「自殺」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0194204 雅也]、[http://researchmap.jp/read0018784 辻井 農亜]、[http://researchmap.jp/read0018784 白川 治 ]</font><br>
<font size="+1">柳 雅也、辻井 農亜、[http://researchmap.jp/oshirakawa 白川 治 ]</font><br>
''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br>
''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月8日 原稿完成日:2014年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月8日 原稿完成日:2014年月日<br>
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===セロトニン神経系===
===セロトニン神経系===
Serotonergic system
 [[セロトニン神経]]系(Serotonergic system)は、主に延髄の[[縫線核]](raphe nucleus)を起始として[[前頭葉]]をはじめ脳のさまざまな領域に投射しており,その失調が、抑うつ気分などの気分変調や衝動性・攻撃性といった情動不安定性を含めた自殺関連行動の背景と考えられている。
 
 [[セロトニン神経]]系は、主に延髄の[[縫線核]](raphe nucleus)を起始として[[前頭葉]]をはじめ脳のさまざまな領域に投射しており,その失調が、抑うつ気分などの気分変調や衝動性・攻撃性といった情動不安定性を含めた自殺関連行動の背景と考えられている。


 自殺者死後脳における[[脳脊髄液]]の変化として、セロトニン神経系の機能低下についての報告が数多くみうけられる。自殺者死後脳の前頭前野においては、[[シナプス前部]]のセロトニントランスポーター(以下5HTT)の減少(16)や、[[シナプス]]後部のセロトニン1A(5HT1A)および2A(5HT2A)受容体の増加(17)が報告されているが、これらは前頭葉におけるセロトニン神経伝達の低下を示唆する所見とされる。これらの変化は前頭葉のなかでもとりわけ、行動抑制に関わる脳領域である腹側前頭前野(ventral prefrontal cortex)での報告が多い(18)。さらに、自殺者死後脳の脳幹において、セロトニンおよびその代謝産物である5-hydroxyindole acetic acid (5-HIAA)の低下が報告されている(19)。セロトニン合成酵素である[[トリプトファン水酸化酵素]]2(tryptophan hydroxylase isoform 2; TPH2)は中枢神経系で特異的に発現しているTPHのisoformであるが、うつ病自殺者の死後脳において、TPH2のタンパク及び[[mRNA]]レベルが縫線核で上昇していたとの報告もある(20, 21)。この変化は、自殺でのセロトニン神経系の機能低下に対する代償的変化である可能性が考えられる。
 自殺者死後脳における[[脳脊髄液]]の変化として、セロトニン神経系の機能低下についての報告が数多くみうけられる。自殺者死後脳の前頭前野においては、[[シナプス前部]]のセロトニントランスポーター(以下5HTT)の減少(16)や、[[シナプス]]後部のセロトニン1A(5HT1A)および2A(5HT2A)受容体の増加(17)が報告されているが、これらは前頭葉におけるセロトニン神経伝達の低下を示唆する所見とされる。これらの変化は前頭葉のなかでもとりわけ、行動抑制に関わる脳領域である腹側前頭前野(ventral prefrontal cortex)での報告が多い(18)。さらに、自殺者死後脳の脳幹において、セロトニンおよびその代謝産物である5-hydroxyindole acetic acid (5-HIAA)の低下が報告されている(19)。セロトニン合成酵素である[[トリプトファン水酸化酵素]]2(tryptophan hydroxylase isoform 2; TPH2)は中枢神経系で特異的に発現しているTPHのisoformであるが、うつ病自殺者の死後脳において、TPH2のタンパク及び[[mRNA]]レベルが縫線核で上昇していたとの報告もある(20, 21)。この変化は、自殺でのセロトニン神経系の機能低下に対する代償的変化である可能性が考えられる。
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===ノルアドレナリン神経系===
===ノルアドレナリン神経系===
Noradrenergic system
 ノルアドレナリン神経系(Noradrenergic system)は、[[ストレス応答]]や絶望感などの心理学的特性に関与する系で、セロトニン神経系ほどではないが、その失調と自殺との関連が指摘されている。
 
 ノルアドレナリン神経系は、[[ストレス応答]]や絶望感などの心理学的特性に関与する系で、セロトニン神経系ほどではないが、その失調と自殺との関連が指摘されている。
 
 
 自殺既遂者において、ノルアドレナリン神経系の起始核である[[青斑核]]([[locus coeruleus]])の神経細胞数の減少と細胞密度の低下が報告されている(23)。同じく自殺既遂者の脳幹においてノルアドレナリンが低下しており、その二次的な変化とされるアドレナリンα2受容体(以下α2受容体)結合の増加が報告されている(24)。これらの所見は、脳幹におけるノルアドレナリンの枯渇を示唆する。一方、自殺既遂者の前頭前野では、ノルアドレナリンの上昇とα2受容体結合の低下が報告されているが(25)、これは皮質でのノルアドレナリン活性の亢進を示すと考えられる。しかし、前頭前野におけるα2およびそのサブタイプであるα2A受容体が増加しているとの報告も多数あり(26-30)、自殺既遂者の皮質においてみられるこのような相反した所見は、青斑核においてもノルアドレナリン生合成の律速酵素である[[チロシン水酸化酵素]](tyrosine hydroxylase; TH)の増加または減少として報告されている(9)。これらのことは、状態依存的にノルアドレナリン神経系が変化する可能性を示唆しており、当初みられたノルアドレナリンの活性亢進がやがては低活性に至るような過程が自殺にはあるのかもしれない。
 自殺既遂者において、ノルアドレナリン神経系の起始核である[[青斑核]]([[locus coeruleus]])の神経細胞数の減少と細胞密度の低下が報告されている(23)。同じく自殺既遂者の脳幹においてノルアドレナリンが低下しており、その二次的な変化とされるアドレナリンα2受容体(以下α2受容体)結合の増加が報告されている(24)。これらの所見は、脳幹におけるノルアドレナリンの枯渇を示唆する。一方、自殺既遂者の前頭前野では、ノルアドレナリンの上昇とα2受容体結合の低下が報告されているが(25)、これは皮質でのノルアドレナリン活性の亢進を示すと考えられる。しかし、前頭前野におけるα2およびそのサブタイプであるα2A受容体が増加しているとの報告も多数あり(26-30)、自殺既遂者の皮質においてみられるこのような相反した所見は、青斑核においてもノルアドレナリン生合成の律速酵素である[[チロシン水酸化酵素]](tyrosine hydroxylase; TH)の増加または減少として報告されている(9)。これらのことは、状態依存的にノルアドレナリン神経系が変化する可能性を示唆しており、当初みられたノルアドレナリンの活性亢進がやがては低活性に至るような過程が自殺にはあるのかもしれない。