脳死

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永山 正雄 国際医療福祉大学大学院医学研究科 脳神経内科学 上智大学生命倫理研究所 

羅:cerebrum mortem 英:brain death, death by neurological criteria 独:Hirntod 仏:mort cérébrale

 脳死(全脳死)は、「脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した状態」と定義される。これは重篤な器質的脳障害により深昏睡となり無呼吸、人工呼吸器装着となった例の一部で起こる。いったん脳死に陥れば如何に全身管理を行っても1~2週間程度で心停止に至り、決して回復することはないことが確認されている。わが国では脳死判定は「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)に基づいており、臓器移植を前提とするときに適用され「法的脳死判定」とよぶ。法的脳死判定の方法は、いわゆる竹内基準に基づいて作成された法的脳死判定マニュアルに従って行われる。2020年8月、脳死判定の標準化の必要性が指摘されている。

脳死をめぐる概念の成立

 1959年、フランスから初めて脳死に相当する臨床報告が行われた。1968年、米国ハーバード大学医学部特別委員会は、死の新しい基準としての“不可逆的昏睡”を報告した(いわゆるハーバード基準)。現在の脳死の概念に相当する初の報告である。この提唱の契機は、従来であれば救命できなかったが、救命治療の進歩に伴い呼吸機能は人工呼吸器により維持され循環機能も保たれるようになったものの、脳機能は失われた患者が出現、増加してきたことである。これらの患者の治療打ち切りを正当化すること、当時始まった臓器移植のドナーとなり得る患者を的確に定義することを主な目的として設定された[1] [1]。この報告はその根拠を明示することなく、不可逆的昏睡(脳死)を人の死の新基準とするものであったとの指摘がある[2][2]。1971年、世界初の脳死立法がフィンランドで成立した。

 1979年には、英国で脳幹死による脳死診断基準が公表され、1981年、米国大統領委員会[3]が死の判定に関する統一法「死の判定ガイドライン」を公布した。ここで、1)呼吸と循環機能が不可逆的に停止した、2)あるいは脳幹を含む脳全体のすべての機能が不可逆的に停止した人は死んでいる、という脳死(全脳死)の定義が示された[3] [3]。ここでは、死の判定は一般に認められている医学的基準に従って行われねばならないとして、その基準は別に示されており[4][4]、判定法そのものが法律で定められているわけではない。

 1982年、ドイツ連邦医師会から、また1983年にはオランダで脳死診断基準が公表された。米国でも1984年、大統領委員会の議論を経て全米臓器移植法が成立した。1985年、ローマ教皇は脳死を人の死と認めるとの決定を下し、その後、次々と世界各国で脳死が認知されることになり、1988年、スウェーデンでも、脳死を人の死とする立法が成立した。

 脳死判定の具体的な手法が、1995年に米国神経学会(American Academy of Neurology, AAN)が発表したSummary statement、事実上のガイドラインにまとめられた[5][5]。ここでは脳死の臨床的な基準を、脳死と類似した状態になり得る症例(急性薬物中毒、低体温、代謝・内分泌障害)が除外されていることを前提条件として、既知原因による昏睡、脳幹反射消失、無呼吸という3つの臨床所見が必須とされた。以前の診断基準[6][6]と異なり概念としては全脳死であるにもかかわらず脳波は必須とはされていない。すなわち、脳死は臨床的な脳機能の喪失である=脳死とは臨床診断であるということが強調されており、脳波を含む確認検査は臨床的に不明確な点が残る場合に施行が推奨されるという位置づけである[4][5][4][5]。この基準を満たしたのちに回復した例はないことが確認されている[5] [5]。この米国神経学会のSummary statementは、現在に至るまで神経学、とくにCritical care neurology、脳死をめぐる議論の第一人者であるMayo Clinic/Mayo Medical SchoolのEelco F. M. Wijdicks教授を中心にまとめられた。

 英国では、脳幹の永久的な機能喪失が脳死を構成するという、脳幹死の立場が公認されている[7][7]。その根拠として、意識する能力と呼吸する能力の不可逆的喪失が死であり、その両者が脳幹の機能であることが強調されている[8][8]。全脳死と脳幹死の実質上の違いは脳波検査が必要と考えるかどうかにあるが、現実には上記のように、全脳死の立場を取る米国でも脳波検査は現在必須とはされておらず、現在米英の脳死判定法に実質的な違いはあまりなくなっている。なお脳幹死の立場は英国のほかに中米、中東、東南アジア、アフリカの一部、インド等で支持されているが、米国の中でさえ州によって大きな相違がある[9][9]。

 米国神経学会のSummary statement(ガイドライン)は2010年に改訂された[10][10]。脳死は臨床診断であること、無呼吸テストは安全であること、種々の新しい補助検査が全脳の機能停止を真に確認できるかについては十分なエビデンスがまだないこと、この改訂ではevidence-basedを目指し38件の文献をレビューされたが、結果的にopinion-basedとなったこと、などが明記された。

日本における脳死をめぐる概念の成立と変遷

 日本においては、1968年8月にいわゆる「和田心臓移植事件」が発生した。

 1968年10月に日本脳波学会に脳波と脳死に関する委員会が設置され、1974年に「脳の急性一次性粗大病変における脳死の判定基準」が公表された。判定基準として、(1)深昏睡、(2)両側瞳孔散大、対光反射および角膜反射の消失、(3)自発呼吸の停止、(4)急激な血圧降下とそれにひき続く低血圧、(5)平坦脳波、(6)以上の(1)〜(5)の条件が揃った時点より六時間後まで継続的にこれらの条件が満たされている、という6点が挙げられた。

「和田心臓移植事件」を契機に国民的議論が喚起され、脳死、臓器移植そのものへの否定的論調も根強かった。とくに脳死は人の死かという点が欧米との宗教的背景の違いもあって大きな論点となった。和田教授は世の指弾を受け、以後、わが国では脳死、移植に関する議論は低調あるいはタブーとなったが、この間に海外では臓器移植が技術的に大きく進歩、発展した。

 1985年、旧厚生省研究班は日本脳波学会基準による全国調査を行った718例中、蘇生例は無かったことを報告し[11][11]、全脳死を採用した脳死判定基準(いわゆる竹内基準)を公表した[12][12](表1)。

表1. 全脳死を採用した脳死判定基準(竹内基準)の骨子[12]

1. 深昏睡
2. 瞳孔散大固定
3. 自発呼吸の消失(無呼吸テストにて)
4. 脳幹反射の消失
5. 平坦脳波

 1992年、「臨時脳死および臓器移植調査会」(通称、脳死臨調)は、脳死を人の死と認め、脳死体からの臓器移植の意義を是認し、さらに臓器の提供は本人の意思を最大限に尊重するという答申をまとめた。

 1997年、脳死臨調での議論を経て「臓器の移植に関する法律」(「臓器移植法」)が成立し、法的脳死判定においては竹内基準に従うこととされた。この最初の臓器移植法の諸外国と比較した特徴は次の点であった。

  1. 前提条件、除外例などが厳密に定義され、脳波も必須とされるなど諸外国と比べても最も厳しいレベルの基準である。器質的脳障害の確認のためにCTなどの画像診断が必須とされているのも諸外国にない点。
  2. 意思表示カードなどによる本人の事前の意思確認が必須とされた。
  3. 臓器移植を前提とする時のみ、脳死をもって人の死と定義し、臓器移植を前提としない時には、たとえ脳死判定がなされて脳死状態であると診断されても、従来通り心臓死をもって死と定義されるという、2通りの死の定義が存在した。

 1998年、わが国で最初の法に基づく脳死判定が行われた。本人の事前の意思確認が必須とされたが、意思表示カード所持者はきわめて少ないために、その後も脳死下臓器提供数はなかなか増えない状態が続いた。また本人の意思表明が有効でない15歳以下の小児は臓器提供者になり得ず、小児の臓器移植は不可能で、海外渡航による移植にたよる状態が続いた。2008年イスタンブール宣言によって、このような自国外での臓器移植自粛が求められ、とくに小児の臓器移植の問題の解決が急務となった。

 この状況を受けて、2009年、改正臓器移植法案が成立した。その改訂の骨子と影響は以下の通りであった。

  1. 生前の本人の意思が明確でない場合は、家族の承諾により臓器提供ができるとされた。これによって臓器提供件数は急増し、また、幼小児をドナーとする道が開かれ、小児臓器移植も開始された。
  2. 「脳死は人の死である」という考えは概ね社会的に受容されているということが明記された。一方、家族が脳死を人の死であると受容できない場合には、法的脳死判定を拒むことができる権利も明記され、脳死に関する考えの多様性の許容が残された。
  3. 臓器移植以外も含むすべての場において「脳死は人の死である」という考えが適用されるのか注目されたが、「臓器移植法は臓器移植の手続きについての法律であって、臓器移植につながらない脳死判定による死亡宣言はあり得ない」との法的解釈が示され、この点は従来と変わらない状況となっている。
図1. 脳死が判定されるまで

日本の脳死判定基準

 先述のように、旧厚生省の脳死に関する研究班は、日本脳波学会の脳死判定基準(1969年)に基づいて脳死と判定された症例についての全国調査に基づいて、1985年に脳死判定基準、いわゆる竹内基準を提出した[12] [12](表1)。なお、その調査対象となった718例中で蘇生例は1例もなかったと報告されており、その妥当性が確認されている[11] [11]。竹内基準は脳死の概念としては全脳死を採用している。判定の医学的詳細に関しては園生雅弘帝京大学教授および筆者による文献を参照されたい[13][13]。

 1997年の臓器移植法成立に伴い、法的脳死判定においては前記の脳死判定基準(竹内基準)に従うことと定められた。臨床現場での対応の指針として役立つような詳細が補足された「法的脳死判定マニュアル」が公表され[14][14]、ウェブ上でも公開されている[15] [15]。

表2. 法に規定する脳死判定(脳死とされうる状態)

•器質的脳障害により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態と認められ、かつ器質的脳障害の原疾患が確実に診断されていて、原疾患に対して行い得るすべての適切な治療を行った場合であっても回復の可能性がないと認められる者。
•ただし、下記1)~4)は除外する。
1) 生後12週(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週)未満の者
2) 急性薬物中毒により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者
3) 直腸温32℃未満(6歳未満の者にあっては、35℃未満)の状態にある者
4) 代謝性障害、または内分泌性障害により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者
•かつ、下記①~④のいずれもが確認された場合。
 ① 深昏睡
 ② 瞳孔が固定し、瞳孔径が左右とも4mm以上であること
 ③ 脳幹反射(対光反射、角膜反射、毛様(体)脊髄反射、眼球頭反射、前庭反射、咽頭反射、および咳反射)の消失
 ④ 平坦脳波

 かつてこのステップは臨床的脳死判定として、別に項目立てされて施行が要求されていたが、「臨床的脳死」という用語が混乱を招いたという経験から、使用しないことになった。現在は通常診療のなかでの「脳死診断」として位置づけられており、上記のように診断された患者を「脳死とされうる状態」と呼ぶことになった。

 脳死が判定されるまでの実際の流れを図1に示す[13][16][13][16]。

脳死とされうる状態と判断した場合

 担当医師が、患者が脳死とされうる状態にあると判断した場合は、家族などの脳死についての理解の状況などを踏まえ、臓器提供の機会があること(いわゆるオプション提示)、および承諾に係る手続に際しては担当医師以外の者(日本臓器移植ネットワークなどの臓器のあっせんに係る連絡調整を行う者;「コーディネーター」、医療ソーシャルワーカー等)による説明があることを口頭、または書面により告げる。その際、説明を聴くことを強制してはならない。併せて、臓器提供に関して意思表示カードの所持など、本人が何らかの意思表示を行っていたかについて把握するよう努める。なお、法に基づき脳死と判定される以前においては、患者の医療に最善の努力を尽くすべきことは申すべくも無い。

 家族の承諾が得られた場合、ただちに日本臓器移植ネットワーク(ネットワーク)に連絡する(ドナー情報フリーダイヤル 0120(22)0149(医療機関からの問い合わせに24時間対応))。

法的脳死判定

判定医資格

 脳死判定は、脳神経外科医、脳神経内科医、救急医、麻酔・蘇生科・集中治療医または小児科医であって、それぞれの学会専門医または学会認定医の資格を持ち、かつ脳死判定に関して豊富な経験を有し、しかも臓器移植にかかわらない医師が2名以上で行う。

 臓器提供施設においては、脳死判定を行う者について、あらかじめ倫理委員会などの委員会において選定を行うとともに、選定された者の氏名、診療科目、専門医などの資格、経験年数などについて、その情報の開示を求められた場合には、提示できるようにする必要がある。

脳死下臓器提供の施設条件

 法に基づく脳死した者の身体からの臓器提供については、当面、以下のいずれの条件をも満たす施設に限定すること

  1. 臓器摘出の場を提供するなどのために必要な体制が確保されており、当該施設全体について、脳死した者の身体からの臓器摘出を行うことに関して合意が得られていること。なお、その際、施設内の倫理委員会などの委員会で臓器提供に関して承認が行われていること。
  2. 適正な脳死判定を行う体制があること。
  3. 救急医療などの関連分野において、高度の医療を行う次のいずれかの施設であること:大学附属病院、日本救急医学会の指導医指定施設、日本脳神経外科学会の専門医訓練施設、救命救急センターとして認定された施設、日本小児総合医療施設協議会の会員施設。

法的脳死判定前の確認事項

 詳細に関しては臓器提供施設マニュアルに従って行うものであるが、判定医自身も確認しておくことは表3の項目である

表3. 法的脳死判定前の確認事項

• 意思表示カードなど、脳死の判定に従い、かつ臓器を提供する意思を示している本人の書面(存在する場合)
• 法的脳死判定対象者が18歳未満である場合には、虐待の疑いがないこと
• 児童からの臓器提供を行う施設に必要な体制が整備されていること
• 担当医師などが家族に臓器提供のオプション提示をする場合、事前に虐待防止委員会の委員などと診療経過などについて情報共有を図り、必要に応じて助言を得ること
• 施設内の倫理委員会などの委員会において、虐待の疑いがないことの確認手続きを経ていること
• 知的障害などの臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害を有する者でないこと
• 知的障害などの臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害の疑いが生じた場合、乳幼児においては、病歴(既往歴、発達歴など)、身体所見(既往疾患の症状)、過去の医学的検査や発達検査の結果などに基づいて、障害の有無を判断する。年長児や成人では、これらに加え、過去の教育、療育、生活(家庭、学校、職場)などの状況も、判断の根拠とすることができる
• 臓器を提供しない意思、および脳死判定に従わない意思がないこと
• 脳死判定承諾書(家族がいない場合を除く)
• 臓器摘出承諾書(家族がいない場合を除く)
• 小児においては、年齢が生後12週以上(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週以上)

必要物品

 法的脳死判定に必要な物品を表4に挙げる[13][13]

表4. 法的脳死判定に必要な物品

• 滅菌針、または滅菌した安全ピン等:意識レベルの評価、毛様(体)脊髄反射の確認時に使用
• ペンライト:対光反射の確認時に使用
• 瞳孔径スケール:瞳孔径の評価に使用
• 綿棒、あるいは綿球:角膜反射の確認時に使用
• 耳鏡または耳鏡ユニット付き眼底鏡:鼓膜損傷などについて診断する際に使用
• 外耳道に挿入可能なネラトン、吸引用カテーテル:前庭反射の確認時に使用
• 氷水(滅菌生理食塩水)100ml以上:前庭反射の確認時に使用
• 50ml注射筒:前庭反射の確認時に使用(6歳未満では25 ml注入でよい)
• 膿盆:前庭反射の確認時に使用
• 喉頭鏡:咽頭反射の確認時に使用
• 気管内吸引用カテーテル:咳反射の確認時に使用
• パルスオキシメーター:無呼吸テスト時の低酸素血症を検出
• 深部温(直腸温、食道温など)が測定できる体温計

法的脳死判定の手順

 2019年に厚生労働省研究班および関連学会が合同で作成した「臓器提供ハンドブック」は、法的脳死判定の要点として、1. 脳死判定医を選任する、2. 高感度脳波検査を施行する、3. 血液ガス検査装置を準備する、4. 「法的脳死判定マニュアル」[16]を準備し、読み上げながら記載通りに行う、5. 脳波を最初に行うと時間を短縮できる、6. 血圧・体温を維持する、7.家族の立ち合いに配慮する、を挙げた[17][17]。

 実際の判定は「法的脳死判定マニュアル」に従う[16] [16]。その概要は以下の通りである。

前提条件を完全に満たすことの確認

  1. 器質的脳障害により深昏睡および無呼吸を来している症例
    1. 深昏睡
      Japan Coma Scale(JCS):III-300 (JCS)
      Glasgow Coma Scale(GCS):3 (GCS)
    2. 無呼吸
      人工呼吸器により呼吸が維持されている状態
  2. 原疾患が確実に診断されている症例
    病歴、経過、検査(CT等の画像診断は必須)、治療等から確実に診断された症例
  3. 現在行い得るすべての適切な治療をもってしても回復の可能性が全くないと判断される症例

除外例の確実な除外

 医学的詳細に関しては文献を参照されたい[13] [13]。

  1. 脳死と類似した状態になり得る症例(急性薬物中毒、代謝・内分泌障害など)
  2. 知的障害者等の臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害を有する者
  3. 被虐待児、または虐待が疑われる18歳未満の児童
  4. 年齢不相応の血圧(収縮期血圧)
  5. 低体温(直腸温、食道温等の深部温)
  6. 生後12週未満(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週未満)

生命徴候の確認

  1. 体温
  2. 血圧の確認(収縮期血圧)
  3. 心拍、心電図などの確認をして重篤な不整脈がないこと

必須項目

 医学的詳細に関しては文献を参照されたい[13] [13]

  1. 深昏睡
  2. 瞳孔散大と固定
  3. 脳幹反射の消失(以下の1.~7.のすべてを確認する)
    1. 対光反射
    2. 角膜反射
    3. 毛様(体)脊髄反射
    4. 眼球頭反射(神経学では頭位変換眼球反射)
    5. 前庭反射
    6. 咽頭反射
    7. 咳(嗽)反射
  4. 脳波活動の消失[いわゆる平坦脳波(Electrocerebral inactivity、ECI)]の確認
  5. 自発呼吸消失の確認(無呼吸テスト)

 また、脳波検査に併せて聴性脳幹反応(ABR)を行うことが望ましい。

判定

 脳死判定は2名以上の判定医で実施し、少なくとも1人は第1回目、第2回目の判定を継続して行う。第1回目の脳死判定ならびに第2回目の脳死判定ですべての項目が満たされた場合、法的脳死と判定する。死亡時刻は第2回目の判定終了時とする。

 第1回目の脳死判定が終了した時点から6歳以上では6時間以上、6歳未満では24時間以上を経過した時点で第2回目の脳死判定を開始する。

補助検査

 脳死判定の補助検査には、脳波をはじめとする神経生理学的検査、脳血管撮影、CT血管撮影をはじめとする頭部画像検査などがある。2015年、日本救急医学会脳死・臓器移植に関する委員会(委員長:横田裕行日本医大名誉教授)は「脳死判定における補助検査について」と題して、現時点における国内外の知見をまとめている[18][18]。また補助検査の利用は国家間のみならず米国の中でさえ州によって大きな相違がある[9][9]。

脳波検査

 とくに日本では、脳死判定の補助検査の中では脳波は特別な位置づけにある。これは日本の基準において施行が必須とされていることに加えて、全脳死を脳死とするという定義上要求されると考えられてきたからである。医学的詳細に関しては園生雅弘教授および筆者による文献を参照されたい[13] [13]。

 前述の脳死をめぐる概念の成立にみるように、脳幹死の立場では脳波検査は不要であるし、全脳死を採用する米国においても実際には脳波検査がなくても臨床症候のみから脳死判定は可能とされている。しかし日本では脳波検査は必須とする立場が堅持されてきた。

 2020年に発表された脳死判定国際標準化の流れでは、脳波検査は必須とされていない(後述)[19][19]。 大脳からの運動性の出力は、上下肢に向かうものも脳神経領域に向かうものもすべて脳幹を経由する。従って脳幹機能が喪失すると大脳からの出力手段が断たれるので、大脳機能の有無は臨床徴候では判断不可能となる。そのために、脳波検査によって大脳機能の残存がないかを確認することは、全脳死の確認のためには必要なステップと考えられる。大脳皮質は意識の座であるので、脳の最も重要な機能である意識の完全な喪失を確認するためにも脳波は確認されるべきであることが指摘されている[20][20]。

 平坦脳波(electrocerebral inactivity (ECI)は脳死の十分条件ではないが脳死診断における特異性は十分に高いことが示されている。米国脳波学会の検討では、平坦脳波を示した1,665例中、回復がみられたのは薬物中毒の3例のみであった[21][21]。

聴性脳幹反応検査

 聴性脳幹反応[auditory brainstem response (ABR)]は橋から中脳にかけて存在する脳幹の聴覚伝導路の機能をみるものであり、脳幹機能の評価方法として有用である。日本の脳死判定基準においてもその施行は必須ではないが、強く推奨されている。

その他の補助検査

 脳波、聴性脳幹反応以外の補助診断として正中神経刺激体性感覚誘発電位(SEP)、脳血管撮影、CT血管撮影(CTA)、経頭蓋ドップラー(TCD)、MRI、99mTc–HMPAO SPECTなどの検査がある。

判定上のピットフォール

 わが国では臓器移植法成立(1997年)に伴い、法的脳死判定においては脳死判定基準(竹内基準)に従うことと定められ「法的脳死判定マニュアル」が公表された。先述のように法に規定する脳死判定により脳死とされ得る状態は、器質的脳障害により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態と認められ、かつ器質的脳障害の原疾患が確実に診断されていて、原疾患に対して行い得るすべての適切な治療を行った場合でも回復の可能性がないと認められる者である。従って非器質的脳障害例、人工呼吸器レスピレーター管理ではない例、自発呼吸が僅かでも残存している例、診断が完全には確定されていない例は脳死となり得ず、臓器提供などのために拙速な治療放棄を決して行ってはならない[22][22]。

 さらに次の1)~4)は脳死対象例から除外される;1)生後12週(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週)未満の者、2)急性薬物中毒により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者、3)直腸温32℃未満(6歳未満の者にあっては、35℃未満)の状態にある者、4)代謝性障害、または内分泌性障害により深昏睡、および自発呼吸を消失した状態にあると認められる者。従って、週齢不明の新生児・乳児例、原因不明例、極度の低体温例、急性薬物中毒を否定出来ない例、原因不明の散瞳・縮瞳例などは脳死となり得ない[22] [22]。 一方、わが国で脳死と判定するためには、次の1)~4)のすべてが確認される必要がある;1)深昏睡、2)瞳孔が固定し両側瞳孔径4mm以上、3)脳幹反射[対光反射、角膜反射、毛様体脊髄反射、眼球頭反射、前庭反射、咽頭反射、咳反射]消失、4)平坦脳波。従って、眼科手術・緑内障・虹彩炎・薬物等による瞳孔変形や瞳孔サイズ・反応の異常例、重症顔面外傷例、眼球損傷例、頸髄損傷例、的確な神経所見の評価や脳波所見の判読が出来ない場合などは、脳死判定に大きな困難を伴う[22] [22]。

 瞳孔所見の評価にあたっては、近年、ベッドサイドで臥位であっても使用可能な電子瞳孔計が臨床導入された。瞳孔所見の評価は、脳幹の機能評価上、とくに重要であるにもかかわらず、従来、prompt、sluggish、absentなどの半定量的評価のままであった。これは、意識レベルをstupor、somnolenceと表現することと同じレベルであり、瞳孔径、瞳孔反応の評価上、著しく定量性に欠けていた。われわれは集中治療室(intensive care unit, ICU)における検討の結果、定量的瞳孔計の有用性が期待される臨床状況として、観察者・職種による評価結果の標準化、意識レベル(FOURスコアほか)や対光反射変動の早期検出、アウトカム・脳死・死亡の正確な評価、ほかを指摘している。今後、脳死判定の標準化の観点から電子瞳孔計の普及が望ましく、規格、価格上の向上が急務といえよう。

 反射、自動症に関しては、thumb extension, leg flexion, Babinski sign, Lazarus sign、深部腱反射、脊髄反射、呼吸様運動ほかについて認識、習熟が必要である。

国内外の動向

国際的動向

 現在なお、脳死に関する議論は米国を中心に行なわれている。脳死の概念をめぐる議論に大きな変化は無いが、脳死判定方法の啓発、そのためのpracticalなさまざまなツール、機会を米国神経学会および米国Neurocritical Care Society (NCS)が積極的に提供していることが近年の特徴である。米国神経学会ガイドライン(2010年)は、practicalで有用なツール「Checklist for determining brain death」をパワーポイントスライドとして提供している [10][10]。先述のWijdicks教授は、「The Comatose Patient」(2014年)で、自身による貴重なビデオクリップを多数提供しており、正統的な脳死判定の実際を供覧する一方[23][23]、新たなシミュレーションモデルを発表している[24][24]。またシカゴ大学によるワークショップ[25][25]のほか、とくに充実しているものとして米国Neurocritical Care SocietyによるBrain Death Determination Course[26] [26]がある。

 2020年8月、The World Brain Death Projectによる脳死判定標準化に向けた事実上の初のガイドラインが公表された[19] [19]。国家間、国内(とくに米国)における脳死[brain death (BD)/death by neurologic criteria (DNC)]、後者は欧米では頻用される)診断の現状を明らかにするとともに、標準化のための用語統一、脳死判定基準の推奨が明記された。脳死判定基準に関しては、(1)瞳孔正中位・散大、対光反射消失、(2)角膜反射、眼球頭反射、前庭反射、咳反射、咽頭反射の消失、(3)疼痛刺激に対して顔面の動き無し、(4)脳を介する運動反応無し、(5)無呼吸テスト、が推奨された。さらに可能であれば全脳死、脳幹死は用いずBD/DNCという用語を用いること、成人ではルーティンの脳波検査は行わないこと、地域のクライテリアを尊重すること、などが推奨されている。

 欧米では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下における脳死判定について、無呼吸テストの代わりに各種補助検査を行うなどの指針、ガイドラインが公表されている[27][28][29] [27][28][29]。

国内動向

 わが国でも厚生労働省研究班、日本臓器移植関連学会協議会、日本脳死・脳蘇生学会、日本救急医学会脳死・臓器移植に関する委員会、日本蘇生協議会、日本神経学会神経救急セクション、日本神経救急学会、日本臨床救急医学会移植医療における救急医療のあり方に関する検討委員会等で、さまざまな議論、環境整備、ガイドライン策定等が進められている。

 2021年、上智大学生命倫理研究所が「死のしるし 脳死と臓器移植に関する教皇庁のワークショップ」を出版した[30][30]。これは教皇庁科学アカデミーが主催した、死の概念・基準としての「脳死」についてのワーキング・グループの記録(翻訳、訳注、新規解説)で、教皇庁が脳死反対論者を交え、世界を代表する神学・医学・哲学等の研究者、医師による徹底した議論を行った全記録である。日本の議論に一石を投じる大変有意義な書籍と言えよう。

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