「軸索再生」の版間の差分

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 中枢神経軸索は、オリゴデンドロサイトの細胞膜表面のリン脂質からなるミエリンにより覆われている。軸索が損傷された後にも、ミエリンはdebrisとして残存し、この中には、複数の軸索再生阻害因子が含まれることが報告されている。中でも、myelin associated glycoprotein (MAG), Nogo, oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp)についての研究が進んでいる。MAGは、1回膜貫通型の糖タンパク質であり、免疫グロブリン様ドメインを有する。Nogoは、2回膜貫通構造を持ち、スプライシングにより長さの異なる3種のタンパク質として発現する。このうち、最も長いNogo-Aには再生阻害作用を有する2つのドメインがある。N末端側のamino-Nogoと、疎水性領域に挟まれる66個のアミノ酸配列からなるペプチド配列Nogo-66である。OMgpは、GPIアンカー型のタンパク質で、セリンスレオニンリッチドメインとロイシンリッチリピートを有する (図1)。このように、これらの因子は全て構造が異なるにもかかわらず、Nogo受容体 (NgR)、PIR-Bといった共通の受容体を介して軸索再生阻害シグナルを伝える。NgRは細胞内ドメインを持たないGPIアンカー型タンパク質である。従って、NgR単独では細胞内にシグナルを伝えることは不可能で、神経栄養因子の受容体として知られるp75と共受容体を形成し、ミエリン由来軸索再生阻害因子のシグナルを細胞内に伝達することが報告されている。p75はこれらの軸索再生阻害因子の存在下で、低分子量Gタンパク質であるRhoAを活性化することで軸索伸展を阻害する。低分子量Gタンパク質の一種であるRhoAは、アクチン骨格系を制御する因子で、細胞内ではRho guanine nucleotide dissociation inhibitor (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみではリガンドで刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターであるRhoキナーゼの活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質であるCRMP-2の不活性化が示されている。CRMP-2は、微小管構成タンパク質であるチュブリン二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。
 中枢神経軸索は、オリゴデンドロサイトの細胞膜表面のリン脂質からなるミエリンにより覆われている。軸索が損傷された後にも、ミエリンはdebrisとして残存し、この中には、複数の軸索再生阻害因子が含まれることが報告されている。中でも、myelin associated glycoprotein (MAG), Nogo, oligodendrocyte myelin glycoprotein (OMgp)についての研究が進んでいる。MAGは、1回膜貫通型の糖タンパク質であり、免疫グロブリン様ドメインを有する。Nogoは、2回膜貫通構造を持ち、スプライシングにより長さの異なる3種のタンパク質として発現する。このうち、最も長いNogo-Aには再生阻害作用を有する2つのドメインがある。N末端側のamino-Nogoと、疎水性領域に挟まれる66個のアミノ酸配列からなるペプチド配列Nogo-66である。OMgpは、GPIアンカー型のタンパク質で、セリンスレオニンリッチドメインとロイシンリッチリピートを有する (図1)。このように、これらの因子は全て構造が異なるにもかかわらず、Nogo受容体 (NgR)、PIR-Bといった共通の受容体を介して軸索再生阻害シグナルを伝える。NgRは細胞内ドメインを持たないGPIアンカー型タンパク質である。従って、NgR単独では細胞内にシグナルを伝えることは不可能で、神経栄養因子の受容体として知られるp75と共受容体を形成し、ミエリン由来軸索再生阻害因子のシグナルを細胞内に伝達することが報告されている。p75はこれらの軸索再生阻害因子の存在下で、低分子量Gタンパク質であるRhoAを活性化することで軸索伸展を阻害する。低分子量Gタンパク質の一種であるRhoAは、アクチン骨格系を制御する因子で、細胞内ではRho guanine nucleotide dissociation inhibitor (Rho-GDI)と結合した不活性化の状態で安定となっている。p75はRhoとRho-GDIの結合を解離することでRhoの活性化を誘導し、軸索伸長を阻害する <ref><pubmed> 12692556 </pubmed></ref>。しかし、ある種の細胞においては、p75/NgRのみではリガンドで刺激してもRhoが活性化されない。そこで、新たにLingo-1が受容体複合体の構成要素として同定された <ref><pubmed> 14966521 </pubmed></ref>。こうして、NgR/p75/Lingo-1の受容体複合体形成により、Rhoが活性化されて軸索伸展が阻害されるという基本モデルが確立された(図2)。Rhoの活性化は、そのエフェクターであるRhoキナーゼの活性化を誘導し、軸索再生阻害作用を示す。これは、Rhoキナーゼの阻害剤がミエリン由来軸索再生阻害因子の作用を抑制することによって証明されている。さらに、この下流のシグナルとして、Rhoキナーゼの基質であるCRMP-2の不活性化が示されている。CRMP-2は、微小管構成タンパク質であるチュブリン二量体と結合し、微小管重合を促進することが知られている。MAG刺激で、CRMP-2はRhoキナーゼによるリン酸化を受けて不活性化し、微小管重合を抑制することから、ミエリン由来軸索再生阻害因子は、Rho/Rhoキナーゼの活性化を介して微小管重合を抑制し、軸索伸長阻害作用を示すことが示唆される。


 近年、MAG、Nogo、OMgpの三者を欠損したマウスが作成された。中枢神経軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われるが、MAG、Nogo、OMgp全てを欠損したマウスにおいても、脊髄損傷後の有為な軸索再生は認められなかった。このことから、これら以外の軸索再生阻害因子による寄与も大きいことが考えられる <ref><pubmed> 20547125 </pubmed></ref>。MAG、Nogo、OMgp以外に軸索再生を阻害する因子として、軸索反発因子がある <ref><pubmed> 16858390 </pubmed></ref>。軸索反発因子は、発生期における神経回路の形成を担うことが知られている。脊髄損傷モデル動物では、損傷領域周辺で、Semaphorin、Ephrin、Wnt、Repulsive guidance molecule (RGM)などの軸索反発因子の発現が増強する。これらの因子の作用を減弱させることで、損傷後の神経軸索の再生や機能回復に繋がることが報告されている。脊髄損傷モデルにおいて、Sema3Aの発現上昇が確認されており、Sema3A阻害剤の投与により縫線核脊髄路の再生、運動機能の回復が示された。Ephrin-B3は、発生期に脊髄正中線に発現し、軸索反発因子として働くが、ミエリン存在下、神経突起の伸長を抑制することが示された。Ephrin-B3は成体マウス脊髄白質のオリゴデンドロサイトに発現することが確認されている。in vitroの神経突起伸展アッセイにおいて、Ephrin-B3が小脳顆粒細胞や大脳皮質神経細胞の突起伸展を抑制することが確認されている。in vivoの実験においても、Ephrin-B3の受容体であるEphA4欠損マウスでは、脊髄損傷後の皮質脊髄路と赤核脊髄路の再生と機能回復が示されたことから、Ephrin-B3は軸索再生阻害タンパク質の一種であると考えられている。Wnt1, Wnt5aの発現は、脊髄損傷後1日で損傷部周辺での発現が上昇する。これらの受容体であるRykの中和抗体の投与により、脊髄損傷後の再生軸索の増加が認められている。RGMは、GPIアンカー型のタンパク質であり、脊髄損傷後、損傷部周辺での発現上昇が確認されている。in vivoの神経突起伸展アッセイにおいて、RGMがRhoAの活性化を介して小脳顆粒細胞の突起伸展を抑制することが示されている。in vivoにおいても、脊髄損傷後2週間にわたり、RGM中和抗体を局所投与し、その機能を抑制すると、皮質脊髄路の再生及び運動機能の回復が認められている。RGMはオリゴデンドロサイト由来のミエリンに発現しているが、脊髄損傷後の損傷部位に集積するミクログリアにも強く発現している。これは、免疫系細胞の軸索再生への関与を示唆している。  
 近年、MAG、Nogo、OMgpの三者を欠損したマウスが作成された。中枢神経軸索再生の研究には、脊髄損傷モデルがよく使われるが、MAG、Nogo、OMgp全てを欠損したマウスにおいても、脊髄損傷後の有為な軸索再生は認められなかった。このことから、これら以外の軸索再生阻害因子による寄与も大きいことが考えられる <ref><pubmed> 20547125 </pubmed></ref>。MAG、Nogo、OMgp以外に軸索再生を阻害する因子として、軸索反発因子がある <ref><pubmed> 16858390 </pubmed></ref>。軸索反発因子は、発生期における神経回路の形成を担うことが知られている。脊髄損傷モデル動物では、損傷領域周辺で、Semaphorin、Ephrin、Wnt、Repulsive guidance molecule (RGM)などの軸索反発因子の発現が増強する。これらの因子の作用を減弱させることで、損傷後の神経軸索の再生や機能回復に繋がることが報告されている。脊髄損傷モデルにおいて、Sema3Aの発現上昇が確認されており、Sema3A阻害剤の投与により縫線核脊髄路の再生、運動機能の回復が示された。Ephrin-B3は、発生期に脊髄正中線に発現し、軸索反発因子として働くが、ミエリン存在下、神経突起の伸長を抑制することが示された。Ephrin-B3は成体マウス脊髄白質のオリゴデンドロサイトに発現することが確認されている。in vitroの神経突起伸展アッセイにおいて、Ephrin-B3が小脳顆粒細胞や大脳皮質神経細胞の突起伸展を抑制することが確認されている。in vivoの実験においても、Ephrin-B3の受容体であるEphA4欠損マウスでは、脊髄損傷後の皮質脊髄路と赤核脊髄路の再生と機能回復が示されたことから、Ephrin-B3は軸索再生阻害タンパク質の一種であると考えられている。Wnt1, Wnt5aの発現は、脊髄損傷後1日で損傷部周辺での発現が上昇する。これらの受容体であるRykの中和抗体の投与により、脊髄損傷後の再生軸索の増加が認められている。RGMは、GPIアンカー型のタンパク質であり、脊髄損傷後、損傷部周辺での発現上昇が確認されている。in vivoの神経突起伸展アッセイにおいて、RGMがRhoAの活性化を介して小脳顆粒細胞の突起伸展を抑制することが示されている。in vivoにおいても、脊髄損傷後2週間にわたり、RGM中和抗体を局所投与し、その機能を抑制すると、皮質脊髄路の再生及び運動機能の回復が認められている。RGMはオリゴデンドロサイト由来のミエリンに発現しているが、脊髄損傷後の損傷部位に集積するミクログリアにも強く発現している。これは、免疫系細胞の軸索再生への関与を示唆している。
 


==== 2) グリア瘢痕 ====
==== 2) グリア瘢痕 ====