「行動の抑制」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/moriguchiy 森口 佑介]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/moriguchiy 森口 佑介]</font><br>
''上越教育大学 学校教育研究科 (研究院)''<br>
''上越教育大学 学校教育研究科 (研究院)''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月11日 原稿完成日:2012年5月30日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月11日 原稿完成日:2012年5月30日 原稿更新日:2013年6月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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===ストループ課題  ===
===ストループ課題  ===


[[Image:Stroop.jpg|thumb|405x89px|<b>図.Stroop課題の刺激</b>]]


 アメリカの心理学者[[wikipedia:John Ridley Stroop|Stroop]]などによって1935年に報告された課題で、参加者は、書かれている文字の色を答えるように教示される。文字の意味が、文字の色と関係の無い場合(中立文字)、参加者は容易に文字の色を答えることがで きる。しかしながら、文字の意味がその色と関係あり、しかも異なる場合(不一致文字)、参加者は困難を示す。例えば、赤色の「あお」という文字、緑色の 「きいろ」という文字の色を答えるような場合である。これは、文字の意味が、文字の色を答えることを阻害するためであり、参加者は文字の意味を答える傾向 (優位な行動)を抑制しなければならない。  
 アメリカの心理学者[[wikipedia:John Ridley Stroop|Stroop]]などによって1935年に報告された課題で、参加者は、書かれている文字の色を答えるように教示される。文字の意味がその色と関係あり、しかも異なる場合(不一致文字)、参加者は困難を示す。例えば、赤色の「あお」という文字、緑色の 「きいろ」という文字の色を答えるような場合である。これは、文字の意味が、文字の色を答えることを阻害するためであり、参加者は文字の意味を答える傾向 (優位な行動)を抑制しなければならない。  


=== ゴー・ノーゴー課題  ===
=== ゴー・ノーゴー課題  ===
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== 神経基盤  ==
== 神経基盤  ==


 行動の抑制は、[[前頭前皮質]]の活動と密接に結びついている。特に、[[背外側前頭前皮質]]や[[下前頭領域]]の活動との関連が強い。例えば、[[前頭葉]]損傷患者は、Stroop課題においてエラーが多く[[反応時間]]も長いという <ref><pubmed>11369401</pubmed></ref> <ref><pubmed>4421777</pubmed></ref>。また、[[FMRI]]などの[[神経イメージング研究]]の結果からは、Stroop課題を正しく遂行するには[[前部帯状回]]<ref><pubmed>     8232848  </pubmed></ref>や、[[背外側前頭前皮質]]を含む広範な領域が関与しているとされている<ref><pubmed>  11133306  </pubmed></ref> 。ゴー・ノーゴー課題においても前頭前皮質の重要性が示されている。背外側前頭前皮質を切除した[[wikipedia:ja:サル|サル]]にゴー・ノーゴー課題を与えると、ノーゴー試行におけるエラーが増える<ref><pubmed>     4993199  </pubmed></ref>。また、神経イメージング研究も、ゴー試行とノーゴー試行を含むブロックと、ゴー試行だけを含むブロックを比べた際に、前者において背外側前頭前皮質が有意に活動することを示している <ref><pubmed>       8864300  </pubmed></ref>。下前頭領域の重要性を強調する研究も多く、Aronによると、ゴー・ノーゴー課題のような反応を抑制する課題においては、右の下前頭領域が重要な役割を果たしているという <ref name="ref8"><pubmed> 15050513 </pubmed></ref> 。
 行動の抑制は、[[前頭前皮質]]の活動と密接に結びついている。特に、[[背外側前頭前皮質]]や[[下前頭領域]]の活動との関連が強い。例えば、[[前頭葉]]損傷患者は、[[ストループ課題]]においてエラーが多く[[反応時間]]も長いという <ref><pubmed>11369401</pubmed></ref> <ref><pubmed>4421777</pubmed></ref>。また、[[FMRI]]などの[[神経イメージング研究]]の結果からは、ストループ課題を正しく遂行するには[[前部帯状回]]<ref><pubmed> 8232848  </pubmed></ref>や、[[背外側前頭前皮質]]を含む広範な領域が関与しているとされている<ref><pubmed>  11133306  </pubmed></ref>
 
 ゴー・ノーゴー課題においても前頭前皮質の重要性が示されている。背外側前頭前皮質を切除した[[wikipedia:ja:サル|サル]]にゴー・ノーゴー課題を与えると、ノーゴー試行におけるエラーが増える<ref><pubmed>4993199  </pubmed></ref>。また、神経イメージング研究も、ゴー試行とノーゴー試行を含むブロックと、ゴー試行だけを含むブロックを比べた際に、前者において背外側前頭前皮質が有意に活動することを示している <ref><pubmed>8864300  </pubmed></ref>。下前頭領域の重要性を強調する研究も多く、Aronによると、ゴー・ノーゴー課題のような反応を抑制する課題においては、右の下前頭領域が重要な役割を果たしているという <ref name="ref8"><pubmed> 15050513 </pubmed></ref> 。


 これらの脳内領域は他の領域とどのように関連して行動の抑制を可能にするのだろうか。1つの仮説は、これらの前頭領域のニューロンが直接ターゲットとなる[[運動野]]や[[大脳基底核]]のニューロンの活動を抑制するというものである<ref name="ref8" />。例えば、ノーゴー試行におけるサルの前頭前皮質のニューロンを刺激すると、運動野の電気活動のレベルが下がるという報告がある。  
 これらの脳内領域は他の領域とどのように関連して行動の抑制を可能にするのだろうか。1つの仮説は、これらの前頭領域のニューロンが直接ターゲットとなる[[運動野]]や[[大脳基底核]]のニューロンの活動を抑制するというものである<ref name="ref8" />。例えば、ノーゴー試行におけるサルの前頭前皮質のニューロンを刺激すると、運動野の電気活動のレベルが下がるという報告がある。  
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 1つは、上記の仮説と類似しているが、前頭前皮質の一部の領域が、大脳基底核などのニューロンの活動を直接抑制するというものである。このプロセスは、[[ストレス]]への対処や反応の抑制などのように、抑制すべき状況が明確なときに見られるといい、ゴー・ノーゴー課題での抑制プロセスに対応する。  
 1つは、上記の仮説と類似しているが、前頭前皮質の一部の領域が、大脳基底核などのニューロンの活動を直接抑制するというものである。このプロセスは、[[ストレス]]への対処や反応の抑制などのように、抑制すべき状況が明確なときに見られるといい、ゴー・ノーゴー課題での抑制プロセスに対応する。  


 もう1つは[[皮質]]内での抑制の場合であり、この際には間接的な抑制プロセスが見られるという。このプロセスでは、当該の目標を前頭前皮質で表現することで、その目標と関連する領域が活動する。この活動が、その目標到達を阻害する別の脳領域の活動と競合し、後者の活動を抑制するのである。例えば、Stroop課題の場合、文字の色という目標を表現することで、色処理と関連する領域の活動が増し、文字処理と関連する脳領域の活動を抑制するということである。
 もう1つは[[皮質]]内での抑制の場合であり、この際には間接的な抑制プロセスが見られるという。このプロセスでは、当該の目標を前頭前皮質で表現することで、その目標と関連する領域が活動する。この活動が、その目標到達を阻害する別の脳領域の活動と競合し、後者の活動を抑制するのである。例えば、ストループ課題の場合、文字の色という目標を表現することで、色処理と関連する領域の活動が増し、文字処理と関連する脳領域の活動を抑制するということである。


 前頭前皮質以外で行動の抑制と関連がある領野は、島皮質と前補足運動野である<ref><pubmed>21376819</pubmed></ref>。前者は、行動の抑制そのものというよりは課題のルールや課題の準備と関連している可能性があるが、後者については、行動の抑制の中核システムであるという指摘もある。Sharpらは、前頭前皮質は予測していない出来事が生じた際の注意処理と関連しているにすぎず、前補足運度野が行動の抑制の基盤であることを示唆している<ref><pubmed> 20220100</pubmed></ref>。近年のメタ分析によっても、ゴー・ノーゴー課題において、前頭前皮質の賦活は負荷の高い課題においてのみ見られたのに対して、前補足運動野は課題の負荷と独立して賦活することが示されている<ref><pubmed> 17850833</pubmed></ref>。
 前頭前皮質以外で行動の抑制と関連がある領野は、島皮質と前補足運動野である<ref><pubmed>21376819</pubmed></ref>。前者は、行動の抑制そのものというよりは課題のルールや課題の準備と関連している可能性があるが、後者については、行動の抑制の中核システムであるという指摘もある。Sharpらは、前頭前皮質は予測していない出来事が生じた際の注意処理と関連しているにすぎず、前補足運度野が行動の抑制の基盤であることを示唆している<ref><pubmed> 20220100</pubmed></ref>。近年のメタ分析によっても、ゴー・ノーゴー課題において、前頭前皮質の賦活は負荷の高い課題においてのみ見られたのに対して、前補足運動野は課題の負荷と独立して賦活することが示されている<ref><pubmed> 17850833</pubmed></ref>。

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