nerf spinal
羅:nervi spinales 英:spinal nerves 独:Spinalnerv 仏:nerf spinal


{{box|text=
 脊椎動物の神経系は[[中枢神経]]系([[脳]]と[[脊髄]])と[[末梢神経系]](たとえば[[顔面神経]]や[[坐骨神経]]など、いわゆる体中に張りめぐらされた神経の総称)に区分される。[[末梢神経]]系は脳や脊髄から伸びて全身の器官、組織を支配する神経からなる。脊髄神経は、脊髄から伸び出る末梢神経のことをいう。一方、脳から伸び出る末梢神経のことは[[脳神経]]と呼ぶ。
 脊椎動物の神経系は[[中枢神経]]系([[脳]]と[[脊髄]])と[[末梢神経系]](たとえば[[顔面神経]]や[[坐骨神経]]など、いわゆる体中に張りめぐらされた神経の総称)に区分される。[[末梢神経]]系は脳や脊髄から伸びて全身の器官、組織を支配する神経からなる。脊髄神経は、脊髄から伸び出る末梢神経のことをいう。一方、脳から伸び出る末梢神経のことは[[脳神経]]と呼ぶ。


 脊髄神経は機能的には求心性の[[感覚神経]]([[皮膚感覚]]、[[深部感覚]]、[[内臓感覚]])と遠心性の[[運動神経]]([[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]を支配する[[体性運動神経]]と[[wikipedia:ja:血管|血管]]や[[wikipedia:ja:内臓|内臓]]の筋を支配する[[内臓運動神経]])を含んでいる。四肢体幹に分布する神経のほとんどは脊髄神経である(一部、脳神経である[[迷走神経]]が胸腹部の内臓を支配している)。
 脊髄神経は機能的には求心性の[[感覚神経]]([[皮膚感覚]]、[[深部感覚]]、[[内臓感覚]])と遠心性の[[運動神経]]([[wikipedia:ja:骨格筋|骨格筋]]を支配する[[体性運動神経]]と[[wikipedia:ja:血管|血管]]や[[wikipedia:ja:内臓|内臓]]の筋を支配する[[内臓運動神経]])を含んでいる。四肢体幹に分布する神経のほとんどは脊髄神経である(一部、脳神経である[[迷走神経]]が胸腹部の内臓を支配している)。
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[[ファイル:spinal_cord_whole_view.jpg|thumb|250px|'''図1.脊髄外景'''<br><ref name=ref1>'''Werner Spalteholz'''<br>Handatlas der Anatomie des Menschen<br>''Verlag von S. Hirzel'', Leiptig 1933</ref>による。日本語名称は船戸和弥による。]]
[[ファイル:spinal_cord_with_spinal_nerve.jpg|thumb|250px|'''図2.脊髄と脊髄神経'''<br><ref name=ref1 />による。日本語名称は船戸和弥による。]]


==名称==
==名称==
[[ファイル:spinal nerves.png|thumb|250px|'''図3 脊髄神経の構成'''<br>青:求心性感覚神経(体性、内臓)<br>赤:体性遠心性運動神経<br>緑:交感神経節前線維<br>黒:交感神経節後線維<br><ref name=ref3>'''Henry Gray'''<br>Anatomy of the Human Body <br>''Longman Ltd.'', Edinburgh, 1973</ref>より改変]]
[[ファイル:spinal nerves.png|thumb|250px|'''図3.脊髄神経の構成'''<br>青:求心性感覚神経(体性、内臓)<br>赤:体性遠心性運動神経<br>緑:交感神経節前線維<br>黒:交感神経節後線維<br><ref name=ref3>'''Henry Gray'''<br>Anatomy of the Human Body <br>''Longman Ltd.'', Edinburgh, 1973</ref>より改変]]


 脊髄神経は[[wikipedia:ja:脊柱|脊柱]]の前後の[[wikipedia:ja:椎骨|椎骨]]の間にできる[[wikipedia:ja:椎間孔|椎間孔]]を通って[[wikipedia:ja:脊柱管|脊柱管]]を出てくるので、そこの椎骨に対応して名づけられている。ヒトでは左右31対(第1[[頚神経]]~第8頚神経:C1-C8、第1[[胸神経]]~第12胸神経:T1-T12もしくはTh1-Th12、第1[[腰神経]]~第5腰神経:L1-L5、第1[[仙骨神経]]~第5仙骨神経:S1-S5、[[尾骨神経]]:Co)ある。C1は頭蓋の[[wikipedia:ja:後頭骨|後頭骨]]と第1[[wikipedia:ja:頸椎|頸椎]]([[wikipedia:ja:環椎|環椎]])のあいだからでるものをさし、C8は第7頸椎と第1[[wikipedia:ja:胸椎|胸椎]]のあいだからでるものをさす。第1胸椎と第2胸椎の間から出る神経をT1、次のものをT2というように、漸次各椎骨名に倣って名づけられている。ここでの説明は[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]の解剖所見をもとに書かれているが、基本的には他の[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]にもあてはまることである。(図1)
 脊髄神経は[[wikipedia:ja:脊柱|脊柱]]の前後の[[wikipedia:ja:椎骨|椎骨]]の間にできる[[wikipedia:ja:椎間孔|椎間孔]]を通って[[wikipedia:ja:脊柱管|脊柱管]]を出てくるので、そこの椎骨に対応して名づけられている。ヒトでは左右31対(第1[[頚神経]]~第8頚神経:C1-C8、第1[[胸神経]]~第12胸神経:T1-T12もしくはTh1-Th12、第1[[腰神経]]~第5腰神経:L1-L5、第1[[仙骨神経]]~第5仙骨神経:S1-S5、[[尾骨神経]]:Co)ある。C1は頭蓋の[[wikipedia:ja:後頭骨|後頭骨]]と第1[[wikipedia:ja:頸椎|頸椎]]([[wikipedia:ja:環椎|環椎]])のあいだからでるものをさし、C8は第7頸椎と第1[[wikipedia:ja:胸椎|胸椎]]のあいだからでるものをさす。第1胸椎と第2胸椎の間から出る神経をT1、次のものをT2というように、漸次各椎骨名に倣って名づけられている。ここでの説明は[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]の解剖所見をもとに書かれているが、基本的には他の[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]にもあてはまることである。(図1)


==解剖==
==解剖==
 脊髄神経は脊髄から伸びる各々数本の[[後根]]と[[前根]]が合流して一本の束となって椎間孔を通り脊柱管の外に出る(図2、3)。
 脊髄神経は脊髄から伸びる各々数本の[[後根]]と[[前根]]が合流して一本の束となって椎間孔を通り脊柱管の外に出る(図2、3)。


===前根===
===前根===
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 後根には前根との合流直前に[[後根神経節]]([[脊髄神経節]])という膨らみがあって、そのなかに[[神経節細胞]]とよばれる知覚性の神経細胞が集まっている。この神経細胞は[[細胞体]]から細胞質突起を一本だけ出す[[偽単極性]]の細胞である。この突起はやがて2本に分岐し、片方(中枢突起 central process)は脊髄に、もう片方(末梢突起 peripheral process)はその支配領域にむかう。末梢端はたとえば[[wikipedia:ja:皮膚|皮膚]]([[体性知覚]]を司る[[一般体性求心性神経]])、[[wikipedia:ja:臓器|臓器]]([[内臓感覚]]を司る[[一般内臓求心性]]の[[自律神経]])など、その分布先で直接感覚情報を受容するほか、[[受容体]]と複合体を形成して感覚の受容を行う。末梢突起で受容した感覚情報は求心性に細胞体へ、また同時に中枢突起へと伝えられる。中枢突起の先端は脊髄内あるいは[[延髄]]まで上行してから、そこに位置する中枢神経系の感覚の伝導路の神経細胞に[[シナプス]]連結する。
 後根には前根との合流直前に[[後根神経節]]([[脊髄神経節]])という膨らみがあって、そのなかに[[神経節細胞]]とよばれる知覚性の神経細胞が集まっている。この神経細胞は[[細胞体]]から細胞質突起を一本だけ出す[[偽単極性]]の細胞である。この突起はやがて2本に分岐し、片方(中枢突起 central process)は脊髄に、もう片方(末梢突起 peripheral process)はその支配領域にむかう。末梢端はたとえば[[wikipedia:ja:皮膚|皮膚]]([[体性知覚]]を司る[[一般体性求心性神経]])、[[wikipedia:ja:臓器|臓器]]([[内臓感覚]]を司る[[一般内臓求心性]]の[[自律神経]])など、その分布先で直接感覚情報を受容するほか、[[受容体]]と複合体を形成して感覚の受容を行う。末梢突起で受容した感覚情報は求心性に細胞体へ、また同時に中枢突起へと伝えられる。中枢突起の先端は脊髄内あるいは[[延髄]]まで上行してから、そこに位置する中枢神経系の感覚の伝導路の神経細胞に[[シナプス]]連結する。


[[ファイル:Brachial plexus.png|thumb|250px|'''図4 腕神経叢'''<ref name=ref3 />]]
[[ファイル:Brachial plexus.png|thumb|250px|'''図4.腕神経叢'''<ref name=ref3 />]]
[[ファイル:dermatome.png|thumb|250px|'''図5 デルマトーム'''<ref name=ref3 />]]
[[ファイル:dermatome.png|thumb|250px|'''図5.デルマトーム'''<ref name=ref3 />]]


===脊髄神経の形成===
===脊髄神経の形成===
 脊髄神経は前根と後根が合流したあとで[[交感神経幹]]に[[交通枝]]を出しながら分岐し、脊髄神経前枝と脊髄神経後枝となる。これら前枝、後枝はそれぞれ体の前面、後面の支配を担う。概して、前枝は後枝より太く支配領域も広い。上下の脊髄神経の前枝は、吻合と分岐を繰り返しながら複雑な[[神経叢]]([[頚神経叢]]:C1-C4、[[腕神経叢]]:C5-T1(図4)、[[腰神経叢]]:L1-L4、[[仙骨神経叢]]:L4-S3)を形成しながら特定の支配領域に向かう。それぞれの脊髄神経の皮膚の分布領域は[[デルマトーム]]とよばれる(図5)。
 脊髄神経は前根と後根が合流したあとで[[交感神経幹]]に[[交通枝]]を出しながら分岐し、脊髄神経前枝と脊髄神経後枝となる。これら前枝、後枝はそれぞれ体の前面、後面の支配を担う。概して、前枝は後枝より太く支配領域も広い。上下の脊髄神経の前枝は、吻合と分岐を繰り返しながら複雑な[[神経叢]]([[頚神経叢]]:C1-C4、[[腕神経叢]]:C5-T1(図4)、[[腰神経叢]]:L1-L4、[[仙骨神経叢]]:L4-S3)を形成しながら特定の支配領域に向かう。それぞれの脊髄神経の皮膚の分布領域は[[デルマトーム]]とよばれる(図5)。


===交感神経系===
===交感神経系===
[[ファイル:sympathetic nervous system.png|thumb|250px|'''図6 自律神経系<ref name=ref3 />'''<br>赤:交感神経系、青:副交感神経系]]
[[ファイル:sympathetic nervous system.png|thumb|250px|'''図6.自律神経系<ref name=ref3 />'''<br>赤:交感神経系、青:副交感神経系]]
 頸髄~腰髄レベルの前根からでる交感神経(遠心性)の[[節前線維]](自律神経)は交感神経幹(脊柱の外側面に貼りつき、ところどころに神経節をつくりながら、[[wikipedia:ja:頭蓋|頭蓋]]底から[[wikipedia:ja:尾骨|尾骨]]レベルまでつづく神経の束)に加わり、いずれか近隣の神経節([[上頸]]・[[中頸]]・[[頸胸神経節]]、[[胸神経節]]、[[腰神経節]]、[[仙骨神経節]]など)で[[節後神経細胞]]にシナプス結合する。そこからの神経[[軸索]]([[節後線維]])は神経束を形成([[大・小内臓神経]]など)したり、血管に絡まったり([[頸動脈神経叢]])、あるいは末梢神経の分岐に合流しながら、各支配臓器に向かう。臓器周辺では、よく発達した神経叢([[心臓神経叢]]、[[肺神経叢]]、[[腹腔神経叢]]、[[骨盤神経叢]]など)の形成をみる。
 頸髄~腰髄レベルの前根からでる交感神経(遠心性)の[[節前線維]](自律神経)は交感神経幹(脊柱の外側面に貼りつき、ところどころに神経節をつくりながら、[[wikipedia:ja:頭蓋|頭蓋]]底から[[wikipedia:ja:尾骨|尾骨]]レベルまでつづく神経の束)に加わり、いずれか近隣の神経節([[上頸]]・[[中頸]]・[[頸胸神経節]]、[[胸神経節]]、[[腰神経節]]、[[仙骨神経節]]など)で[[節後神経細胞]]にシナプス結合する。そこからの神経[[軸索]]([[節後線維]])は神経束を形成([[大・小内臓神経]]など)したり、血管に絡まったり([[頸動脈神経叢]])、あるいは末梢神経の分岐に合流しながら、各支配臓器に向かう。臓器周辺では、よく発達した神経叢([[心臓神経叢]]、[[肺神経叢]]、[[腹腔神経叢]]、[[骨盤神経叢]]など)の形成をみる。


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<references />
<references />


== その他の文献 ==
== その他の文献 ==
#'''A. Brodal''' <br>Neurological Anatomy in Relation to Clinical Medicine: 3rd edition<br>''Oxford University Press'', New York, USA, 1981.
#'''A. Brodal''' <br>Neurological Anatomy in Relation to Clinical Medicine: 3rd edition<br>''Oxford University Press'', New York, USA, 1981.
(執筆者:端川勉 担当編集委員:伊佐正)