「記憶の分類」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0075712 鈴木 麻希]</font><br>
''京都産業大学 コンピュータ理工学部 インテリジェントシステム学科''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/1227 藤井 俊勝]</font><br>
''東北福祉大学 感性福祉研究所 & 健康科学部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年10月1日 原稿完成日:2013年9月2日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/atsushiiriki 入來 篤史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>
英語名:taxonomy of memory  
英語名:taxonomy of memory  


 記憶の分類とは、さまざまの種類が存在する記憶について、その保持時間や内容により学術的に記憶を分類することを指す。保持時間に基づく記憶の分類は、学術領域によってそれぞれ用いる用語や意味合いが異なる。心理学領域では感覚記憶、短期記憶、長期記憶に分類される。また動物実験生理学領域では、短期記憶が数分から数時間、長期記憶は数日から数週以上の記憶について用いられる。一方、臨床神経学領域では即時記憶、近時記憶、遠隔記憶に分類される。内容に基づく記憶の分類は、陳述記憶と非陳述記憶に大別される。陳述記憶はさらにエピソード記憶と意味記憶に分類され、非陳述記憶は手続き記憶、プライミング、古典的条件付け、非連合学習などに分類される。ここでは、記憶の保持時間と内容による記憶の分類について概説する。
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 記憶の分類とは、さまざまの種類が存在する記憶について、その保持時間や内容により学術的に記憶を分類することを指す。保持時間に基づく記憶の分類は、学術領域によってそれぞれ用いる用語や意味合いが異なる。心理学領域では[[感覚記憶]]、[[短期記憶]]、[[長期記憶]]に分類される。また動物実験生理学領域では、短期記憶が数分から数時間、長期記憶は数日から数週以上の記憶について用いられる。一方、臨床神経学領域では[[即時記憶]]、[[近時記憶]]、[[遠隔記憶]]に分類される。内容に基づく記憶の分類は、[[陳述記憶]]と[[非陳述記憶]]に大別される。陳述記憶はさらに[[エピソード記憶]]と[[意味記憶]]に分類され、非陳述記憶は[[手続き記憶]]、[[プライミング]]、[[古典的条件付け]]、[[非連合学習]]などに分類される。ここでは、記憶の保持時間と内容による記憶の分類について概説する。
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== 記憶の保持時間に基づく分類 ==
== 保持時間に基づく記憶の分類 ==


=== 心理学  ===
=== 心理学  ===


 [[wikipedia:ja:心理学|心理学]]領域では、記憶はその保持時間の長さに基づいて[[感覚記憶]]、[[短期記憶]]、[[長期記憶]]に区分されている<ref>'''RC Atkinson, RM Shiffrin'''<br>Human memory: a proposed system and its control processes.<br>In: KW Spence, JT Spence, eds.<br>The psychology of learning and motivation, vol. 2<br>''Academic Press (New York)'': 1968, pp.89-195</ref>。短期記憶、長期記憶という用語は心理学者William James<ref>'''J William'''<br>Memory.<br>In: J Andrade, ed.<br>Memory: critical concepts in psychology.<br>''Routledge (London)'': 2008, pp.391-430</ref>が用いた1次記憶、2次記憶にそれぞれほぼ対応するが、1次記憶、2次記憶という用語は保持時間よりは記憶内容が意識上に存在しているかどうか(心理学的現在に属しているかどうか)に重きを置いているという違いがある。
 [[wikipedia:ja:心理学|心理学]]領域では、記憶はその保持時間の長さに基づいて感覚記憶、短期記憶、長期記憶に区分されている<ref>'''RC Atkinson, RM Shiffrin'''<br>Human memory: a proposed system and its control processes.<br>In: KW Spence, JT Spence, eds.<br>The psychology of learning and motivation, vol. 2.<br>''Academic Press (New York)'': 1968, pp.89-195</ref>。短期記憶、長期記憶という用語は心理学者William James<ref>'''J William'''<br>Memory.<br>In: J Andrade, ed.<br>Memory: critical concepts in psychology.<br>''Routledge (London)'': 2008, pp.391-430</ref>が用いた[[1次記憶]]、[[2次記憶]]にそれぞれほぼ対応するが、1次記憶、2次記憶という用語は保持時間よりは記憶内容が意識上に存在しているかどうか(心理学的現在に属しているかどうか)に重きを置いているという違いがある。


==== 感覚記憶  ====
==== 感覚記憶  ====
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==== 長期記憶  ====
==== 長期記憶  ====


: 短期記憶に含まれる情報の多くは忘却され、その一部が長期記憶として保持される。この保持情報が長期記憶として安定化する過程は[[記憶の固定化]]と呼ばれる。長期記憶は保持時間が長く、数分から一生にわたって保持される記憶である。短期記憶とは異なり、容量の大きさに制限はないことが特徴とされる。長期記憶には、後述するように、[[陳述記憶]]([[エピソード記憶]]、[[意味記憶]])と非陳述記憶(手続き記憶、プライミングなど)が含まれる。
: 短期記憶に含まれる情報の多くは[[忘却]]され、その一部が長期記憶として保持される。この保持情報が長期記憶として安定化する過程は[[記憶の固定化]]と呼ばれる。長期記憶は保持時間が長く、数分から一生にわたって保持される記憶である。短期記憶とは異なり、容量の大きさに制限はないことが特徴とされる。長期記憶には、後述するように、陳述記憶(エピソード記憶、意味記憶)と非陳述記憶(手続き記憶、プライミングなど)が含まれる。


=== 動物実験生理学  ===
=== 動物実験生理学  ===


 動物実験生理学領域では、短期記憶は保持時間が数分から数時間、長期記憶は保持時間が数日から数週以上の記憶について用いられる<ref><pubmed> 10634773 </pubmed></ref><ref name="ref4">'''CH Bailey, ER Kandel'''<br>Synaptic growth and the persistence of long-term memory: a molecular perspective.<br>In: MS Gazzaniga, ed.<br>The cognitive neuroscience, 3rd ed.<br>''MIT Press (Cambridge)'': 2004, pp.647-63</ref>。記憶の固定化を重視し、それが生じない場合を短期記憶、生じた場合を長期記憶として考える。短期記憶、長期記憶それぞれに保持されている情報は[[記憶痕跡]]([[エングラム]])と呼ばれるが<ref>'''DL Schacter, JE Eich, E Tulving'''<br>Richard Semon’s theory of memory.<br>''Verb Learn Verb Beh'': 1978, 17(6);721-43</ref>、生物学的には、短期記憶の記憶痕跡は[[シナプス伝達]]の機能的変化([[長期増強]]や[[長期抑圧]])、長期記憶の記憶痕跡はシナプスの構造的変化(遺伝子の発現や新たなシナプス連絡の形成)に相当すると考えられている<ref name="ref3" />。  
 動物実験生理学領域では、短期記憶は保持時間が数分から数時間、長期記憶は保持時間が数日から数週以上の記憶について用いられる<ref><pubmed> 10634773 </pubmed></ref><ref name="ref4">'''CH Bailey, ER Kandel'''<br>Synaptic growth and the persistence of long-term memory: a molecular perspective.<br>In: MS Gazzaniga, ed.<br>The cognitive neuroscience, 3rd ed.<br>''MIT Press (Cambridge)'': 2004, pp.647-63</ref>。記憶の固定化を重視し、それが生じない場合を短期記憶、生じた場合を長期記憶として考える。短期記憶、長期記憶それぞれに保持されている情報は[[記憶痕跡]]([[エングラム]])と呼ばれるが<ref>'''DL Schacter, JE Eich, E Tulving'''<br>Richard Semon’s theory of memory.<br>''Verb Learn Verb Beh'': 1978, 17(6);721-43</ref>、生物学的には、短期記憶の記憶痕跡は[[シナプス伝達]]の機能的変化([[長期増強]]や[[長期抑圧]])、長期記憶の記憶痕跡はシナプスの構造的変化(遺伝子の発現や新たなシナプス連絡の形成)に相当すると考えられている<ref name="ref4" />。


=== 臨床神経学  ===
=== 臨床神経学  ===


 臨床神経学領域では、記憶は[[即時記憶]]、[[近時記憶]]、[[遠隔記憶]]に区分されている<ref>'''大竹浩也, 藤井俊勝'''<br>記憶障害の評価.<br>田川皓一(編)<br>神経心理学評価ハンドブック<br>''西村書店(東京)'': 2004, pp.129-140</ref>。  
 臨床神経学領域では、記憶は即時記憶、近時記憶、遠隔記憶に区分されている<ref>'''大竹浩也, 藤井俊勝'''<br>記憶障害の評価.<br>田川皓一(編)<br>神経心理学評価ハンドブック<br>''西村書店(東京)'': 2004, pp.129-40</ref>。  


==== 即時記憶  ====
==== 即時記憶  ====
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: 遠隔記憶は近時記憶よりもさらに保持時間の長い記憶である(~数十年)。臨床場面では個人の生活史(冠婚葬祭や旅行など)を尋ねることが多い。
: 遠隔記憶は近時記憶よりもさらに保持時間の長い記憶である(~数十年)。臨床場面では個人の生活史(冠婚葬祭や旅行など)を尋ねることが多い。


== 記憶の内容に基づく分類 ==
== 内容に基づく記憶の分類 ==


 長期記憶は内容により、陳述記憶と非陳述記憶に大別される<ref><pubmed> 8942965 </pubmed></ref>。陳述記憶はイメージや言語として意識上に内容を想起でき、その内容を陳述できる記憶である。宣言的記憶とも呼ばれる。一方、非陳述記憶とは意識上に内容を想起できない記憶で、言語などを介してその内容を陳述できない記憶である。非宣言的記憶とも呼ばれる。
 長期記憶は内容により、陳述記憶と非陳述記憶に大別される<ref><pubmed> 8942965 </pubmed></ref>。陳述記憶はイメージや言語として意識上に内容を想起でき、その内容を陳述できる記憶である。[[宣言的記憶]]とも呼ばれる。一方、非陳述記憶とは意識上に内容を想起できない記憶で、言語などを介してその内容を陳述できない記憶である。[[非宣言的記憶]]とも呼ばれる。


=== 陳述記憶  ===
=== 陳述記憶  ===


 陳述記憶にはエピソード記憶と意味記憶が含まれる<ref>'''E Tulving'''<br>Episodic and semantic memory.<br>In: E Tulving, W Donaldson, eds.<br>Organization of memory<br>'' Academic Press(New York)'': 1972, pp.381-402</ref>。  
 陳述記憶にはエピソード記憶と意味記憶が含まれる<ref>'''E Tulving'''<br>Episodic and semantic memory.<br>In: E Tulving, W Donaldson, eds.<br>Organization of memory.<br>'' Academic Press(New York)'': 1972, pp.381-402</ref>。  


==== エピソード記憶  ====
==== エピソード記憶  ====
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=== 非陳述記憶  ===
=== 非陳述記憶  ===


 非陳述記憶には[[手続き記憶]]、[[プライミング]]、[[古典的条件付け]]、[[非連合学習]]などが含まれる。
 非陳述記憶には手続き記憶、プライミング、古典的条件付け、非連合学習などが含まれる。


==== 手続き記憶  ====
==== 手続き記憶  ====
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
<br> (執筆者:鈴木麻希、藤井俊勝 担当編集委員:入來篤史)

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