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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0054900 橘木修志]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0054900 橘木修志]</font><br>
''大阪大学生命機能研究科''<br>
''大阪大学生命機能研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年5月25日 原稿完成日:201X年X月X日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年5月25日 原稿完成日:2019年9月5日<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/masahikowatanabeo 渡辺 雅彦] (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)<br>
担当編集委員:[https://researchmap.jp/masahikowatanabeo 渡辺 雅彦] (北海道大学大学院医学研究院 解剖学分野 解剖発生学教室)<br>
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{{box|text= 光受容細胞の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担う感覚細胞である。脊椎動物の網膜には、桿体と錐体の二種類の視細胞が存在する。桿体は暗いところで物を見る際に働き、錐体は明るいところで物を見る際に働く。どちらの細胞も、光に対しては過分極性の応答をする。応答の際には活動電位を発生せず、刺激の強度に応じて連続的に膜電位が変化する。桿体、錐体の網膜内での量比は動物により異なる。夜行性の動物では桿体の比率が多い。また、網膜内での桿体、錐体の分布も動物により異なる。ヒトでは、網膜に中心窩と呼ばれる錐体だけが密集した部位があり、この部分での視覚が視野の中心部となる。一方、霊長類以外の哺乳類では中心窩がなく、桿体と錐体が比較的均一に分布した網膜である。}}
{{box|text= 光受容細胞の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担う感覚細胞である。脊椎動物の網膜には、桿体と錐体の二種類の視細胞が存在する。桿体は暗いところで物を見る際に働き、錐体は明るいところで物を見る際に働く。どちらの細胞も、光に対しては過分極性の応答をする。応答の際には活動電位を発生せず、刺激の強度に応じて連続的に膜電位が変化する。桿体、錐体の網膜内での量比は動物により異なる。夜行性の動物では桿体の比率が多い。また、網膜内での桿体、錐体の分布も動物により異なる。ヒトでは、網膜に中心窩と呼ばれる錐体だけが密集した部位があり、この部分での視覚が視野の中心部となる。一方、霊長類以外の哺乳類では中心窩がなく、桿体と錐体が比較的均一に分布した網膜である。}}
 
==視細胞とは==
[[ファイル:Tachibanaki Fig1.png|400px|サムネイル|'''図1. 眼球(左)・網膜(右)の断面の模式図''']]
[[ファイル:Tachibanaki Fig1.png|400px|サムネイル|'''図1. 眼球(左)・網膜(右)の断面の模式図''']]
[[ファイル:Tachibanaki Fig2.png|サムネイル|'''図2. 桿体と錐体。魚類(コイ)の網膜から単離した桿体、錐体の写真と、それぞれの細胞の模式図'''<br>写真に示した単離細胞では、細胞体と神経終末が失われている。]]
[[ファイル:Tachibanaki Fig2.png|サムネイル|'''図2. 桿体と錐体。魚類(コイ)の網膜から単離した桿体、錐体の写真と、それぞれの細胞の模式図'''<br>写真に示した単離細胞では、細胞体と神経終末が失われている。]]
==視細胞とは==
 視細胞は[[光受容細胞]]の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担っている。[[脊椎動物]]の[[網膜]]においては、視細胞はもっとも外側にシート状に並んで層を形成している([[視細胞層]])。視細胞からの情報を処理する働きをする4種類の[[神経細胞]]([[双極細胞]]、[[水平細胞]]、[[アマクリン細胞]]、[[神経節細胞]])は、その内側にさらに2つの細胞層を形成している('''図1''')。[[瞳孔]]を通って眼球内に入射した光は、神経細胞が形成している二つの細胞層を透過した後、視細胞層に到達する。
 視細胞は[[光受容細胞]]の一種であり、動物が物を見るとき、光シグナルを神経情報へと変換する働きを担っている。[[脊椎動物]]の[[網膜]]においては、視細胞はもっとも外側にシート状に並んで層を形成している([[視細胞層]])。視細胞からの情報を処理する働きをする4種類の[[神経細胞]]([[双極細胞]]、[[水平細胞]]、[[アマクリン細胞]]、[[神経節細胞]])は、その内側にさらに2つの細胞層を形成している('''図1''')。[[瞳孔]]を通って眼球内に入射した光は、神経細胞が形成している二つの細胞層を透過した後、視細胞層に到達する。


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===錐体===
===錐体===
 錐体は明るいところで物を見る際に働く細胞である。錐体が働いているときの視覚を[[明所視]]と呼ぶ。錐体には、異なる波長の光に選択的に応答する複数の種類が存在する。たとえば、ヒトでは、三種類の錐体(吸収する光の波長が長いものから[[L錐体]]、[[M錐体]]、[[S錐体]]とよぶ)が存在する。それぞれの錐体には、それぞれの波長の光を吸収する光受容タンパク質([[錐体型視物質]])が発現している。明るい光環境下では、この3種類の錐体を使って光の波長を弁別することができる([[三色型色覚]])。 なお、哺乳類以外の脊椎動物では、4種類の錐体をもつ[[四色型色覚]]が一般的である。また、桿体にも波長感受性の異なる複数の種類が存在する場合があり、この場合は暗いところでも波長識別ができると考えられている。
 錐体は明るいところで物を見る際に働く細胞である。錐体が働いているときの視覚を[[明所視]]と呼ぶ。錐体には、異なる波長の光に選択的に応答する複数の種類が存在する。たとえば、ヒトでは、三種類の錐体(吸収する光の波長が長いものから[[L錐体]]、[[M錐体]]、[[S錐体]]とよぶ)が存在する。それぞれの錐体には、それぞれの波長の光を吸収する光受容タンパク質([[錐体型視物質]])が発現している。明るい光環境下では、この3種類の錐体を使って光の波長を弁別することができる([[三色型色覚]])。
 
 なお、哺乳類以外の脊椎動物では、4種類の錐体をもつ[[四色型色覚]]が一般的である。また、桿体にも波長感受性の異なる複数の種類が存在する場合があり、この場合は暗いところでも波長識別ができると考えられている。


== 基本構造 ==
== 基本構造 ==
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=== 内節 ===
=== 内節 ===
 外節は、結合繊毛と呼ばれる部分を介して内節につながっている。内節には[[ミトコンドリア]]が高濃度で存在するほか、[[小胞体]]や[[ゴルジ体]]など、細胞の生存・機能維持に必須の[[細胞内小器官]]が存在する。
 外節は、結合繊毛と呼ばれる部分を介して内節につながっている。内節には[[ミトコンドリア]]が高濃度で存在するほか、[[小胞体]]や[[ゴルジ体]]など、細胞の生存・機能維持に必須の[[細胞小器官]]が存在する。


=== 細胞体、神経終末 ===
=== 細胞体、神経終末 ===
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 視細胞などの刺激受容細胞には、刺激の強度に応じて感度を変える働きがある。これは、刺激の強度変化を的確に受容するための働きであり、順応機構と呼ばれる。視細胞では、明るいときには光に対する感度が低くなり、応答が簡単に飽和しないようになる([[明順応]])。暗いときには、感度が上昇し、弱い光に効率よく応答ができるようになる([[暗順応]])。
 視細胞などの刺激受容細胞には、刺激の強度に応じて感度を変える働きがある。これは、刺激の強度変化を的確に受容するための働きであり、順応機構と呼ばれる。視細胞では、明るいときには光に対する感度が低くなり、応答が簡単に飽和しないようになる([[明順応]])。暗いときには、感度が上昇し、弱い光に効率よく応答ができるようになる([[暗順応]])。


 視細胞の順応は、光を受容した際に外節で生じる細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度の変化によって主にもたらされていることが知られている<ref><pubmed> 11152756 </pubmed></ref>。細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度は、視細胞が光を受容していないとき(暗時)に最も高く、光を受容したとき(明時)に低くなる。
 視細胞の順応は、光を受容した際に外節で生じる細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度の変化によってもたらされていることが知られている<ref><pubmed> 11152756 </pubmed></ref>。細胞内Ca<sup>2+</sup>濃度は、視細胞が光を受容していないとき(暗時)に最も高く、光を受容したとき(明時)に低くなる。


 さらに、光応答に関わるタンパク質(トランスデューシン、アレスチン)が外節から内節に移行することにより順応に関与することが知られている。
 さらに、光応答に関わるタンパク質(トランスデューシン、アレスチン)が外節から内節に移行することにより順応に関与することが知られている。
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 光応答の形成にかかわるタンパク質のうち、トランスデューシンとアレスチンは外節から内節へ光刺激の強度に応じて移動(トランスロケーション)することが知られている。トランスデューシンは、明るい光環境下では外節から内節へ移行する。逆に、アレスチンは、内節から外節へ移行する。このため、外節でのトランスデューシン濃度は低下し、アレスチン濃度は上昇する。この変化は、応答が生じにくい方向に働くため、明順応を引き起こす。一方、暗い光環境下ではこれと逆のことが起こり、暗順応を引き起こす。
 光応答の形成にかかわるタンパク質のうち、トランスデューシンとアレスチンは外節から内節へ光刺激の強度に応じて移動(トランスロケーション)することが知られている。トランスデューシンは、明るい光環境下では外節から内節へ移行する。逆に、アレスチンは、内節から外節へ移行する。このため、外節でのトランスデューシン濃度は低下し、アレスチン濃度は上昇する。この変化は、応答が生じにくい方向に働くため、明順応を引き起こす。一方、暗い光環境下ではこれと逆のことが起こり、暗順応を引き起こす。


[[ファイル:Tachibanaki Fig4.png|サムネイル|'''図4. 桿体・錐体の光に対する応答の違い'''<br>'''上.''' 桿体と錐体(赤感受性錐体)の応答の記録。吸引電極法と呼ばれる方法により、外節の形質膜を横切って流入する電流を測定した。様々な強度の刺激光(フラッシュ光)に対する応答を重ね書きして示してある。刺激が強くなるにつれ、応答は大きくなる。錐体の応答は桿体より短い。応答が飽和すると、電流は0になる。<ref name=ref18514002 ></ref>より改変。<br>'''下.''' コイの桿体及び錐体に与えた光の強度と応答のピークの大きさの関係をプロットした(刺激応答曲線)。桿体の方が錐体よりも弱い光で応答できる(すなわち、感度が高い)。(Copyright (2001) National Academy of Sciences)]]
[[ファイル:Tachibanaki Fig4.png|サムネイル|'''図4. 桿体・錐体の光に対する応答の違い'''<br>'''上.''' 桿体と錐体(赤感受性錐体)の応答の記録。吸引電極法と呼ばれる方法により、外節の形質膜を横切って流入する電流を測定した。様々な強度の刺激光(フラッシュ光)に対する応答を重ね書きして示してある。刺激が強くなるにつれ、応答は大きくなる。錐体の応答は桿体より短い。応答が飽和すると、電流は0になる。文献<ref name=ref18514002 ></ref>より改変。<br>'''下.''' コイの桿体及び錐体に与えた光の強度と応答のピークの大きさの関係をプロットした(刺激応答曲線)。桿体の方が錐体よりも弱い光で応答できる(すなわち、感度が高い)。文献<ref name=ref11707584 ><pubmed>11707584 </pubmed></ref>より改変。]]


==桿体と錐体の応答の違いと機能==
==桿体と錐体の応答の違いと機能==
 桿体と錐体の光に対する応答の仕方は2つの点で異なる。一つは応答の感度、もう一つは応答の持続時間の違いである(図4)。
 桿体と錐体の光に対する応答の仕方は2つの点で異なる。一つは応答の感度、もう一つは応答の持続時間の違いである('''図4''')。


 光に対する感度は桿体の方が数十倍から1000倍ほど高い。この違いのため、錐体は明るいところでものを見るとき(明所視)に働き、桿体は暗いところでものを見るときに働く(暗所視)。応答の持続時間は錐体の方が短い。このため、錐体が働く明るい光環境下では、高い時間分解能で光刺激の変化を検出できる。このように異なった応答特性の二種類の視細胞を使い分けることにより、動物は様々な光環境で物を見ることができる。
 光に対する感度は桿体の方が数十倍から1000倍ほど高い。この違いのため、錐体は明るいところでものを見るとき(明所視)に働き、桿体は暗いところでものを見るときに働く(暗所視)。応答の持続時間は錐体の方が短い。このため、錐体が働く明るい光環境下では、高い時間分解能で光刺激の変化を検出できる。このように異なった応答特性の二種類の視細胞を使い分けることにより、動物は様々な光環境で物を見ることができる。


 桿体と錐体の応答形成メカニズムは相同であるが、応答形成メカニズムに関わる酵素の多くについて、桿体では桿体型、錐体では錐体型の酵素が発現している。このため、錐体と桿体では応答形成に関わる酵素反応の速度・効率が異なる<ref name=ref18514002 ></ref>[7]。たとえば、桿体では錐体よりも視物質によるトランスデューシンの活性化の効率が高い<ref><pubmed> 23045532 </pubmed></ref>[17]。また、応答を停止させる反応の効率は、錐体の方が高い<ref>'''Kawamura S, Tachibanaki S.''' <br>
 桿体と錐体の応答形成メカニズムは相同であるが、応答形成メカニズムに関わる酵素の多くについて、桿体では桿体型、錐体では錐体型の酵素が発現している。このため、錐体と桿体では応答形成に関わる酵素反応の速度・効率が異なる<ref name=ref18514002 ></ref>。たとえば、桿体では錐体よりも視物質によるトランスデューシンの活性化の効率が高い<ref><pubmed> 23045532 </pubmed></ref>。また、応答を停止させる反応の効率は、錐体の方が高い<ref>'''Kawamura S, Tachibanaki S.''' <br>Explaining the functional differences of rods versus cones <br>''WIREs Membr Transp Signal'' 2012, 1:675–683</ref>。このような違いにより、桿体と錐体の応答特性は異なってくると考えられる。
Explaining the functional differences of rods versus cones <br>
''WIREs Membr Transp Signal'' 2012, 1:675–683
</ref>[18]。このような違いにより、桿体と錐体の応答特性は異なってくると考えられる。
 
==色覚と視細胞==
 視細胞が吸収する光の波長は、その視細胞が持つ視物質の種類によって決まる。多くの生物では、桿体はすべて同一の視物質([[ロドプシン]]、500 nmの光を最もよく吸収する)しか発現していない。このため、暗いところで桿体を用いて物を見ているときには、光の波長を識別することはできず、色を感じることが出来ない。
 
 これに対して、錐体には、異なる波長の光に選択的に応答する複数の種類が存在する。たとえば、ヒトでは、赤、緑、青の波長の光に対して選択的に応答する錐体が存在する。それぞれの錐体には、それぞれの色の波長の光をもっともよく吸収する視物質が発現している。明るい光環境下では、この3種類の錐体を使って光の波長を弁別することができる([[三色型色覚]])。
 
 なお、哺乳類以外の脊椎動物では、4種類の錐体をもつ[[四色型色覚]]が一般的である。また、桿体にも波長感受性の異なる複数の種類が存在する場合があり、この場合は暗いところでも波長識別ができると考えられている。


==無脊椎動物の視細胞==
==無脊椎動物の視細胞==

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