「補足運動野」の版間の差分

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= 歴史的背景  =
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 補足運動野は20世紀中盤にカナダの脳外科医Wilder Penfield及びKeasley Welchによって発見・命名された。大脳皮質に於いては中心溝に接する前頭皮質(中心前回)に運動をつかさどる領域([[一次運動野]])が存在する事が古くから知られていたが、Penfieldらは中心前回の更に前方、Brodmannの6野内側部に電気刺激によって運動が誘発される領域があることを見出した。この領域における誘発運動には[[体部位再現]]が存在する。つまり刺激部位によって前方から後方にかけて刺激側とは反対側の顔、上肢、体幹、下肢の順に異なる体部位の運動が誘発され、かつこの体部位再現は一次運動野のもの(外側から内側にかけて顔、上肢、体幹、下肢)とは位置的にも別個のものである。更に、サルを用いた実験では補足運動野と一次運動野の間の連絡線維を切除した後でも補足運動野の電気刺激によって運動を惹起できることから、補足運動野は一次運動野とは独立した皮質運動領野として確立された。<br> 後の研究によって、補足運動野の位置する6野内側部には前後各一つずつの運動関連領野が存在することが判明し、そのうち従来から知られていた補足運動野の性質([[体部位再現]]の存在、電気刺激による運動の誘発、[[脊髄]]への投射経路の存在など)は6野内側部後方の領域に当てはまる事が判明したため、現在では6野内側前方部を[[前補足運動野]]、後方を本来の意味での補足運動野として区別する。以下、本項目ではこの新しい定義による補足運動野を取り扱う。  
 補足運動野は20世紀中盤にカナダの脳外科医Wilder Penfield及びKeasley Welchによって発見・命名された<ref>'''W Penfield. K Welch'''<br>The supplementary motor area of the cerebral cortex - A clinical and experimental study<br>A.M.A. Archives of Neurology and Psychiatry 1951, 66(3):289-317</ref>。
。大脳皮質に於いては中心溝に接する前頭皮質(中心前回)に運動をつかさどる領域([[一次運動野]])が存在する事が古くから知られていたが、Penfieldらは中心前回の更に前方、Brodmannの6野内側部に電気刺激によって運動が誘発される領域があることを見出した。この領域における誘発運動には[[体部位再現]]が存在する。つまり刺激部位によって前方から後方にかけて刺激側とは反対側の顔、上肢、体幹、下肢の順に異なる体部位の運動が誘発され、かつこの体部位再現は一次運動野のもの(外側から内側にかけて顔、上肢、体幹、下肢)とは位置的にも別個のものである。更に、サルを用いた実験では補足運動野と一次運動野の間の連絡線維を切除した後でも補足運動野の電気刺激によって運動を惹起できることから、補足運動野は一次運動野とは独立した皮質運動領野として確立された。<br> 後の研究によって、補足運動野の位置する6野内側部には前後各一つずつの運動関連領野が存在することが判明し、そのうち従来から知られていた補足運動野の性質([[体部位再現]]の存在、電気刺激による運動の誘発、[[脊髄]]への投射経路の存在など)は6野内側部後方の領域に当てはまる事が判明したため、現在では6野内側前方部を[[前補足運動野]]、後方を本来の意味での補足運動野として区別する。以下、本項目ではこの新しい定義による補足運動野を取り扱う。  


= 解剖・生理学的所見  =
= 解剖・生理学的所見  =


 補足運動野の位置は6野内側部後方で組織学的には6aα(Vogt and Vogt 1919)やF3<ref><pubmed>1757597</pubmed></ref>と呼ばれる領域に該当する。補足運動野からは[[脊髄]]への直接投射が存在する<ref><pubmed>1705965</pubmed></ref>。又、補足運度野は[[一次運動野]]、背側及び腹側[[運動前野]]や頭頂葉(Brodmannの5野)等とも密な線維連絡を持つ。一方で[[前頭前野]]、[[前頭眼窩野]]とは直接の線維連絡を持たない。また補足運動野は[[視床]]VLo核を介して[[大脳基底核]]からの入力を受け取る一方、[[小脳核]]からの入力は乏しい<ref><pubmed>9924930</pubmed></ref>。対照的に[[一次運動野]]や[[運動前野]]は小脳からの入力が優勢である<ref><pubmed>9193166</pubmed></ref>。<br> 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の受容野によって定義される体部位マップがあり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる。一方で視覚刺激に対する応答性は乏しく、この点で[[前補足運動野]]とは区別される。  
 補足運動野の位置は6野内側部後方で組織学的には6aα<ref>'''C Vogt. O Vogt'''<br>Allgemeinere Ergebnisse unserer Hirnforschung<br>Journal für Psychologie und Neurologie: 1919, 25:277-462</ref>やF3<ref><pubmed>1757597</pubmed></ref>と呼ばれる領域に該当する。補足運動野からは[[脊髄]]への直接投射が存在する<ref><pubmed>1705965</pubmed></ref>。又、補足運度野は[[一次運動野]]、背側及び腹側[[運動前野]]や頭頂葉(Brodmannの5野)等とも密な線維連絡を持つ。一方で[[前頭前野]]、[[前頭眼窩野]]とは直接の線維連絡を持たない。また補足運動野は[[視床]]VLo核を介して[[大脳基底核]]からの入力を受け取る一方、[[小脳核]]からの入力は乏しい<ref><pubmed>9924930</pubmed></ref>。対照的に[[一次運動野]]や[[運動前野]]は小脳からの入力が優勢である<ref><pubmed>9193166</pubmed></ref>。<br> 前述のように補足運動野には電気刺激による誘発運動や体性感覚応答の受容野によって定義される体部位マップがあり、前方より顔、上肢、体幹、下肢の領域が認められる。一方で視覚刺激に対する応答性は乏しく、この点で[[前補足運動野]]とは区別される。  


= 機能<br>  =
= 機能<br>  =
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== 順序動作の制御<br>  ==
== 順序動作の制御<br>  ==


 複数の動作を正しい順序で実行すること(例、書字、タイピング等)は日常生活の中で重要な位置を占めるが、この様な運動にも補足運動野が重要な役割を演じていると考えられている。その根拠として補足運動野の損傷によって現れる運動障害の一つに、動作を順序立てて実行することが困難になる症状が挙げられる。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない<ref><pubmed>591992</pubmed></ref>。健常者に於いても順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること<ref><pubmed>7351547</pubmed></ref>、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位が増強すること<ref><pubmed>4094721</pubmed></ref>が知られている。動物実験でも補足運動野、[[前補足運動野]]には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体]](GABAa)[[作動薬]]であるmuscimolをこれらの領域に注入することによって順序動作の実行が障害されるなど人間で得られた知見を支持する結果が得られている<ref><pubmed>11520914</pubmed></ref>。<br>  
 複数の動作を正しい順序で実行すること(例、書字、タイピング等)は日常生活の中で重要な位置を占めるが、この様な運動にも補足運動野が重要な役割を演じていると考えられている。その根拠として補足運動野の損傷によって現れる運動障害の一つに、動作を順序立てて実行することが困難になる症状が挙げられる。その一方で個別の要素的運動を実行する限り目立った障害を示さない<ref><pubmed>591992</pubmed></ref>。健常者に於いても順序動作の実行に伴って補足運動野の脳血流が増加すること<ref><pubmed>7351547</pubmed></ref>、複数の動作を個別に行うよりも一連の動作として行う時に補足運動野上から記録される運動準備電位[[wikipedia:Bereitschaftspotential|Bereitschaftspotential]]が増強すること<ref><pubmed>4094721</pubmed></ref>が知られている。動物実験でも補足運動野、[[前補足運動野]]には動作の順序に選択的な活動を示すニューロンが数多く存在すること、[[GABA受容体]](GABAa)[[作動薬]]であるmuscimolをこれらの領域に注入することによって順序動作の実行が障害されるなど人間で得られた知見を支持する結果が得られている<ref><pubmed>11520914</pubmed></ref>。<br>  


== 両手の協調運動<br>  ==
== 両手の協調運動<br>  ==
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