「語彙」の版間の差分

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==視覚的な語彙の処理==
==視覚的な語彙の処理==
 単語の読みには全語読みと音声読みの2種類があることは先に述べた。[[失読症]]の研究から、これらの読みは特異的に障害され得ることが知られている。全語読みの障害は表層性失読(surface dyslexia)といい、音声読みの障害は音韻性失読(phonological dyslexia)という。全語読みと音韻読みは異なる神経機構によって支えられている。脳損傷研究および脳機能イメージング研究によって、全語読みには左[[紡錘状回]]が関連していることが明らかとなっている<ref><pubmed> 18272399 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16720031 </pubmed></ref>。左紡錘状回は非単語の文字列によっても賦活されるが、前部に行くほど単語に対する選択性が強くなる。左紡錘状回において単語文字列に選択的に応答する領域は視覚性単語形状領域(visual word form area)と呼ばれる。視覚的な見出し語はこの領域に表象されているのだと考えられる。これに対し、音声読みでは左縁上回、左上側頭回、および左下前頭回([[ブローカ野]])といった領域が活動する。これは先述した二重経路カスケード・モデルにおいて、書記素‐音素の変換に当たる機能がこれらの神経機構によって実現されていることを示唆している。
 単語の読みには全語読みと音声読みの2種類があることは先に述べた。[[失読症]]の研究から、これらの読みは特異的に障害され得ることが知られている。全語読みの障害は表層性失読(surface dyslexia)といい、音声読みの障害は音韻性失読(phonological dyslexia)という。全語読みと音韻読みは異なる神経機構によって支えられている。脳損傷研究および脳機能イメージング研究によって、全語読みには左[[紡錘状回]]が関連していることが明らかとなっている<ref><pubmed> 18272399 </pubmed></ref><ref><pubmed> 16720031 </pubmed></ref>。左紡錘状回は非単語の文字列によっても賦活されるが、前部に行くほど単語に対する選択性が強くなる<ref><pubmed> 17610823 </pubmed></ref>。左紡錘状回において単語文字列に選択的に応答する領域は視覚性単語形状領域(visual word form area)と呼ばれる。視覚的な見出し語はこの領域に表象されているのだと考えられる。これに対し、音声読みでは左縁上回、左上側頭回、および左下前頭回([[ブローカ野]])といった領域が活動する<ref><pubmed> 14568445 </pubmed></ref>。これは先述した二重経路カスケード・モデルにおいて、書記素‐音素の変換に当たる機能がこれらの神経機構によって実現されていることを示唆している。


==意味の脳内ネットワーク==
==意味の脳内ネットワーク==
 単語の意味を理解するとはどういうことだろうか。この問題に関しては2つの対立する理論的立場が存在する。ひとつは、単語の意味は脳内の感覚・運動システムにおける過去の経験の表象が再活性化されることで理解されるとする立場である。それに対してもう一方の立場では、感覚や運動のモダリティに依存しない抽象化された意味知識が脳内に組織されていると考える。
 単語の意味を理解するとはどういうことだろうか。この問題に関しては2つの対立する理論的立場が存在する。ひとつは、単語の意味は脳内の感覚・運動システムにおける過去の経験の表象が再活性化されることで理解されるとする立場である。それに対してもう一方の立場では、感覚や運動のモダリティに依存しない抽象化された意味知識が脳内に組織されていると考える。


 脳機能イメージングによる幾つかのデータは前者の立場を支持している。たとえば、異なる身体部位の動作を表す動詞(例.噛むbite、蹴るkick)を読むときは、それらの各身体部位(例.顏、脚)を制御する[[運動野]]の領域が活動するという報告がある。これは動作動詞の理解が運動システムを駆動することで実現されるという仮説と矛盾しない。
 脳機能イメージングによる幾つかのデータは前者の立場を支持している。たとえば、異なる身体部位の動作を表す動詞(例.噛むbite、蹴るkick)を読むときは、それらの各身体部位(例.顏、脚)を制御する[[運動野]]の領域が活動するという報告がある<ref><pubmed> 14741110 </pubmed></ref>。これは動作動詞の理解が運動システムを駆動することで実現されるという仮説と矛盾しない。


 一方で、動作動詞の理解は視覚や運動のモダリティ固有の神経回路には依存しないという研究も存在する。これによると、単語の意味は左側頭葉、[[頭頂葉]]および[[前頭前野]]のモダリティ非依存的な神経システムにおいて理解される。また[[意味認知症]](semantic dementia)の研究に基づき、モダリティに依存しない意味情報のハブが側頭葉前部にあるという提案も為されている。
 一方で、動作動詞の理解は視覚や運動のモダリティ固有の神経回路には依存しないという研究も存在する<ref><pubmed> 21486297 </pubmed></ref>。これによると、単語の意味は左側頭葉、[[頭頂葉]]および[[前頭前野]]のモダリティ非依存的な神経システムにおいて理解される。また[[意味認知症]](semantic dementia)の研究に基づき、モダリティに依存しない意味情報のハブが側頭葉前部にあるという提案も為されている<ref><pubmed> 18026167 </pubmed></ref>。


 しかし現時点において、上述した2つの立場のいずれかを棄却するような決定的な証拠はない。意味記憶が前頭葉、側頭葉、頭頂葉といった広い領域に分散して表現されていることはおそらく確かであるが、意味の表象や処理に関する詳細な脳内機構については更なる研究の進展を待たねばならない。
 しかし現時点において、上述した2つの立場のいずれかを棄却するような決定的な証拠はない。意味記憶が前頭葉、側頭葉、頭頂葉といった広い領域に分散して表現されていることはおそらく確かであるが、意味の表象や処理に関する詳細な脳内機構については更なる研究の進展を待たねばならない。
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