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<font size="+1">[http://researchmap.jp/keizotakao 高雄 啓三]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/keizotakao 高雄 啓三]</font><br>
''生理学研究所 行動・代謝分子解析センター''<br>
''生理学研究所 行動・代謝分子解析センター''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/koshimizu 小清水 久嗣]</font><br>
''藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/tsuyoshimiyakawa 宮川 剛]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/tsuyoshimiyakawa 宮川 剛]</font><br>
''藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学''<br>
''藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年7月31日 原稿完成日:2013年6月6日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年7月31日 原稿完成日:2013年8月14日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
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 行動テストバッテリーとは、比較的実施が容易な異なる種類の行動テストを複数組み合わせたものであり、遺伝子改変や薬物投与など[[マウス]]や[[ラット]]など各種実験操作が、マウスやラットなどの被験体の行動に及ぼす影響を評価する際に用いられる手法である。本項では、主に遺伝子改変マウスの行動を解析するための行動テストバッテリーについて記述する。
 行動テストバッテリーとは、比較的実施が容易な異なる種類の行動テストを複数組み合わせたものであり、遺伝子改変や薬物投与などの各種実験操作が、[[マウス]]や[[ラット]]などの被験体の行動に及ぼす影響を評価する際に用いられる手法である。本項では、主に遺伝子改変マウスの行動を解析するための行動テストバッテリーについて記述する。
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 マウスが壁際を好み、高所を避けるという性質を利用した不安様行動のテスト。自発的交替課題を行うためのY字迷路を高架式にし、壁を持つアーム(クローズドアーム)と壁のないアーム(オープンアーム)を組み合わせ、それぞれのアームへの進入回数から不安様行動を評価した<ref name=ref23><pubmed>13252152</pubmed></ref>ものが原型となっている。その後、装置や測定指標の改良を経て、1985 年にPellow らが高架式十字迷路テストとして発表した<ref name=ref24><pubmed>2864480</pubmed></ref>。高架式十字迷路では、クローズドアームとオープンアームとを十字に組み合わせた迷路にマウスを置き自由に探索させ、それぞれのアームに滞在していた時間や入った回数、移動距離などを測定する<ref name=ref25><pubmed>19229173</pubmed></ref>。アームへの進入回数およびアーム上の滞在時間を絶対値のまま指標とするとこれらの値は活動性に影響を受けやすいので、オープンアームに対する数値とクローズドアームに対する数値とで比をとって指標にすることが多い。オープンアームに対する進入回数および滞在時間が増加していれば不安様行動の低下が、逆にそれらが低下していれば不安様行動の増加が示唆される。高架式十字迷路テストで測定される不安様行動は、[[ベンゾジアゼピン]]系抗不安薬や[[アドレナリン]][[α受容体]]関連薬物などの薬剤に対する反応性から妥当性が[[行動薬理学]]的に示されている<ref name=ref24 /> <ref name=ref26><pubmed>3110839</pubmed></ref>。その他にも、オープンアーム滞在中の血中[[コルチコステロン]]濃度の上昇<ref name=ref24 /> <ref name=ref27><pubmed>7862873</pubmed></ref>や脱糞の増加<ref name=ref24 />などの生理学的指標の変化も報告されている。このため、高架式十字迷路テストは、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]における不安に類似した行動を評価していると考えられており、 抗不安薬のスクリーニングによく使われている<ref name=ref28><pubmed>6149466</pubmed></ref>。
 マウスが壁際を好み、高所を避けるという性質を利用した不安様行動のテスト。自発的交替課題を行うためのY字迷路を高架式にし、壁を持つアーム(クローズドアーム)と壁のないアーム(オープンアーム)を組み合わせ、それぞれのアームへの進入回数から不安様行動を評価した<ref name=ref23><pubmed>13252152</pubmed></ref>ものが原型となっている。その後、装置や測定指標の改良を経て、1985 年にPellow らが高架式十字迷路テストとして発表した<ref name=ref24><pubmed>2864480</pubmed></ref>。高架式十字迷路では、クローズドアームとオープンアームとを十字に組み合わせた迷路にマウスを置き自由に探索させ、それぞれのアームに滞在していた時間や入った回数、移動距離などを測定する<ref name=ref25><pubmed>19229173</pubmed></ref>。アームへの進入回数およびアーム上の滞在時間を絶対値のまま指標とするとこれらの値は活動性に影響を受けやすいので、オープンアームに対する数値とクローズドアームに対する数値とで比をとって指標にすることが多い。オープンアームに対する進入回数および滞在時間が増加していれば不安様行動の低下が、逆にそれらが低下していれば不安様行動の増加が示唆される。高架式十字迷路テストで測定される不安様行動は、[[ベンゾジアゼピン]]系抗不安薬や[[アドレナリン]][[α受容体]]関連薬物などの薬剤に対する反応性から妥当性が[[行動薬理学]]的に示されている<ref name=ref24 /> <ref name=ref26><pubmed>3110839</pubmed></ref>。その他にも、オープンアーム滞在中の血中[[コルチコステロン]]濃度の上昇<ref name=ref24 /> <ref name=ref27><pubmed>7862873</pubmed></ref>や脱糞の増加<ref name=ref24 />などの生理学的指標の変化も報告されている。このため、高架式十字迷路テストは、[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]における不安に類似した行動を評価していると考えられており、 抗不安薬のスクリーニングによく使われている<ref name=ref28><pubmed>6149466</pubmed></ref>。


 明暗選択テスト (項目3.3.1) と高架式十字迷路テスト (項目3.3.2) はともに不安様行動を測定する代表的なテストである。それぞれのテストで測定される行動を引き起こしている要因には共通しているものがあるが、一方で異なる要因もあり、この2つのテストで得られる結果から推測される不安様行動の増減が常に同じ方向であるとは限らない。実際、遺伝子改変マウスの行動表現型では双方で不安様行動が低下あるいは亢進している場合もあるが、片方のテストでだけ不安様行動の増減が見られたり<ref name=ref29><pubmed>18958194</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>23060763</pubmed></ref>、あるいは2つのテストで不安様行動について一方のテストでは低下し、他方では増加しているといった逆方向<ref name=ref19 /> <ref name=ref31><pubmed>23268962</pubmed></ref>の[[表現型]]が得られることもある。
 明暗選択テストと高架式十字迷路テストはともに不安様行動を測定する代表的なテストである。それぞれのテストで測定される行動を引き起こしている要因には共通しているものがあるが、一方で異なる要因もあり、この2つのテストで得られる結果から推測される不安様行動の増減が常に同じ方向であるとは限らない。実際、遺伝子改変マウスの行動表現型では双方で不安様行動が低下あるいは亢進している場合もあるが、片方のテストでだけ不安様行動の増減が見られたり<ref name=ref29><pubmed>18958194</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>23060763</pubmed></ref>、あるいは2つのテストで不安様行動について一方のテストでは低下し、他方では増加しているといった逆方向<ref name=ref19 /> <ref name=ref31><pubmed>23268962</pubmed></ref>の[[表現型]]が得られることもある。


===うつ様行動===
===うつ様行動===
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Porsolt forced swim test
Porsolt forced swim test


 回避ができない環境で強制的に泳がされたマウスが学習性無力感によって遊泳しなくなることを利用したうつ様行動を測定するテスト。水を入れた円筒形の容器にマウスを入れ、無動状態の時間を測定する<ref name=ref32><pubmed>204499</pubmed></ref>。水に入れた直後、マウスは脱出しようと動き回るが、次第に遊泳しなくなり動かない時間(無動時間)が増える。抗うつ薬を投与すると無動時間が減少する<ref name=ref32 />ことから、無動時間の長さがうつ様行動の指標とされている。無動時間が長ければうつ様行動の増加が、短ければ減少が示唆される。
 回避ができない環境で強制的に泳がされたマウスが遊泳しなくなることを利用した抗うつ薬のスクリーニングテスト。水を入れた円筒形の容器にマウスを入れ、無動状態の時間を測定する<ref name=ref32><pubmed>204499</pubmed></ref>。水に入れた直後、マウスは脱出しようと動き回るが、次第に遊泳しなくなり動かない時間(無動時間)が増える。抗うつ薬を投与すると無動時間が減少する<ref name=ref32 />ことから、抗うつ薬のスクリーニングに用いられてきた。その後、うつ様行動の指標としても用いられるようになり、その場合、無動時間が長ければうつ様行動の増加、短ければ減少、と解釈されている。本試験では、2日目の無動時間を測定することにより、学習性無力を反映するとも考えられるが、無動はエネルギー消費を抑えるための適応的な行動であり、無動時間の短縮は学習を反映している可能性もある<ref name=ref82><pubmed>2277851</pubmed></ref>。


====尾懸垂テスト====
====尾懸垂テスト====
Tail suspension test
Tail suspension test


 逆さ向きに吊されたマウスが学習性無力感によって動かなくなることを利用したうつ様行動を測定するテスト。マウスを尻尾から逆さに吊るし、無動時間を測定する<ref name=ref33><pubmed>15890404</pubmed></ref>。吊されたマウスは脱出しようと動き回るが、次第に動かない時間が増えてくる。このテストでも抗うつ薬を投与すると無動時間が減少する<ref name=ref33 />ことから、無動時間の長さがうつ様行動の指標とされている。
 逆さ向きに吊されたマウスのもがく時間を測定する、抗うつ薬のスクリーニングテスト。マウスを尻尾から逆さに吊るし、無動時間を測定する<ref name=ref33><pubmed>15890404</pubmed></ref>。吊されたマウスは脱出しようと動き回るが、次第に動かない時間が増えてくる。このテストでも抗うつ薬を投与すると無動時間が減少する<ref name=ref33 />ことから、抗うつ薬のスクリーニングに用いられてきた。その後、強制水泳試験と同様に、うつ様行動の指標としても用いられるようになった。抗うつ薬を事前に投与しておくと無動時間が短くなることから、無動時間が長ければうつ様行動の増加、短ければ減少、と解釈されている。


 先述した不安様行動テストの場合と同様に、うつ様行動を測定する代表的な2つのテストであるポーソルト強制水泳テスト (項目 3.4.1) と尾懸垂テスト (項目 3.4.2) でも、それぞれのテストで測定される行動の背景には共通の要因と個別に異なる要因とがある。そのため同じ遺伝子改変マウスに2つのテストを行った場合に、両方でうつ様行動の増減が同方向にみられる<ref name=ref34><pubmed>23300874</pubmed></ref>こともあれば一方ではうつ様行動が増加、他方では減少というように逆方向になることもある<ref name=ref31 />。ポーソルト強制水泳テストと尾懸垂テストは、ともに抗うつ剤の評価およびスクリーニングによく使われている。[[抗うつ薬]]の臨床における治療効果は、長期間の服用ではじめて得られるとされているが、ポーソルト強制水泳テストと尾懸垂テストを用いたこれらの薬剤のスクリーニングでは急性投与での効果のみが評価されているという問題が指摘されている<ref name=ref35><pubmed>11931738</pubmed></ref>。
 先述した不安様行動テストの場合と同様に、うつ様行動を測定する代表的な2つのテストであるポーソルト強制水泳テストと尾懸垂テストでも、それぞれのテストで測定される行動の背景には共通の要因と個別に異なる要因とがある。そのため同じ遺伝子改変マウスに2つのテストを行った場合に、両方でうつ様行動の増減が同方向にみられる<ref name=ref34><pubmed>23300874</pubmed></ref>こともあれば一方ではうつ様行動が増加、他方では減少というように逆方向になることもある<ref name=ref31 />。ポーソルト強制水泳テストと尾懸垂テストは、元々抗うつ剤の評価およびスクリーニング法として開発されたが、[[抗うつ薬]]の臨床における治療効果は、長期間の服用ではじめて得られる一方、ポーソルト強制水泳テストと尾懸垂テストを用いたこれらの薬剤のスクリーニングでは急性投与での効果のみが評価されているという問題が指摘されている<ref name=ref35><pubmed>11931738</pubmed></ref>。


===学習・記憶===
===学習・記憶===
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 マウスに場所(文脈)や音、光などの条件刺激と電気刺激などの無条件刺激を組み合わせて与えることで条件づけした後、条件刺激を再度提示した際にマウスが[[すくみ反応]]([[フリージング]])を示した時間を測定し、一定時間あたりのフリージング持続時間を記憶能力の指標とするテスト<ref name=ref41><pubmed>7208128</pubmed></ref>。条件づけした文脈や手がかり刺激を与えてもすくみ反応を示さなかったり、示している時間が短かったりすれば、記憶能力の異常が示唆される。このテストは古典的条件づけおよび文脈記憶のテストとして広く使われている。恐怖条件づけでは、マウスに電気ショックなどの非常に強い刺激を与えるため、このテストを経験させた動物はその後の行動特性が大きく変化する可能性がある。そのため、本テストはテストバッテリーの終盤に行うことが多い。他のテストを経験しておらず、実験者による取り扱いに(ハンドリング)にも全く慣れていない個体をテストの被験体として用いると、ケージからの取り出しや持ち運びなどのハンドリングも含めて無条件刺激となってしまい、どんな文脈に対してもすくみ反応を示してしまうこともある。このような場合は、文脈や手がかりを記憶しているかどうかの評価ができなくなってしまうので、実験を計画する際には注意が必要である。
 マウスに場所(文脈)や音、光などの条件刺激と電気刺激などの無条件刺激を組み合わせて与えることで条件づけした後、条件刺激を再度提示した際にマウスが[[すくみ反応]]([[フリージング]])を示した時間を測定し、一定時間あたりのフリージング持続時間を記憶能力の指標とするテスト<ref name=ref41><pubmed>7208128</pubmed></ref>。条件づけした文脈や手がかり刺激を与えてもすくみ反応を示さなかったり、示している時間が短かったりすれば、記憶能力の異常が示唆される。このテストは古典的条件づけおよび文脈記憶のテストとして広く使われている。恐怖条件づけでは、マウスに電気ショックなどの非常に強い刺激を与えるため、このテストを経験させた動物はその後の行動特性が大きく変化する可能性がある。そのため、本テストはテストバッテリーの終盤に行うことが多い。他のテストを経験しておらず、実験者による取り扱いに(ハンドリング)にも全く慣れていない個体をテストの被験体として用いると、ケージからの取り出しや持ち運びなどのハンドリングも含めて無条件刺激となってしまい、どんな文脈に対してもすくみ反応を示してしまうこともある。このような場合は、文脈や手がかりを記憶しているかどうかの評価ができなくなってしまうので、実験を計画する際には注意が必要である。
 ''詳細は[[恐怖条件づけ]]の項目参照。''


==実施にあたって留意すべき事項==
==実施にあたって留意すべき事項==
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====遺伝的背景====
====遺伝的背景====
 実験用のマウスにはさまざまな系統が存在し、系統によって行動特性は大きく異なる[7] [8]。どの系統をバックグランド系統とするかによって、検出される表現型が変化する可能性があるので使用する系統の選択には注意が必要である。例えば、プレパルス抑制がもともとあまり見られない系統をバックグランド系統として解析をした場合、プレパルス抑制の低下を検出するは難しい。逆に、プレパルス抑制が向上するという表現型であれば強調されて検出が容易になる可能性もある。
 実験用のマウスにはさまざまな系統が存在し、系統によって行動特性は大きく異なる<ref name=ref7 /><ref name=ref8 />。どの系統をバックグランド系統とするかによって、検出される表現型が変化する可能性があるので使用する系統の選択には注意が必要である。例えば、プレパルス抑制がもともとあまり見られない系統をバックグランド系統として解析をした場合、プレパルス抑制の低下を検出するは難しい。逆に、プレパルス抑制が向上するという表現型であれば強調されて検出が容易になる可能性もある。


 遺伝子改変マウスの表現型解析を行う場合において、バックグラウンド系統として現在よく使われているのは C57BL6/J という系統である。一方で遺伝子改変マウスの作製に用いられるES細胞には、最も早く[[ES細胞]]株が確立されたマウス系統である129由来のものが多く使用されていた<ref name=ref43><pubmed>7242681</pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed>6950406</pubmed></ref>。
 遺伝子改変マウスの表現型解析を行う場合において、バックグラウンド系統として現在よく使われているのは C57BL6/J という系統である。一方で遺伝子改変マウスの作製に用いられるES細胞には、最も早く[[ES細胞]]株が確立されたマウス系統である129由来のものが多く使用されていた<ref name=ref43><pubmed>7242681</pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed>6950406</pubmed></ref>。


 この129という系統から派生した亜系統(亜系統について次段落参照)では[[脳梁]]の形成不全が生じており、記憶・学習に障害があるとされたため<ref name=ref45><pubmed>7093694</pubmed></ref>、遺伝子改変マウスの行動を解析する際には多くの場合、遺伝的背景を129系 からC57BL6/J系統にする[[wikipedia:ja:戻し交配|戻し交配]] ([[wikipedia:ja:バッククロス|バッククロス]]) が行われている。実際、129系の亜系統のうち、129/J, 129/SvJ, 129/Sv では空間学習の成績低下が知られている<ref name=ref46><pubmed>10415403</pubmed></ref>。しかし、別の亜系統129S6/SvEvTac ではモリス水迷路や恐怖条件づけで測定される学習・記憶は正常であると報告されている<ref name=ref46 />。作業記憶についてもT迷路やY迷路を用いた自発的交替課題で129S2/SvHsd (129) とC57BL/6JOlaHsd との間で交替率(正答率)に大きな違いは見られない<ref name=ref47><pubmed>11423164</pubmed></ref>。その他にも、C57BL6/Jではプレパルス抑制 (項目3.1.2 参照) が低いのに対して、129/SvEvTacや129/J、129/SvJは高いことが報告されている<ref name=ref48><pubmed>9266614</pubmed></ref>。
 この129という系統から派生した亜系統(亜系統について次段落参照)では[[脳梁]]の形成不全が生じており、記憶・学習に障害があるとされたため<ref name=ref45><pubmed>7093694</pubmed></ref>、遺伝子改変マウスの行動を解析する際には多くの場合、遺伝的背景を129系 からC57BL6/J系統にする[[wikipedia:ja:戻し交配|戻し交配]] ([[wikipedia:ja:バッククロス|バッククロス]]) が行われている。実際、129系の亜系統のうち、129/J, 129/SvJ, 129/Sv では空間学習の成績低下が知られている<ref name=ref46><pubmed>10415403</pubmed></ref>。しかし、別の亜系統129S6/SvEvTac ではモリス水迷路や恐怖条件づけで測定される学習・記憶は正常であると報告されている<ref name=ref46 />。作業記憶についてもT迷路やY迷路を用いた自発的交替課題で129S2/SvHsd (129) とC57BL/6JOlaHsd との間で交替率(正答率)に大きな違いは見られない<ref name=ref47><pubmed>11423164</pubmed></ref>。その他にも、C57BL6/Jではプレパルス抑制が低いのに対して、129/SvEvTacや129/J、129/SvJは高いことが報告されている<ref name=ref48><pubmed>9266614</pubmed></ref>。


 このように遺伝的背景が129系統であっても必ずしも表現型解析に問題が生じるわけではないのでC57BL6系へのバッククロスが必須というわけではないと考えられる。また、戻し交配を行う場合に注意すべきこととして、ドナー系統(もとの系統)の遺伝子の残存がある。C57BL6/Jによる戻し交配を6回経て生まれたマウスは、遺伝子の98.4%がC57BL6/J由来のものとなる。しかし、これは理論上の値であり、遺伝子型判定を行った上で遺伝子改変マウスを選別して戻し交配を行うのでターゲットとした遺伝子の周辺にはドナー系統の遺伝子が残存しており表現型に影響を与える可能性がある (隣接遺伝子効果, Flanking-gene effect) ので注意が必要である<ref name=ref49><pubmed>15364034</pubmed></ref>。現在ではC57BL6系統のES細胞株も確立されており、戻し交配を経ることなくC57BL6純系で遺伝子改変マウスを得ることができる<ref name=ref50><pubmed>17298852</pubmed></ref>。
 このように遺伝的背景が129系統であっても必ずしも表現型解析に問題が生じるわけではないのでC57BL6系へのバッククロスが必須というわけではないと考えられる。また、戻し交配を行う場合に注意すべきこととして、ドナー系統(もとの系統)の遺伝子の残存がある。C57BL6/Jによる戻し交配を6回経て生まれたマウスは、遺伝子の98.4%がC57BL6/J由来のものとなる。しかし、これは理論上の値であり、遺伝子型判定を行った上で遺伝子改変マウスを選別して戻し交配を行うのでターゲットとした遺伝子の周辺にはドナー系統の遺伝子が残存しており表現型に影響を与える可能性がある (隣接遺伝子効果, Flanking-gene effect) ので注意が必要である<ref name=ref49><pubmed>15364034</pubmed></ref>。現在ではC57BL6系統のES細胞株も確立されており、戻し交配を経ることなくC57BL6純系で遺伝子改変マウスを得ることができる<ref name=ref50><pubmed>17298852</pubmed></ref>。
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===行動テストバッテリーの構成===
===行動テストバッテリーの構成===
 行動テストバッテリーを構成する際には、テストの順番とテスト間の間隔についても注意する必要がある。最初に行うテストを除き、全てのテストにおいてマウスは先行して経験した実験の影響を受けるので、全ての被験体について同じ順番でテストを実施するのが望ましい。行動テストバッテリーに含まれる各種テストは、被験体に与えるストレスが低いと考えられるテストから始め、徐々にストレスレベルが高いと考えられるテストを受けるような順番で構成されている。特に恐怖条件づけテスト(項目3.5.4 参照)のように電気ショックを与えるものは、その後の行動に影響を与える可能性が高く、テストバッテリーの中では終盤に実施するのが一般的である<ref name=ref7 />。行動テストバッテリーにおけるテスト間の間隔については、Paylor らがバッテリー内のテスト間隔を1週間にした場合と1-2日にした場合とを比較した研究を発表している<ref name=ref42><pubmed>16197969</pubmed></ref>。この研究によるとテストの間隔が1-2日あれば1週間の間隔を空けた場合と比較して行動テストの結果に大きな違いは見られなかった<ref name=ref42 />。この知見に基づき、Crawleyらの研究室をはじめ、藤田保健衛生大学、生理学研究所などでも行動テストバッテリーを実施する場合は、テスト間の間隔は1日以上空けることとしている。
 行動テストバッテリーを構成する際には、テストの順番とテスト間の間隔についても注意する必要がある。最初に行うテストを除き、全てのテストにおいてマウスは先行して経験した実験の影響を受けるので、全ての被験体について同じ順番でテストを実施するのが望ましい。行動テストバッテリーに含まれる各種テストは、被験体に与えるストレスが低いと考えられるテストから始め、徐々にストレスレベルが高いと考えられるテストを受けるような順番で構成されている。特に恐怖条件づけテストのように電気ショックを与えるものは、その後の行動に影響を与える可能性が高く、テストバッテリーの中では終盤に実施するのが一般的である<ref name=ref7 />。行動テストバッテリーにおけるテスト間の間隔については、Paylor らがバッテリー内のテスト間隔を1週間にした場合と1-2日にした場合とを比較した研究を発表している<ref name=ref42><pubmed>16197969</pubmed></ref>。この研究によるとテストの間隔が1-2日あれば1週間の間隔を空けた場合と比較して行動テストの結果に大きな違いは見られなかった<ref name=ref42 />。この知見に基づき、Crawleyらの研究室をはじめ、藤田保健衛生大学、生理学研究所などでも行動テストバッテリーを実施する場合は、テスト間の間隔は1日以上空けることとしている。


===実験環境===
===実験環境===
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===結果の解釈における注意事項===
===結果の解釈における注意事項===
 ある特定の行動を測定する場合、遺伝的背景・実験環境・目的の行動領域以外の行動異常など、その行動の測定結果に影響を及ぼす「混交要因」が必ず存在する。例えば、空間記憶のテストとしてよく用いられるモリス水迷路(項目3.5.1)においては、水泳能力、視力、プラットフォームに登る動機づけの強さ、逃避戦略などが混交要因になり得る。例えばあるマウスの水泳能力が低い場合、モリス水迷路でそのマウスの成績が低下していても、その原因は記憶・学習の障害でなく水泳能力の低下である可能性がある。このような場合、モリス水迷路でそのマウスの空間記憶を評価することは困難であり、水泳能力を必要としない[[バーンズ迷路]]テスト(項目3.5.2)や8方向放射状迷路 (項目 3.5.3) など別の実験で評価する必要がある。例えば、[[Neurogranin]]ノックアウトマウスは、モリス水迷路のhidden platform task においてプラットフォームが存在した領域を学習することはできなかったが、バーンズ迷路では逃避箱の存在した穴の位置を学習し、プローブテストにおいてその記憶を想起することができた<ref name=ref60><pubmed>11811671</pubmed></ref>。このマウスがモリス水迷路でプラットフォームの位置を学習することができなかった原因は、空間記憶の障害以外の要因である可能性が高い<ref name=ref60 />。このように、ある特定の行動を評価するためには、異なる混交要因をもつ複数のテストで行動の指標を測定し、評価しようとしている行動以外の影響をできるだけ小さくして総合的に判断しなければならない。行動実験によって得られた結果を解釈する際は、Morganによって提唱された「低次の心的な能力によって説明可能なことは、高次の心的な能力によって解釈してはならない」とするモーガンの公準 (Morgan's Canon)<ref name=ref61>'''Morgan, C. L.'''<br>An Introduction to Comparative Psychology.</ref>に従うことが推奨される。先の例で言えば、モリス水迷路で成績が悪かった場合において、水泳能力や視力の低下によって成績が低下していると解釈できるなら、空間記憶が障害されているという解釈には慎重になる必要がある。
 ある特定の行動を測定する場合、遺伝的背景・実験環境・目的の行動領域以外の行動異常など、その行動の測定結果に影響を及ぼす「混交要因」が必ず存在する。例えば、空間記憶のテストとしてよく用いられるモリス水迷路においては、水泳能力、視力、プラットフォームに登る動機づけの強さ、逃避戦略などが混交要因になり得る。例えばあるマウスの水泳能力が低い場合、モリス水迷路でそのマウスの成績が低下していても、その原因は記憶・学習の障害でなく水泳能力の低下である可能性がある。このような場合、モリス水迷路でそのマウスの空間記憶を評価することは困難であり、水泳能力を必要としない[[バーンズ迷路]]テストや8方向放射状迷路など別の実験で評価する必要がある。例えば、[[Neurogranin]]ノックアウトマウスは、モリス水迷路のhidden platform task においてプラットフォームが存在した領域を学習することはできなかったが、バーンズ迷路では逃避箱の存在した穴の位置を学習し、プローブテストにおいてその記憶を想起することができた<ref name=ref60><pubmed>11811671</pubmed></ref>。このマウスがモリス水迷路でプラットフォームの位置を学習することができなかった原因は、空間記憶の障害以外の要因である可能性が高い<ref name=ref60 />。このように、ある特定の行動を評価するためには、異なる混交要因をもつ複数のテストで行動の指標を測定し、評価しようとしている行動以外の影響をできるだけ小さくして総合的に判断しなければならない。行動実験によって得られた結果を解釈する際は、Morganによって提唱された「低次の心的な能力によって説明可能なことは、高次の心的な能力によって解釈してはならない」とするモーガンの公準 (Morgan's Canon)<ref name=ref61>'''Morgan, C. L.'''<br>An Introduction to Comparative Psychology.</ref>に従うことが推奨される。先の例で言えば、モリス水迷路で成績が悪かった場合において、水泳能力や視力の低下によって成績が低下していると解釈できるなら、空間記憶が障害されているという解釈には慎重になる必要がある。


==脳科学研究における行動テストバッテリーの役割==
==脳科学研究における行動テストバッテリーの役割==
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===精神・神経疾患モデルの作製・同定===
===精神・神経疾患モデルの作製・同定===
 精神・神経疾患モデル動物を作製するにはいくつかのアプローチがある。ヒトで疾患の原因となる遺伝子変異が同定された場合には、その遺伝子変異をマウスに導入した疾患モデル動物の作製が多く試みられている。ここでは例として自閉症モデルマウスについて紹介する。
 精神・神経疾患[[モデル動物]]を作製するにはいくつかのアプローチがある。ヒトで疾患の原因となる遺伝子変異が同定された場合には、その遺伝子変異をマウスに導入した疾患モデル動物の作製が多く試みられている。ここでは例として自閉症モデルマウスについて紹介する。


 ヒトの自閉症では、5%程度の症例に染色体異常が見られるが、その中でも頻度が高い異常に染色体15q11-q13の重複がある<ref name=ref62><pubmed>15037868</pubmed></ref>。遺伝子工学により対応する染色体の重複を持つマウスが作製され、このマウスが自閉症様の行動異常を示すかどうか調べるため行動テストバッテリーによって解析が行われた。その結果、重複染色体をもつマウスは、社会的行動の異常、超音波によるコミュニケーションの障害、固執傾向の増加など、自閉症様の行動異常のパターンを示すことが明らかとなった<ref name=ref63><pubmed>19563756</pubmed></ref>。現在このマウスは、自閉症のモデルマウスとして病態の解明や治療法の探索などに活用されている。
 ヒトの自閉症では、5%程度の症例に染色体異常が見られるが、その中でも頻度が高い異常に染色体15q11-q13の重複がある<ref name=ref62><pubmed>15037868</pubmed></ref>。遺伝子工学により対応する染色体の重複を持つマウスが作製され、このマウスが自閉症様の行動異常を示すかどうか調べるため行動テストバッテリーによって解析が行われた。その結果、重複染色体をもつマウスは、社会的行動の異常、超音波によるコミュニケーションの障害、固執傾向の増加など、自閉症様の行動異常のパターンを示すことが明らかとなった<ref name=ref63><pubmed>19563756</pubmed></ref>。現在このマウスは、自閉症のモデルマウスとして病態の解明や治療法の探索などに活用されている。
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 [[α-CaMKII]]ヘテロ欠損マウスは[[攻撃性]]の増大、[[活動性]]の亢進、不安様行動の低下、うつ様行動の低下、作業記憶の障害など一連の顕著な精神疾患様行動異常を示すことが行動テストバッテリーを用いた解析で明らかになった<ref name=ref68><pubmed>18803808</pubmed></ref>。このマウスの脳を解析したところ、[[海馬]][[歯状回]]の神経細胞が、分子生物学的、形態学的、電気生理学的に未成熟な細胞の特性を示しており、このマウスの海馬歯状回は非成熟歯状回であることがわかった<ref name=ref68 />。
 [[α-CaMKII]]ヘテロ欠損マウスは[[攻撃性]]の増大、[[活動性]]の亢進、不安様行動の低下、うつ様行動の低下、作業記憶の障害など一連の顕著な精神疾患様行動異常を示すことが行動テストバッテリーを用いた解析で明らかになった<ref name=ref68><pubmed>18803808</pubmed></ref>。このマウスの脳を解析したところ、[[海馬]][[歯状回]]の神経細胞が、分子生物学的、形態学的、電気生理学的に未成熟な細胞の特性を示しており、このマウスの海馬歯状回は非成熟歯状回であることがわかった<ref name=ref68 />。


 行動テストバッテリーでさまざまなマウス系統の解析を行った結果、他の遺伝子改変マウス([[Schnurri-2]]欠損マウス、[[SNAP-25]]変異マウスなど)および薬物投与マウスでも活動性の亢進、不安様行動の低下、作業記憶の障害というα-CaMKIIヘテロ欠損マウスと共通する行動異常パターンを示すものが発見された<ref name=ref69><pubmed>23389689</pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>23497716</pubmed></ref> <ref name=ref71><pubmed>20404165</pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed>23560889</pubmed></ref>。これらのマウスの脳を調べたところ、共通して非成熟歯状回を持つことが確認された<ref name=ref69 /> <ref name=ref70 /> <ref name=ref71 /> <ref name=ref72 />
 行動テストバッテリーでさまざまなマウス系統の解析を行った結果、他の遺伝子改変マウス([[Schnurri-2]]欠損マウス、[[SNAP-25]]変異マウスなど)および薬物投与マウスでも活動性の亢進、不安様行動の低下、作業記憶の障害というα-CaMKIIヘテロ欠損マウスと共通する行動異常パターンを示すものが発見された<ref name=ref69><pubmed>23389689</pubmed></ref> <ref name=ref70><pubmed>23497716</pubmed></ref> <ref name=ref71><pubmed>20404165</pubmed></ref> <ref name=ref72><pubmed>23560889</pubmed></ref>。これらのマウスの脳を調べたところ、共通して非成熟歯状回とされるような特徴を持つことが確認された<ref name=ref69 /> <ref name=ref70 /> <ref name=ref71 /> <ref name=ref72 />。最近の研究によって、統合失調症および[[双極性障害]]患者の死後脳でも同様の所見が見られると報告されており<ref name=ref73><pubmed>22781168</pubmed></ref>、統合失調症をはじめとした精神疾患の中間表現型となる可能性がある。
 
 非成熟歯状回は、最近の研究によって統合失調症および[[双極性気分障害]]患者の死後脳でも見つかっており<ref name=ref73><pubmed>22781168</pubmed></ref>、統合失調症をはじめとした精神疾患の中間表現型となる可能性がある。


 このように、類型化できるような行動異常のパターンが見られるマウスには、共通した脳内の異常、すなわち行動異常に対応する中間表現型が存在する可能性がある。現在ではヒトの精神疾患ではそれぞれの診断に対応するような生物学的マーカーが存在しておらず、それが精神疾患の治療及び研究を難しくしている。ヒトの精神疾患で各疾患に対応するような生物学的な指標を確立させることができれば、これまでは主観的な所見によって診断されていた精神・神経疾患を、生物学的な特徴に基づいて診断することができ、各患者が示す生物学的な指標に応じた適切な予防・治療法の開発が可能になると期待される<ref name=ref74><pubmed>23840971</pubmed></ref>。
 このように、類型化できるような行動異常のパターンが見られるマウスには、共通した脳内の異常、すなわち行動異常に対応する中間表現型が存在する可能性がある。現在ではヒトの精神疾患ではそれぞれの診断に対応するような生物学的マーカーが存在しておらず、それが精神疾患の治療及び研究を難しくしている。ヒトの精神疾患で各疾患に対応するような生物学的な指標を確立させることができれば、これまでは主観的な所見によって診断されていた精神・神経疾患を、生物学的な特徴に基づいて診断することができ、各患者が示す生物学的な指標に応じた適切な予防・治療法の開発が可能になると期待される<ref name=ref74><pubmed>23840971</pubmed></ref>。
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 日本国内で行動テストバッテリーによるマウス解析を行っている施設としては、先述の藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門および生理学研究所 行動・代謝分子解析センター 行動様式解析室のほか、[[wikipedia:ja:理化学研究所|理化学研究所]]、[[wikipedia:ja:国立遺伝学研究所|遺伝学研究所]]などがある。各施設で解析されたデータをまとめてデータベース化し、バイオインフォマティクス的な解析を可能にしようという試みがなされている<ref name=ref78>http://www.mouse-phenotype.org/ Mouse Phenotype Database</ref>。得られた大量のデータを解析することで、各種指標間の関係や環境パラメータの行動に与える影響などマウスの行動解析についての基礎的な知見が得られることが期待される。藤田保健衛生大学と生理学研究所では同一のプロトコルによってさまざまな遺伝子改変マウスが解析され、全て同じ形式でデータが蓄積されているため、得られたデータは容易に比較できる。しかし、異なる施設間では通常プロトコルが異なっており、さらにプロトコルの記述方法についても異なることが多いために、得られたデータの比較が難しいという問題がある。この問題を改善するためにプロトコルの記述方法の統一をする試みも進められている<ref name=ref57 />。
 日本国内で行動テストバッテリーによるマウス解析を行っている施設としては、先述の藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門および生理学研究所 行動・代謝分子解析センター 行動様式解析室のほか、[[wikipedia:ja:理化学研究所|理化学研究所]]、[[wikipedia:ja:国立遺伝学研究所|遺伝学研究所]]などがある。各施設で解析されたデータをまとめてデータベース化し、バイオインフォマティクス的な解析を可能にしようという試みがなされている<ref name=ref78>http://www.mouse-phenotype.org/ Mouse Phenotype Database</ref>。得られた大量のデータを解析することで、各種指標間の関係や環境パラメータの行動に与える影響などマウスの行動解析についての基礎的な知見が得られることが期待される。藤田保健衛生大学と生理学研究所では同一のプロトコルによってさまざまな遺伝子改変マウスが解析され、全て同じ形式でデータが蓄積されているため、得られたデータは容易に比較できる。しかし、異なる施設間では通常プロトコルが異なっており、さらにプロトコルの記述方法についても異なることが多いために、得られたデータの比較が難しいという問題がある。この問題を改善するためにプロトコルの記述方法の統一をする試みも進められている<ref name=ref57 />。


 近年では、[[ゲノムワイド関連解析]] (GWAS, genome-wide association study, 脳科学辞典の該当項目参照) により、疾患や行動特性に関連を示す遺伝子や[[遺伝子多型]]が報告されるようになった。ヒトの[[認知機能]]に対しても、知能テストや言語機能テストなどで構成されるような高次脳機能テストバッテリーが実施されており、ヒトの各種の脳機能とそれらに関連する遺伝子の情報が得られている<ref name=ref79><pubmed>19734545</pubmed></ref> <ref name=ref80><pubmed>21835680</pubmed></ref>。これらの遺伝子の欠損や変異を導入したマウスを作製すれば、ヒトには適用できない各種の解析手法を用いて当該遺伝子やその多型の機能的意義をより詳細に評価することができる。また、遺伝子工学の技術が発展したことにより、マウスだけではなくラット<ref name=ref81><pubmed>15057803</pubmed></ref>、そして霊長類である[[wj:サル|サル]]([[マーモセット]])においても遺伝子改変動物を作製することが可能となった<ref name=ref82><pubmed>22225614</pubmed></ref>。霊長類のように高等な動物の脳機能は、より人間に近いと考えられており、高次脳機能における遺伝子の機能をさらに詳しく明らかにできると期待されている。このような目的のために、今後はマウスだけではなく、これらの動物種にも適用できる行動テストバッテリーの開発と整備が望まれる。
 近年では、[[ゲノムワイド関連解析]] (GWAS, genome-wide association study) により、疾患や行動特性に関連を示す[[遺伝子多型]]が報告されるようになった。ヒトの[[認知機能]]に対しても、知能テストや言語機能テストなどで構成されるような高次脳機能テストバッテリーが実施されており、ヒトの各種の脳機能とそれらに関連する遺伝子の情報が得られている<ref name=ref79><pubmed>19734545</pubmed></ref> <ref name=ref80><pubmed>21835680</pubmed></ref>。これらの遺伝子の欠損や多型を導入したマウスを作製すれば、ヒトには適用できない各種の解析手法を用いて当該遺伝子やその多型の機能的意義をより詳細に評価することができる。また、遺伝子工学の技術が発展したことにより、マウスだけではなくラット<ref name=ref81><pubmed>15057803</pubmed></ref>、そして霊長類である[[wj:サル|サル]]([[マーモセット]])においても遺伝子改変動物を作製することが可能となった<ref name=ref82><pubmed>22225614</pubmed></ref>。霊長類のように高等な動物の脳機能は、より人間に近いと考えられており、高次脳機能における遺伝子の機能をさらに詳しく明らかにできると期待されている。このような目的のために、今後はマウスだけではなく、これらの動物種にも適用できる行動テストバッテリーの開発と整備が望まれる。


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