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<font size="+1">柳 雅也、辻井 農亜、[http://researchmap.jp/oshirakawa 白川 治 ]</font><br>
<font size="+1">柳 雅也、辻井 農亜、[http://researchmap.jp/oshirakawa 白川 治 ]</font><br>
''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br>
''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月8日 原稿完成日:2014年10月21日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月8日 原稿完成日:2014年10月21日 一部改訂:2021年6月9日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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英:suicide 独:Suizid 仏:suicide
英:suicide 独:Suizid 仏:suicide


{{box|text= 自殺には、歴史や文化、思想や哲学、社会経済的状況、養育環境など、多様な心理社会的要因が相互に複雑に作用する。[[ストレス]]が自殺の引き金になることが多いことから、心理的要因がその誘因として重視される一方で、自殺の背景として[[精神疾患]]の存在が重要とされる。しかし、自殺のリスクの高さと精神疾患の重症度は相関しないことも少なくなく、精神疾患に罹患しても、多くは自殺行動を起こすことはない。また、同じストレス状況下にあっても、ストレスに対する個々の反応は様々であり、同じような精神疾患やストレス負荷が背景にあったとしても、自殺行動を起こす人と起こさない人に分かれる。その理由として、精神疾患の枠を超え、おかれた状況の違いだけでは説明できない個体が有する自殺への至りやすさ、すなわち遺伝的素因や神経生化学的・内分泌学的変化に代表される生物学的な脆弱性が存在すると考えられる。}}
{{box|text= 自殺には、歴史や文化、思想や哲学、社会経済的状況、養育環境など、多様な心理社会的要因が相互に複雑に関与する。最近のストレスが自殺の引き金になることが多いことから、心理的要因がその誘因として重視される一方で、自殺に至る背景として生物学的要因、特に精神疾患の存在が重要とされる。しかし、自殺のリスクの高さと精神疾患の重症度は相関しないことも少なくなく、精神疾患に罹患しても、多くは自殺行動を起こすことはない。また、同じようなストレス状況にあっても、ストレスに対する反応は人それぞれであり、自殺行動を起こす人は限られる。従って自殺には、精神疾患という枠を超えた、おかれた心理社会状況だけでは説明できない自殺への至りやすさを規定する遺伝的素因や神経生化学的・内分泌学的変化に代表される生物学的な脆弱性が存在すると考えられる。}}


==自殺とは==
==自殺とは==
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=== 遺伝学 ===
=== 遺伝学 ===
[[image:自殺1.png|thumb|350px|'''図1.自殺行動のストレスー素因モデルに基づいた生物学的仮説(<ref name=ref9><pubmed>14523381</pubmed></ref>より改変)]]
[[image:自殺1.png|thumb|350px|'''図1.自殺行動のストレスー素因モデルに基づいた生物学的仮説(<ref name=ref9><pubmed>14523381</pubmed></ref>より改変)]]
 [[家族研究]]、[[双生児研究]]、[[養子研究]]により、自殺には遺伝的要因が関与することが示されている('''表''')。これまでの研究から、自殺行動の致死性が高いほど、すなわち自殺念慮から自殺既遂へと致死性が高くなるほど、遺伝的要因も強くなることが示されている<ref name=ref1><pubmed>8956681</pubmed></ref>。家族研究では自殺者および非自殺者の血縁者における自殺傾性を比較するが、対象や評価方法、解析方法等の問題はあるものの、自殺者の家族では対照者と比べて自殺行動をとる危険性が高くなると報告されている<ref name=ref2 />。


 また、双生児研究では、自殺関連行動の[[一卵性双生児]]における一致率は、[[二卵性双生児]]のそれよりも有意に高い(23.0% vs 0.7%)ことが[[メタ解析]]で報告されている<ref name=ref2 />。さらに養子研究では、自殺の遺伝負因を持つ養子は負因を持たない養子に比べて自殺率が高いと報告されている<ref name=ref4 />。自殺行動の水準を、自殺念慮から致死的な自殺企図まで幅をもたせて設定すると、自殺行動の遺伝力(heritability)は38-55%と推測されており、それらは精神疾患の有無から独立した遺伝的素因として同定される<ref name=ref2 />。
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+ 表.自殺に関する遺伝学的知見(<ref name=ref2><pubmed>15648081</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>18439442</pubmed></ref>)
|+ 表.自殺に関する遺伝学的知見(<ref name=ref2><pubmed>15648081</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>18439442</pubmed></ref>)
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| colspan="3" |* 養子研究:約6倍<br>* 双生児研究:遺伝率 38~55%
| colspan="3" |養子研究:約6倍<br>双生児研究:遺伝率 38~55%
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| colspan="2" |  双生児間で自殺行動が一致した例数(括弧内は%
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| colspan="3" |* 家族研究:2~12倍
| colspan="3" |家族研究:2~12倍
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 [[家族研究]]、[[双生児研究]]、[[養子研究]]により、自殺には遺伝的要因が関与することが示されている。これまでの研究から、自殺行動の致死性が高いほど、すなわち自殺念慮から自殺既遂へと致死性が高くなるほど、遺伝的要因も強くなることが示されている<ref name=ref1><pubmed>8956681</pubmed></ref>。家族研究では自殺者および非自殺者の血縁者における自殺傾性を比較するが、対象や評価方法、解析方法等の問題はあるものの、自殺者の家族では対照者と比べて自殺行動をとる危険性が高くなると報告されている<ref name=ref2 />。
 また、双生児研究では、自殺関連行動の[[一卵性双生児]]における一致率は、[[二卵性双生児]]のそれよりも有意に高い(23.0% vs 0.7%)ことが[[メタ解析]]で報告されている<ref name=ref2 />。さらに養子研究では、自殺の遺伝負因を持つ養子は負因を持たない養子に比べて自殺率が高いと報告されている<ref name=ref4 />。自殺行動の水準を、自殺念慮から致死的な自殺企図まで幅をもたせて設定すると、自殺行動の遺伝力(heritability)は38-55%と推測されており、それらは精神疾患の有無から独立した遺伝的素因として同定される<ref name=ref2 />。


 [[ヒト]][[ゲノム]]上には多くの[[遺伝子多型]]が存在し、自殺行動に関わる遺伝的な背景に関与すると考えられている。これらの自殺への感受性を担う遺伝子多型は世代間で伝達され、自殺傾性の遺伝的要因となりうる。どの遺伝子多型が自殺行動への重要な遺伝要因であるか、個別の多型について自殺行動への関与を調べる遺伝子関連研究がこれまでに数多くおこなわれてきた。しかしながら、従来の[[遺伝子関連研究]]では一度に検討できる遺伝子多型数が限られていたことや、他の精神疾患同様、個々の多型が自殺に及ぼす影響は大きくないと考えられることもあり、これまでのところ自殺の遺伝要因と定義できる明確な遺伝子多型は同定されていない。
 [[ヒト]][[ゲノム]]上には多くの[[遺伝子多型]]が存在し、自殺行動に関わる遺伝的な背景に関与すると考えられている。これらの自殺への感受性を担う遺伝子多型は世代間で伝達され、自殺傾性の遺伝的要因となりうる。どの遺伝子多型が自殺行動への重要な遺伝要因であるか、個別の多型について自殺行動への関与を調べる遺伝子関連研究がこれまでに数多くおこなわれてきた。しかしながら、従来の[[遺伝子関連研究]]では一度に検討できる遺伝子多型数が限られていたことや、他の精神疾患同様、個々の多型が自殺に及ぼす影響は大きくないと考えられることもあり、これまでのところ自殺の遺伝要因と定義できる明確な遺伝子多型は同定されていない。