「認知的構え」の版間の差分

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同義語:タスクセット (task set)
同義語:タスクセット (task set)


{{box|text= 認知的構えは、ゴールの達成のための外界の刺激の情報処理から運動までの一連の情報処理のルールであり、知覚、注意、短期・長期記憶、運動といった要素を含む。この認知的構えは、過去の経験や個人の信念、さらにはタスク(Task)の複雑性や新奇性によって形成される。習熟度やコミットメントの度合いも、この認知的構えに影響を与える。同じタスクを長期間行うことで効率は上がるが、新しい状況に対する柔軟性が低下する可能性もある。認知的構えは階層的な目的にも適用できる多面性を持ち、報酬やモチベーションによってその効率や柔軟性が変わることもある。近年、認知的構えの切り替えやその構築過程が精神的努力や疲労との関係で研究されている。特に、この精神的努力が持つ「負の報酬価値」に焦点が当てられている。しかし、何が精神的努力や疲労に影響を与えるのかは未解明の点が多く、これが近年では心理学や神経科学で積極的に研究されているトピックになっている。}}
{{box|text= 認知的構えは、ゴールの達成のための外界の刺激の情報処理から運動までの一連の情報処理のルールであり、知覚、注意、短期・長期記憶、運動といった要素を含む。この認知的構えは、過去の経験や個人の信念、さらにはタスクの複雑性や新奇性によって形成される。習熟度やコミットメントの度合いも、この認知的構えに影響を与える。同じタスクを長期間行うことで効率は上がるが、新しい状況に対する柔軟性が低下する可能性もある。認知的構えは階層的な目的にも適用できる多面性を持ち、報酬やモチベーションによってその効率や柔軟性が変わることもある。近年、認知的構えの切り替えやその構築過程が精神的努力や疲労との関係で研究されている。特に、この精神的努力が持つ「負の報酬価値」に焦点が当てられている。しかし、何が精神的努力や疲労に影響を与えるのかは未解明の点が多く、これが近年では心理学や神経科学で積極的に研究されているトピックになっている。}}


==定義==
==定義==
 認知的構えとは広くは外界からの刺激に対して選択的な[[知覚]]情報処理を行い、これを特定のやり方で解釈し、目的を達成する為運動に変換する、一連の情報処理のマッピングのルールの事を指す<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref>。また認知的構えは、知覚、[[注意]]、[[短期的記憶]]、[[長期的記憶]]、[[運動]]などの要素を含む。
 認知的構えとは広くは外界からの刺激に対して選択的な[[知覚]]情報処理を行い、これを特定のやり方で解釈し、目的を達成する為運動に変換する、一連の情報処理のマッピングのルールの事を指す<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref>。また認知的構えは、知覚、[[注意]]、[[短期的記憶]]、[[長期的記憶]]、[[運動]]などの要素を含む。


 この特定の課題・タスクを遂行するための準備状態は、過去の経験<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>や、これを保持する者の外界やゴールに関する信念や期待に影響される<ref name=Braver2012><pubmed>22245618</pubmed></ref><ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref>。また課題やゴールを達成するための情報処理の複雑さ、新奇性、難しさにも影響される<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref>。さらに課題の遂行に関する習熟度や、特定の課題をどれだけ集中して行うかというコミットメントの度合いにも認知的構えは影響される<ref name=Risko2016><pubmed>27542527</pubmed></ref><ref name=Badre2022>'''Badre, D. (2022).'''<br>On Task: How Our Brain Gets Things Done. ''Princeton University Press'' [https://doi.org/10.1515/9780691240145 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</ref>。長い間繰り返された課題やタスクについては自動化・[[習慣的行動|習慣]]化が進み効率的な遂行が可能になる反面、タスクの切り替えなどの柔軟性の面で支障が生じる事も多い<ref name=Monsell2003 />。
 この特定の課題・タスクを遂行するための準備状態は、過去の経験<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>や、これを保持する者の外界やゴールに関する信念や期待に影響される<ref name=Braver2012><pubmed>22245618</pubmed></ref><ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref>。また課題やゴールを達成するための情報処理の複雑さ、新奇性、難しさにも影響される<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref>。さらに課題の遂行に関する習熟度や、特定の課題をどれだけ集中して行うかというコミットメントの度合いにも認知的構えは影響される<ref name=Risko2016><pubmed>27542527</pubmed></ref><ref name=Badre2022>'''Badre, D. (2022).'''<br>On Task: How Our Brain Gets Things Done. ''Princeton University Press'' [[doi:10.1515/9780691240145|[DOI]]]</ref>。長い間繰り返された課題やタスクについては自動化・[[習慣的行動|習慣]]化が進み効率的な遂行が可能になる反面、タスクの切り替えなどの柔軟性の面で支障が生じる事も多い<ref name=Monsell2003 />。


 基本的には特定のゴールを達成するための[[実行機能|実行の機能]]として認知的構えが扱われることが多いが、ゴールの達成が階層的になっている様に認知的構えも階層的な面を持ちうる<ref name=Badre2008><pubmed>18403252</pubmed></ref><ref name=Koechlin2003><pubmed>14615530</pubmed></ref>。例えば一番低次のレベルでは特定の[[感覚]]刺激と運動を結びつける様な認知的構えもあれば、この結び付けのルールを環境の文脈に応じて決めるレベルもあり、さらにはこのルールをより抽象的に扱うようなレベルもある<ref name=Koechlin2003 /><ref name=Badre2018><pubmed>29229206</pubmed></ref>。
 基本的には特定のゴールを達成するための[[実行機能|実行の機能]]として認知的構えが扱われることが多いが、ゴールの達成が階層的になっている様に認知的構えも階層的な面を持ちうる<ref name=Badre2008><pubmed>18403252</pubmed></ref><ref name=Koechlin2003><pubmed>14615530</pubmed></ref>。例えば一番低次のレベルでは特定の[[感覚]]刺激と運動を結びつける様な認知的構えもあれば、この結び付けのルールを環境の文脈に応じて決めるレベルもあり、さらにはこのルールをより抽象的に扱うようなレベルもある<ref name=Koechlin2003 /><ref name=Badre2018><pubmed>29229206</pubmed></ref>。
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===知覚・注意===
===知覚・注意===
 認知的構えは我々が外界の状況を知覚し解釈するプロセスにも影響を与える<ref name=Stokes2013>'''Stokes, D. (2013).'''<br>Cognitive Penetrability of Perception, ''Philos. Compass'', 8, 646–663 [https://doi.org/10.1111/phc3.12043 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</ref><ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref>(ただし認知的侵入不可能性Cognitive impenetrabilityなどの様に影響を与えないという別の意見もある<ref name=Firestone2016><pubmed>26189677</pubmed></ref><ref name=Pylyshyn1999><pubmed>11301517</pubmed></ref>。
 認知的構えは我々が外界の状況を知覚し解釈するプロセスにも影響を与える<ref name=Stokes2013>'''Stokes, D. (2013).'''<br>Cognitive Penetrability of Perception, ''Philos. Compass'', 8, 646–663 [[doi:10.1111/phc3.12043|[DOI]]]</ref><ref name=Desimone1995><pubmed>7605061</pubmed></ref>(ただし認知的侵入不可能性Cognitive impenetrabilityなどの様に影響を与えないという別の意見もある<ref name=Firestone2016><pubmed>26189677</pubmed></ref><ref name=Pylyshyn1999><pubmed>11301517</pubmed></ref>。


 例えばある特定の[[視覚]]空間の部分に[[注意]]を向けて、その部分から起こる視覚刺激の情報処理の速度や効率を上げることができる<ref name=Desimone1995 /><ref name=Moore2003><pubmed>12540901</pubmed></ref><ref name=Posner1990><pubmed>2183676</pubmed></ref>。または複数の視覚の物体がある時には、ある特定の物体に注意を向け、その他の物体を無視することも出来る<ref name=Duncan1984><pubmed>6240521</pubmed></ref>。または同じ視覚の物体の中でも異なった特徴に注意を払うことが出来る<ref name=Maunsell2006><pubmed>16697058</pubmed></ref>。この様な認知的な構えの仕組みはゴール達成に必要のない余計な情報の処理をせずに済むというような有用な効果を持つが、[[非注意性盲目]](inattentional blindness)などと呼ばれるような知覚・注意の機能の欠陥をもたらす事もある<ref name=Simons1999><pubmed>10694957</pubmed></ref><ref name=Mack2003>'''Mack, A. (2003).'''<br>Inattentional blindness: Looking without seeing, ''Curr. Dir. Psychol. Sci., 12, 180–184 [https://doi.org/10.1111/1467-8721.01256 DOI]''</ref>。
 例えばある特定の[[視覚]]空間の部分に[[注意]]を向けて、その部分から起こる視覚刺激の情報処理の速度や効率を上げることができる<ref name=Desimone1995 /><ref name=Moore2003><pubmed>12540901</pubmed></ref><ref name=Posner1990><pubmed>2183676</pubmed></ref>。または複数の視覚の物体がある時には、ある特定の物体に注意を向け、その他の物体を無視することも出来る<ref name=Duncan1984><pubmed>6240521</pubmed></ref>。または同じ視覚の物体の中でも異なった特徴に注意を払うことが出来る<ref name=Maunsell2006><pubmed>16697058</pubmed></ref>。この様な認知的な構えの仕組みはゴール達成に必要のない余計な情報の処理をせずに済むというような有用な効果を持つが、[[非注意性盲目]](inattentional blindness)などと呼ばれるような知覚・注意の機能の欠陥をもたらす事もある<ref name=Simons1999><pubmed>10694957</pubmed></ref><ref name=Mack2003>'''Mack, A. (2003).'''<br>Inattentional blindness: Looking without seeing, ''Curr. Dir. Psychol. Sci.'', 12, 180–184 [[doi:10.1111/1467-8721.01256|[DOI]]]''</ref>。


===短期的な記憶===
===短期的な記憶===
 認知的構えそのものが短期的な記憶によって保持され、注意などの他の認知的な処理に影響を与えると言われている<ref name=Miller2001 /><ref name=Desimone1995 />
 認知的構えそのものが短期的な記憶によって保持され、注意などの他の認知的な処理に影響を与えると言われている<ref name=Miller2001 /><ref name=Desimone1995 />。また短期的な記憶の中にどの情報を保持するかも、認知的構えの機能とも言われている<ref name=Sakai2002><pubmed>11953754</pubmed></ref>。この情報の選択性は[[ディストラクター抵抗]](distracter resistance)と呼ばれるゴール達成に必要な情報だけを保持する機能と関係している<ref name=Suzuki2013><pubmed>23242309</pubmed></ref>。またこの様な機能は[[前頭葉]]特有の機能であるとも言われている<ref name=Passingham2004><pubmed>15082320</pubmed></ref>。
[1], [20]。また短期的な記憶の中にどの情報を保持するかも、認知的構えの機能とも言われている<ref name=Sakai2002><pubmed>11953754</pubmed></ref>。この情報の選択性は[[ディストラクター抵抗]](distracter resistance)と呼ばれるゴール達成に必要な情報だけを保持する機能と関係している<ref name=Suzuki2013><pubmed>23242309</pubmed></ref>。またこの様な機能は[[前頭葉]]特有の機能であるとも言われている<ref name=Passingham2004><pubmed>15082320</pubmed></ref>。


===長期的な記憶===
===長期的な記憶===
 認知的構えは長期的記憶の仕組みである[[符号化]](encoding)、[[貯蔵]](storage)、[[想起]](retrieval)の3つの機能のそれぞれで選択的な情報の処理に関わる可能性が有る<ref name=Neisser2014>'''Neisser, U. (2014).'''<br>Cognitive psychology Classic edition. ''Psychology press.'' [https://doi.org/10.4324/9781315736174 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</ref><ref name=Badre2007><pubmed>17675110</pubmed></ref>。つまりゴールの達成に必要な情報だけを長期記憶に取り入れ、必要な情報だけを継続的に保持し、必要な情報だけをその時々で長期的な記憶から読み出す様な情報処理で有る<ref name=Mather2005><pubmed>16420131</pubmed></ref>。
 認知的構えは長期的記憶の仕組みである[[符号化]](encoding)、[[貯蔵]](storage)、[[想起]](retrieval)の3つの機能のそれぞれで選択的な情報の処理に関わる可能性が有る<ref name=Neisser2014>'''Neisser, U. (2014).'''<br>Cognitive psychology Classic edition. ''Psychology press.'' [[doi:10.4324/9781315736174|[DOI]]]</ref><ref name=Badre2007><pubmed>17675110</pubmed></ref>。つまりゴールの達成に必要な情報だけを長期記憶に取り入れ、必要な情報だけを継続的に保持し、必要な情報だけをその時々で長期的な記憶から読み出す様な情報処理で有る<ref name=Mather2005><pubmed>16420131</pubmed></ref>。


===運動===
===運動===
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====学習・習熟度====
====学習・習熟度====
 同じ課題に関して経験を積めば積むほどその課題の遂行の効率が上がっていく<ref name=Cohen1990><pubmed>2200075</pubmed></ref><ref name=Hikosaka2002><pubmed>12015240</pubmed></ref>。これは必要な情報だけにより集中する様になり、余計な情報を無視することに長けて来るからであったり、その情報処理に関連した神経回路の経路が強化されるからと考えられる<ref name=Cohen1990 /><ref name=Nissen1987>'''Nissen, M. J. and Bullemer, P. (1987).'''<br>Attentional requirements of learning: Evidence from performance measures, ''Cognit. Psychol.'', 19, 1–32. [[https://doi.org/10.1016/0010-0285(87)90002-8|[DOI]]]</ref><ref name=Willingham1998><pubmed>9697430</pubmed></ref>。また[[チャンキング]](chunking)など連続した情報をまとまった単位で情報として処理する様になるなど、情報処理の構造化が進むことによる効率の上昇の側面もある<ref name=Sakai2003a><pubmed>12879170</pubmed></ref><ref name=Servan-Schreibe1990>'''E. Servan-Schreiber and J. R. Anderson, (1990).'''<br>Learning artificial grammars with competitive chunking., J. Exp. Psychol. Learn. Mem. Cogn., 16, 592. [https://doi.org/10.1037/0278-7393.16.4.592 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</ref><ref name=Sakai2004><pubmed>15556024</pubmed></ref>。
 同じ課題に関して経験を積めば積むほどその課題の遂行の効率が上がっていく<ref name=Cohen1990><pubmed>2200075</pubmed></ref><ref name=Hikosaka2002><pubmed>12015240</pubmed></ref>。これは必要な情報だけにより集中する様になり、余計な情報を無視することに長けて来るからであったり、その情報処理に関連した神経回路の経路が強化されるからと考えられる<ref name=Cohen1990 /><ref name=Nissen1987>'''Nissen, M. J. and Bullemer, P. (1987).'''<br>Attentional requirements of learning: Evidence from performance measures, ''Cognit. Psychol.'', 19, 1–32. [[[doi:10.1016/0010-0285(87)90002-8|[DOI]]]</ref><ref name=Willingham1998><pubmed>9697430</pubmed></ref>。また[[チャンキング]](chunking)など連続した情報をまとまった単位で情報として処理する様になるなど、情報処理の構造化が進むことによる効率の上昇の側面もある<ref name=Sakai2003a><pubmed>12879170</pubmed></ref><ref name=Servan-Schreibe1990>'''E. Servan-Schreiber and J. R. Anderson, (1990).'''<br>Learning artificial grammars with competitive chunking., J. Exp. Psychol. Learn. Mem. Cogn., 16, 592. [[doi:10.1037/0278-7393.16.4.592|[DOI]]]</ref><ref name=Sakai2004><pubmed>15556024</pubmed></ref>。


====直近の経験の効果====
====直近の経験の効果====
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====コミットメント====
====コミットメント====
 一つのゴールにコミットすることはそのゴールの遂行には良い影響を与えるが、切り替えて他のゴールを目指さなければならなくなった時には悪い影響がある<ref name=Monsell2003 />[2]。この特定のゴールへの集中が認知的構えを用いた課題の遂行に影響を与える<ref name=Risko2016 /><ref name=Sweller1988>'''Sweller, J. (1988).'''<br>Cognitive load during problem solving: Effects on learning, ''Cogn. Sci.'', 12, 257–285. [https://doi.org/10.1207/s15516709cog1202_4|[DOI<nowiki>]</nowiki>] </ref>。
 一つのゴールにコミットすることはそのゴールの遂行には良い影響を与えるが、切り替えて他のゴールを目指さなければならなくなった時には悪い影響がある<ref name=Monsell2003 />。この特定のゴールへの集中が認知的構えを用いた課題の遂行に影響を与える<ref name=Risko2016 /><ref name=Sweller1988>'''Sweller, J. (1988).'''<br>Cognitive load during problem solving: Effects on learning, ''Cogn. Sci.'', 12, 257–285. [[doi:10.1207/s15516709cog1202_4|[DOI]]] </ref>。


====自動化・習慣化====
====自動化・習慣化====
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==階層性==
==階層性==
 認知的構えは階層的な構造を取り得る<ref name=Koechlin2003 />。これには異なるレベルの複雑さや抽象度が含まれる<ref name=Badre2018 />[10]。この様な階層構造は異なる課題や状況に適切に対応するためになくてはならないものである<ref name=Badre2022 />。
 認知的構えは階層的な構造を取り得る<ref name=Koechlin2003 />。これには異なるレベルの複雑さや抽象度が含まれる<ref name=Badre2018 />。この様な階層構造は異なる課題や状況に適切に対応するためになくてはならないものである<ref name=Badre2022 />。


===低次階層===
===低次階層===
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===高次階層===
===高次階層===
 より高次の認知的構えには複数のステップを要する行動の計画<ref name=Tanji2001 />、問題を把握し解決する様な情報処理<ref name=Newell1972>'''Newell A. and Simon, H. A. (1972).'''<br>Human problem solving, vol. 104. ''Prentice-hall Englewood Cliffs'', NJ. </ref>、価値の判断を伴うような[[意思決定]]などに関わるものが挙げられる<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Shenhav2013 />[5], [12]。この様な認知的構えには、抽象的な思考や複数の情報を組み合わせる能力が求められる。
 より高次の認知的構えには複数のステップを要する行動の計画<ref name=Tanji2001 />、問題を把握し解決する様な情報処理<ref name=Newell1972>'''Newell A. and Simon, H. A. (1972).'''<br>Human problem solving, vol. 104. ''Prentice-hall Englewood Cliffs'', NJ. </ref>、価値の判断を伴うような[[意思決定]]などに関わるものが挙げられる<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Shenhav2013 />。この様な認知的構えには、抽象的な思考や複数の情報を組み合わせる能力が求められる。


===タスクのルール===
===タスクのルール===
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 より近年になり認知的構えと[[モチベーション]]などの価値に関わる要素の関連性が注目を集めるようになっている<ref name=Botvinick2015 />。本来ゴールを達成するために認知的構えが存在するため、このゴールに関連する報酬の価値が認知的構えに影響を与えるのは自然とも言える。またこのゴールを達成するための認知的構えに関連する努力などの要素も、この様な価値に関する情報処理と関連している<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Nagase2018><pubmed>29431647</pubmed></ref>。
 より近年になり認知的構えと[[モチベーション]]などの価値に関わる要素の関連性が注目を集めるようになっている<ref name=Botvinick2015 />。本来ゴールを達成するために認知的構えが存在するため、このゴールに関連する報酬の価値が認知的構えに影響を与えるのは自然とも言える。またこのゴールを達成するための認知的構えに関連する努力などの要素も、この様な価値に関する情報処理と関連している<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Nagase2018><pubmed>29431647</pubmed></ref>。


==報酬==
===報酬===
 課題の遂行やその成績に関する報酬が認知的構えに影響する事が示唆されている<ref name=Botvinick2015 /><ref name=Kouneiher2009 />。例えば報酬などが課題の成績に応じて与えられる様な状況では、課題の遂行の速度が速くなり、また情報処理のコンフリクトをもたらす様な刺激の影響を受けにくくなる事が知られている<ref name=Botvinick2015 /><ref name=Padmala2011><pubmed>21452938</pubmed></ref>。
 課題の遂行やその成績に関する報酬が認知的構えに影響する事が示唆されている<ref name=Botvinick2015 /><ref name=Kouneiher2009 />。例えば報酬などが課題の成績に応じて与えられる様な状況では、課題の遂行の速度が速くなり、また情報処理のコンフリクトをもたらす様な刺激の影響を受けにくくなる事が知られている<ref name=Botvinick2015 /><ref name=Padmala2011><pubmed>21452938</pubmed></ref>。


==モチベーション==
===モチベーション===
 この様なゴールの報酬による課題の成績の向上は、認知的構えを用いた課題の遂行のためのモチベーションを上げているからと解釈される。また課題の遂行、特に難しい課題の遂行や課題の切り替えを伴う情報処理が本質的にコストを伴うものであり、モチベーションを損なう効果を持つことも提案されている<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Kool2013 /><ref name=Kool2018a><pubmed>30988433</pubmed></ref><ref name=Kool2018b><pubmed> 23230991 </pubmed></ref><ref name=Kool2010><pubmed>20853993</pubmed></ref>。
 この様なゴールの報酬による課題の成績の向上は、認知的構えを用いた課題の遂行のためのモチベーションを上げているからと解釈される。また課題の遂行、特に難しい課題の遂行や課題の切り替えを伴う情報処理が本質的にコストを伴うものであり、モチベーションを損なう効果を持つことも提案されている<ref name=Shenhav2017 /><ref name=Kool2013 /><ref name=Kool2018a><pubmed>30988433</pubmed></ref><ref name=Kool2018b><pubmed> 23230991 </pubmed></ref><ref name=Kool2010><pubmed>20853993</pubmed></ref>。


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====メンタルエフォートの正・負の報酬価値====
====メンタルエフォートの正・負の報酬価値====
 以上の議論の様に認知的構えとそれに関わるメンタルエフォートは全般的に負の報酬価値または経済的なコストを伴うものと考えられているが、何が精神的努力となりまた精神的な疲労となっていくかについては、未だに議論が分かれている<ref name=Inzlicht2018 />[14]。ある状況ではメンタルエフォートを伴う課題の遂行に関する努力が正の報酬価値を持ちうる事もある。難しい課題を学習し達成していく時の達成感などの感覚<ref name=Csikszentmihalyi1988>'''Csikszentmihalyi, M. (1988).'''<br>The flow experience and its significance for human psychology, ''Optim. Exp. Psychol. Stud. Flow Conscious.'', 2, 15–35 [https://doi.org/10.1017/CBO9780511621956.002 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</ref><ref name=Csikszentmihalyi1992>'''Csikszentmihalyi M. and Csikszentmihalyi, I. S. (1992).'''<br>Optimal experience: Psychological studies of flow in consciousness. ''Cambridge University Press''.</ref>や、登山やランニングなどに関わる報酬的な要素などが良い例であろう。
 以上の議論の様に認知的構えとそれに関わるメンタルエフォートは全般的に負の報酬価値または経済的なコストを伴うものと考えられているが、何が精神的努力となりまた精神的な疲労となっていくかについては、未だに議論が分かれている<ref name=Inzlicht2018 />。ある状況ではメンタルエフォートを伴う課題の遂行に関する努力が正の報酬価値を持ちうる事もある。難しい課題を学習し達成していく時の達成感などの感覚<ref name=Csikszentmihalyi1988>'''Csikszentmihalyi, M. (1988).'''<br>The flow experience and its significance for human psychology, ''Optim. Exp. Psychol. Stud. Flow Conscious.'', 2, 15–35 [[doi:10.1017/CBO9780511621956.002|[DOI]]]</ref><ref name=Csikszentmihalyi1992>'''Csikszentmihalyi M. and Csikszentmihalyi, I. S. (1992).'''<br>Optimal experience: Psychological studies of flow in consciousness. ''Cambridge University Press''.</ref>や、登山やランニングなどに関わる報酬的な要素などが良い例であろう。


==神経基盤==
==神経基盤==
 認知的構えの神経メカニズムの説明は脳を構成する要素の規模のレベルで分かれてくる。例えば脳領域レベルでの機能の説明もあれば神経細胞レベルでの情報の表現のレベルもある<ref name=Sakai2008 />[51]。基本的には前頭葉外側を中心としたネットワークが認知的構えの機能を担う神経基盤と考えられている<ref name=Miller2001 /><ref name=Wallis2001><pubmed>11418860</pubmed></ref><ref name=Wallis2003><pubmed>12736235</pubmed></ref><ref name=Sakai2003b><pubmed>12469132</pubmed></ref>。しかしここまで述べてきた認知的構えの行動のメカニズムの研究と同じように、認知的構えのモチベーションや報酬価値との結びつきの研究から前頭葉内側面での研究も盛んになっている<ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref><ref name=Kouneiher2009><pubmed>19503087</pubmed></ref>。また近年提唱されている[[混合選択性]](mixed selectivity)との関係も深い為、認知的構えの神経メカニズムの一例としてここに記述する<ref name=Rigotti2013><pubmed>23685452</pubmed></ref><ref name=Fusi2016><pubmed>26851755</pubmed></ref><ref name=Mante2013><pubmed>24201281</pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed>30643294</pubmed></ref>。
 認知的構えの神経メカニズムの説明は脳を構成する要素の規模のレベルで分かれてくる。例えば脳領域レベルでの機能の説明もあれば神経細胞レベルでの情報の表現のレベルもある<ref name=Sakai2008 />。基本的には前頭葉外側を中心としたネットワークが認知的構えの機能を担う神経基盤と考えられている<ref name=Miller2001 /><ref name=Wallis2001><pubmed>11418860</pubmed></ref><ref name=Wallis2003><pubmed>12736235</pubmed></ref><ref name=Sakai2003b><pubmed>12469132</pubmed></ref>。しかしここまで述べてきた認知的構えの行動のメカニズムの研究と同じように、認知的構えのモチベーションや報酬価値との結びつきの研究から前頭葉内側面での研究も盛んになっている<ref name=Botvinick2015><pubmed>25251491</pubmed></ref><ref name=Kouneiher2009><pubmed>19503087</pubmed></ref>。また近年提唱されている[[混合選択性]](mixed selectivity)との関係も深い為、認知的構えの神経メカニズムの一例としてここに記述する<ref name=Rigotti2013><pubmed>23685452</pubmed></ref><ref name=Fusi2016><pubmed>26851755</pubmed></ref><ref name=Mante2013><pubmed>24201281</pubmed></ref><ref name=Yang2019><pubmed>30643294</pubmed></ref>。


===脳領域レベル===
===脳領域レベル===
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====背側前部帯状皮質====
====背側前部帯状皮質====
 [[背側前部帯状皮質]](dorsal anterior cingulate cortex, dACC)は認知的制御(cognitive control)と呼ばれる認知的構えの主要な機能と関係している<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref><ref name=Botvinick2004><pubmed>15556023</pubmed></ref><ref name=Botvinick2001><pubmed>11488380</pubmed></ref>。複数の運動計画や認知的構えの情報が存在するときに、その情報処理の混乱をいち早く検知し(Conflict Monitoring)、認知的構えの情報処理に誤りがあれば検知して訂正する役割も果たすと考えられている<ref name=Botvinick2004><pubmed>15556023</pubmed></ref><ref name=Botvinick2001><pubmed>11488380</pubmed></ref>。(しかしこの監視機能が課題や情報の種類依存的に外側の前頭前野で行われているという報告もある<ref name=Mansouri2009><pubmed>19153577</pubmed></ref><ref name=Mansouri2007><pubmed>17962523</pubmed></ref>)この様な認知的レベルでの努力を伴う様な情報処理(メンタルエフォート)は、モチベーションとも深く結びついており、この領域での情報表現がどれくらいの精神的なリソースを使って課題を遂行するかなど、課題の実行に値する価値の計算を通じて行動と行動の選択の制御に役立てられている<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref><ref name=Shenhav2013><pubmed>23889930</pubmed></ref>。
 [[背側前部帯状皮質]](dorsal anterior cingulate cortex, dACC)は[[認知的制御]](cognitive control)と呼ばれる認知的構えの主要な機能と関係している<ref name=Miller2001><pubmed>11283309</pubmed></ref><ref name=Botvinick2004><pubmed>15556023</pubmed></ref><ref name=Botvinick2001><pubmed>11488380</pubmed></ref>。複数の運動計画や認知的構えの情報が存在するときに、その情報処理の混乱をいち早く検知し(Conflict Monitoring)、認知的構えの情報処理に誤りがあれば検知して訂正する役割も果たすと考えられている<ref name=Botvinick2004><pubmed>15556023</pubmed></ref><ref name=Botvinick2001><pubmed>11488380</pubmed></ref>。(しかしこの監視機能が課題や情報の種類依存的に外側の前頭前野で行われているという報告もある<ref name=Mansouri2009><pubmed>19153577</pubmed></ref><ref name=Mansouri2007><pubmed>17962523</pubmed></ref>)この様な認知的レベルでの努力を伴う様な情報処理(メンタルエフォート)は、モチベーションとも深く結びついており、この領域での情報表現がどれくらいの精神的なリソースを使って課題を遂行するかなど、課題の実行に値する価値の計算を通じて行動と行動の選択の制御に役立てられている<ref name=Shenhav2017><pubmed>28375769</pubmed></ref><ref name=Shenhav2013><pubmed>23889930</pubmed></ref>。


===脳領域間で働く神経メカニズム===
===脳領域間で働く神経メカニズム===
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==認知的構えは何処から来るか==
==認知的構えは何処から来るか==
 動物の実験では認知的構えは長期間にわたる集中的なトレーニングによってもたらされるが、ヒトの場合には認知的構えに関する情報は社会的な情報源から得られる<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>。認知的構えと深い関係のある実行機能や認知制御が社会的な文脈によって強く影響され、またその発達過程が文化的な要素に左右されることが分かってきている<ref name=Munakata2021>'''Munakata Y. and Michaelson, L. E. (2021).<br>'''Executive Functions in Social Context: Implications for Conceptualizing, Measuring, and Supporting Developmental Trajectories, Annu. Rev. Dev. Psychol., 3, 139–163. [https://doi.org/10.1146/annurev-devpsych-121318-085005 [DOI<nowiki>]</nowiki>]</ref><ref name=Yanaoka2022><pubmed>35749259</pubmed></ref>。例えば[[マシュマロテスト]]のようなセルフコントロールを要する課題では、実験者の振る舞いの信頼性により子どもがマシュマロテストでどのくらいの長い時間待つことができるかを左右することが分かっている<ref name=Kidd2013><pubmed>23063236</pubmed></ref>
 動物の実験では認知的構えは長期間にわたる集中的なトレーニングによってもたらされるが、ヒトの場合には認知的構えに関する情報は社会的な情報源から得られる<ref name=Monsell2003><pubmed>12639695</pubmed></ref>。認知的構えと深い関係のある実行機能や認知制御が社会的な文脈によって強く影響され、またその発達過程が文化的な要素に左右されることが分かってきている<ref name=Munakata2021>'''Munakata Y. and Michaelson, L. E. (2021).<br>'''Executive Functions in Social Context: Implications for Conceptualizing, Measuring, and Supporting Developmental Trajectories, Annu. Rev. Dev. Psychol., 3, 139–163. [[doi:10.1146/annurev-devpsych-121318-085005|[DOI]]]</ref><ref name=Yanaoka2022><pubmed>35749259</pubmed></ref>。例えば[[マシュマロテスト]]のようなセルフコントロールを要する課題では、実験者の振る舞いの信頼性により子どもがマシュマロテストでどのくらいの長い時間待つことができるかを左右することが分かっている<ref name=Kidd2013><pubmed>23063236</pubmed></ref>
<ref name=Michaelson2013><pubmed>23801977</pubmed></ref>。
<ref name=Michaelson2013><pubmed>23801977</pubmed></ref>。