「近赤外線スペクトロスコピー」の版間の差分

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=== 生体における光伝搬特性 ===  
=== 生体における光伝搬特性 ===  


 照射された光が検出されるまでに生体をどのように伝播してきたのかということは、信号を解釈する上で重要である。ヒト頭部における光の伝播様式はシミュレーションによって検討されているが、通常照射と受光間の距離が長いほど深い領域まで到達した光が検出される。しかし、頭部では[[脳脊髄液]]の存在によって、成人では照射-受光間距離が3 cmと5 cmでは到達深度に大きな差はなく<ref name=ref5><pubmed>12790436</pubmed></ref>、照射-受光間距離が3 cmの場合、頭皮上から約2.5 cmより深部に達した光は殆ど検出されない<ref name=ref6><pubmed>16409097</pubmed></ref>。つまり、NIRSの計測領域は脳底部を除く頭蓋骨に面する[[大脳皮質]]であるが、次項1.3で述べるように、脳活動の増加に連動した脳血流増加は脳表に存在する[[軟膜]]動脈が拡張することによって生じており<ref name=ref7><pubmed>3337250</pubmed></ref>、NIRSはこの血管反応を検出するのに適している。
 照射された光が検出されるまでに生体をどのように伝播してきたのかということは、信号を解釈する上で重要である。ヒト頭部における光の伝播様式はシミュレーションによって検討されているが、通常照射と受光間の距離が長いほど深い領域まで到達した光が検出される。しかし、頭部では[[脳脊髄液]]の存在によって、成人では照射-受光間距離が3 cmと5 cmでは到達深度に大きな差はなく<ref name=ref5><pubmed>12790436</pubmed></ref>、照射-受光間距離が3 cmの場合、頭皮上から約2.5 cmより深部に達した光は殆ど検出されない<ref name=ref6>'''Yoko Hoshi, Miho Shimada, Chie Sato, Yoshinobu Iguchi'''<br>Reevaluation of near-infrared light propagation in the adult human head: implications for functional near-infrared spectroscopy.<br>''J Biomed Opt'': 2005, 10(6);064032</ref>。つまり、NIRSの計測領域は脳底部を除く頭蓋骨に面する[[大脳皮質]]であるが、次項1.3で述べるように、脳活動の増加に連動した脳血流増加は脳表に存在する[[軟膜]]動脈が拡張することによって生じており<ref name=ref7><pubmed>3337250</pubmed></ref>、NIRSはこの血管反応を検出するのに適している。


=== 脳活動領域におけるNIRS信号 ===  
=== 脳活動領域におけるNIRS信号 ===  
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=== 定量的Hb濃度計測 ===  
=== 定量的Hb濃度計測 ===  
                  
                  
 上で述べたように、一般に市販されている装置(CW計測装置)から得られる信号は、 Hb濃度変化に光路長が掛け合わさった値で、脳賦活時のように血流変化が脳内に限局している場合には、血流変化の生じている部分の光路長(部分光路長)との積になる(図2)。CW計測による[[光トポグラフィー]]では、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、各計測領域の光路長は照射-受光間距離が同じなら一定であると仮定して、得られる画像はHbの濃度変化のマッピングを示していることになっている。しかし、光路長は照射-受光間距離が同じでも計測部位によって異なり、さらに、部分光路長と総光路長は負の関係にあるため(照射-受光間距離が一定の場合、総光路長が長いほど部分光路長は短い<ref name=ref6><pubmed>16409097</pubmed></ref>)、信号の振幅は必ずしもHb濃度変化の大きさを示しているわけではなく、計測領域全体でHb濃度が一様に変化した場合は、光路長のマッピングを示している可能性もある。しかし、図1に示した[[時間分解計測法]](time-resolved spectroscopy, TRS)や[[位相分解計測法]](phase-resolved spectroscopy, PRS)を用いて総光路長を計測することはできても、現時点では部分光路長を実測することは不可能であるため、拡張ベア・ランバート則に基づくCW計測で、脳活動に連動するHb濃度変化を定量的に算出することはできない。さらに、NIRS計測では照射と受光ファイバペアの位置によって、信号の振幅は異なるため、NIRS信号の振幅の部位間・個体間比較は、血流反応の大小の比較にはならない。
 上で述べたように、一般に市販されている装置(CW計測装置)から得られる信号は、 Hb濃度変化に光路長が掛け合わさった値で、脳賦活時のように血流変化が脳内に限局している場合には、血流変化の生じている部分の光路長(部分光路長)との積になる(図2)。CW計測による[[光トポグラフィー]]では、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、各計測領域の光路長は照射-受光間距離が同じなら一定であると仮定して、得られる画像はHbの濃度変化のマッピングを示していることになっている。しかし、光路長は照射-受光間距離が同じでも計測部位によって異なり、さらに、部分光路長と総光路長は負の関係にあるため(照射-受光間距離が一定の場合、総光路長が長いほど部分光路長は短い<ref name=ref6>'''Yoko Hoshi, Miho Shimada, Chie Sato, Yoshinobu Iguchi'''<br>Reevaluation of near-infrared light propagation in the adult human head: implications for functional near-infrared spectroscopy.<br>''J Biomed Opt'': 2005, 10(6);064032</ref>)、信号の振幅は必ずしもHb濃度変化の大きさを示しているわけではなく、計測領域全体でHb濃度が一様に変化した場合は、光路長のマッピングを示している可能性もある。しかし、図1に示した[[時間分解計測法]](time-resolved spectroscopy, TRS)や[[位相分解計測法]](phase-resolved spectroscopy, PRS)を用いて総光路長を計測することはできても、現時点では部分光路長を実測することは不可能であるため、拡張ベア・ランバート則に基づくCW計測で、脳活動に連動するHb濃度変化を定量的に算出することはできない。さらに、NIRS計測では照射と受光ファイバペアの位置によって、信号の振幅は異なるため、NIRS信号の振幅の部位間・個体間比較は、血流反応の大小の比較にはならない。


=== 選択的脳内Hb濃度計測 ===  
=== 選択的脳内Hb濃度計測 ===  
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=== 拡散光トモグラフィ===  
=== 拡散光トモグラフィ===  


 NIRSの最大の課題である選択的・定量的脳内Hb濃度計測に対して、最も有望視されているのが拡散光トモグラフィ(Diffuse optical tomography、DOT)<ref name=ref12><pubmed>18163810</pubmed></ref> である。DOTは光CTとも呼ばれ、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、光の生体伝播現象を記述する光拡散方程式あるいは輻射輸送方程式に基づいて順問題・逆問題を解いて、脳内Hb濃度などの分布を[[wikipedia:ja:トモグラフィー|断層]]画像として示す技術である。CWやPRSを用いるDOTも開発されているが、逆問題を解くために必要な情報をより多く与えるTRSがDOTには適しており、Hb以外にもcyt. ox.など生理機能指標候補物質の濃度分布を示す断層画像の取得を目指した研究が進められている。
 NIRSの最大の課題である選択的・定量的脳内Hb濃度計測に対して、最も有望視されているのが拡散光トモグラフィ(Diffuse optical tomography、DOT)<ref name=ref12>'''Huijuan Zhao, Feng Gao, Yukari Tanikawa, Yukio Yamada'''<br>Time-resolved diffuse optical tomography and its application to in vitro and in vivo imaging.<br>''J Biomed Opt'': 2007, 12(6);062107</ref> である。DOTは光CTとも呼ばれ、多チャンネル装置を用いて複数の領域を計測し、光の生体伝播現象を記述する光拡散方程式あるいは輻射輸送方程式に基づいて順問題・逆問題を解いて、脳内Hb濃度などの分布を[[wikipedia:ja:トモグラフィー|断層]]画像として示す技術である。CWやPRSを用いるDOTも開発されているが、逆問題を解くために必要な情報をより多く与えるTRSがDOTには適しており、Hb以外にもcyt. ox.など生理機能指標候補物質の濃度分布を示す断層画像の取得を目指した研究が進められている。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==