「行動テストバッテリー」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
編集の要約なし
 
(4人の利用者による、間の8版が非表示)
2行目: 2行目:
<font size="+1">[http://researchmap.jp/keizotakao 高雄 啓三]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/keizotakao 高雄 啓三]</font><br>
''生理学研究所 行動・代謝分子解析センター''<br>
''生理学研究所 行動・代謝分子解析センター''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/koshimizu 小清水 久嗣]</font><br>
''藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/tsuyoshimiyakawa 宮川 剛]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/tsuyoshimiyakawa 宮川 剛]</font><br>
''藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学''<br>
''藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学''<br>
DOI [[XXXX]]/XXXX 原稿受付日:2013年7月31日 原稿完成日:2013年6月6日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年7月31日 原稿完成日:2013年8月14日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>
</div>
11行目: 13行目:


{{box|text=
{{box|text=
 行動テストバッテリーとは、比較的実施が容易な異なる種類の行動テストを複数組み合わせたものであり、遺伝子改変や薬物投与など[[マウス]]や[[ラット]]など各種実験操作が、マウスやラットなどの被験体の行動に及ぼす影響を評価する際に用いられる手法である。本項では、主に遺伝子改変マウスの行動を解析するための行動テストバッテリーについて記述する。
 行動テストバッテリーとは、比較的実施が容易な異なる種類の行動テストを複数組み合わせたものであり、遺伝子改変や薬物投与などの各種実験操作が、[[マウス]]や[[ラット]]などの被験体の行動に及ぼす影響を評価する際に用いられる手法である。本項では、主に遺伝子改変マウスの行動を解析するための行動テストバッテリーについて記述する。
}}
}}


203行目: 205行目:


 マウスに場所(文脈)や音、光などの条件刺激と電気刺激などの無条件刺激を組み合わせて与えることで条件づけした後、条件刺激を再度提示した際にマウスが[[すくみ反応]]([[フリージング]])を示した時間を測定し、一定時間あたりのフリージング持続時間を記憶能力の指標とするテスト<ref name=ref41><pubmed>7208128</pubmed></ref>。条件づけした文脈や手がかり刺激を与えてもすくみ反応を示さなかったり、示している時間が短かったりすれば、記憶能力の異常が示唆される。このテストは古典的条件づけおよび文脈記憶のテストとして広く使われている。恐怖条件づけでは、マウスに電気ショックなどの非常に強い刺激を与えるため、このテストを経験させた動物はその後の行動特性が大きく変化する可能性がある。そのため、本テストはテストバッテリーの終盤に行うことが多い。他のテストを経験しておらず、実験者による取り扱いに(ハンドリング)にも全く慣れていない個体をテストの被験体として用いると、ケージからの取り出しや持ち運びなどのハンドリングも含めて無条件刺激となってしまい、どんな文脈に対してもすくみ反応を示してしまうこともある。このような場合は、文脈や手がかりを記憶しているかどうかの評価ができなくなってしまうので、実験を計画する際には注意が必要である。
 マウスに場所(文脈)や音、光などの条件刺激と電気刺激などの無条件刺激を組み合わせて与えることで条件づけした後、条件刺激を再度提示した際にマウスが[[すくみ反応]]([[フリージング]])を示した時間を測定し、一定時間あたりのフリージング持続時間を記憶能力の指標とするテスト<ref name=ref41><pubmed>7208128</pubmed></ref>。条件づけした文脈や手がかり刺激を与えてもすくみ反応を示さなかったり、示している時間が短かったりすれば、記憶能力の異常が示唆される。このテストは古典的条件づけおよび文脈記憶のテストとして広く使われている。恐怖条件づけでは、マウスに電気ショックなどの非常に強い刺激を与えるため、このテストを経験させた動物はその後の行動特性が大きく変化する可能性がある。そのため、本テストはテストバッテリーの終盤に行うことが多い。他のテストを経験しておらず、実験者による取り扱いに(ハンドリング)にも全く慣れていない個体をテストの被験体として用いると、ケージからの取り出しや持ち運びなどのハンドリングも含めて無条件刺激となってしまい、どんな文脈に対してもすくみ反応を示してしまうこともある。このような場合は、文脈や手がかりを記憶しているかどうかの評価ができなくなってしまうので、実験を計画する際には注意が必要である。
 ''詳細は[[恐怖条件づけ]]の項目参照。''


==実施にあたって留意すべき事項==
==実施にあたって留意すべき事項==
209行目: 213行目:


====遺伝的背景====
====遺伝的背景====
 実験用のマウスにはさまざまな系統が存在し、系統によって行動特性は大きく異なる[7] [8]。どの系統をバックグランド系統とするかによって、検出される表現型が変化する可能性があるので使用する系統の選択には注意が必要である。例えば、プレパルス抑制がもともとあまり見られない系統をバックグランド系統として解析をした場合、プレパルス抑制の低下を検出するは難しい。逆に、プレパルス抑制が向上するという表現型であれば強調されて検出が容易になる可能性もある。
 実験用のマウスにはさまざまな系統が存在し、系統によって行動特性は大きく異なる<ref name=ref7 /><ref name=ref8 />。どの系統をバックグランド系統とするかによって、検出される表現型が変化する可能性があるので使用する系統の選択には注意が必要である。例えば、プレパルス抑制がもともとあまり見られない系統をバックグランド系統として解析をした場合、プレパルス抑制の低下を検出するは難しい。逆に、プレパルス抑制が向上するという表現型であれば強調されて検出が容易になる可能性もある。


 遺伝子改変マウスの表現型解析を行う場合において、バックグラウンド系統として現在よく使われているのは C57BL6/J という系統である。一方で遺伝子改変マウスの作製に用いられるES細胞には、最も早く[[ES細胞]]株が確立されたマウス系統である129由来のものが多く使用されていた<ref name=ref43><pubmed>7242681</pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed>6950406</pubmed></ref>。
 遺伝子改変マウスの表現型解析を行う場合において、バックグラウンド系統として現在よく使われているのは C57BL6/J という系統である。一方で遺伝子改変マウスの作製に用いられるES細胞には、最も早く[[ES細胞]]株が確立されたマウス系統である129由来のものが多く使用されていた<ref name=ref43><pubmed>7242681</pubmed></ref> <ref name=ref44><pubmed>6950406</pubmed></ref>。
266行目: 270行目:


===精神・神経疾患モデルの作製・同定===
===精神・神経疾患モデルの作製・同定===
 精神・神経疾患モデル動物を作製するにはいくつかのアプローチがある。ヒトで疾患の原因となる遺伝子変異が同定された場合には、その遺伝子変異をマウスに導入した疾患モデル動物の作製が多く試みられている。ここでは例として自閉症モデルマウスについて紹介する。
 精神・神経疾患[[モデル動物]]を作製するにはいくつかのアプローチがある。ヒトで疾患の原因となる遺伝子変異が同定された場合には、その遺伝子変異をマウスに導入した疾患モデル動物の作製が多く試みられている。ここでは例として自閉症モデルマウスについて紹介する。


 ヒトの自閉症では、5%程度の症例に染色体異常が見られるが、その中でも頻度が高い異常に染色体15q11-q13の重複がある<ref name=ref62><pubmed>15037868</pubmed></ref>。遺伝子工学により対応する染色体の重複を持つマウスが作製され、このマウスが自閉症様の行動異常を示すかどうか調べるため行動テストバッテリーによって解析が行われた。その結果、重複染色体をもつマウスは、社会的行動の異常、超音波によるコミュニケーションの障害、固執傾向の増加など、自閉症様の行動異常のパターンを示すことが明らかとなった<ref name=ref63><pubmed>19563756</pubmed></ref>。現在このマウスは、自閉症のモデルマウスとして病態の解明や治療法の探索などに活用されている。
 ヒトの自閉症では、5%程度の症例に染色体異常が見られるが、その中でも頻度が高い異常に染色体15q11-q13の重複がある<ref name=ref62><pubmed>15037868</pubmed></ref>。遺伝子工学により対応する染色体の重複を持つマウスが作製され、このマウスが自閉症様の行動異常を示すかどうか調べるため行動テストバッテリーによって解析が行われた。その結果、重複染色体をもつマウスは、社会的行動の異常、超音波によるコミュニケーションの障害、固執傾向の増加など、自閉症様の行動異常のパターンを示すことが明らかとなった<ref name=ref63><pubmed>19563756</pubmed></ref>。現在このマウスは、自閉症のモデルマウスとして病態の解明や治療法の探索などに活用されている。

案内メニュー