色選択性細胞

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小松英彦
自然科学研究機構生理学研究所 感覚認知情報部門
DOI:10.14931/bsd.6413 原稿受付日:2015年8月13日 原稿完成日:2015年8月18日

担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)

英:color selective cell

 動物の視覚神経系に存在する神経細胞のうち、視覚刺激の色によって応答が変化する細胞を指す。ただし異なる色で応答を比較する時に、視覚刺激の形や奥行や明るさなど、色以外の属性は一定であり、色以外の属性によっては応答の違いが説明できないものとする。色選択性細胞は動物が色の違いを知覚したり色の違いによって行動を選択するために重要な役割を果たすと考えられる。網膜に存在する分光感度特性の異なる三種類の錐体光受容器で光を受容し、異なる錐体の信号を網膜内の神経回路で比較することで色情報が取り出される。色情報は、視覚系において特定の経路で処理され、大脳腹側視覚経路の高次領野に伝えられることにより色覚が成立すると考えられる。これらの過程で色情報は変換を受け、大脳視覚野では特定の色相に強く応答する色選択性細胞が形成される。

色選択性細胞とは

 動物の視覚神経系に存在する神経細胞のうち、視覚刺激の色によって応答が変化する細胞を指す。ただし異なる色で応答を比較する時に、視覚刺激の形や奥行や明るさなど、色以外の属性は一定であり、色以外の属性によっては応答の違いが説明できないものとする。色選択性細胞は動物が色の違いを知覚したり色の違いによって行動を選択するために重要な役割を果たすと考えられる。色覚は種によって異なり、色選択性細胞の働き方も種によって異なると考えられる。この項目ではヒトと類似の色覚を持ちヒトの色覚の良いモデル動物であるマカクザル[1]の色選択性細胞について述べる。(図1)

 
図1. 視覚神経系における色変換過程
色の信号は3種類の錐体光受容器でとらえられ(左)、網膜の神経回路でL-MとS-(L+M)の2軸を表現する2種類の色選択性細胞が作られる(中)。この信号は外側膝状体で中継されて、大脳視覚野に伝えられたのち、さまざまな色相にチューニングを持つ色選択性細胞による表現に変換される(右)。

錐体

 ヒト、類人猿マカク属サル網膜に3種類の錐体光受容細胞(以下錐体と略す)を持つ。

 3種類の錐体はピーク感度の波長の長いものから順にL錐体M錐体S錐体とよばれる(図1左)。Lはlong-wavelength-sensitive(長波長に感度が高い)の頭文字のLであり、以下Mはmiddle、Sはshortを表す。L、M、S錐体を赤、緑、青錐体と表記する場合が見受けられるが、これは以下の二つの理由から適当でなく避けるべきである。第一にL錐体のピークの感度は赤にはなく黄緑のあたりにある。第二に単一の種類の錐体だけでは色の区別はできずL錐体と赤の知覚を結びつけることは間違っている。単一錐体の活動は吸収した光子の数にのみ依存して決まり、波長は一定のエネルギーあたりの吸収の効率に影響する。錐体の応答についてのこの基本的な原則は単一変量の原理(principle of univariance)とよばれる。

色情報を伝える中枢視覚経路

 
図2. マカクザルの視覚経路
大脳皮質の矢印の実線は腹側経路、破線は背側経路を示す。色情報処理に関係する領野の結合関係を右に示す。

 色覚は異なる分光感度特性を持つ複数の種類の錐体の活動を比較することではじめて生み出される。異なる錐体の活動の比較は網膜内の神経回路で行われ、それによって取り出された色の信号は、網膜の特定のタイプの神経節細胞を経て外側膝状体に伝えられる。外側膝状体では小細胞層(P層)と顆粒細胞層(K層)で中継され、大脳皮質一次視覚野(V1ともよばれる)に伝えられる[2]

 視覚系には機能分化があり、異なる種類の視覚情報は異なる場所や種類の細胞が担当している。網膜からV1に至る色情報の流れはその一例である。大脳皮質の視覚関連領域には多数の領野が区別されているが、これらの視覚領野はV1を起点として大きく二つの経路に位置づけられる[3]。一つの経路V1から頭頂葉に向かう背側経路であり、空間知覚や動きの情報処理に関わる。もう一つの経路はV1から下頭側皮質に向かう腹側経路であり、物体認知に関わると考えられている。腹側経路はV1からV2野V4野を経て、下頭側皮質に向かう経路であるが、色情報はもっぱらこの経路で処理されている(図2)。

外側膝状体

 外側膝状体で視覚情報を中継するニューロンは3種類に分けることができる。いずれも円形の受容野を持つが、それぞれ錐体から信号を受ける様式が異なっている[4][5]。これらのうち2種類のニューロンが色情報を伝える。

 第一の種類は、同心円状の受容野を持ち中心部と周辺部で異なる錐体から入力を受ける。これらのニューロンの受容野の各部分に特定の錐体のみを活動させる視覚刺激を呈示すると、中心部ではL錐体刺激またはM錐体刺激の一方で応答し、周辺部はそれとは別の錐体の刺激で逆の極性の応答を示す。(錐体刺激は特定の錐体のみに応答を起こす刺激で、例えばL錐体刺激は明るい赤と暗い緑が交代する刺激でM錐体とS錐体の応答に変化を引き起こさない[5]。)例えば受容野中心部がL錐体刺激でオンの応答をすると、周辺部は主にM錐体刺激でオフの応答を示す。ただし、このタイプのニューロンの受容野周辺部は網膜の水平細胞によって形成されると考えられるが、水平細胞はL錐体、M錐体を区別せず結合することが示されており、受容野周辺部が錐体特異的な応答を示すメカニズムは現在のところ不明である。このタイプのニューロンは赤の波長領域の光と緑の波長領域の光の一方に興奮性の応答、他方に抑制性の応答を示し赤-緑反対色細胞とよばれる。

 色情報を伝えるもう一つの種類のニューロンははっきりした中心と周辺の区別を持たず、S錐体刺激でオン応答を示し、L錐体刺激とM錐体刺激でオフ応答を示す。このタイプのニューロンは青と黄の波長領域の光に相反的な活動を示し青-黄反対色細胞とよばれる。赤-緑反対色細胞は外側膝状体の小細胞層(P層)に、青-黄反対色細胞は顆粒細胞層(K層)に存在する。外側膝状体の残りの種類のニューロンは大細胞層(M層)に存在する広帯域細胞で、同心円状の受容野の中心部にL錐体とM錐体から同じ極性(例えばいずれも興奮)の入力を受け、周辺部はそれと逆の極性(L、Mとも抑制)の入力を受ける。このタイプのニューロンは輝度の信号のみを伝える。このように外側膝状体では色空間を以下の三つの軸に対応するニューロンの活動で表現されているとみなすことができる[6]。一つはL錐体の信号とM錐体の信号の差分(L-MまたはM-L)を表現する軸であり、赤‐緑反対色細胞が表現する。第二はS錐体の信号を表現する軸であり、青‐黄反対色細胞が表現する。第三は輝度を表す軸であり、大細胞層のニューロンが表現する。これら三つの軸が構成する色空間はDKL(Derrington、Krauskopf、Lennieの3人の色覚研究者の名前の頭文字をとったもの)色空間とよばれ、色覚メカニズムの研究でしばしば用いられる。

 赤-緑反対色細胞は色情報に加えて輝度情報も伝えるのに対し、青-黄反対色細胞は色情報のみを伝える。前者の色と輝度に対する応答は空間周波数特性が異なり、色刺激に対する応答は低域通過特性、輝度刺激に対する応答は帯域通過特性を示す[7]。これは、受容野中心と周辺の全体を使って色情報を取り出すための錐体信号の差分の計算が行われるのに対して、受容野中心と周辺の間の差を用いて輝度情報を取り出すための計算が行われるからである。このような特性が心理物理学的に観察される色と輝度の空間特性の違いの元になっていると考えられる。

大脳皮質一次視覚野

 外側膝状体からの信号は大脳皮質の最も後部に位置する大脳皮質一次視覚野(V1)に伝えられる。V1では外側膝状体では見られないさまざまな情報処理が行われるが、色選択性に関する顕著な処理としては二重反対色細胞(double opponent cell)の出現があげられる。二重反対色細胞では受容野の一部の領域で異なる種類の錐体信号に逆の極性で応答し(例えばL錐体信号でオン応答、M錐体信号でオフ応答)、さらにこれとは別の領域では逆の特性(L錐体信号でオフ応答、M錐体信号でオン応答)で応答するものである[8][9]。これらの受容野内の領域は同心円状に配置するものや、隣接して配置するものなどさまざまなパターンが見られる。二重反対色細胞は同じ錐体の信号に対して隣接する領域で逆の極性の応答を示すので、等輝度の刺激でも色コントラストの検出を行うことができ、方位選択性を示すものは、色の違いによる境界の検出に役立つと考えられる。また二重反対色細胞は同時色対比の知覚や、照明光の波長成分を差し引いて物体表面固有の色を検出する色の恒常性にも寄与する可能性がある。

 V1で見られる色選択性のもう一つの顕著な特性は、色空間のさまざまな方向にチューニングを持つニューロンが見られることである。外側膝状体の色選択細胞ではチューニングはDKL色空間の等輝度平面の2つの軸(L-M、S)のいずれかの方向に対応する色を持つ刺激に最も強い応答を示す、つまりチューニングがこれら2つの軸に限局されているのに対し(図1中)、V1ではさまざまな方向に最大の応答を示すニューロンが見られる[10][11](図2右)。色空間の方向によって色相が変化するので、V1の細胞はさまざまな色相に選択性を持つことになる。大脳腹側視覚経路の各領野ではさまざまな色相に選択的に応答するニューロンが共通して見られるが、そのような反応特性の形成はV1の段階で始まるものと考えられる。

視覚前野と下頭側皮質

 V1で処理された色情報は、大脳視覚野の腹側経路を構成するV2野、V4野を経て、下頭側皮質に伝えられる。これらのいずれの領野においても特定の範囲の色相に選択的に反応するニューロンが見られる[12][13]。それぞれの領野で色選択性細胞は特定の小領域に多く存在することが報告されている。V2野ではチトクロムオキシダーゼ染色で濃く染まる細い縞の領域(thin stripe)内に多く見られる。また特定の色相に選択的に反応する300μmくらいの大きさの領域が、色相の順序に従って整然と配置していることが光計測実験で示されている[14]。またV4野と下頭側皮質では、色刺激に強く応答する数ミリ程度のサイズの小領域が複数存在することが機能的磁気共鳴画像法(functional MRI = fMRI)を用いた研究で示されている[15][16]

 ヒトでは腹側後頭葉皮質紡錘状回付近の損傷により色知覚に重篤な障害が生じることがあり、大脳性色覚異常とよばれる。この症状は腹側高次視覚野が色知覚にきわめて重要な役割を果たすことを示している[17]が、サルにおいては下頭側皮質を両側に広い範囲で摘除することで色弁別が永続的に障害を受けることが示されている[18]。下頭側皮質には特定の色相に鋭い選択性を示すニューロンが多数存在する[19]。色弁別課題を行っているサルを用いて、下頭側皮質前部の色選択性細胞の活動とサルの色弁別行動の関係を定量的に比較した実験により、色選択性細胞の試行ごとの応答の変動とサルの色弁別行動には有意な相関があることや、色度図の場所による色弁別閾値の変動にはニューロンとサルの行動間で高い相関があることが示されている[20]。また下頭側皮質前部の色選択性細胞の一部は、サルが色のカテゴリ判断を行う時と、同じカテゴリの色でも違いを細かく見分ける時では反応の強さが変化することが見いだされ、色情報を用いた行動の選択に関与する可能性が示されている[21]

関連項目

参考文献

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