「視覚運動性眼振」の版間の差分

 
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 視覚運動性眼振は、遅い眼球運動と速い眼球運動が規則的に繰り返されることによって生じる。遅い眼球運動は、視機性眼球反応と同じくスクリーンの回転と同方向に生じ、緩徐相(slow phase)と呼ばれる。一方、スクリーンの回転と逆方向に生じる速い眼球運動は、急速相(fast phase)と呼ばれる。ウサギでは、スクリーンの回転開始からかなり遅れて視覚運動性眼振の緩徐相が出現し、やがて一定速度に達する。その速度はスクリーンの速度に比べてかなり小さい。一方、ヒトやサルでは、緩徐相はスクリーンが回転を始めると急速に立ち上がり、そのあと数秒かけて徐々に増加し、やがてスクリーンの回転速度にほぼ等しくなる。
 視覚運動性眼振は、遅い眼球運動と速い眼球運動が規則的に繰り返されることによって生じる。遅い眼球運動は、視機性眼球反応と同じくスクリーンの回転と同方向に生じ、緩徐相(slow phase)と呼ばれる。一方、スクリーンの回転と逆方向に生じる速い眼球運動は、急速相(fast phase)と呼ばれる。ウサギでは、スクリーンの回転開始からかなり遅れて視覚運動性眼振の緩徐相が出現し、やがて一定速度に達する。その速度はスクリーンの速度に比べてかなり小さい。一方、ヒトやサルでは、緩徐相はスクリーンが回転を始めると急速に立ち上がり、そのあと数秒かけて徐々に増加し、やがてスクリーンの回転速度にほぼ等しくなる。


 視覚運動性眼振の緩徐相がスクリーンの回転速度に達した段階で、スクリーンの回転を止めてまっ暗にすると、視(覚)運動性後眼振(optokinetic after nystagmus, OKAN)が生じる。視(覚)運動性後眼振にも緩徐相と急速相がある。ヒトやサルの視(覚)運動性後眼振の緩徐相の速度とその減衰の時間経過は、ウサギの視(覚)運動性後眼振の緩徐相の速度とその立ち上がりの時間経過に似ている。一方、ウサギの視覚運動性眼振の緩徐相には、サルやヒトで見られる速い立ち上がりの成分はなく、視(覚)運動性後眼振の緩徐相と同じような遅い成分しかない('''図3C''')。そこで、ヒトやサルの視覚運動性眼振とOKANの緩徐相のうち、視覚運動性眼振緩徐相の立ち上がりの遅い成分と視(覚)運動性後眼振緩徐相が視機性眼球反応に由来するが、視覚運動性眼振緩徐相の立ち上がりの速い成分は霊長類でよく発達している滑動性追跡眼球運動に由来すると考えられている。サルでは両側の前庭器官を破壊すると視(覚)運動性後眼振が完全に消失し、ヒトでも両側の[[前庭器官]]が障害されると視(覚)運動性後眼振が出なくなることがある。また、ヒトで網膜の中心部の損傷により滑動性追跡眼球運動が障害されても、遅い成分の視覚運動性眼振は誘発される。これらの所見は、ヒトやサルの立ち上がりの遅い視覚運動性眼振の緩徐相 = 視(覚)運動性後眼振の緩徐相 = 視機性眼球反応という考え方を支持する<ref name="ref10">'''時田喬'''<br>眼振の生理と検査<br>''金原出版'', 東京, 1973.</ref>。
 視覚運動性眼振の緩徐相がスクリーンの回転速度に達した段階で、スクリーンの回転を止めてまっ暗にすると、視(覚)運動性後眼振(optokinetic after nystagmus, OKAN)が生じる。視(覚)運動性後眼振にも緩徐相と急速相がある。ヒトやサルの視(覚)運動性後眼振の緩徐相の速度とその減衰の時間経過は、ウサギの視(覚)運動性後眼振の緩徐相の速度とその立ち上がりの時間経過に似ている。一方、ウサギの視覚運動性眼振の緩徐相には、サルやヒトで見られる速い立ち上がりの成分はなく、視(覚)運動性後眼振の緩徐相と同じような遅い成分しかない('''図3C''')。そこで、ヒトやサルの視覚運動性眼振と視(覚)運動性後眼振の緩徐相のうち、視覚運動性眼振緩徐相の立ち上がりの遅い成分と視(覚)運動性後眼振緩徐相が視機性眼球反応に由来するが、視覚運動性眼振緩徐相の立ち上がりの速い成分は霊長類でよく発達している滑動性追跡眼球運動に由来すると考えられている。サルでは両側の前庭器官を破壊すると視(覚)運動性後眼振が完全に消失し、ヒトでも両側の[[前庭器官]]が障害されると視(覚)運動性後眼振が出なくなることがある。また、ヒトで網膜の中心部の損傷により滑動性追跡眼球運動が障害されても、遅い成分の視覚運動性眼振は誘発される。これらの所見は、ヒトやサルの立ち上がりの遅い視覚運動性眼振の緩徐相 = 視(覚)運動性後眼振の緩徐相 = 視機性眼球反応という考え方を支持する<ref name="ref10">'''時田喬'''<br>眼振の生理と検査<br>''金原出版'', 東京, 1973.</ref>。


 ヒトのサルでは、眼前に提示した比較的大きなパターンをステップランプ状に動かす時に、サッケード眼球運動に引き続いてランプ状のパターンの動きに依存したドリフト状の遅い眼球運動が誘発される。この眼球運動は[[追従性眼球運動反応]](ocular following response, OFR)と呼ばれる。OFRの発現には[[大脳皮質]][[視覚連合野]][[MT野]]や[[橋核]]、小脳腹側傍片葉が関与する。滑動性追跡眼球運動には大脳皮質の[[前頭眼野]]に由来するものと[[頭頂連合野]]に由来するものがあるが、追従性眼球運動反応はそのうちの頭頂連合野に由来するものと考えられる。ヒトやサルの視覚運動性眼振の緩徐相の立ち上がりの速い成分は滑動性追跡眼球運動に起因するのは確かであるが、この立ち上がりの速い成分にOFRがどの程度寄与しているかは定量的には分かっていない。
 ヒトのサルでは、眼前に提示した比較的大きなパターンをステップランプ状に動かす時に、サッケード眼球運動に引き続いてランプ状のパターンの動きに依存したドリフト状の遅い眼球運動が誘発される。この眼球運動は[[追従性眼球運動反応]](ocular following response, OFR)と呼ばれる。追従性眼球運動反応の発現には[[大脳皮質]][[視覚連合野]][[MT野]]や[[橋核]]、小脳腹側傍片葉が関与する。滑動性追跡眼球運動には大脳皮質の[[前頭眼野]]に由来するものと[[頭頂連合野]]に由来するものがあるが、追従性眼球運動反応はそのうちの頭頂連合野に由来するものと考えられる。ヒトやサルの視覚運動性眼振の緩徐相の立ち上がりの速い成分は滑動性追跡眼球運動に起因するのは確かであるが、この立ち上がりの速い成分に追従性眼球運動反応がどの程度寄与しているかは定量的には分かっていない。


== 関連項目  ==
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