超解像蛍光顕微鏡

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川岸 将彦, 齊藤 健太, 寺田 純雄
東京医科歯科大学

英: Super-resolution microscopy

光学顕微鏡は、光の屈折、反射などを使って、物体を拡大して観察する器械である。しかし、光という電磁波を利用するため、その分解能は、光の回折限界(可視光では250 nm程度)によって制限される。そのため、従来の光学顕微鏡では、それよりも小さい構造を見る事は出来なかった。螢光顕微鏡とは、励起光を当てて、螢光色素、螢光蛋白質から発せられる螢光を観察する光学顕微鏡であるが、やはり、分解能には制限があった。それに対して、超解像螢光顕微鏡とは、励起照明法や、観察される螢光分子、解析方法などの工夫により、光の回折限界で制限される分解能を超える (超解像)螢光像を作る顕微鏡である。

光学顕微鏡の分解能

光の回折と点拡がり関数、エアリーディスク

光は電磁波の一種であり、波としての性質を持つ。波である光が、限られた大きさの開口を通ると、通り抜けた光の波面はホイヘンス-フレネルの原理によって変化する。開口面から十分遠い面での光波の振幅分布は、フラウンホーファー回折と呼ばれる分布を示す。

レンズは、屈折によって、光の平面波を、収斂/発散する球面波に変化させる光学素子である。レンズの径は有限なので、フラウンホーファー回折と同様の回折が、焦点面において形成される。

この回折のため、点光源から発した光がレンズを通って像を形成しても、その像は一点には収斂せず、3次元に一定の広がりと強度分布をもったものになる。この分布を、点拡がり関数 (点像分布関数, Point spread function, PSF)と呼ぶ。顕微鏡に即して言えば、点状の物体を拡大した像は、単純に拡大された形状になるのではなく、周囲に一定の滲み、広がりを持ったものになる。

無限遠にある点光源から、円形開口を通過した光が、収差のない理想的なレンズ光学系によって像を形成した時、そこに形成されるPSFを、エアリーディスク (Airy disc)と呼ぶ。その焦点面での光強度の分布

,

: レンズの中心から、焦点面上の観察点を見た観察角。光軸方向を0とする。
: 光軸上の、つまり、最も明るい点での光強度。
: 一次の第一種ベッセル函数。
: 円形開口の半径。顕微鏡のレンズの半径に当たる。
: 光の波長。

と表される。この分布は、中心に高い山があり、それを同心円状の低い縞が囲むような形になる。最初の極小までの半径は、

, ∴

が成り立つ位置になる。

2点分解能

光学顕微鏡の分解能は、2点分解能で表現される事が多い。つまり、2つの点光源を、異なる点として識別できるような、2点間の最小角度、又は距離である。螢光顕微鏡のように、独立に発光する二つの光源の場合、収差のない理想的な光学系では、レイリー基準により、上の式で表される、エアリーディスクの最初の極小までの半径に相当する角度だとされる。[注 1][注 2]

この2点分解能を、顕微鏡の試料面上の2光源間の最小距離で表すと、 (: 焦点距離)となる。開口数 (: 光源からレンズの開口半径を見込む角度)とすると、

これが、光学顕微鏡の2点分解能としてよく使われる式である。

高倍率の対物レンズでは、入射角の大きい光の全反射を防いで、開口数を大きくするため、液浸が使われる事が多い。その場合、 (: レンズと物体の間の媒質の屈折率。) となり、開口数が1より大きいレンズも使えるようになる。2点分解能の式は同様である。波長 = 550 nm, 油浸で開口数 = 1.4 - 1.6程度だと、分解能は、240 - 210 nm程度になる。

超解像蛍光顕微鏡

超解像蛍光顕微鏡とは、上述の、対物レンズの回折限界で制限される分解能を越える (超解像)蛍光像を作る顕微鏡のことである。分解能を超える手法としては、RESOLFTを利用するもの、単分子の局在は2点分解能よりも細かく決められる事を利用するもの、励起照明を工夫して回折限界以上の高周波成分の情報を得るもの、統計学的手法を使うものなど、多くの手法が開発、実用化されている。ここでは、代表的なものを紹介する。

RESOLFT (REversible Saturable OpticaL Fluorescence Transitions)

[1] [2] [3]

STED

Localization Microscopy

図1 PALMの原理
①光刺激による疎らなPSFPのオン 適切な強度・時間の刺激後照射により視野内のPSFPの輝点が重ならない程度の数だけオンにする。この操作では実際には画像は得られないが、後の操作と対応して理解しやすいように蛍光状態がオフからオンに切り替わったPSFPの視野内での位置を灰色の点で示した。
②蛍光観察による蛍光一分子画像の取得 蛍光観察は主に全反射顕微鏡によって行う。得られる輝点は前述のとおり2次元のPSFに従い分布する。撮影後はオンのPSFPを全て退色させる、あるいは退色するまで撮影を続ける。
③座標推定による分子の局在画像の構築 ②の蛍光一分子画像の各輝点を2次元のガウス関数で解析する事で、視野内での各蛍光分子の「座標」を推定する。同時に推定座標の「不確かさ」も求まる[注 3]。座標推定から構築した点は②の元の点に比べて小さくなるが、極小の一点として表されるわけではなく、この点もまた2次元のガウス関数の輝度分布として表わされる。解析により求められた「座標」と「不確かさ」がそれぞれこの2次元のガウス関数の中心と標準偏差になる。また各一分子の輝度の合計が等しくなるように規格化される。この結果、精度が高く推定された点は小さな明るい点として、精度が低く推定された点は大きな暗い点として局在画像上で表わされる。
④1-Nサイクルの積分によるPALM画像の構築 上記①~③操作を全てのPSFPがなくなるまで(Nサイクル)繰り返した後に、③で得られた画像を全て足し合わせる事でPALM画像が得られる[注 4]。最終的に得られるPALM画像の輝度は「蛍光分子がその位置で見つかる確率」に相当するので、PALM画像は対象分子の出現確率密度分布と考えられる。

光学顕微鏡の空間分解能は先述のとおり2つの点光源を異なる点として区別する「2点分解能」で表現され、可視光では250 nm程度である。しかしながら、輝点が重ならないほど十分に離れていれば、それを2次元のガウス関数で解析する事で最大1 nm程度の精度でその位置を推定できる。このような蛍光一分子の正確な位置解析は現在FIONA(Fluorescence imaging with one-nanometer accuracy)という名前で知られている[4]。Localization microscopy(蛍光一分子局在化顕微鏡法)は、FIONAを利用し光学顕微鏡の分解能を超えた画像を取得する方法である。このようなアイディアは古くから提案されていたが[5]、理想的なサンプルを作成するのが困難なため実現はされなかった。例えばGFPを興味のあるタンパク質と融合させ、それを発現した細胞を想定する。この細胞にFIONAを適用しようとすると、ほぼ確実に以下の問題が生じる。

  1. 発現しているGFPの数が多いため、隣り合ったGFPの輝点が重なりあってしまい各輝点を区別できない。
  2. 1.の状況を回避するために輝点の重なりが無い程度に一つの細胞にGFPを極少なく発現させる事は困難である。
  3. 2.のような疎らな発現を仮に達成しても、数個のGFPの詳細位置がわかるだけであり分子の局在情報として不十分である。

蛍光一分子局在化顕微鏡法は、ある種の蛍光色素が特定条件下で蛍光状態(オン・オフ)や蛍光色が切り替わる性質を巧みに利用しこれらの問題を回避する事で成立した。代表的なものについて以下の項目で紹介する。

PALM,FPALM

蛍光一分子局在化顕微鏡法の一つとしてまず初めにPALM(Photoactivated localization microscopy)[6]の原理について説明する。PALMは蛍光色素として特定波長の刺激光照射により蛍光状態がオフからオンへ変化するPA-GFP[7]のような「光スイッチング蛍光タンパク質(Photo-switchable fluorescent protein; PSFP)」を利用する。オフからオンへ切り替わる確率は刺激光の強度と照射時間とにおよそ比例するので、それらを適切にコントロールすることで視野内で輝点が重ならない程度に疎らにPSFPをオンにする事ができる(図-①)。この状態であればFIONAを適用し蛍光一分子の位置解析が可能である(図-②,③)。視野内のPSFPを退色させた後に、①-③をPSFPが全てなくなるまで何度も繰り返す。こうして発現させた全てのPSFPの局在画像(PALM画像)を得る事ができる。図では比較のために②で得られた画像の総和も示した。これはPSFPを全てオンにして撮った通常の蛍光画像に相当する。通常の蛍光画像では観られなかった「P A L M」の4文字がPALM画像では確認できる。
PALMと同時期に発表されたFPALM(Fluorescence photoactivation localization microscopy)もPALMと同じくPSFPを利用する方法である[8]。PALM・FPALMではPA-GFPの他のPSFPとして刺激光により蛍光色が変化するmEOS2(緑色から赤色)[9]が利用される。またケージド蛍光色素の利用も可能である。

蛍光一分子局在化顕微鏡法はPALM・FPALMの他にも様々な方法が開発されているが、大きく異なるのは図-①においてどのようにして疎らな蛍光分子のオンを達成するかであり、FIONAに相当する図-②,③の操作はどの方法でもほぼ同様である。そこでその他の方法については蛍光分子の蛍光状態のオン・オフの切り替えに焦点を絞り以下の項目で簡単に説明するにとどめる。


STORM

STORM(Stochastic optical reconstruction microscopy)もPALM・FPALMと同時期に発表された[10]。STORMではある種の蛍光色素が特定の条件下で可逆的に暗状態(蛍光状態=オフ)へと遷移する現象を利用している。詳細には、シアニン系色素(例:Cy5)に強い励起光(赤色)を与えた際に、一定の確率で寿命の非常に長い暗状態に入る[注 5][11][12]。暗状態において、より蛍光波長の短い別のシアニン系色素(例:Cy3)が近接している際にCy3への励起光(緑色)を与えるとCy5が基底状態(蛍光状態=オン)へ回復する[13]。オンになったCy5は強い励起光(赤色)を与えられ蛍光観察に利用される。蛍光観察中にある確率で暗状態(オフ)へと遷移する。Cy5が基底状態へ回復する確率はCy3に与える励起光(緑色)の強度と照射時間とにおよそ比例するので、PALMと同様に励起光(緑色)を適切にコントロールする事で常に視野内の疎らCy5がオンに保たれる。

dSTORM,GSDIM

蛍光一分子局在化顕微鏡法では利用可能な蛍光色素が限られているのに加え、STORMでは超解像画像を得るために2つの蛍光色素を必要とするため、マルチカラー化は容易ではなかった。その後に報告されたdSTORM (direct STORM)[14]やGSDIM(Ground-state depletion and single-molecule return)[15]ではこの問題が解決された。これらの方法では、蛍光色素の暗状態からの回復が別の蛍光色素の近接や励起光無しでも、ある確率で(稀にではあるが)起こる事を利用する。この場合、Cy3とその励起光(緑色)無しにも、視野内で疎らなCy5がオンになる。こうして1つの蛍光色素で超解像画像が得られるようになりマルチカラー化が容易となった。

その他の方法

蛍光一分子局在化顕微鏡法のための蛍光色素の開発は現在も活発に行われている。最近になり自然にオン・オフを繰り返す画期的な蛍光色素HMSiR(Hydroxymethyl Si-rhodamine)が開発された[16]。これは他の方法に比べて、暗状態を作るための高濃度のチオールや強い励起光照射が不要なためサンプルへのダメージを抑えられる。また強い励起光照射が必要ではないので全反射顕微鏡だけでなく共焦点顕微鏡でも容易に蛍光一分子を観察できる。これにより細胞の深部構造の超解像観察が可能となった。

注釈

  1. Abbeの回折限界, Sparrowの回折限界
  2. 明視野、condenserを考慮したもの。Hopkinsの分解能
  3. 解析は輝点(先述の通り、2次元のPSFに従った分布を持つ)を以下の2次元のガウス関数にフィッティングする事で行う。
      PSF(x,y,A,wm) = A exp{-[(x-xm)2 + (y-ym)2]/2wm2}
    解析で得られる(xm,ym)が推定された分子の座標、wmは輝点の広がり具合に相当し、以下の式から推定した座標の「不確かさ(σx,y)m」を計算する際に用いられる。他のパラメータとして蛍光一分子の発した総フォトン数(Nm)・画像の1ピクセルのサイズ(a)・バックグラウンドの総フォトン数(bm)を用いる。
      (σx,y2)m = (wm2 + a2/12)/Nm + 4π1/2wm3bm2/aNm2
  4. 実際は全ての点をPALM画像に入れるのではなく、推定された座標の「不確かさ」やフィッティング誤差を指標とした"足切り"操作が行われる。
  5. この暗状態は寿命が1時間程度とされる。三重項状態の消光剤として働く酸素分子は暗状態の寿命を短くするため、暗状態へは三重項状態から遷移すると予想される。観察時に酸素除去剤を加える必要があるのはこのためである。また、この暗状態はチオールとの結合により起こるため、還元剤を培地へ添加する場合もある。

関連項目

参考文献

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