「補足運動野」の版間の差分

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= 解剖・生理学的所見  =
= 解剖・生理学的所見  =


 補足運動野の位置は6野内側部後方で組織学的には6aα(Vogt and Vogt 1919)やF3(Matelli et al 1991)と呼ばれる領域に該当する。補足運動野からは脊髄への直接投射が存在する(Dum and Strick 1991)。又、補足運度野は[[一次運動野]]、背側及び腹側[[運動前野]]や頭頂葉(Brodmannの5野)等とも密な線維連絡を持つ。一方で[[前頭前野]]、[[前頭眼窩野]]とは直接の線維連絡を持たない。また補足運動野は[[視床]]VLo核を介して[[大脳基底核]]からの入力を受け取る一方、[[小脳核]]からの入力は乏しい(Sakai et al 1999)。対照的に[[一次運動野]]や[[運動前野]]は小脳からの入力が優勢である(Middleton and Strick 1997)。<br> 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の受容野によって定義される体部位マップがあり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる。一方で視覚刺激に対する応答性は乏しく、この点で[[前補足運動野]]とは区別される。  
 補足運動野の位置は6野内側部後方で組織学的には6aα(Vogt and Vogt 1919)やF3<ref><pubmed>1757597</pubmed></ref>と呼ばれる領域に該当する。補足運動野からは[[脊髄]]への直接投射が存在する<ref><pubmed>1705965</pubmed></ref>。又、補足運度野は[[一次運動野]]、背側及び腹側[[運動前野]]や頭頂葉(Brodmannの5野)等とも密な線維連絡を持つ。一方で[[前頭前野]]、[[前頭眼窩野]]とは直接の線維連絡を持たない。また補足運動野は[[視床]]VLo核を介して[[大脳基底核]]からの入力を受け取る一方、[[小脳核]]からの入力は乏しい<ref><pubmed>9924930</pubmed></ref>。対照的に[[一次運動野]]や[[運動前野]]は小脳からの入力が優勢である<ref><pubmed>9193166</pubmed></ref>。<br> 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の受容野によって定義される体部位マップがあり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる。一方で視覚刺激に対する応答性は乏しく、この点で[[前補足運動野]]とは区別される。  


= 機能<br>  =
= 機能<br>  =
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== 随意的な運動の開始及び抑制  ==
== 随意的な運動の開始及び抑制  ==


 [[一次運動野]]と異なり補足運動野の損傷は軽微な麻痺しか起こさず、一見すると運動の制御に従属的な役割しか果たしていないように見える。しかし補足運動野の損傷は自発的な発語や運動の開始が著しく困難になる無動性無言症(akinetic mutism)と呼ばれる特徴的な症状を惹き起こす。一方でこうした患者でも本を渡して「声を出して読みなさい」と指示されると問題なく読むことが出来、験者が行う動作を真似する分にはなんら障害を示さない。つまり運動の遂行自体に障害はなく、外部から何をいつ為すべきか指示を与えられると運動を遂行できるが、自発的に運動を開始できないのである。動物実験からも同様の所見が得られている(Thaler他1995)。こうした所見からは補足運動野には自発的な運動の開始に寄与する神経機構が存在する事が伺われ、実際、ヒトでは自発運動の開始に先行して補足運動野領域から運動準備電位[[wikipedia:Bereitschaftspotential|Bereitschaftspotential]]が記録される(Deecke et al 1985)。又、サルの補足運動野のニューロン活動を記録した研究によっても、補足運動野のニューロンは動物が外部からの指示に拠らずに運動を実行する際に活動する傾向があることが知られている。<br> 補足運動野の損傷は自発的な運動の発現に困難をもたらす一方で、意図しない運動の出現をもたらす。補足運動野の損傷によって生じる非意図的な運動の代表例として挙げられる”他人の手症候群([[wikipedia:Alien hand syndrome|alien-hand syndrome]])”では、患者の手が本人の意思とは無関係にまるで他人の手であるかのように一定のまとまった動作(例、健側の手が片付けた物を患側の手が勝手に取り出すなど)を行う。その他にも道具の強制使用、強制把握などの非意図的な運動が生じる。我々の脳は五感を通して外界の状況を認知し、それを基に運動を企画・実行するが健常者なら全ての感覚入力に対して自動的に反応するのではなく、何に対してどう反応するか、又は反応しないか等、意図による制御が働いている。補足運動野が損傷されるとこの意図による制御が働かず、感覚入力によって自動的に運動がトリガーされてしまうと考えられる(Sumner and Husain 2008)。<br>  
 [[一次運動野]]と異なり補足運動野の損傷は軽微な麻痺しか起こさず、一見すると運動の制御に従属的な役割しか果たしていないように見える。しかし補足運動野の損傷は自発的な発語や運動の開始が著しく困難になる無動性無言症(akinetic mutism)と呼ばれる特徴的な症状を惹き起こす。一方でこうした患者でも本を渡して「声を出して読みなさい」と指示されると問題なく読むことが出来、験者が行う動作を真似する分にはなんら障害を示さない。つまり運動の遂行自体に障害はなく、外部から何をいつ為すべきか指示を与えられると運動を遂行できるが、自発的に運動を開始できないのである。動物実験からも同様の所見が得られている<ref><pubmed>7737391</pubmed></ref>。こうした所見からは補足運動野には自発的な運動の開始に寄与する神経機構が存在する事が伺われ、実際、ヒトでは自発運動の開始に先行して補足運動野領域から運動準備電位[[wikipedia:Bereitschaftspotential|Bereitschaftspotential]]が記録される<ref><pubmed>4066425</pubmed></ref>。又、サルの補足運動野のニューロン活動を記録した研究によっても、補足運動野のニューロンは動物が外部からの指示に拠らずに運動を実行する際に活動する傾向があることが知られている。<br> 補足運動野の損傷は自発的な運動の発現に困難をもたらす一方で、意図しない運動の出現をもたらす。補足運動野の損傷によって生じる非意図的な運動の代表例として挙げられる”他人の手症候群([[wikipedia:Alien hand syndrome|alien-hand syndrome]])”では、患者の手が本人の意思とは無関係にまるで他人の手であるかのように一定のまとまった動作(例、健側の手が片付けた物を患側の手が勝手に取り出すなど)を行う。その他にも道具の強制使用、強制把握などの非意図的な運動が生じる。我々の脳は五感を通して外界の状況を認知し、それを基に運動を企画・実行するが健常者なら全ての感覚入力に対して自動的に反応するのではなく、何に対してどう反応するか、又は反応しないか等、意図による制御が働いている。補足運動野が損傷されるとこの意図による制御が働かず、感覚入力によって自動的に運動がトリガーされてしまうと考えられる<ref><pubmed>18356377</pubmed></ref>。<br>  


== 順序動作の制御<br>  ==
== 順序動作の制御<br>  ==


 複数の動作を正しい順序で実行すること(例、書字、タイピング等)は日常生活の中で重要な位置を占めるが、この様な運動にも補足運動野が重要な役割を演じていると考えられている。その根拠として補足運動野の損傷によって現れる運動障害の一つに、動作を順序立てて実行することが困難になる症状が挙げられる。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない(Laplane 1977)。健常者に於いても順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること(Roland et al 1980)、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位が増強すること(Benecke et al 1985)が知られている。動物実験でも補足運動野、[[前補足運動野]]には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体]](GABAa)[[作動薬]]であるmuscimolをこれらの領域に注入することによって順序動作の実行が障害されるなど人間で得られた知見を支持する結果が得られている(Tanji 2001)。<br>  
 複数の動作を正しい順序で実行すること(例、書字、タイピング等)は日常生活の中で重要な位置を占めるが、この様な運動にも補足運動野が重要な役割を演じていると考えられている。その根拠として補足運動野の損傷によって現れる運動障害の一つに、動作を順序立てて実行することが困難になる症状が挙げられる。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない<ref><pubmed>591992</pubmed></ref>。健常者に於いても順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること(Roland et al 1980)、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位が増強すること(Benecke et al 1985)が知られている。動物実験でも補足運動野、[[前補足運動野]]には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体]](GABAa)[[作動薬]]であるmuscimolをこれらの領域に注入することによって順序動作の実行が障害されるなど人間で得られた知見を支持する結果が得られている(Tanji 2001)。<br>  


== 両手の協調運動<br>  ==
== 両手の協調運動<br>  ==
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