「自閉スペクトラム症」の版間の差分

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== 疫学  ==
== 疫学  ==


*発生率​自閉性障害が0.3~0.5%、広汎性発達障害全体で1%以上。  
*発生率: ​自閉性障害が0.3~0.5%、広汎性発達障害全体で1%以上。  
*性比​男:女=2~3:1、レット障害は女児のみ 
*性比​男: 女=2~3:1、レット障害は女児のみ 
*好発年齢​発達の異常に気づかれるのは乳幼児期
*好発年齢: ​発達の異常に気づかれるのは乳幼児期
*遺伝性​なんらかの遺伝因子の関与が推定される
*遺伝性​: なんらかの遺伝因子の関与が推定される


== 成因  ==
== 成因  ==

2013年4月4日 (木) 18:38時点における版

 社会的相互交渉の質的異常、コミュニケーションの質的異常、および興味の限局と反復的行動のパターンを特徴とする発達障害群。DSM-IV(1994)では、最も典型的な「自閉性障害」、言語発達の良好な「アスペルガー障害」、女児にみられる「レット障害」、特徴的な経過の「小児期崩壊性障害」、および「特定不能の広汎性発達障害非定型自閉症を含む)」の下位分類が設定されている。(病態生理、疫学、治療を含めた要約をお願い致します)

自閉症障害とは

 社会的相互交渉の質的異常、コミュニケーションの質的異常、および興味の限局と反復的行動のパターンを特徴とする発達障害群。DSM-IV(1994)では、最も典型的な「自閉性障害」、言語発達の良好な「アスペルガー障害」、女児にみられる「レット障害」、特徴的な経過の「小児期崩壊性障害」、および「特定不能の広汎性発達障害(非定型自閉症を含む)」の下位分類が設定されている。必ずしも広汎な領域に発達の異常がみられるとは限らないことから、「広汎性」の呼称は適切ではないとの批判がある。また、現行の下位分類設定はその妥当性に十分な根拠がないとの指摘がある。これらの理由により、最近ではこの障害群を総称して「自閉症スペクトラム障害」と呼ぶ研究者が増えている。

症状

乳幼児期

 3歳より前の状態については、研究者が直接確かめることのできる情報が限られている。

 近年のホームビデオを用いた研究では、乳児期より呼名への反応などの社会的相互交渉が出現しにくいとの報告が多いが、それが広汎性発達障害に特異的な所見であるとは証明されていない。1歳半頃になると、他者と関心ごとを共有しようとする前言語的コミュニケーションである「合同注意」の欠如などによって早期発見が可能であることが示唆されている。2歳代までは限定され反復的で常同的な行動、興味、活動のパターンが十分には出現しないため、広汎性発達障害に特徴的な行動所見がすべて揃うのは3歳前後であることが多い。いったんは順調に獲得した発話などの機能が1歳代後半に消失する現象(「折れ線現象」「セットバック」「退行」などと呼ばれる)が、約2割の症例にみられる。

 基本症状(社会的相互交渉の質的異常、コミュニケーションの質的異常、限定され反復的で常同的行動、興味、活動のパターン)が最も顕著となるのは4歳~6歳頃である。

学童期

 基本症状は、青年期~成人期に至るまでなんらかの形で持続する。しかし、適切な治療的介入を受ければ学童期にある程度改善することは可能である。一方、知的障害の程度は幼児期後期以降には変動のない場合が多い。知的な遅れのない症例では、微妙なニュアンスを含むコミュニケーションや通常は暗黙裡に獲得する社会的ルールをうまく獲得できないため、学童期以降にむしろ社会的行動における奇妙さが顕著となる場合がある。

青年期以降

 知的障害を伴う例では福祉的支援を生涯にわたって受け続けることが多く、職業をもち自立した生活が可能となる例は少ない。しかし、本人の特性(とくに限定され反復的な行動や興味のパターン)を日課、作業、余暇活動においてうまく活用することにより、福祉的支援を受けながらも安定した生活を送る例が増加している。知的な遅れのない場合、かつては予後良好と考えられていたが、近年では青年期以降にいじめの対象となる例や反社会的行動を示す例などが報告され、必ずしも予後良好とは限らない。

診断

基準

 以下、DSM-IVに基づく、診断基準である。

表1. 自閉性障害
A. (1)、(2)、(3)から合計6つ以上、うち(1)から2つ、(2)と(3)から1つずつ以上を含む
(1)社会的相互交渉の質的異常

 (a) 社会的相互交渉を調節する非言語的行動の異常
 (b) 発達水準相応の仲間関係を形成できない
 (c) 楽しみ、興味、達成感を他者と分かち合おうとする行動の欠如
 (d) 社会的、情緒的相互性の欠如

(2) コミュニケーションの質的異常
 (a) 話し言葉の発達が遅れるか欠如し、身振りなど他の手段で補おうともしない
 (b) 言葉を話せても、会話を開始し維持できない
 (c) 言葉使いが常同的で反復的、または独特である
 (d) 発達水準相応の変化に富み自発的なごっこ遊びや社会的な模倣遊びの欠如
(3) 限定され反復的で常同的な行動、興味、活動のパターン
 (a) 常同的で限られたパターンの興味に極度に没頭する
 (b) 特定の機能的でない決まりごとや儀式にかたくなにこだわる
 (c) 常同的で反復的な衒奇的運動
 (d) 物の一部分に持続的に没頭する

B. 3歳前から、社会的相互交渉、コミュニケーション、象徴あそび・想像的あそびのいずれかに発達の異常がある 
C. レット障害または小児期崩壊性障害ではうまく説明されない
表2. アスペルガー障害
A. 社会的相互交渉の質的異常
 自閉性障害のA(1)の(a)~(d)と同じ4項目中2つ以上
B. 行動、興味および活動の、限定的、反復的、常同的な様式
 自閉性障害のA(3)の(a)~(d)と同じ4項目中1つ以上
C. 社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の臨床的に著しい障害を引き起こしている
D. 臨床的に著しい言語の遅れがない(例:2歳までに単語を用い、3歳までにコミュニケーション的な句を用いる)
E. 認知の発達、年齢に相応した自己管理能力、(社会的相互交渉以外の)適応行動、および小児期における環境への好奇心について臨床的に明らかな遅れがない
F. 他の特定の広汎性発達障害または統合失調症の基準を満たさない

 詳細はアスペルガー症候群の項目も参照。

表3. レット障害
A. 以下のすべて
 (1) 明らかに正常な胎生期および周産期の発達
 (2) 明らかに正常な生後5ヵ月間の精神運動発達
 (3) 出生時の正常な頭囲
B. 正常な発達の期間の後に、以下のすべてが発症する
 (1) 生後5~48ヵ月の間の頭部の成長の減速
 (2) 生後5~30ヵ月の間に、それまでに獲得した合目的的な手の技能を喪失し、その後常同的な手の動きが発現する
 (3) 経過の早期に社会的関与の消失(社会的相互交渉は後に発達することがしばしばある)
 (4) 歩行と体幹の動きの協調不良
 (5) 重症の精神運動制止を伴う重篤な表出性および受容性の言語発達障害

 詳細はレット症候群の項目も参照。

表4. 小児期崩壊性障害
A. 生後少なくとも2年間は正常に発達する
B. 以下の少なくとも2つの領域における、以前に(10歳以前に)獲得された技能の臨床的に著しい喪失
 (1) 表出性または受容性言語
 (2) 対人的技能または適応行動
 (3) 排便または排尿の機能
 (4) 遊び
 (5) 運動能力
C. 以下の少なくとも2つの領域における機能の異常
 (1) 社会的相互交渉の質的異常
 (2) コミュニケーションの質的異常
 (3) 運動性の常同症や衒奇症を含む、限定的、反復的、常同的な行動、興味、活動のパターン
D. 他の特定の広汎性発達障害または統合失調症ではうまく説明されない

合併症・併存症

  • 知的障害
    標準化された知能検査では、広汎性発達障害全体の半数弱において遅滞が認められる。
  • てんかん
    自閉性障害では、約3分の1の症例において成人するまでにてんかん発作が認められる。知的障害を伴う症例に多い。
  • 特定不能の広汎性発達障害(非定型自閉症を含む)
    社会的相互交渉の発達の異常、コミュニケーションの異常、常同的な行動、興味、活動のパターンが存在するが、特定の広汎性発達障害、統合失調症分裂病型人格障害回避性人格障害の基準を満たさない

鑑別診断

  • 選択性緘黙
    選択性緘黙では、社会的状況によっては適切なコミュニケーション能力を示すことができる。広汎性発達障害におけるコミュニケーションは、社会的状況によらずあらゆる場面で異常である。
  • 注意欠陥/多動性障害
    注意欠陥/多動性障害では不注意、多動、衝動性が持続性にみとめられる。実際の臨床においては広汎性発達障害と注意欠陥/多動性障害の両者の特徴がみとめられる場合が少なくない。現行の診断基準(DSM-IV,ICD-10)では、このような場合に合併/併存とはせず広汎性発達障害の診断を優先するよう定められている。
  • 統合失調症
    小児期発症の統合失調症では、数年間の正常な発達を遂げた後に幻覚妄想、解体した思考などの特徴的な状態を発症する。ただし、広汎性発達障害に統合失調症を併記してもよい。
  • 発達性言語障害
    表出性言語障害および受容-表出混合性言語障害では、言語の障害はあるものの社会的相互交渉および常同的な行動、興味、活動のパターンがみられない。

疫学

  • 発生率: ​自閉性障害が0.3~0.5%、広汎性発達障害全体で1%以上。
  • 性比​男: 女=2~3:1、レット障害は女児のみ 
  • 好発年齢: ​発達の異常に気づかれるのは乳幼児期
  • 遺伝性​: なんらかの遺伝因子の関与が推定される

成因

 レット障害がメチル化CpG結合タンパク質2遺伝子MeCP2)の変異に起因することが近年報告された。他の下位分類の成因については不明であるが、不適切な養育などによる心因ではなくなんらかの脳機能障害が根底にあると考えられている。

治療・介入

教育的アプローチ

 原因と脳機能障害のメカニズムが解明されていない現在、最も確実な治療法とされる。わが国では、医療や福祉の領域では「療育治療教育)」、学校教育の領域では「特別支援教育特殊教育)」と呼ばれる。

早期介入

 早期発見技術が近年向上し、世界各地で早期介入が試みられている。臨床の現場では早期介入により転帰が改善するとの感触が得られており、今後は科学的エビデンスの蓄積が求められる。

薬物療法

 広汎性発達障害特有の社会的相互交渉の異常、コミュニケーションの異常、固執などの基本症状が改善する薬は、今のところない。しかし、併発しやすい症状(パニック興奮不眠)などに対しては、抗精神病薬抗不安薬睡眠導入薬が補助的に用いられる。

関連項目

参考文献

(執筆者:本田秀夫 担当編集委員:加藤忠史 )