「血液脳関門」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
166行目: 166行目:
=== 有機アニオントランスポーター群  ===
=== 有機アニオントランスポーター群  ===


 MRP4、OAT3、OATP1A2、OATP2B1およびoatp1a4など、脳毛細血管内皮細胞に発現することが報告されている有機アニオントランスポーターについて、輸送活性の種差はまだ明かとなっていないが、タンパク質発現量の種差の程度が解明されている(図4)<ref name="ref6" />。ヒト脳毛細血管におけるMRP4の発現量は、カニクイザルと比べて有意な差はないが、マウスに比べて有意に8.15倍小さい。ヒトのOAT3の発現量は、マウスの5.66倍以下である。さらに、ヒトのOATP1A2およびOATP2B1の発現量は、マウスのoatp1a4の発現量に比べて、それぞれ3.04倍以下および6.26倍以下である。従って、マウスに比べて、ヒトではMRP4、OAT3、OATP1A2およびOATP2B1を介した有機アニオン性物質の輸送は制限されていることが示唆されている。  
 MRP4、[[OAT3]]、[[OATP1A2]]、[[OATP2B1]]および[[oatp1a4]]など、脳毛細血管内皮細胞に発現することが報告されている有機アニオントランスポーターについて、輸送活性の種差はまだ明かとなっていないが、タンパク質発現量の種差の程度が解明されている(図4)<ref name="ref6" />。ヒト脳毛細血管におけるMRP4の発現量は、カニクイザルと比べて有意な差はないが、マウスに比べて有意に8.15倍小さい。ヒトのOAT3の発現量は、マウスの5.66倍以下である。さらに、ヒトのOATP1A2およびOATP2B1の発現量は、マウスのoatp1a4の発現量に比べて、それぞれ3.04倍以下および6.26倍以下である。従って、マウスに比べて、ヒトではMRP4、OAT3、OATP1A2およびOATP2B1を介した有機アニオン性物質の輸送は制限されていることが示唆されている。  


=== グルコース輸送  ===
=== グルコース輸送  ===


 ヒトにおいてBBBを介した脳へのグルコース供給速度の最大値は0.4–2.0 μmol/min/g brainであり、げっ歯類(1.42 μmol/min/g brain)と同程度であることが報告されている<ref><pubmed> 8621747 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 6361813 </pubmed></ref>。この報告に一致して、脳へのグルコース供給を担うGLUT1のタンパク質発現量に顕著な種差はない(図4))<ref name="ref6" /> BBBにおいて、GLUT1に加えてGLUT3の発現も認められている。タンパク質発現量に顕著な種差があるが、GLUT1に比べて絶対量が極めて小さいため(図4)、その種差はBBBにおけるグルコース供給速度に影響しないと考えられる。  
 ヒトにおいてBBBを介した脳へのグルコース供給速度の最大値は0.4–2.0 μmol/min/g brainであり、げっ歯類(1.42 μmol/min/g brain)と同程度であることが報告されている<ref><pubmed> 8621747 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 6361813 </pubmed></ref>。この報告に一致して、脳へのグルコース供給を担う[[GLUT1]]のタンパク質発現量に顕著な種差はない(図4))<ref name="ref6" /> BBBにおいて、GLUT1に加えてGLUT3の発現も認められている。タンパク質発現量に顕著な種差があるが、GLUT1に比べて絶対量が極めて小さいため(図4)、その種差はBBBにおけるグルコース供給速度に影響しないと考えられる。  


=== アミノ酸輸送  ===
=== アミノ酸輸送  ===


 ヒト脳毛細血管におけるLAT1および4f2hcのタンパク質発現量はともに、マウスに比べて5倍小さい(図4)。L-[1-<sup>11</sup>C]leucineとthree-compartment modelを用いたPET解析によって、ヒトの脳内のタンパク質合成速度(0.345-0.614 nmol/min/g)は、げっ歯類(3.38 nmol/min/g)に比べて顕著に小さいことが報告されている<ref><pubmed> 2786885 </pubmed></ref>。脳内タンパク質合成は、脳内のアミノ酸濃度によって影響され、アミノ酸濃度はBBBを介したアミノ酸供給速度に依存している<ref><pubmed> 833603 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 7929 </pubmed></ref>。従って、ヒトBBBではLAT1および4f2hcの発現量の低下に伴って、アミノ酸供給速度がげっ歯類に比べて小さいことが示唆される。
 ヒト脳毛細血管におけるLAT1および4f2hcのタンパク質発現量はともに、マウスに比べて5倍小さい(図4)。L-[1-<sup>11</sup>C][[ロイシン]]とthree-compartment modelを用いたPET解析によって、ヒトの脳内のタンパク質合成速度(0.345-0.614 nmol/min/g)は、げっ歯類(3.38 nmol/min/g)に比べて顕著に小さいことが報告されている<ref><pubmed> 2786885 </pubmed></ref>。脳内タンパク質合成は、脳内のアミノ酸濃度によって影響され、アミノ酸濃度はBBBを介したアミノ酸供給速度に依存している<ref><pubmed> 833603 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 7929 </pubmed></ref>。従って、ヒトBBBではLAT1および4f2hcの発現量の低下に伴って、アミノ酸供給速度がげっ歯類に比べて小さいことが示唆される。


== トランスポーターの輸送活性の再構築法  ==
== トランスポーターの輸送活性の再構築法  ==
180行目: 180行目:
[[Image:Tachikawa fig 5.jpg|thumb|300px|'''図5.血液脳関門におけるトランスポーターの輸送活性の再構築'''<br>Kp brain ratioは、mdr1a遺伝子欠損マウスにおける脳対血漿中薬物濃度比(Kp brain)を野生型マウスのKp brainで除した値として定義され、in vivoのBBBのmdr1a輸送活性を表す。<ref name="ref8"/>のデータを基に作成)]]  
[[Image:Tachikawa fig 5.jpg|thumb|300px|'''図5.血液脳関門におけるトランスポーターの輸送活性の再構築'''<br>Kp brain ratioは、mdr1a遺伝子欠損マウスにおける脳対血漿中薬物濃度比(Kp brain)を野生型マウスのKp brainで除した値として定義され、in vivoのBBBのmdr1a輸送活性を表す。<ref name="ref8"/>のデータを基に作成)]]  


 トランスポーターの輸送活性を構成する個々の要素(分子数、1分子あたりの輸送活性)を''in vitro''実験等で解明し、それらのデータを統合することによって''in vivo''のトランスポーターの輸送活性を解析する手法である。イメージング技術と異なり、ヒトにプローブ化合物を投与することなく、ヒトBBBにおけるトランスポーターの輸送活性を解析することが理論的に可能であり、現在、この実現を目指している。理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図5)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスmdr1a発現細胞単層膜で測定したmdr1aの輸送活性をそのmdr1a発現量で除することによってmdr1a 1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるmdr1a発現量と統合することによって、BBBのmdr1a輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図5)<ref name="ref8" /> 。このように、''in vivo''のBBBにおける輸送活性を再構築できることが実験的に証明されている。この再構築の考え方をヒトに適用し、ヒトのトランスポーターの発現培養細胞における1分子輸送活性およびヒト脳毛細血管における発現量を測定することによって、ヒトBBBにおける種々のトランスポーターの輸送活性を解析できるようになると考えられている。  
 トランスポーターの輸送活性を構成する個々の要素(分子数、1分子あたりの輸送活性)を''in vitro''実験等で解明し、それらのデータを統合することによって''in vivo''のトランスポーターの輸送活性を解析する手法である。イメージング技術と異なり、ヒトにプローブ化合物を投与することなく、ヒトBBBにおけるトランスポーターの輸送活性を解析することが理論的に可能であり、現在、この実現を目指している。
 
 理論的に、全てのトランスポーターに適用可能であり、有用な解析手法として期待されている。トランスポーターの輸送活性は、トランスポーター1分子あたりの輸送活性と分子数(タンパク質発現量, mol)の積に分解できる(図5)。従って、トランスポーター1分子あたりの輸送活性を''in vitro''実験によって測定し、ヒト死後脳から単離した脳毛細血管におけるトランスポーターのタンパク質発現量と統合することによって、''in vivo''のヒトBBBにおける輸送活性を再構築できる。この考え方を実証するために、マウスmdr1a発現細胞単層膜で測定したmdr1aの輸送活性をそのmdr1a発現量で除することによってmdr1a 1分子あたりの輸送活性を算出した。これをマウス脳毛細血管におけるmdr1a発現量と統合することによって、BBBのmdr1a輸送活性を再構築した。その結果、異なる輸送活性を示す全11基質について再構築された輸送活性は実測値と良好に一致した(図5)<ref name="ref8" /> 。このように、''in vivo''のBBBにおける輸送活性を再構築できることが実験的に証明されている。この再構築の考え方をヒトに適用し、ヒトのトランスポーターの発現培養細胞における1分子輸送活性およびヒト脳毛細血管における発現量を測定することによって、ヒトBBBにおける種々のトランスポーターの輸送活性を解析できるようになると考えられている。  


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==