言語進化

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岡ノ谷 一夫
東京大学
DOI:10.14931/bsd.6924 原稿受付日:2016年2月18日 原稿完成日:2017年月日
担当編集委員:定藤 規弘(自然科学研究機構生理学研究所 大脳皮質機能研究系)

英語名:Language evolution

 言語進化とは言語を可能にしている諸機能が生物進化を経て出揃った後の出来事を扱う。言語はいつごろ始まり、どのようなメカニズムを経て現在の形になり、さらにどのように変化して行くのかを解明するのが言語進化の研究である。言語進化にはエピジェネティクスや自己家畜吾などの生物学的な要因と、文化進化などの環境的な要因が関わってくる。

はじめに

 「言語進化」とは、言語を可能にしている諸機能が生物進化を経て発現した後のことを扱う。これ以前のことを扱うのが「言語の起源」(別項)の問題である。言語という信号がどのように変化してきたかという文化進化の問題、また、言語を担う構造である脳が、言語という環境によってどのように変化してきたかという生物進化の問題、そしてこの2つの相互作用を扱うのが言語の進化の問題である。

 言語とは何かの定義がまず必要になるが、これについては多様な意見があるので、言語が満たすべき条件を最低限挙げておくに留める。言語とは、有限の要素の組み合わせにより無限の状況・意味を表現できる体系のことである。このような性質をもった体系は、地球上ではヒトの言語以外には見つかっていない。また、手話や文字等も言語の表出であることは疑いないが、これらは音声言語を担う機能がまず出現してから、その機能を利用して発現したものであると考えられる。このため、手話や文字についてはここでは論ぜず、もっぱら音声言語の進化について考えることにする。

生物学的要因

言語進化に要する時間

 現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)は15万年ほど前に誕生し、その一部が6万年ほど前にアフリカを出て、世界中に分布するようになった。世界の言語が持つ高い類似性から、最初の言語は現世人類が世界に拡散する前、10万年から8万年ほど前に出現したと考えられる。逆に言えば、現生人類の出現から言語の出現まで、5-6万年しかかかっていない。この間に、現生人類の脳を構成する遺伝子群に変異が生じたであろうか。また、人類の脳は、最初の言語の出現から現在まで、言語という環境と共にいることで、何らかの変化を経ているだろうか。    前者の問題について論ずるには、言語以前の現生人類の脳と、言語以後の現生人類の脳の違いを調べねばならぬが、必要なデータがない。後者の問題については、音調性言語を使う民族とそうでない民族で、脳の形成に関わる遺伝子を比較した研究がある[1]。これによれば、脳形成と発達に関わる2つの遺伝子(ASPMとMicrocephalin)が、音調性言語を使う民族の分布に有意に対応している。このことは、音調性言語を使う民族に特有の脳構造があることを示唆するが、それがどういうものかはわかっていない。

言語と自己家畜化

 家畜化とは、人類が何らかの用途に基づき他の動物を飼育し、その動物の繁殖を制御することで、設定した用途によりよく適応した品種を作り出することである。ウシは搾乳や食肉の目的で、豚はもっぱら食肉の目的で、ニワトリは採卵の目的で家畜化(家禽化)されてきた。家畜化の過程には、これら明瞭な目的以外に、攻撃性の少ない、狭いところでもストレスを感じない個体を選択する過程も含まれる。家畜化された動物は、白地が現われる、顔が丸くなり口吻が短くなる、ストレスレベルが低下するなど、共通した変化を示す。これを家畜化症候群という。

 これらの共通した変化には、家畜化のために攻撃性の少ない個体を選択してきた影響がある。これを統一的に説明するのが家畜化の神経堤細胞仮説である[2]。神経堤細胞は、胚発生初期に現れる細胞で、色素細胞、副腎皮質細胞、顔面の骨などに分化することがわかっている。攻撃性の少ない個体を選択することで、神経堤細胞の拡散が遅い個体を選択していることになった。そのことで、白地があらわれる、顔が丸くなり口吻が短くなる、ストレスレベルが低下するなどの共通した変化が生じるのかもしれない。

 ヒトは集団生活・集団防衛により天敵から逃れてきた。このことで、それまで以上の密度で生活する必要が生じ、攻撃性を制御できることが重要な形質となった。この過程は、家畜化の過程と同じであり、自己家畜化とよばれる[3]。ヒトは他者の心の状態を斟酌することで社会の中での地位を高める。この仕組みは、協調性の高い形質を選択し、同時に心の埋め込み構造の理解を促進したであろう。これが思考を助けて、言語への前適応となった可能性もある。鳥類においては、家禽化により歌に複雑さが現れた事例がある。前段で説明したジュウシマツである。家禽種は、野生種に比べて歌が複雑で羽色が白く嘴の力が弱い。これらはすべて家畜化症候群の現れであり、神経堤細胞の拡散が抑制されたという仮説と整合する。ヒトの発声が複雑で多様なのは、ジュウシマツの家禽化と同様な過程が働いているからかもしれない。すなわち、天敵がいなくなり、発声が性淘汰の信号として重要になったことで、可塑性が表れてきたというシナリオが考えられる。このように、言語の起源を説明する変化の一部が、ヒトの自己家畜化過程から生じている可能性は強い。

文化的要因

 現在言語と呼ばれるものの萌芽的な形質が成立して5-6万年しか経っていない。このような短い間に言語が成立するということは、ホモ・サピエンスが作った社会・文化環境そのものが特有のニッチとなり、言語を用いることの適応度が急速に増した結果であろう。また、言語それ自体がホモ・サピエンスの脳に適応しやすいよう文化進化を起こしていることも明らかである。

 文化進化の一例として、文法化という現象がある。これは、動詞や名詞など内容を指す語が、助動詞や代名詞のような機能を持つようになる過程である。例として、英語のbackを取り上げよう。この単語はもともと「背中」を表していた。これが「~のうしろに」や「以前に」のような空間的・時間的な副詞的用法で使われるようになり、さらにはfeedback, kickbackなどの接尾辞として使われるようになった[4]。このような変化は文献資料から辿ることができる。「~について」は「付く」から、「~において」は「置く」から文法化したのであろう。初期の言語に機能語がなかったとしても、文法化の過程で機能語が生じてきたと考えられる。

 文化進化は実験室で再現することもできる。色・形・動きのさまざまな組み合わせをもった図形にランダムに3音節の名前をつけ、これをある被験者に学習させる。この被験者は、自分の記憶している図形-名前対応関係を次の被験者に学習させる。これを10名程度の被験者に順次伝言ゲームのように伝達すると、最終的にはある命名規則が発生することが多い。たとえば最初の音節が色を、次が形を、最後が動きを、という具合である[5]。このような学習を使ったモデルを反復学習モデルという[6]

要因間の相互作用:エピジェネティクス

 言語を用いることがエピジェネティックな変化を脳にもたらすことは当然考えられる。鳥の歌は言語ではないが、その獲得過程は言語に類似している。ジュウシマツの歌には、その複雑さに多様性がある。ジュウシマツの祖先であるコシジロキンパラでは、歌は一様に単純である。これら鳥の大脳基底核におけるアンドロゲン受容体の発現量を測定すると、複雑な歌をうたう個体ほどアンドロゲン受容体が多く発現することがわかっている[7]。また、アンドロゲン受容体の遺伝子の転写開始領域を符号化している領域でメチル化の程度を測ると、複雑な歌をうたう個体ほどこれが低いことがわかっている。以上は相関関係に留まり、因果関係を示したわけではないが、歌の学習環境に応じてメチル化の程度を変化させる仕組みがあることを示唆している。

 ヒトにおいて言語をより有効に用いる個体に淘汰上の利益があったとすれば、言語を用いやすいようなエピジェネティックな変化が起こりやすいような変異が選択されてきている可能性はある。個別言語の獲得の過程では、強勢、モーラー、音調など、多様なアクセントのうちいずれかを利用するようになる。この過程で、異なるエピジェネティクスが関わると主張する研究者もいる[8]

おわりに

 言語の進化過程は、実験科学として取り扱いが可能な技術と概念が十分発達してきた。私たちが今使っている言語自体が、常に進化の過程を経ている。この過程の一部は文化進化実験により実験室で再現することが可能だし、一定の認知特性をプログラムしたエージェント同士の相互作用としてシミュレーションすることもできる。この分野の研究は、計算効率と大規模データによってさらに発展が期待できるであろう。    一方、生物学的な研究にも期待できる。家畜化の過程で起きてきた変化を人間自身に当てはめてみたとき、そこで発生した属性の一部が言語に貢献していると考えることは不自然ではない。私たちが通常は攻撃性を抑制して他者とやりとりできる形質を持つこと、柔軟な発声が可能であることは、言語進化の重要な要件である。さらに、言語を生物進化と文化進化の相互作用から生まれたエピジェネティクな形質と捉え直すことが、今後の言語脳科学では必須である。

関連項目

参考文献

  1. Dediu, D. (2011).
    Are languages really independent from genes? If not, what would a genetic bias affecting language diversity look like? Human biology, 83(2), 279-96. [PubMed:21615290] [WorldCat] [DOI]
  2. Wilkins, A.S., Wrangham, R.W., & Fitch, W.T. (2014).
    The "domestication syndrome" in mammals: a unified explanation based on neural crest cell behavior and genetics. Genetics, 197(3), 795-808. [PubMed:25024034] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  3. Gibbons, A. (2014).
    Human evolution. How we tamed ourselves--and became modern. Science (New York, N.Y.), 346(6208), 405-6. [PubMed:25342776] [WorldCat] [DOI]
  4. 橋本敬, & 中塚雅也
    文法化の構成的モデル化–進化言語学からの考察–
    日本認知言語学会論文集, 7, 33-43. 2007
  5. Kirby, S., Cornish, H., & Smith, K. (2008).
    Cumulative cultural evolution in the laboratory: an experimental approach to the origins of structure in human language. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 105(31), 10681-6. [PubMed:18667697] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  6. Kirby, S.
    Spontaneous evolution of linguistic structure-an iterated learning model of the emergence of regularity and irregularity.
    IEEE Transactions on Evolutionary Computation, 5(2), 102-110. 2001
  7. Wada, K., Hayase, S., Imai, R., Mori, C., Kobayashi, M., Liu, W.C., ..., & Okanoya, K. (2013).
    Differential androgen receptor expression and DNA methylation state in striatum song nucleus Area X between wild and domesticated songbird strains. The European journal of neuroscience, 38(4), 2600-10. [PubMed:23701473] [WorldCat] [DOI]
  8. Reich, P. A., & Richards, B. A.
    Epigenetics and Language: The Minimalist Program, Connectionism and Biology.
    Linguistica Atlantica, 25, 7-21. 2013