視覚前野

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伊藤南
東京医科歯科大学生体機能支援システム学分野
DOI:10.14931/bsd.3705 原稿受付日:2013年5月24日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:藤田一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)

英語名:extrastriate cortex、circumstriate cortex 独:extrastriärer Kortex 仏:cortex extrastrié

同義語:外線条皮質、有線外皮質、後頭連合野

  視覚前野(しかくぜんや)は哺乳類の大脳新皮質の一部で、後頭葉の視覚連合野(後頭連合野)、ブロードマンの脳地図の18野、19野に相当する。さらにV2、V3、V3A、V4、V5/MT、V6等の機能的領野に区分される。第一次視覚野(V1、17野)より主な入力を受けて視覚情報処理を行う。各領野のニューロンは受容野を持ち、レチノトピー(網膜部位再現)の性質を示して、片半球の領野が反対側の半視野を表す。これらの領野は階層的な結合関係を持ち、上の階層の領野ほど受容野が大きく、より複雑な刺激特徴や大局的な情報を抽出表現する。主に2つの視覚経路に分かれており、腹側視覚路はV2、V4を介して側頭葉(側頭連合野)に出力し、物体の形状や物体表面の性質(明るさ、色、模様)を表し、視覚対象の認識や形状の表象に寄与する。背側視覚路はV2、V3、V5/MT、V6を介して後頭頂葉(頭頂連合野)に出力し、3次元的な空間配置、空間の構造、動きを表して、眼や腕の運動制御に寄与する。

視覚前野とは

 哺乳類大脳新皮質の一部で、後頭葉の視覚連合野(後頭連合野)、あるいは後頭葉から一次視覚野(V1)を除いた部分。細胞構築学的にはブロードマンの脳地図の18野、19野に相当する。18野を前有線皮質(傍有線野、prestriate cortex)、19野を周有線皮質(周線条野、後頭眼野、parastriate cortex)、視覚前野全体を外線条皮質(有線外皮質、extrastriate cortex、circumstriate cortex)と呼ぶ。当初、一次視覚野(V1)に隣接する領域を広く視覚前野ないし視覚連合野と称した。1960年代以降、単一細胞記録やトレーサーの注入により、ニューロンの応答特性、受容野の大きさや位置、解剖学的投射などを手がかりとした領野区分の研究がネコやサルで盛んになった。また免疫組織化学による研究が進み、タンパクや遺伝子の発現に着目した研究も進んだ。1980年代以降、fMRIや光計測等のイメージング技術の発達により視野地図の広がりを可視化する研究が進み、ヒトを対象とする研究も進んだ。機能的な領野区分は旧世界ザルのマカカ属サル(アカゲザルニホンザルなど)で最も進んでおり、現在ではV2、V3、V4、V5/MT、V6等の機能的な領野が同定され、それぞれが個別の領野として扱われることが多い。細部や高次領域(V3、V4、V6)については、ヒトを含む動物種により区分法や名称が異なり、研究者間でも見解の相違がある。この解説では旧世界ザルの知見を中心に概説する。

機能的な領野の区分

図1.マカカ属サルの大脳皮質(右半球)
外側面(下図)の上側が頭頂葉(背側)、下側が側頭葉(腹側)を示す。右側が前頭葉(前側)、左側が後頭葉(後側)。内側面(上図)は上下を逆に示す。
図2.マカカ属サルの大脳皮質の展開図(右半球)
大脳皮質の表面をのばして表示したもので、内側で切って上下に開いたように表示してある。右側が前頭葉(前側)、左側が後頭葉(後側)。橙色の部分が視覚前野、肌色がその他の視覚野を示す。(Felleman and Van Essen (1991)[1] Fig.2を改変)

 V1と同様に、視覚前野のニューロンは(古典的)受容野内に呈示された視覚刺激が持つ刺激特性を抽出する。機能的な領野ごとに抽出される刺激特性が異なる。一方、視覚刺激の位置情報は受容野の位置で表される。各領野はレチノトピー(網膜部位の再現)の性質を示し(詳細は受容野を参照)、片半球の1つの領野が反対側の視野を映す一枚のトポグラフィックな視野地図を表す。受容野の位置が中心視野(fovea)から周辺視野に移るにつれて、受容野の大きさは大きくなる。領野内で中心視野を表す部分の面積は大きく、周辺視野に移るにつれて占有面積の割合が減少する(V6は除く)。マカカ属サルのV2、V3、V4はそれぞれV1の前方に帯状に広がり、大脳皮質の腹側の領域が反対側の視野の上半分(上視野)を表し、背側の領域が視野の下半分(下視野)を表し、その間の領域が中心視野を表す。領野の境界は視野の垂直子午線(vertical meridian)ないし水平子午線(horizontal meridian)を表す。垂直子午線付近のニューロンは脳梁を介して反対側の半球から入力を受け、両側の視野にまたがる受容野を持つ。V1、V2、V3、V4の中心視野を表す領域は月状溝(lunate sulcus)の終端部付近に収束している。この付近では受容野が小さくその差違が明瞭でないので、領野の境界を正確に定めることが難しい。V3、V4の区分には諸説がある(後述。V3,V4の項を参照)。V5/MTは上側頭溝(superior temporal sulcus、STS)内部に、V6は頭頂後頭溝(parieto-occipital sulcus, PO)内部にあり、上視野と下視野が連続した一枚の視野地図を持つ。非侵襲的な計測法(fMRI)の開発により、視野地図のイメージングによるヒトの領野区分が進んだ。V1、V2、V5/MTのようなマカカ属サルと相同な領野(ホモログ)が同定されているが、V3、V4、V6等の高次領域については諸説ある(後述。V3、V4、V6の項を参照)。ヒトの高次領域では個体差が大きい。ネコやフェレットではV1、V2、V3をそのまま17野、18野、19野と呼ぶことが一般的である[2][3]。ネコやフェレットの高次領域の区分は確立されていない。サルの視覚前野がV1から主な入力を受けるのに対して、ネコやフェレットでは、外側膝状体から17野、18野、19野に並行な投射が存在する[4]。マウスやラットの大脳皮質にもV1より高次の視覚領域が複数存在することが知られているが、個別の領野として確立されるに至っていない[5][6][7][8][9][10][11]

階層的なネットワークと視覚情報の中間処理

 視覚前野の機能的な領野は階層的な結合関係を持ち、V1と高次視覚野(側頭葉、後頭頂葉)の間で、視覚情報の中間処理を行う。領野間のフィードフォワード投射に着目すると視覚情報の流れを階層的なネットワークの枠組みで捉えることができる。V1のニューロンは小さな受容野を持ち、刺激要素(スポットや線分)や、ドットやテクスチャ(肌理、模様)が表す面に選択的に反応し、局所的な刺激特徴(色(輝度)、線の傾き、両眼視差、運動)を抽出する。視覚経路の階層を上がるほど受容野のサイズが大きくなり、刺激位置の情報やレチノトピーの性質が徐々に失われる。V2やV4ではCOストライプやグロブ(後述。V2、V4の項を参照)ごとに局所的な視野地図の繰り返しが生じている。階層を上がるにつれてより広範囲の情報が選択的に統合されて、受容野内に広がる刺激全体が示す、刺激特徴の組み合わせや空間配置による複雑な刺激特性を抽出する。一方、刺激位置の情報やレチノトピーの性質は徐々に失われる。視覚情報の流れは主に背側視覚路と腹側視覚路とに分かれる[12][13][14][15][16][17](詳細は視覚経路受容野を参照)。同一視野の情報が複数の領野で分散並列処理されており、外側膝状体やV1と異なり、視覚前野のある領野が局所的に損傷されても視野に欠損(暗点)は生じない。

背側視覚路

 外側膝状体の大細胞系(M経路)由来の入力を受け、その性質(色選択性が無い、輝度コントラスト感度が高い、時間分解能が高い、空間分解能が低い)を引き継ぐ[18][19]。色選択性を持たず、ほとんどのニューロンが運動(方向、速度)や両眼視差に選択性を示す。V2(太い縞)、V3、V5/MT、V6を介して後頭頂葉へ向う。領野間は有髄線維により結合され、伝導速度が速く、ミエリン染色で濃く染まる。V1より各領野へ直接投射があり、視覚刺激の呈示開始よりニューロンの反応が生じるまでの時間(潜時)を比較しても領野間の差がほとんどない[20]。V5/MTのニューロンは等距離平面上のドットパターンの運動方向や注視点を基準とする平面の奥行きに選択性を示す。V3、V6のニューロンは両眼視差の変化や3次元方向の運動に選択性を示す。後頭頂葉の内側MST、VIP、7aへの出力は運動方向の変化(ドットパターンの発散、収縮、回転)やオプティカルフローのような3次元空間での動きの知覚に関与するとされる。一方、後頭頂葉の外側(V6A、LIP)への出力は空間の立体構造や3次元空間での位置関係を表し、身体座標による視線の移動や物体の把持操作に利用される[21]。その際には、必ずしも刺激が意識されているわけではない。

腹側視覚路

 外側膝状体の大細胞系(M経路)と小細胞系(P経路)から同程度の入力を受け、さらに顆粒細胞系(K経路)由来の入力も受けて[22]、多様な刺激特徴に選択性を示す。V2(細い縞、淡い縞)からV4を介して側頭葉へ向う。色情報はP経路を介して主に腹側視覚路に伝えられるが、V4ニューロンの約半数しか色選択性を示さない。高次の領野ほど潜時が遅い[20]。傾きの変化(輪郭線の折れ曲がり(V2)、曲線(円弧、非カルテジアン図形(同心円、らせん、双曲線)、フーリエ図形)(V4))や、両眼視差の変化(受容野内外の相対視差(V2、V4)[23]、3次元方向の線や平面の傾き(V3、V4))に選択性を示す。V1が輝度対比や色対比[24]色覚を参照)に反応するのに対して、特定の色相や彩度(V2、V4)[25]に選択性を示す。平面のテクスチャやパターン(V4)、自然画像に含まれる高次統計量(V2、V4)に選択性を示す。側頭葉(TEO、TE)への出力は、複雑な輪郭線の形状、物体表面の曲面、手や顔のようなもっと複雑な刺激を表し、物体の認識や表象(意識に上らせること)に関与するとされる[26][27][28][29]

重層的なネットワークと視覚情報の修飾

 フィードフォワード投射以外にも、領野内の水平結合や領野間のフィードバック投射の寄与が大きく、背側と腹側の視覚路間にも結合が存在する。そのため視覚経路に沿った大まかな視覚情報の流れとともに、階層ネットワーク内で視覚情報が収束、拡散、周回を繰り返している。視覚前野のニューロンには、受容野外に呈示される視覚情報や非視覚情報による修飾作用を強く受けるもの、刺激全体が表す大局的な“見え”に選択性を示すニューロンがある。このような重層的なネットワークのメカニズムはまだよく分からない。

フィードバック投射による修飾

 V2ニューロンへの入力の2/3はV1からの投射であるとされ、V1の活動を抑制するとV2ニューロンは反応しなくなる。一方、ほぼ同数の投射があるとされるV2からV1へのフィードバックを遮断すると、V1ニューロンの反応の選択性に顕著な変化はないが、周辺抑制が変化する。V2ニューロンはV1以外にもV4、V5/MT、視床枕(pulvinar)から入力を受けている。これらの入力を遮断すると、V2ニューロンで自発発火頻度や反応強度が経時的に増減する。より大きな受容野とより複雑な刺激特性を持つ高い階層のニューロンからのフィードバック投射が、低い階層のニューロンの反応選択性の形成に果たす役割とメカニズムはよく分かっていない。

非古典的受容野からの修飾

 (古典的)受容野外に呈示される視覚刺激が単独でニューロンを反応させることはないが、刺激特徴やそのパラメータ、受容野内外の刺激の組み合わせ方や配置により選択的な修飾作用を示すことがある。そうした作用を生じる受容野の周辺部分を非古典的受容野という。V1と同様に、V2のニューロンには、受容野よりも大きなサイズの線やドットパターンを呈示すると反応が抑制されるもの(周辺抑制)、受容野の中と外に同時に呈示された線分間の直列性が強いほど反応が増強(促通)するもの(文脈依存性修飾作用、contextual modulation)[30]がある。受容野を横切る輪郭線の形状(折れ曲がり)、傾きの向きが異なる縞模様の組みあわせ、境界線を挟んだ図と地の向き対して選択的な反応を示すニューロンがあり、周辺抑制の不均一な分布によっても説明できることが示されている[31][32][33]。V4やV5/MTにも受容野よりも大きなサイズの視覚刺激を呈示すると反応が抑制されるニューロンがあり、古典的受容野の中と外での奥行きや運動(向き、速度)の対比を表すとされる[34][35][36]受容野を参照)。

大局的な情報

   知覚される刺激の“見え”は、個々の刺激特徴の物理特性よりも、むしろ刺激全体が示す大局的な刺激特徴の配置や組み合わせに従うことがある。視覚前野の様々な領域のニューロンが、受容野内に呈示された視覚刺激の物理特性よりも、むしろ刺激全体が表す大局的な性質に対して選択的に反応することが報告されている。

 主観的輪郭線(subjective contour) カニッツァの三角形や縞模様の端部では、刺激や端点の配列から存在しない面や輪郭線を知覚できる。V2にはこうした主観的輪郭線の傾きに選択的に反応するニューロンがある[37][38][39]

 境界線の帰属(border ownership) 図と背景(地)の境界線は常に“図”の輪郭線として知覚される。V2には、受容野を横切る輪郭線のコントラスとの向きよりも、刺激全体が表す図と地の向きに選択的に反応するものがある[40][41]

 逆相関ステレオグラム(anti-correlated stereogram) 点が面状に分布するドットパターンから、その面の奥行きを知覚できる。点の輝度コントラストを左右の目で逆にすると、点は見えても対応付けられず、奥行きをもった面を知覚できなくなる。V2、V4にはある奥行きを持った面に選択的に反応するニューロンがあるが、点刺激の輝度コントラストを左右の目で逆にするとこれらのニューロンの反応が減弱する[42][43][44]

 色の恒常性、明るさの恒常性 視覚刺激の波長成分は刺激物体の反射特性と照明光により決まるが、モンドリアン図形のように周囲に異なる色の明るさの刺激を同時に呈示すると、照明条件によらずに同じ色相や輝度が知覚される。V4には、受容野の中外に異なる色刺激を同時に呈示すると、照明条件によらず色相や輝度に同じ選択性を示すニューロンがある[45]

 窓枠問題(aperture problem) ある方向に動いている線刺激や縞模様を円形の窓を通して見ると、端点の動きが隠されて実際の運動方向が分からなくなる。この時、運動速度の最も低い、刺激を構成する線の法線方向への運動が知覚される。一方、長方形の窓を通して動く縞模様を見ると、長辺沿いの端点の動きが運動方向として知覚される(バーバーポール錯視)。V5/MTのニューロンは線刺激や縞模様の運動方向に選択的に反応するが、これらのニューロンは刺激の端点が受容野外にあるときには法線方向の動きに選択的に反応する。その中には、受容野外に長方形の枠を呈示すると、枠沿いの端点の運動方向に選択性を示すものがある[46][47]

 格子模様(plaid pattern) 傾きの異なるふたつの縞模様を重ねて動かすと、格子模様が一方向に動いて見えることがある。しかし、ふたつの縞模様の奥行きを変えたり、縞の重複部分の輝度を調整して半透明の縞模様が重なるように見せると、縞模様がすれ違ってそれぞれ動くようにしか見えない。格子模様が動くように見える場合の運動方向は、ふたつの縞の法線方向のベクトル和の方向になる。V5/MTのニューロンの一部は、格子模様が動いて見える条件では格子模様の運動方向に選択的に反応し、縞模様がすれ違うように見せる条件ではそれぞれの縞模様の法線方向に選択的に反応する[48][49][50]

注意や予測(期待)

 我々の視覚情報処理は視覚情報以外の能動的な修飾作用を受けている(空間的注意選択的注意を参照)。特定の場所、特定の刺激物体、色や形などの特定の刺激属性に注意を向けさせた状態で神経活動を記録すると、注意を向けていない場合とくらべて、同じ刺激に対する反応の増強(ゲイン)、反応潜時の減少、刺激選択性の向上(応答特性)、受容野の縮小や移動(空間特性)などが観察される[51][52]。このような注意による反応の修飾作用は、V5/MT[53][54][55][56]やV4[57][58][59][60]で顕著であり、V1、V2では弱い[61][62]。局所電場電位の週数成分解析により、V4では注意が向けられると神経細胞活動の同期性が高まることが報告されている[63]。ヒトでも同様の作用が報告されている[64]

知覚の神経メカニズム

 視覚前野の領野が異なる刺激特性を表し、大局的な情報に選択性を示すことから、視覚前野の領野が特定の知覚判断の中枢として機能することが期待された。運動からの構造の知覚(後述)において知覚の変化に合わせてV5/MTのニューロンの反応が変化すること[65]、ドットパターンの運動方向の知覚(後述)において以下の条件を満たすこと[66][67][68]から、V5/MTのニューロンがそうした視覚中枢の一つであることが示された。しかし、V5/MT以外の領野では、ニューロン活動と個体の知覚判断との因果関係を明らかにする試みはあまり成功していない。異なる刺激特性を表し、大局的な情報に選択性を示すことから、視覚前野の領野が特定の知覚判断の中枢として機能することが期待されてきた。しかし、V5/MT以外の領野で知覚判断と電気活動との因果関係を明らかにする試みはあまり成功していない。

 一群のニューロンが特定の視知覚の神経メカニズム(神経相関、neural correlates)であることを示すには、サルなどの動物を強制選択課題で訓練し、課題遂行中に電気活動を記録して、①ニューロンの反応選択性が知覚判断に必要な情報を十分に表すこと、②試行ごとに動物の知覚判断とニューロンの反応強度の間に相関関係が存在すること、③ある領野を局所的に破壊、麻痺、電気刺激することにより動物の知覚判断を操作できること、④曖昧な刺激に対する試行ごとの知覚判断の変動がニューロンの反応強度の変動と相関すること、⑤知覚判断の表示方法(動作)と無関係であること、などの根拠を示す必要がある。V5/MTでは、①領野内の大多数のニューロンが運動方向や両眼視差に選択性を示し、領野として特定の機能に特化していた、②運動方向や奥行に対する選択性が等しいニューロンがコラム状の狭い領域に集中しており、それらの操作が容易であった、③結果的に知覚判断が比較的小数のニューロンの活動に依存していたことが、因果関係を検証する際の利点となったと考えられる。

 運動からの構造の知覚(structure from motion) 垂直に立てた透明な円筒を回転させた時に生じる円筒表面のドットパターンの各点が示す左右の動きを平面なスクリーンに呈示すると、回転する立体の円筒が知覚される。この時、両眼視差の情報がないので円筒の前面の点が左右どちら方向に動くかは刺激自体からは分からず、知覚される見かけの回転方向は不定期に変化する。知覚される円筒の回転方向の変化に合わせて反応強度が変化するニューロンがV5/MTで見つかった[69]

 ドットパターンの運動方向や奥行きの知覚 各点がランダムに動くドットパターンの中で一定の割合の点が同じ方向に運動する時、その割合(コヒーレンス)が高い程、それらの点が示す運動方向が知覚されやすくなる。刺激のコヒーレンスが高いほど運動方向を識別する課題の正答率が高くなることから、正答率により運動の見えを評価できる。記録中のV5/MTニューロンの最適な運動方向あるいはその反対方向へ動く点を含むドット刺激を用い、サルに強制選択課題で2方向から選択させたところ、①刺激のコヒーレンスの度合いによりニューロンの反応強度が変化した、②ニューロンの反応強度から運動方向の見えを確率的に推測できた、③V5/MTを局所的に破壊、麻痺、電気刺激してサルの正答率を操作できた、④曖昧な刺激(コヒーレンスなし)に対する知覚判断の試行ごとの変動がニューロンの反応の変動と相関していた(choice-probability)、⑤これらの対応や変調が知覚判断の表示法(視線の移動、手によるレバー押し)によらなかった。これらの結果から、比較的少数のV5/MTニューロンの活動が運動方向の知覚判断を左右することが示された[70][71][72]

視覚情報処理のメカニズム

 視覚前野における視覚情報処理のプロセスや仕組みを解明するには、ニューロンや機能的領野の結合関係や反応特性、知覚判断との因果関係に加えて、計算理論の理解が必要である(Marrの計算論を参照)。計算機技術の進歩に伴い、大規模なモデルのフィッティングや学習によるパラメータの最適化と統計学的な解析が可能になってきた。最適化されたモデルはニューロンが示す刺激選択性が形成される過程を定量的に説明し、モデルのパラメータは個々のニューロンの特性を説明する(詳細は計算論的神経科学を参照)。近年は階層構造、スパース符号化(sparse coding)、ニューラルネットワーク深層学習を基調とするモデルが多数提案されている。

 ニューロンの刺激選択性形成における特定の刺激要素、刺激属性の寄与を明らかにするために、刺激要素(スポット、線分、エッジ、縞刺激、ガボールパッチなど)を人工的に合成した視覚刺激が用いられることが多い。視覚前野のニューロンは複数の領野を経た視覚情報を受け取ることから、多くのモデルが個別の刺激要素に対するニューロンの反応や隣接階層からの入力に着目している。これらのモデルは、刺激要素の一連の組み合わせや空間的な配置をもとにニューロンの反応を再現し、刺激選択性の形成過程を説明する。V1モデルの出力の線形加算によりV2[73][31][33]やV5/MT[74][75]のニューロンの反応選択性の形成過程をある程度は説明できることが示されている。またV4ニューロンが輪郭線の形状に対して示す選択的な反応が曲線要素(V2モデルの出力)の組み合わせにより説明されている[76][77][78]。近年、自然画像のような複雑な視覚刺激を用いてニューロンの反応を調べ、画像内容を解析して逆にニューロンを刺激する刺激要素を見いだすタイプの研究が増えている。ドットパターン、テクスチャ、自然画像に特定の刺激要素を見いだすことは難しいが[79][80]、が、V1モデルの出力を合成した自然画像様の人工刺激を用いることで、視覚刺激に含まれる空間周波数成分の分布や高次統計量に選択性を示すニューロンがV2,V4にあることが示された。一方、今後の研究課題として、①ネットワークの規模と複雑さ(ニューロン数、シナプス数)、②回路の不均一性(ニューロンの性質、形状、分布や空間配置)、③フィードバック投射や水平結合によるループ型の情報処理、④受容野外に呈示される視覚情報や非視覚情報による修飾作用、⑤大局的な情報、注意や予測の修飾効果などの課題が残されている。また、多くのモデルは単一の機能(輪郭線の表現、テクスチャの表現、普遍性の獲得など)を説明するもので汎用性に欠ける。

 近年、畳み込みニューラルネット(CNN)の深層学習を利用した視覚情報処理技術の研究開発が著しく進歩している(詳細は人工知能を参照)。自然画像を入力してカテゴリー分類を行う際に、ヒトに匹敵する能力を持つモデルが登場している。これらのモデルの中間層(隠れ層)のノードがV1ないしV4のような特性を持つことが示されている。脳機能をそのまま再現するモデルではないが、ネットワークのりバースエンジニアリングが視覚前野のモデル研究の手がかりを与えることが期待される。 

各領野の解剖学的特徴とその機能

V2野

 18野の一部。V1に隣接する帯状の領域。背側部が反対側の下視野を、腹側部が反対側の上視野を表す。V1の主な出力先である。V1から主な入力を受け、V1 へ強いフィードバック投射する。V3、V4、V5/MTへ出力する。V1以外にMT、V4からのフィードバック入力および視床枕(pulvinar)から入力を受ける。

 チトクローム酸化酵素(CO)により染色すると、太い縞(thick stripe)、細い縞(thin stripe)、淡い縞(inter stripe、pale stripe)の縞状の領域(COストライプ)に区分され、外側から内側へ淡―太―淡―細と縞領域が繰り返し分布する[81][82][83]。太い縞はV1(4b層)より大細胞系の入力を受け、V3、MTに投射するので、背側視覚路に属するとされている。太い縞のニューロンは運動方向、速度、両眼視差に選択性を示す。細い縞はV1(ブロブ)より入力を受けV4に投射するので、腹側視覚路に属するとされている。細い縞のニューロンは色相に選択性を示す。淡い縞はV1(2/3層のブロブ間)より小細胞系の入力を受け、V4に投射するので、腹側視覚路に属するとされている。淡い縞のニューロンは線の傾きに選択に反応し、エンドストップ抑制により端点を表す。Livingston以降、V2が3つの視覚経路(太い縞、細い縞、淡い縞)に分かれており、それぞれが色、形、運動の情報処理を分担するとされてきた。Sincichらよれば①細い縞はV1の2/3層のブロブ以外に4a, 4b, 5/6層からも入力を受け、②太い縞と淡い縞は2/3層のブロブ間と4a,4b,5/6層から入力を受けて、線の傾きに選択性を示し、③太い縞と淡い縞の違いは出力先(V4、V5/MT)の違いであるという。また、太い縞の外側に隣接する淡い縞にはV1(4b層)からの入力があり太い縞と似た反応を示し、太い縞の内側に隣接する淡い縞と区別されることが示された。Sincichらは各縞が受け取る情報の差はそれほど明瞭でなく、V1のブロブとブロブ間に発する2つの経路に大別されるとしている。

 V2のニューロンはV1のニューロンよりも概して低い空間周波数成分によく反応する。大局的な情報(主観的輪郭線の傾き、輪郭線を挟んだ図と地の向き、逆相関ステレオグラム)、ドットパターンの面の奥行き段差が示す境界線の傾き[31]、受容野を横切る輪郭線の折れ曲がり[84][85]、傾きや周波数成分の異なる縞模様の組み合わせ[86]に選択性を示すニューロンがある。

V3野

 18野の一部。V2に隣接する帯状の領域である。腹側と背側は異なる2つの領域であるとする説もある。主に旧世界ザルを対象とした研究では背側部(V3d)と腹側部(V3v)を合わせて一つのV3であるとされる[87][88]。新世界ザル(ヨザルなど)では背側部(DM)の一部がV3に相当し[88]、腹側部はVP野(腹側後部領域、ventral posterior area)と呼ばれる別の領域であるとされる[89][90][91][18]。マーモセットでは腹側部と背側をあわせてVLPと呼ぶ。

 腹側部はV2(細い縞、淡い縞)から入力を受け、側頭葉(V4、VTF、VOF)に投射するので、腹側視覚路に属するとされている。反対側の上視野を表す。ニューロンは色選択性を示す。背側部はV2(太い縞)とV1(4b層)から入力を受け、V3a、V4、V5/MT、V6と後頭頂葉(DP,VIP,LIP)に出力するので、背側皮質視覚路に属するとされている。反対側の下視野を表す。ミエリン染色で濃く染まり、ニューロンは輝度や奥行きに選択性を示すが、色選択性を示さない。広域的な動きや奥行き方向の傾き、テクスチャの充填(欠損部の補完))[92]に関わる。

 V2とV4の間の領域を3次視覚皮質複合体と総称する。ヒトでよく発達しており、サルとの違いが顕著な領域である。V3AはV3d前方に隣接し、上視野と下視野をあわせた視野地図を持つ領野である。V1、V2、V3dより入力を受け、MT、MST、LIPへ出力する。サルのV3AはV3dよりも速度や奥行きに選択性を示すニューロンが少なく、ドットパターンよりも線刺激に強く反応する。注意の効果が顕著に見られる[93]。視線の向きによらずに、頭部の向きを基準と刺激の位置に選択性を示すものがある[94]。一方、ヒトのV3AはV3dよりもドットパターンで表される運動刺激によく反応し、経頭蓋電気刺激(TMS)を与えると速度の知覚が障害される[95]。ヒトでは隣接する別の領域(V3B)も存在し[96][97]、両眼視差による奥行き表現と運動視差による奥行き表現が統合される。しかし、サルではこの統合はV5/MTに生じる。V3A,V3Bとも主に周辺視野を表す。

V4野

 19野の一部。V3に隣接する領域。背側部(V4d)と腹側部(V4v)を合わせて一つのV4とする。背側部は上視野の垂直子午線に近い部分を表す。腹側部は上視野の水平子午線に近い部分を含む残りの視野を表す。新世界ザルの背外側野(DL)、マーモセットのVLAに相当する。V2(細い縞、淡い縞)、V3、V3Aから強い入力を受け、側頭葉(TEO、TE)、後頭頂葉(MT、MST、FST、V4t、DP、VIP、LIP、PIP)、前頭葉(FEF)へ出力する。V1、V2、V3にフィードバック投射を返す。V2からの投射は中心視領域で強く、中心視領域はV1からも直接の投射を受ける。周辺視領域はV3、V5/MTから強い入力を受け、後頭頂葉からも広く入力を受ける。

 1970年代には、色に選択的なニューロンが多く、その一部が色恒常性を示すことから、V4が色表現の中枢であるとする説が提案された[87][98]。しかし、1980年代になると輪郭線の傾きに選択性を示すニューロンも多数あることが明らかにされた[99][34][100]。近年、色と形のサブ領域(グロブ)に分かれることが示されている[101][102]。曲線の曲率と傾きの組み合わせ[103][76]、縞模様の空間周波数成分と傾きの組み合わせ、輪郭線の形状に複雑な応答特性を示すニューロンもある。3次元方向の線の傾き[104]、受容野内外の相対的な奥行き(relative disparity)[105]、ドットパターンの印影方向、自然画像に含まれる高次の統計量成分に選択的に反応するニューロンもある。大局的な選択性(色恒常性、逆相関ステレオグラム)を示すニューロンもある。注意により強い修飾作用を受ける。

 サルのV4を破壊すると、①大きさの変化、遮蔽、色恒常性、主観的輪郭線に対応できなくなる、②混在している複数の刺激を区別することができなくなる、③同一物体の持つ奥行き,明暗,色,位置などの情報を同一物体のものとして関連付けることができなくなる[106][107][108][109]などの影響が生じる。

 fMRIによるヒトV4の研究では背側部に相当する領域が同定されず、以下の諸説がある[110][111]。①V4には下視野をあらわす領域(背側部)が存在しない。V3dに隣接する領域(LO1,LO2)はそれぞれ全視野を表す別の領域である。②背側部は存在しない。腹側のV8がV4の一部で下視野を表し、合わせて全視野を表す一つの領域である。③背側部は存在する。fMRIの空間分解能を上げると、腹側部よりも面積が小さく、主に下視野の中心視野部分を表す領域が同定されるので、これを背側部とする。下視野の周辺視野を含む残りの視野は腹側部で表される。ヒトのV8については、V8が損傷を受けると色覚だけが失われることからV4の一部とする説と、サルのTEOに相当する別の領域とする説がある[112][113][114][111]。  

V5/MT野

 19野の一部。刺激の運動方向に選択性をもつニューロンが多数ある領域(V5)とミエリン染色で濃く染まる領域(MT、middle temporal area)として別々に同定されたが、後に同じ領域であることが明かにされた[115][116]。チトクローム酸化酵素[117]やCat301抗体[118]で濃く染まる。ヒトでは、隣接する領域(MST等)と合わせて、MT complex、hMT、MT+、V5/MTと呼ばれることが多い[119][120]。上視野と下視野をあわせた視野地図を持つ。背側視覚路に属し、主にV1(4b層)より、他にV2(太い縞)、V1(6層)、V3背側部、V4、V6から入力を受ける[1][121]。周辺視の領域は脳梁膨大後部皮質からも入力を受ける[122]。主に隣接するMST、FST、V4tへ、他に前頭眼野(FEF)、頭頂間溝(LIP、VIP)、上丘(SC)へ投射する。また、外側膝状体、視床枕からの直接の投射がある[123]盲視を参照)。

 大部分(70-85%)のニューロンが刺激の運動方向、速度、両眼視差に選択性を示しし[116][124][125]、運動方向と両眼視差の機能的コラム(V1を参照)が存在する[126][48][127]。注視面からの絶対視差(absolute disparity)に選択性を示し、奥行きの異なる面を区別する。運動視差(奥行きの違いにより生じる見かけの運動速度や運動方向の違い)に選択性を示すニューロン、ドットパターンの運動方向の違いにより示される境界線に選択性を示すニューロンもある。両眼視差による奥行き表現と運動視差による奥行き表現は、サルではV5/MTで、ヒトではV3Bで統合される。注意により強い修飾を受ける。

サルのV5/MTが運動知覚の中枢として機能することが示されている(知覚の神経メカニズムの項を参照)。ヒトのV5/MTが損傷されると、刺激の運動に追従して生じる眼球運動が障害され、運動を知覚できずに世界が静的な"フレーム"の連続に感じられる[128][129][130](詳細は視覚失認、皮質盲を参照)。V5/MTに経頭蓋磁気刺激を与えると刺激の運動の知覚が阻害される[131]。一方、3次元的な位置の知覚の阻害は後頭頂葉の損傷により生じる。

V6野

 19野の一部。頭頂後頭溝(parieto-occipital sulcus)前壁に位置し、V2、V3に隣接する、上視野と下視野をあわせた視野地図を持つ領域。PO野[132][133][134]とも呼ばれる。頭頂後頭溝前壁、腹側部分の視覚領域(V6野)と背側部分の視覚―運動領域(V6A野)に区別される。ミエリン染色で濃く染まる[135]]。新世界ザルでは背内側野(DM)の一部が相当する。当初はヒトや旧世界ザル(マカカ属サル)には存在しないとされた。ヒトのV6は頭頂後頭溝の最背側部に位置する。後頭葉(V1、V2、V3、V3A)と後頭頂葉(V5/MT、V6A)とに約半分ずつの割合で、双方向に投射する。背側皮質視覚路に属するとされる。さらに頭頂間溝(MIP、LIP)へも投射する。他の領野と異なり、周辺視野に移っても領野内の占有面積の割合は変わらない。エンドストップ抑制が弱く、低空間周波数成分に反応する。大きなエッジの運動方向に選択性を示す。目や頭部の動きにより生じる見かけの運動刺激に反応しないニューロンがあり、real-motion detectorとも呼ばれ、身体座標による運動検出に関わるとされる。ヒトのV6野は大きなドットパターンやフリッカー刺激に反応する。ヒトのV6を含む部位が損傷されると、運動方向の区別あるいは運動自体の検出が阻害される。

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