「視覚前野」の版間の差分

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[[Image:視覚前野図4-2.jpg|400px|thumb|350px|'''図2.マカカ属サルの大脳皮質の展開図(右半球)'''<br>大脳皮質の表面をのばして表示したもので、内側で切って上下に開いたように表示してある。右側が前頭葉(前側)、左側が後頭葉(後側)。橙色の部分が視覚前野、肌色がその他の視覚野を示す。(Felleman and Van Essen (1991)<ref name=ref4><pubmed>1822724</pubmed></ref> Fig.2を改変)]]
[[Image:視覚前野図4-2.jpg|400px|thumb|350px|'''図2.マカカ属サルの大脳皮質の展開図(右半球)'''<br>大脳皮質の表面をのばして表示したもので、内側で切って上下に開いたように表示してある。右側が前頭葉(前側)、左側が後頭葉(後側)。橙色の部分が視覚前野、肌色がその他の視覚野を示す。(Felleman and Van Essen (1991)<ref name=ref4><pubmed>1822724</pubmed></ref> Fig.2を改変)]]


 V1と同様に、視覚前野のニューロンは(古典的)受容野より視覚入力を受け、レチノトピー(網膜部位の再現)の性質を示す(詳細は受容野を参照)。片半球の1つの機能的な領野は反対側の視野を映す一枚のトポグラフィックな[[視野地図]]を持つ。受容野の位置が[[中心視野]](fovea)から周辺視野に移るにつれて、受容野の大きさは一定の割合で大きくなる。マカカ属サルのV2、V3、V4はV1の前方に帯状に広がり、[[大脳皮質]]の腹側の領域が反対側の視野の上半分(上視野)を表し、背側の領域が視野の下半分(下視野)を表し、その間の領域が中心視野を表す。V1、V2、V3、V4の中心視野を表す領域は[[月状溝]](lunate sulcus)の終端部付近に収束している。この付近では受容野が小さくその差違が明瞭でないので、これらの領域の境界を詳細に定めることが難しい。V2、V3の大部分が月状溝内部にある。V3は腹側と背側の2つの領域に分かれるとする説もある(後述。V3の項を参照)。領野の境界は視野の垂直子午線(vertical meridian)ないし水平子午線(horizontal meridian)を表す。垂直子午線付近のニューロンは[[脳梁]]を介する反対側の半球から入力を受け、両側の視野にまたがる受容野を持つ。V5/MTは上側頭溝(superior temporal sulcus、STS)内部に、V6は頭頂後頭溝内部にあり、上視野と下視野が連続した一枚の視野地図を持つ。非侵襲的な計測法(fMRI)の発展により、視野地図のイメージングによる[[ヒト]]の領野区分が進んだ。V1、V2、V5/MTのようなマカカ属サルと相同な領野(ホモログ)が同定されているが、V3、V4、V6等の高次領域については諸説ある(後述。V3、V4、V6の項を参照)。[[ネコ]]や[[wikipedia:ja:フェレット|フェレット]]ではV1、V2、V3をそのまま1[[7野]]、18野、19野と呼ぶことが一般的である<ref><pubmed>8439738</pubmed></ref><ref><pubmed>11884357</pubmed></ref>。ネコやフェレットの高次領域の区分は確立されていない。サルの視覚前野がV1から主な入力を受けるのに対して、ネコやフェレットでは、[[外側膝状体]]から17野、18野、19野に並行な投射が存在する<ref><pubmed>231475</pubmed></ref>。マウスやラットの大脳皮質にもV1より高次の視覚領域が複数存在することが知られているが、個別の領野として確立されるに至っていない<ref><pubmed>1184785</pubmed></ref><ref><pubmed>661689</pubmed></ref><ref><pubmed>6776164</pubmed></ref><ref><pubmed>2358036</pubmed></ref><ref><pubmed>7690066</pubmed></ref><ref><pubmed>8335065</pubmed></ref><ref><pubmed>17366604</pubmed></ref>。
 V1と同様に、視覚前野のニューロンは(古典的)受容野より視覚入力を受け、受容野内に呈示された視覚刺激が持つ刺激特徴やそのパラメータに対して選択的な反応を示す。受容野の位置は視野内での視覚刺激の位置情報を表し、レチノトピー(網膜部位の再現)の性質を示す(詳細は受容野を参照)。片半球の1つの機能的な領野は反対側の視野を映す一枚のトポグラフィックな[[視野地図]]を持つ。受容野の位置が[[中心視野]](fovea)から周辺視野に移るにつれて、受容野の大きさは一定の割合で大きくなる。マカカ属サルのV2、V3、V4はV1の前方に帯状に広がり、[[大脳皮質]]の腹側の領域が反対側の視野の上半分(上視野)を表し、背側の領域が視野の下半分(下視野)を表し、その間の領域が中心視野を表す。V1、V2、V3、V4の中心視野を表す領域は[[月状溝]](lunate sulcus)の終端部付近に収束している。この付近では受容野が小さくその差違が明瞭でないので、これらの領域の境界を詳細に定めることが難しい。V2、V3の大部分が月状溝内部にある。V3は腹側と背側の2つの領域に分かれるとする説もある(後述。V3の項を参照)。領野の境界は視野の垂直子午線(vertical meridian)ないし水平子午線(horizontal meridian)を表す。垂直子午線付近のニューロンは[[脳梁]]を介する反対側の半球から入力を受け、両側の視野にまたがる受容野を持つ。V5/MTは上側頭溝(superior temporal sulcus、STS)内部に、V6は頭頂後頭溝内部にあり、上視野と下視野が連続した一枚の視野地図を持つ。非侵襲的な計測法(fMRI)の発展により、視野地図のイメージングによる[[ヒト]]の領野区分が進んだ。V1、V2、V5/MTのようなマカカ属サルと相同な領野(ホモログ)が同定されているが、V3、V4、V6等の高次領域については諸説ある(後述。V3、V4、V6の項を参照)。[[ネコ]]や[[wikipedia:ja:フェレット|フェレット]]ではV1、V2、V3をそのまま1[[7野]]、18野、19野と呼ぶことが一般的である<ref><pubmed>8439738</pubmed></ref><ref><pubmed>11884357</pubmed></ref>。ネコやフェレットの高次領域の区分は確立されていない。サルの視覚前野がV1から主な入力を受けるのに対して、ネコやフェレットでは、[[外側膝状体]]から17野、18野、19野に並行な投射が存在する<ref><pubmed>231475</pubmed></ref>。マウスやラットの大脳皮質にもV1より高次の視覚領域が複数存在することが知られているが、個別の領野として確立されるに至っていない<ref><pubmed>1184785</pubmed></ref><ref><pubmed>661689</pubmed></ref><ref><pubmed>6776164</pubmed></ref><ref><pubmed>2358036</pubmed></ref><ref><pubmed>7690066</pubmed></ref><ref><pubmed>8335065</pubmed></ref><ref><pubmed>17366604</pubmed></ref>。


==階層的なネットワークと視覚情報の中間処理==
==階層的なネットワークと視覚情報の中間処理==


 視覚前野の機能的な領野は階層的な結合関係を持ち、V1と高次視覚野(側頭葉、頭頂葉)の間で、視覚情報の中間処理を行う。視覚情報の流れは主に背側視覚路と腹側視覚路とに分かれる<ref>'''L G Ungerleider, M Mishkin'''<br>Two cortical visual systems.<br>''Analysis of Visual Behavior'' (D J Ingle, M A Goodale, R J W Masfield, eds.), MIT Press, Cambridge, MA, 1982.</ref><ref><pubmed>2471327</pubmed></ref><ref><pubmed>1965642</pubmed></ref><ref><pubmed>1702462</pubmed></ref><ref><pubmed>1734518</pubmed></ref><ref><pubmed>8038571</pubmed></ref>(詳細は[[視覚路]]、受容野を参照)。ニューロンは受容野に呈示された刺激が持つ特定の特徴やパラメータに反応し、刺激特徴やパラメータに対する選択性を示す。刺激特徴の視野上の位置は受容野の位置として表される。レチノトピーの性質より刺激特徴の位置関係は、領野内のニューロンの位置関係に反映される。V1のニューロンは小さな受容野内に示された個々の刺激要素(スポットや線分)に反応するが、視覚経路の階層を上がるほど受容野のサイズが大きくなり、近傍のニューロン間で受容野が重複するようになって刺激位置の情報は徐々に失われる。V2やV4では[[COストライプ]]やグロブ(後述。V2、V[[4野]]の項を参照)ごとに局所的な視野地図の繰り返しが生じている。一方、受容野内に広がるドットやテクスチャ(肌理、模様)が表す面に対して選択的な反応を示す。V1のニューロンは基本的な刺激特徴(色(輝度)、線の傾き、両眼視差、運動)に選択性を示すが、階層を上がるにつれて受容野内に広がる刺激全体が示す複雑な刺激特徴の組み合わせやパターンに選択性を示すようになる。
 視覚前野の機能的な領野は階層的な結合関係を持ち、V1と高次視覚野(側頭葉、頭頂葉)の間で、視覚情報の中間処理を行う。フィードフォワード投射に着目すると視覚情報の流れは主に背側視覚路と腹側視覚路とに分かれる<ref>'''L G Ungerleider, M Mishkin'''<br>Two cortical visual systems.<br>''Analysis of Visual Behavior'' (D J Ingle, M A Goodale, R J W Masfield, eds.), MIT Press, Cambridge, MA, 1982.</ref><ref><pubmed>2471327</pubmed></ref><ref><pubmed>1965642</pubmed></ref><ref><pubmed>1702462</pubmed></ref><ref><pubmed>1734518</pubmed></ref><ref><pubmed>8038571</pubmed></ref>(詳細は[[視覚路]]、受容野を参照)。V1のニューロンは小さな受容野内に示された個々の刺激要素(スポットや線分)やドットやテクスチャ(肌理、模様)が表す面に対して選択的な反応を示す。視覚経路の階層を上がるほど受容野のサイズが大きくなり、刺激位置の情報やレチノトピーの性質が徐々に失われる。V2やV4では[[COストライプ]]やグロブ(後述。V2、V[[4野]]の項を参照)ごとに局所的な視野地図の繰り返しが生じている。V1は基本的刺激特徴(色(輝度)、線の傾き、両眼視差、運動)に選択性を示すが、階層を上がるにつれて受容野内に広がる刺激全体が示す複雑な刺激特徴の組み合わせやパターンに選択性を示すようになる。


===背側視覚路===
===背側視覚路===
 外側膝状体の[[大細胞系]]([[M経路]])由来の入力を受け、その性質(色選択性が無い、輝度コントラスト感度が高い、時間分解能が高い、空間分解能が低い)を引き継ぐ<ref name=ref1><pubmed>3746412</pubmed></ref><ref><pubmed>7931532</pubmed></ref>。色選択性を持たず、ほとんどのニューロンが運動(方向、速度)や両眼視差に選択性を示す。V2(太い縞)、V3、V5/MT、V6を介して後頭頂葉へ向う。領野間の結合は[[有髄線維]]により伝導速度が速く、[[ミエリン]]染色で濃く染まる。V1より各領野へ直接投射があり、視覚刺激の呈示開始よりニューロンの反応が生じるまでの時間(潜時)を比較しても領野間の差がほとんどない<ref name=refa><pubmed>9636126</pubmed></ref>。[[MT]]はドットパターンの一次元の運動方向や注視面を基準とする両眼視差に選択性を示す。その上位にある[[MSTd]]は運動方向の変化(ドットパターンの発散、収縮、回転)に選択性を示す<ref><pubmed>9751663</pubmed></ref>。[[MST]]、[[VIP]]、[[7a]]への出力は[[オプティカルフロー]]のような3次元空間での動きの知覚に関与するとされる。一方、V3、V6は両眼視差の変化(3次元方向の運動)に選択性を示す。V6a、LIPへの出力は空間の立体構造や3次元空間での位置関係を表し、視線の移動や物体の把持や操作に利用される<ref><pubmed>10805708</pubmed></ref>。その際は、必ずしも刺激が意識されているわけではない。視覚前野では、刺激物体の動きと眼球や頭部の動きから生じる見かけの動きとはまだ区別されない(V3A、V6の一部のニューロンを除く)。
 外側膝状体の[[大細胞系]]([[M経路]])由来の入力を受け、その性質(色選択性が無い、輝度コントラスト感度が高い、時間分解能が高い、空間分解能が低い)を引き継ぐ<ref name=ref1><pubmed>3746412</pubmed></ref><ref><pubmed>7931532</pubmed></ref>。色選択性を持たず、ほとんどのニューロンが運動(方向、速度)や両眼視差に選択性を示す。V2(太い縞)、V3、V5/MT、V6を介して後頭頂葉へ向う。領野間の結合は[[有髄線維]]により伝導速度が速く、[[ミエリン]]染色で濃く染まる。V1より各領野へ直接投射があり、視覚刺激の呈示開始よりニューロンの反応が生じるまでの時間(潜時)を比較しても領野間の差がほとんどない<ref name=refa><pubmed>9636126</pubmed></ref>。[[V5/MT]]はドットパターンの一次元の運動方向や注視面を基準とする両眼視差に選択性を示す。[[MST]]、[[VIP]]、[[7a]]への出力は[[オプティカルフロー]]のような3次元空間での動きの知覚に関与するとされる。[[MSTd]]は運動方向の変化(ドットパターンの発散、収縮、回転)に選択性を示す<ref><pubmed>9751663</pubmed></ref>。一方、V3、V6は両眼視差の変化(3次元方向の運動)に選択性を示す。V6a、LIPへの出力は空間の立体構造や3次元空間での位置関係を表し、視線の移動や物体の把持や操作に利用される<ref><pubmed>10805708</pubmed></ref>。その際は、必ずしも刺激が意識されているわけではない。視覚前野では、刺激物体の動きと眼球や頭部の動きから生じる見かけの動きとはまだ区別されない(V3A、V6の一部のニューロンを除く)。


===腹側視覚路===
===腹側視覚路===
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==重層的なネットワークと視覚情報の修飾==
==重層的なネットワークと視覚情報の修飾==


 前項ではV1から高次視覚野へと向かうフィードフォワード投射の寄与を強調したが、視覚前野ではそれ以外の領野内の水平結合や視覚路内におけるフィードバック投射の寄与も大きく、また背側と腹側の視覚路間にも結合が存在する。そのため視覚前野の階層ネットワーク内の視覚情報は収束と拡散を繰り返し、ニューロンは受容野内に呈示された刺激特徴に反応するだけではなく、受容野周囲の視覚情報や視覚以外の情報による修飾作用を強く受けている。外側膝状体やV1と異なり、ある領野に局所的な損傷を与えても、視野に欠損(暗点)が生じない。
 視覚前野ではフィードフォワード投射以外にも、領野内の水平結合や視覚路内におけるフィードバック投射の寄与が大きく、また背側と腹側の視覚路間にも結合が存在する。そのため視覚前野の階層ネットワーク内の視覚情報は領野間で収束と拡散を繰り返している。ニューロンは受容野内に呈示された視覚刺激に反応するだけではなく、受容野外の視覚情報や視覚以外の情報による修飾作用を強く受けている。外側膝状体やV1と異なり、ある領野に局所的な損傷を与えても、視野に欠損(暗点)が生じない。


===非古典的受容野からの修飾===
===非古典的受容野からの修飾===
 視覚前野のニューロンは受容野外に呈示されて視覚刺激に反応することはない。しかし、V1と同様に受容野の周囲に広がる非古典的受容野より刺激特徴に選択的な修飾作用を受けるものがある。V2のニューロンには最適刺激を受容野にまで拡大すると、むしろ反応が抑制されるものがある(周辺抑制)。一方、受容野内の刺激と受容野外の刺激を組みあわせにより、むしろ反応が増強(促通)するものもある。V2では受容野外に並ぶ線分の直列性に依存して、受容野に呈示した線分への反応が増強される(文脈依存性修飾作用、contextual modulation)<ref><pubmed>11050142</pubmed></ref>。またV2には受容野を横切る輪郭線の形状、縞模様の変化、境界線を挟んだ図と地の向き対して選択的な反応を示すニューロンがあり、そうした選択性が周辺抑制の不均一な分布によることが示されている<ref name=refb><pubmed>11967544</pubmed></ref><ref><pubmed>16768360</pubmed></ref><ref name=refc><pubmed>21091803</pubmed></ref>。V4やV5/MTにも最適な刺激を受容野外にまで拡大すると反応が抑制されるニューロンがあり、受容野内外の奥行きや運動(向き、速度)の対比に反応するとされる<ref name=ref6><pubmed>2213146</pubmed></ref><ref><pubmed>7479984</pubmed></ref><ref><pubmed>11068007</pubmed></ref>([[受容野]]を参照)。
 V1と同様に、視覚前野には古典的受容野の周囲に呈示された視覚刺激により修飾作用を受けるものがある。その作用は視覚刺激の刺激特徴やそのパラメータに対して選択性を示す。修飾作用を生じる古典的受容野の周辺部分を非古典的受容野という。V2には最適な視覚刺激のサイズを大きくして受容野外にまで拡張すると、むしろ反応が抑制されるものがある(周辺抑制)。一方、受容野内の刺激と受容野外の刺激を組みあわせ方により、むしろ反応が増強(促通)するものもある。古典的な受容野の中と外に呈示される線分間の直列性が強いほど、反応が増強される(文脈依存性修飾作用、contextual modulation)<ref><pubmed>11050142</pubmed></ref>。また受容野を横切る輪郭線の形状、傾きの向きが異なる縞模様の組みあわせ、境界線を挟んだ図と地の向き対して選択的な反応を示すニューロンがあり、そうした選択性が周辺抑制の不均一な分布によることが示されている<ref name=refb><pubmed>11967544</pubmed></ref><ref><pubmed>16768360</pubmed></ref><ref name=refc><pubmed>21091803</pubmed></ref>。V4やV5/MTにも最適な刺激を受容野外にまで拡大すると反応が抑制されるニューロンがあり、受容野内外の奥行きや運動(向き、速度)の対比に反応するとされる<ref name=ref6><pubmed>2213146</pubmed></ref><ref><pubmed>7479984</pubmed></ref><ref><pubmed>11068007</pubmed></ref>([[受容野]]を参照)。


===大局的な情報===
===大局的な情報===
 視覚前野の様々な階層で、ニューロンは刺激全体が表す大局的な性質に対して選択性を示す。その反応は、受容野内に呈示されている視覚刺激の物理特性よりも、むしろ[[知覚]]される刺激の“見え”に近い。
 視覚前野の様々な階層で、刺激全体が表す大局的な性質に対して選択性を示すニューロンがある。その反応は、受容野内に呈示されている視覚刺激の物理特性よりも、むしろ[[知覚]]される刺激の“見え”に近い。


 主観的輪郭(subjective contour) [[wikipedia:ja:カニッツァの三角形|カニッツァの三角形]]や縞模様の端部では、刺激や端点の配列から存在しない面や輪郭線を知覚できる。こうした主観的輪郭線の傾きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>6539501</pubmed></ref><ref><pubmed>2723747</pubmed></ref><ref><pubmed>2723748</pubmed></ref>。
 主観的輪郭(subjective contour) [[wikipedia:ja:カニッツァの三角形|カニッツァの三角形]]や縞模様の端部では、刺激や端点の配列から存在しない面や輪郭線を知覚できる。こうした主観的輪郭線の傾きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>6539501</pubmed></ref><ref><pubmed>2723747</pubmed></ref><ref><pubmed>2723748</pubmed></ref>。
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 境界線の帰属(border ownership) 図と背景(地)の境界線は常に“図”の輪郭線として知覚される。受容野を横切る輪郭線のコントラスとの向きよりも、刺激全体が表す図と地の向きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>10964965</pubmed></ref><ref><pubmed>15996555</pubmed></ref>。
 境界線の帰属(border ownership) 図と背景(地)の境界線は常に“図”の輪郭線として知覚される。受容野を横切る輪郭線のコントラスとの向きよりも、刺激全体が表す図と地の向きに選択的に反応するニューロンがV2で見つかっている<ref><pubmed>10964965</pubmed></ref><ref><pubmed>15996555</pubmed></ref>。


 逆相関ステレオグラム(anti-correlated stereogram)ドットパターンによりある奥行きを持つ面を表す。点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にすると、点刺激は見えても対応付けられず、奥行きをもった面を知覚できなくなる(両眼視差の対応問題、corresponding problem)。V2、V4にはある奥行きを持った面に選択的に反応するニューロンがあり、点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にするとニューロンの反応が減弱することが報告されている<ref><pubmed>12597865</pubmed></ref><ref><pubmed>15371518</pubmed></ref><ref><pubmed>17959744</pubmed></ref>。
 逆相関ステレオグラム(anti-correlated stereogram) 面状に分布するドットパターンから、その面の奥行きを知覚できる。その点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にすると、点刺激は見えても対応付けられず、奥行きをもった面を知覚できなくなる(両眼視差の対応問題、corresponding problem)。V2、V4にはある奥行きを持った面に選択的に反応するニューロンがあり、点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にするとニューロンの反応が減弱することが報告されている<ref><pubmed>12597865</pubmed></ref><ref><pubmed>15371518</pubmed></ref><ref><pubmed>17959744</pubmed></ref>。


 [[色の恒常性]]、明るさの恒常性 刺激の波長成分は視覚刺激の反射特性と照明光により決まるが、[[wikipedia:ja:モンドリアン|モンドリアン]]のように受容野の周囲に異なる色の刺激を同時に呈示すると、照明条件によらない色相や輝度への選択性を示すものがV4に見つかっている<ref><pubmed>6134287</pubmed></ref>。
 [[色の恒常性]]、明るさの恒常性 刺激の波長成分は視覚刺激の反射特性と照明光により決まるが、[[wikipedia:ja:モンドリアン|モンドリアン]]のように受容野の周囲に異なる色の刺激を同時に呈示すると、照明条件によらない色相や輝度への選択性を示すものがV4に見つかっている<ref><pubmed>6134287</pubmed></ref>。
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===注意や予測(期待)===
===注意や予測(期待)===
 我々の視覚情報処理は視覚情報以外の能動的な修飾作用を受けている([[空間的注意]]、[[選択的注意]]を参照)。サルを訓練して、特定の場所、刺激物体、色や形などの刺激属性に注意を向けさせた状態で記録すると反応の増強(ゲイン)、刺激選択性の向上(応答特性)、受容野の縮小や[[移動]](空間特性)が観察される<ref><pubmed>7605061</pubmed></ref><ref><pubmed>12217174</pubmed></ref>。顕著な作用がV5/MT<ref><pubmed>8700227</pubmed></ref><ref><pubmed>10376597</pubmed></ref><ref><pubmed>10460265</pubmed></ref><ref><pubmed>10200212</pubmed></ref>やV4<ref><pubmed>4023713</pubmed></ref><ref><pubmed>9096154</pubmed></ref><ref><pubmed>9870971</pubmed></ref><ref><pubmed>10896165</pubmed></ref>で見られる一方で、V1、V2ではそうした修飾作用は弱い<ref><pubmed>9120566</pubmed></ref><ref><pubmed>10024360</pubmed></ref>。注意を向けさせるとV4で電気活動の同期性が高まることが報告されている<ref><pubmed>11222864</pubmed></ref>。ヒトでも同様の作用が報告されている<ref><pubmed>9756472</pubmed></ref>。
 我々の視覚情報処理は視覚情報以外の能動的な修飾作用を受けている([[空間的注意]]、[[選択的注意]]を参照)。サルを訓練して、特定の場所、刺激物体、色や形などの刺激属性に注意を向けさせた状態で記録すると反応の増強(ゲイン)、刺激選択性の向上(応答特性)、受容野の縮小や[[移動]](空間特性)が観察される<ref><pubmed>7605061</pubmed></ref><ref><pubmed>12217174</pubmed></ref>。顕著な作用がV5/MT<ref><pubmed>8700227</pubmed></ref><ref><pubmed>10376597</pubmed></ref><ref><pubmed>10460265</pubmed></ref><ref><pubmed>10200212</pubmed></ref>やV4<ref><pubmed>4023713</pubmed></ref><ref><pubmed>9096154</pubmed></ref><ref><pubmed>9870971</pubmed></ref><ref><pubmed>10896165</pubmed></ref>で見られる一方で、V1、V2ではそうした修飾作用は弱い<ref><pubmed>9120566</pubmed></ref><ref><pubmed>10024360</pubmed></ref>。V4では注意が向いている間に電気活動の同期性が高まることが報告されている<ref><pubmed>11222864</pubmed></ref>。ヒトでも同様の作用が報告されている<ref><pubmed>9756472</pubmed></ref>。


==知覚の神経メカニズム==
==知覚の神経メカニズム==
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 ある領野の電気活動が特定の視知覚の神経メカニズム(neural correlates)であることを示すには、大局的な情報に選択性を示すことだけでは不十分である。サルなどの動物を[[強制選択課題]]で訓練すると、各試行における動物個体の知覚判断(刺激の見え)を評価できる。課題遂行中にある領野ないしニューロンの電気活動を記録することにより、動物の知覚判断との因果関係を明らかする必要がある。しかし、そうした試みはあまり成功していない。V5/MTでは①大多数のニューロンが運動方向や両眼視差に選択性を示す、②同様の選択性を持つニューロンが機能的コラムに集中している、③結果的に運動視や立体視が比較的小数の一群のニューロンの活動に依存していることから、そうした因果関係を検証することが例外的に可能となった。
 ある領野の電気活動が特定の視知覚の神経メカニズム(neural correlates)であることを示すには、大局的な情報に選択性を示すことだけでは不十分である。サルなどの動物を[[強制選択課題]]で訓練すると、各試行における動物個体の知覚判断(刺激の見え)を評価できる。課題遂行中にある領野ないしニューロンの電気活動を記録することにより、動物の知覚判断との因果関係を明らかする必要がある。しかし、そうした試みはあまり成功していない。V5/MTでは①大多数のニューロンが運動方向や両眼視差に選択性を示す、②同様の選択性を持つニューロンが機能的コラムに集中している、③結果的に運動視や立体視が比較的小数の一群のニューロンの活動に依存していることから、そうした因果関係を検証することが例外的に可能となった。


===運動からの構造の知覚===
 運動からの構造の知覚(structure from motion) 円筒の表面に貼り付けたドットパターンが回転するように平面上のドットを左右に動かすと、回転する円筒に見える。両眼視差の情報がないので左右どちらの動きがドラムの全面にあたるのかは曖昧であり、見かけの回転方向は不定期に変化する。V5/MTには奥行きとドットの運動方向に選択的に反応するニューロンがあり、課題遂行中に記録すると回転の見えの変化に同期して反応が変化するニューロンが見つかった<ref><pubmed>9565031</pubmed></ref>。
 structure from motion:円筒の表面に貼り付けたドットパターンが回転するように平面上のドットを左右に動かすと、回転する円筒に見える。両眼視差の情報がないので左右どちらの動きがドラムの全面にあたるのかは曖昧であり、見かけの回転方向は不定期に変化する。V5/MTには奥行きとドットの運動方向に選択的に反応するニューロンがあり、課題遂行中に記録すると回転の見えの変化に同期して反応が変化するニューロンが見つかった<ref><pubmed>9565031</pubmed></ref>。


===ドットパターンの運動方向・奥行きの知覚===
 ドットパターンの運動方向・奥行きの知覚 各要素がランダムに動く中で、同じ運動方向や奥行きを持つ要素の割合([[wikipedia:ja:コーヒーレンス|コーヒーレンス]])が高い程、その検出が容易となる。2方向の運動のどちらであるか選択させると、刺激のコーヒーレンスと正答率には一定の相関関係があり、運動の見えを評価できる。課題遂行中にV5/MTから記録すると、①ニューロンの発火頻度と運動方向の見えが相関すること、②V5/MTの一群のニューロンを破壊、麻痺、局所電気刺激してサルの正答率を操作できること、③まったくランダムな刺激に対する知覚判断の変動と、記録しているニューロンの発火頻度の変動と相関する(choice-probability)ことから、比較的少数のMTニューロンの活動が運動方向の知覚判断を左右することが示された<ref><pubmed>1464765</pubmed></ref><ref><pubmed>1607944</pubmed></ref><ref><pubmed>3385495</pubmed></ref>。同様に、V5/MTへの局所電気刺激による動物の知覚判断への影響を調べた実験より、奥行き知覚とV5/MTニューロンの活動との因果関係が示された<ref><pubmed>9716130</pubmed></ref>。
 ドットパターンの各要素がランダムに動く中で、同じ運動方向や奥行きを持つ要素の割合([[wikipedia:ja:コーヒーレンス|コーヒーレンス]])が高い程、その検出が容易となる。運動方向を2方向から選択させると、刺激のコーヒーレンスと正答率には一定の相関関係があり、運動の見えを評価できる。課題遂行中にV5/MTから記録すると、①ニューロンの発火頻度と運動方向の見えが相関すること、②V5/MTの一群のニューロンを破壊、麻痺、局所電気刺激してサルの正答率を操作できること、③まったくランダムな刺激に対する知覚判断の変動と、記録しているニューロンの発火頻度の変動と相関する(choice-probability)ことから、比較的少数のMTニューロンの活動が運動方向の知覚判断を左右することが示された<ref><pubmed>1464765</pubmed></ref><ref><pubmed>1607944</pubmed></ref><ref><pubmed>3385495</pubmed></ref>。同様に、V5/MTへの局所電気刺激による動物の知覚判断への影響を調べた実験より、奥行き知覚とV5/MTニューロンの活動との因果関係が示された<ref><pubmed>9716130</pubmed></ref>。
 
 
==視覚情報処理のメカニズム==
==視覚情報処理のメカニズム==
 
 
 各機能的領野における視覚情報処理を解明するには、ニューロン群の結合関係や反応特性の研究に加えて、数理モデルによる定量的な解析が必要である。すでにV1では様々な数理モデルが提案されている([[視差エネルギーモデル]]を参照)。最近、視覚前野でもこうした計算論的神経科学(computational neuroscience)の研究が盛んである。例えば、視覚刺激の物理特性とニューロンの反応特性の関係の代わりに、直近の領野間の反応特性の関係に着目した、[[線形加算]]型の数理モデルが幾つか提案されている。V1の出力を線形加算するモデルがV2<ref><pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=refb /><ref name=refc />やV5/MT<ref><pubmed>8570605</pubmed></ref><ref><pubmed>17041595</pubmed></ref>のニューロンの反応選択性を説明できることが示されている。これらのモデルでは刺激要素の連続した組み合わせ(輪郭線)に対する反応が、個々の刺激要素(線分)の空間的な配置や組み合わせ方により説明されている。より高次の領野でも、輪郭線の形状が刺激要素の組み合わせの線形加算により説明されるモデルがV4や<ref name=ref2><pubmed>11698538</pubmed></ref><ref><pubmed>12426571</pubmed></ref><ref><pubmed>17596412</pubmed></ref>、IT野<ref><pubmed>15235606</pubmed></ref><ref><pubmed>18836443</pubmed></ref>で提案されている。一方、面状に広がる刺激(ドットパターン、テクスチャや自然画像)に対する反応は、刺激に含まれる刺激要素の量の多寡や分布により説明されそうであるが、まだ説明が十分でない<ref><pubmed>16987926</pubmed></ref><ref><pubmed>19778517</pubmed></ref>。視覚入力によるボトムアップ的なニューロンの反応選択性の形成とは別に、大局的な情報や注意や予測の効果については、ベイズ推定の考え方が注目されるものの、モデルとして説明するのは今後の課題である。近年、注目すべき点は、深層学習等の計算アルゴリズムの進歩、およびビックデータと呼ばれるような大量のデータの蓄積である。視覚情報処理の機能を実現するネットワークより、リバースエンジニアリングの手法により生体の神経メカニズムを探る研究が注目されている。今後も数理モデルによる視覚情報処理メカニズムの解析が進展することが期待される。
 視覚前野における視覚情報処理を解明するには、ニューロンや機能的領野の結合関係や反応特性のデータをもとに刺激特徴抽出の数理モデルによる定量的な解析を進める必要がある。すでに計算論的神経科学(computational neuroscience)の分野でV1に関する様々な数理モデルが提案されている([[視差エネルギーモデル]]を参照)。視覚前野においても、階層が隣接する領野間の反応特性の関係に着目した、[[線形加算]]型の数理モデルが幾つか提案されている。V1の出力を線形加算するモデルがV2<ref><pubmed>21841776</pubmed></ref><ref name=refb /><ref name=refc />やV5/MT<ref><pubmed>8570605</pubmed></ref><ref><pubmed>17041595</pubmed></ref>のニューロンの反応選択性を説明できることが示されている。これらのモデルでは刺激要素の連続した組み合わせ(輪郭線)に対する反応が、個々の刺激要素(線分)の空間的な配置や組み合わせ方により説明されている。さらに輪郭線の形状が刺激要素の組み合わせの線形加算により説明されるモデルがV4や<ref name=ref2 /><ref><pubmed>11698538</pubmed></ref><ref><pubmed>12426571</pubmed></ref><ref><pubmed>17596412</pubmed></ref>、IT野<ref><pubmed>15235606</pubmed></ref><ref><pubmed>18836443</pubmed></ref>で提案されている。一方、面状に広がる刺激(ドットパターン、テクスチャや自然画像)る反応と刺激に含まれる刺激要素の量の多寡や分布との関係についは、まだ説明が十分でない<ref><pubmed>16987926</pubmed></ref><ref><pubmed>19778517</pubmed></ref>。また視覚入力によるボトムアップ的なニューロンの反応選択性の形成とは別に、大局的な情報や注意や予測の効果については、ベイズ推定の考え方が注目されるものの、モデルとして説明するのは今後の課題である。近年、注目すべき点は、深層学習等の計算アルゴリズムの進歩、およびビックデータと呼ばれるような大量のデータの蓄積である。視覚情報処理の機能を実現するネットワークより、リバースエンジニアリングの手法により生体の神経メカニズムを探る研究が注目されている。今後も数理モデルによる視覚情報処理メカニズムの解析が進展することが期待される。


==各領野の解剖学的特徴とその機能==
==各領野の解剖学的特徴とその機能==
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