「近赤外線スペクトロスコピー」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0080123 星 詳子]</font><br>
''財団法人東京都医学研究機構 東京都精神医学総合研究所 脳機能解析研究部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年3月29日 原稿完成日:2013年2月4日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0048432 定藤 規弘](自然科学研究機構 生理学研究所 大脳皮質機能研究系)<br>
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英語名:Near-infrared spectroscopy 英略号:NIRS 独:Nahinfrarotspektroskopie 仏:Spectroscopie proche infrarouge
英語名:Near-infrared spectroscopy 英略号:NIRS 独:Nahinfrarotspektroskopie 仏:Spectroscopie proche infrarouge


 近赤外線スペクトロスコピーは、[[wikipedia:JA:近赤外|近赤外]]領域の光を物質に照射し、透過してきた光の性質(強度など)を解析して、非破壊的に対象物の構成成分を分析する方法で、食品科学や[[wikipedia:JA:農業|農業]]など様々な領域で用いられている。生体への応用は、1977年に[[wikipedia:JA:デュ-ク大学|デュ-ク大学]]のJöbsisが近赤外光を用いて動物の[[wikipedia:JA:心臓|心臓]]や[[脳]]の[[wikipedia:JA:酸素|酸素]]化状態を非侵襲的に計測したのが始めてで<ref name=ref1><pubmed>929199</pubmed></ref>、以後、生体組織における[[wikipedia:JA:血流|血流]]・酸素代謝モニタ法として研究・開発が進められてきた。さらに、1990年代になってNIRSが神経活動に連動した[[脳血流]]変化に伴う[[wikipedia:JA:ヘモグロビン|ヘモグロビン]](Hb)変化をとらえることができるということが相次いで報告され、本法は新しい脳機能イメージング法(functional NIRS、fNIRS)としても注目されるようになった。NIRSの応用例の詳細については専門誌の特集号<ref name=ref2>Theo Murphy Meeting Issue 'Illuminating the future of biomedical optics'<br>organized and edited by C Elwell, K Christina, P Beard, C Cooper, J Hebden, E Hillman.<br>''Phil Trans R Soc A.'' 2011, 369 (1955): 4355-4675</ref>や総説<ref name=ref3>'''M Ferrari, V Quaresima.'''<br>A brief review on the history of human functional near-infrared spectroscopy (fNIRS) development and fields of application.<br>''NeuroImage'': 2012 (in press) (doi:10.1016/j.neuroimage.2012.03.049)</ref>などを参照していただき、ここではfNIRSを中心に基礎的事項を解説する。
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 近赤外線スペクトロスコピーは、[[wikipedia:JA:近赤外|近赤外]]領域の光を物質に照射し、透過してきた光の性質(強度など)を解析して、非破壊的に対象物の構成成分を分析する方法で、食品科学や[[wikipedia:JA:農業|農業]]など様々な領域で用いられている。生体への応用は、1977年に[[wikipedia:JA:デュ-ク大学|デュ-ク大学]]のJöbsisが近赤外光を用いて動物の[[wikipedia:JA:心臓|心臓]]や[[脳]]の[[wikipedia:JA:酸素|酸素]]化状態を非侵襲的に計測したのが始めてで<ref name=ref1><pubmed>929199</pubmed></ref>、以後、生体組織における[[wikipedia:JA:血流|血流]]・酸素代謝モニタ法として研究・開発が進められてきた。さらに、1990年代になってNIRSが神経活動に連動した[[脳血流]]変化に伴う[[wikipedia:JA:ヘモグロビン|ヘモグロビン]](Hb)変化をとらえることができるということが相次いで報告され、本法は新しい脳機能イメージング法(functional NIRS、fNIRS)としても注目されるようになった。NIRSの応用例の詳細については専門誌の特集号<ref name=ref2><pubmed>22006894</pubmed></ref>や総説<ref name=ref3><pubmed>22510258</pubmed></ref>などを参照していただき、ここではfNIRSを中心に基礎的事項を解説する。
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== 基礎 ==
== 基礎 ==
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 NIRS信号は[[wikipedia:JA:動脈|動脈]]、[[wikipedia:JA:細動脈|細動脈]]、[[wikipedia:JA:毛細血管|毛細血管]]、[[wikipedia:JA:細静脈|細静脈]]、[[wikipedia:JA:静脈|静脈]]のうち、どの血管のHb情報をもつのかということがしばしば問題にされている。単純に考えると静脈血の占める割合が多いので静脈血に由来すると思われるが、脳賦活領域では脳表から脳内へ垂直に走る軟膜動脈(細動脈)まで逆行性に拡張が生じるため、動脈、毛細血管内Hbの濃度変化は無視できないと考えられる。従って、各血管内Hb変化のNIRS信号に対する寄与度は、検出光の伝播経路内における血管分布によって異なると考えられる。
 NIRS信号は[[wikipedia:JA:動脈|動脈]]、[[wikipedia:JA:細動脈|細動脈]]、[[wikipedia:JA:毛細血管|毛細血管]]、[[wikipedia:JA:細静脈|細静脈]]、[[wikipedia:JA:静脈|静脈]]のうち、どの血管のHb情報をもつのかということがしばしば問題にされている。単純に考えると静脈血の占める割合が多いので静脈血に由来すると思われるが、脳賦活領域では脳表から脳内へ垂直に走る軟膜動脈(細動脈)まで逆行性に拡張が生じるため、動脈、毛細血管内Hbの濃度変化は無視できないと考えられる。従って、各血管内Hb変化のNIRS信号に対する寄与度は、検出光の伝播経路内における血管分布によって異なると考えられる。


== 応用<ref name=ref2>Theo Murphy Meeting Issue 'Illuminating the future of biomedical optics'<br>organized and edited by C Elwell, K Christina, P Beard, C Cooper, J Hebden, E Hillman.<br>''Phil Trans R Soc A.'' 2011, 369 (1955): 4355-4675</ref><ref name=ref3>'''M Ferrari, V Quaresima.'''<br>A brief review on the history of human functional near-infrared spectroscopy (fNIRS) development and fields of application.<br>''NeuroImage'': 2012 (in press) (doi:10.1016/j.neuroimage.2012.03.049)</ref> ==
== 応用<ref name=ref2 /> <ref name=ref3 />==


=== 組織血流・酸素代謝モニタ ===  
=== 組織血流・酸素代謝モニタ ===  
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=== 定量的Hb濃度計測 ===  
=== 定量的Hb濃度計測 ===  
                  
                  
 上で述べたように、一般に市販されている装置(CW計測装置)から得られる信号は、 Hb濃度変化に光路長が掛け合わさった値で、脳賦活時のように血流変化が脳内に限局している場合には、血流変化の生じている部分の光路長(部分光路長)との積になる(図2)。CW計測による[[光トポグラフィー]]では、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、各計測領域の光路長は照射-受光間距離が同じなら一定であると仮定して、得られる画像はHbの濃度変化のマッピングを示していることになっている。しかし、光路長は照射-受光間距離が同じでも計測部位によって異なり、さらに、部分光路長と総光路長は負の関係にあるため(照射-受光間距離が一定の場合、総光路長が長いほど部分光路長は短い<ref name=ref6>'''Yoko Hoshi, Miho Shimada, Chie Sato, Yoshinobu Iguchi'''<br>Reevaluation of near-infrared light propagation in the adult human head: implications for functional near-infrared spectroscopy.<br>''J Biomed Opt'': 2005, 10(6);064032</ref>)、信号の振幅は必ずしもHb濃度変化の大きさを示しているわけではなく、計測領域全体でHb濃度が一様に変化した場合は、光路長のマッピングを示している可能性もある。しかし、図1に示した[[時間分解計測法]](time-resolved spectroscopy, TRS)や[[位相分解計測法]](phase-resolved spectroscopy, PRS)を用いて総光路長を計測することはできても、現時点では部分光路長を実測することは不可能であるため、拡張ベア・ランバート則に基づくCW計測で、脳活動に連動するHb濃度変化を定量的に算出することはできない。さらに、NIRS計測では照射と受光ファイバペアの位置によって、信号の振幅は異なるため、NIRS信号の振幅の部位間・個体間比較は、血流反応の大小の比較にはならない。
 上で述べたように、一般に市販されている装置(CW計測装置)から得られる信号は、 Hb濃度変化に光路長が掛け合わさった値で、脳賦活時のように血流変化が脳内に限局している場合には、血流変化の生じている部分の光路長(部分光路長)との積になる(図2)。CW計測による[[光トポグラフィー]]では、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、各計測領域の光路長は照射-受光間距離が同じなら一定であると仮定して、得られる画像はHbの濃度変化のマッピングを示していることになっている。しかし、光路長は照射-受光間距離が同じでも計測部位によって異なり、さらに、部分光路長と総光路長は負の関係にあるため(照射-受光間距離が一定の場合、総光路長が長いほど部分光路長は短い<ref name=ref6><pubmed>16409097</pubmed></ref>)、信号の振幅は必ずしもHb濃度変化の大きさを示しているわけではなく、計測領域全体でHb濃度が一様に変化した場合は、光路長のマッピングを示している可能性もある。しかし、図1に示した[[時間分解計測法]](time-resolved spectroscopy, TRS)や[[位相分解計測法]](phase-resolved spectroscopy, PRS)を用いて総光路長を計測することはできても、現時点では部分光路長を実測することは不可能であるため、拡張ベア・ランバート則に基づくCW計測で、脳活動に連動するHb濃度変化を定量的に算出することはできない。さらに、NIRS計測では照射と受光ファイバペアの位置によって、信号の振幅は異なるため、NIRS信号の振幅の部位間・個体間比較は、血流反応の大小の比較にはならない。


=== 選択的脳内Hb濃度計測 ===  
=== 選択的脳内Hb濃度計測 ===  
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=== 時間分解計測法===  
=== 時間分解計測法===  


 時間分解計測法(time-resolved spectroscopy、TRS)では、ピコ秒オーダーの極短パルス光を生体に照射し、照射部位から数センチメートル離れた体表に現れた光を時間分解計測することによって、時間に対する検出光の強度分布(検出された[[wikipedia:JA:光子|光子]]数の時間プロファイル)をもとめる(図3)。比較的直進に近い状態で生体内を透過した光子は早い時間成分になり、散乱を強く受けた光子は遅い時間成分になる。つまり、図3は光子の飛行時間分布で、ここから平均飛行時間(t<sub>m</sub>:時間プロファイルの重心に対応する時間)が決まり、生体内における光速をt<sub>m</sub>で乗ずることによって平均総光路長を求めることができる。また、この時間プロファイルに生体における光伝搬モデルとしてしばしば用いられる光拡散方程式の解析解から得られた検出光強度分布をカーブフィッティングして吸収係数を決定し、吸収係数からHb濃度を算出することができる。このようにして求めたHb濃度は、CW計測に比べてより選択的に脳内Hb濃度変化を計測することができる。しかし、この方法を用いても脳外組織の影響を完全に取り除くことはできない。
 時間分解計測法(time-resolved spectroscopy、TRS)では、ピコ秒オーダーの極短パルス光を生体に照射し、照射部位から数センチメートル離れた体表に現れた光を時間分解計測することによって、時間に対する検出光の強度分布(検出された[[wikipedia:JA:光子|光子]]数の時間プロファイル)をもとめる(図3)。比較的直進に近い状態で生体内を透過した光子は早い時間成分になり、散乱を強く受けた光子は遅い時間成分になる。つまり、図3は光子の飛行時間分布で、ここから平均飛行時間(t<sub>m</sub>:時間プロファイルの重心に対応する時間)が決まり、生体内における光速をt<sub>m</sub>で乗ずることによって平均総光路長を求めることができる。また、この時間プロファイルに生体における光伝搬モデルとしてしばしば用いられる光拡散方程式の解析解から得られた検出光強度分布をカーブフィッティングして吸収係数を決定し、吸収係数からHb濃度を算出することができる。このようにして求めたHb濃度は、CW計測に比べてより選択的に脳内Hb濃度変化を計測することができる。しかし、この方法を用いても脳外組織の影響を完全に取り除くことはできない。


=== 拡散光トモグラフィ===  
=== 拡散光トモグラフィ===  


 NIRSの最大の課題である選択的・定量的脳内Hb濃度計測に対して、最も有望視されているのが拡散光トモグラフィ(Diffuse optical tomography、DOT)<ref name=ref12>'''Huijuan Zhao, Feng Gao, Yukari Tanikawa, Yukio Yamada'''<br>Time-resolved diffuse optical tomography and its application to in vitro and in vivo imaging.<br>''J Biomed Opt'': 2007, 12(6);062107</ref> である。DOTは光CTとも呼ばれ、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、光の生体伝播現象を記述する光拡散方程式あるいは輻射輸送方程式に基づいて順問題・逆問題を解いて、脳内Hb濃度などの分布を[[wikipedia:ja:トモグラフィー|断層]]画像として示す技術である。CWやPRSを用いるDOTも開発されているが、逆問題を解くために必要な情報をより多く与えるTRSがDOTには適しており、Hb以外にもcyt. ox.など生理機能指標候補物質の濃度分布を示す断層画像の取得を目指した研究が進められている。
 NIRSの最大の課題である選択的・定量的脳内Hb濃度計測に対して、最も有望視されているのが拡散光トモグラフィ(Diffuse optical tomography、DOT)<ref name=ref12><pubmed>18163810</pubmed></ref> である。DOTは光CTとも呼ばれ、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、光の生体伝播現象を記述する光拡散方程式あるいは輻射輸送方程式に基づいて順問題・逆問題を解いて、脳内Hb濃度などの分布を[[wikipedia:ja:トモグラフィー|断層]]画像として示す技術である。CWやPRSを用いるDOTも開発されているが、逆問題を解くために必要な情報をより多く与えるTRSがDOTには適しており、Hb以外にもcyt. ox.など生理機能指標候補物質の濃度分布を示す断層画像の取得を目指した研究が進められている。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==


<references />
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(執筆者:星詳子 担当編集委員:定藤規弘)

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