迷路

提供:脳科学辞典
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迷路
Maze
同義語:迷路課題 迷路実験
迷路は動物の空間学習や記憶を測定するための装置として、主にげっ歯類(ラットやマウス)を対象とした行動神経科学、生理心理学の実験、および遺伝子改変動物の行動評価に用いられる。

目次
1 迷路を用いた行動実験の歴史
2 迷路実験の手続きと測定される認知機能
 2.1 T迷路およびY迷路
   2.1.1 場所課題
   2.1.2 場所非見本合わせ課題
   2.1.3 手掛弁別課題
2.2 放射状迷路
2.3 水迷路
   2.3.1 場所課題
   2.3.2 手掛り課題
   2.3.3 空間弁別課題
   2.3.4 視覚弁別課題
   2.3.5 遅延場所合わせ課題
2.4 バーンズ迷路
2.5 高架式十字迷路
3 参考文献

1 迷路を用いた行動実験の歴史
 動物の迷路学習の最初の研究は、Small (1901)によるもので、この研究で用いられた迷路は、ハンプトン・コート宮殿の迷路をもとに作製された。スタート地点とゴールの間に、6か所の分岐と5つの袋小路をもつ複雑な構造であったが、走行経験とともに袋小路に入るエラーが減少した。同様の迷路を用いて、Watson(1908)は、ラットがどのように迷路課題を解決しているか検証した。視覚、嗅覚、聴覚、ひげからの情報を遮断しても成績に変化がないことや、訓練後に迷路の一部の走路を短くすると、それ以前に訓練されたラットが短縮された走路の壁にぶつかったことから、ラットは筋運動の連鎖を学習して課題解決していると考えられた。その後の研究では、迷路学習に必要な認知機能と関連脳部位を明らかにするために、可能な限り単純化された迷路が使用されるようになった。Lashley(1929)の「Ⅲ型迷路」は3つの選択点をもつ単純な構造で、出発地点から左、右、左へ曲がると報酬にたどりつける(Fig.1)。この課題をラットに学習させた後に皮質の様々な部位を損傷し、同じ課題のテストを行った。再学習の成績は、損傷の場所に関わらず、損傷の量が大きくなるにつれて悪くなった。Lashleyは脳における記憶のありかをつきとめることはできなかったが、迷路学習の脳基盤を明らかにしようとしたこの研究は、記憶の神経心理学研究の先駆けとなった。

2 迷路実験の手続きと測定される認知機能
 2.1 T迷路およびY迷路
3本の走路から構成され、選択点が1点の最も単純な高架式迷路である。3本の走路がT字状に設置されたものがT迷路(Fig. 2a)、120度の間隔で設置されたものがY迷路(Fig. 2b)である。T迷路は3本の走路のうち1本が出発走路(T字の下方部)で2本が選択走路(T字上方の左右)である。Y迷路では全ての走路の間隔が等しいことにより、動物が侵入した走路を次の選択のスタート走路とみなし、試行を連続して行うこともできる。したがって、実験者の介入を制限すべき自発的交替行動の測定にはY迷路が適している。基本的にはT迷路とY迷路は以下の課題を同じ手続きで実施できる。
  2.1.1 場所課題
 訓練に先だって装置馴致を行い、動因操作として通常自由摂食時の85%の体重を維持する餌を与える。訓練では、いずれかの選択走路の先端の報酬皿にペレットやシュークロース溶液などの報酬を置き、動物が出発走路の先端から分岐点まで移動した後、左右の走路のどちらを選択するかを観察する。報酬のある走路の選択を正反応、報酬のない走路への侵入を誤反応とする。誤反応の後、同一試行内で正しい走路の選択を許す場合を修正法、いずれかの反応をもって試行を終了する場合を非修正法と呼ぶ。この課題では、動物は装置外刺激(装置周囲の棚やPCモニターなど)の位置との関係で報酬位置を学習することを求められる。これは場所方略を使用した学習(場所学習)である。ただし、スタート地点が固定され、かつ報酬が常に同じ走路にある場合、動物がどの方略を使用しているか分からない。これを明らかにするために、テスト試行において装置を180度回転させて、訓練とは反対側からスタートさせた時に、どちらの走路を選択するかを観察する。訓練試行とは逆方向に曲がり、実験環境における絶対的に同じ位置を選択した場合、場所方略を使用したとみなされる。ラットは反応学習より、場所学習の方が容易であるとされる(Tolman & Gleitman, 1949)。
   2.1.2 場所非見本合わせ課題
自然環境において、以前に訪れて餌を採取した場所には餌がないため、異なる場所を探索することが効率のよい採餌である。以前に訪れた場所、すなわち見本選択と異なる場所を選択することを要求する課題が場所非見本合わせ課題である。反応を移行することにより報酬を得ることから交替行動とみなされることもある。
実験手続きは、見本試行と選択試行で構成される(Rawlins and Olton, 1982)。見本では左右どちらかを強制選択(片側走路はブロック)させ、報酬を与える。その後、選択試行では左右の走路を自由選択させ、見本段階で選んでいない走路に入ることを正反応とし、正反応の場合には報酬を与える。これまで海馬損傷により、この課題の成績が悪化することから、場所非見本合わせ学習が海馬依存であると考えられてきた(Kim & Frank, 2009)。しかし、より最近のノックアウトマウスを用いた研究により、交替行動そのものにはAMPA受容体サブユニットGluA1が関与するという知見が得られている(Review, Sanderson & Bannerman, 2012)。
 先に述べたように自発的交替行動に関してはY迷路での連続試行型の実験が望ましい。15分程度の探索を許し、どの走路をどのような順番で選択したかを記録する。3回連続で異なる走路に入った数が総選択数中どれだけの割合であったかが交替率となる(下記式参照)。
交替率(%)= 3連続交替数 ÷(総選択数-2)× 100
正常なラットやマウスは、既に訪れた走路よりも、まだ訪れていない新たな走路を選択する傾向があるが、スコポラミンやアンフェタミンの投与により交替率は減少し、同一走路に対する固執反応が出現する(Review, Richman, Dember & Kim, 1986)。
   2.1.3 手掛弁別課題
 手掛り弁別課題には、単純弁別課題、同時弁別課題、継時弁別課題があり、T迷路やY迷路を用いてこれらを行うことができる。例えば、単純弁別課題では、常にライトで照らされた走路を選択すれば報酬が得られる。動物は明るい走路と暗い走路を見分けるだけで良い。同時弁別課題では、選択走路に視覚的(黒または白)、または触覚的に異なる手掛り板を挿入し、常に同じ手掛りを選択すると報酬が得られる。動物は手掛りの違いを弁別しなければならない。継時弁別課題では、報酬の位置を知らせる手掛りが1つずつ提示される。例えば、スタート走路に白い手掛り板が挿入された時には左に行けば報酬が得られるが、右に行けば誤反応となる。この課題では動物はいつどのように反応するかを学習する。古くから海馬損傷動物が同時弁別課題ではなく継時弁別課題の学習障害を示すことが報告されているが(Kimble, 1963)、手掛りの提示位置によっては海馬損傷動物も継時弁別の学習が可能であることが報告されている(Schmitt et al. 2004)。

2.2 放射状迷路
中央プラットホームから8本の走路が放射状に設置された高架式の迷路で、走路の先端に報酬がある(Fig. 3a)。もともとラットの作業記憶を測定するために考案されたが、報酬の置き方により記憶の様々な側面を測定できる。また、項目数を増やすために6本や12本走路が使用されることもある。
 2.2.1 空間作業記憶課題
全ての走路の先端に報酬があり、効率よく報酬を獲得するために、動物は既に餌を獲得した走路を避けるようにしながら、まだ訪れていない走路を選択する。10試行程の訓練により、8回の選択で8個の報酬全てを獲得することができるようになる。このことから、動物はその試行において既に訪れた走路の位置を装置外刺激との関係において記憶していると考えられた。この記憶は場所に関する記憶を要し、かつ、その試行のみに有効な記憶であるため、空間作業記憶とみなされる(Olton & Samuelson, 1976)。ただし、走路を隣周りに選択するなどの特定の反応パターンが出現することもあり、この場合は走路入口にドアを設置し、連続的な選択を区切る必要がある。課題獲得後の海馬N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体阻害により、本課題の遂行障害が生じることが報告されている(Kawabe, Ichitani & Iwasaki, 1998)。
 2.2.2 空間参照作業記憶課題
この課題では8本の走路のうち決まった4本の走路だけに餌を置く(4/8課題)(Olton & Papas, 1979) (Fig. 3b)。40試行程の訓練により、動物は報酬のない走路を選択しないで、報酬のある走路のみに一度だけ訪れるようになる。このように効率よく報酬を獲得するには、動物はその試行で既に選択した走路はどこであるかについての記憶(空間作業記憶)と報酬が置かれている走路、又は置かれることのない走路はどこであるかについての記憶(空間参照記憶)の両方を用いることが要求される。
   2.2.3 手掛り課題
走路に視覚や触覚的に異なる手掛板を敷き、特定の手掛板の走路に報酬を置く手掛り課題は、空間情報処理の要因を排除して、手掛りと報酬の連合学習(手掛り参照記憶)とすでに訪れた走路の作業記憶(手掛り作業記憶)を測定することができる。海馬の損傷により、空間参照記憶は障害されるが、手掛り参照記憶には影響がない。一方、作業記憶に関しては、課題が空間か手掛りかに関わらず障害が生じることが報告されている。したがって、海馬は空間認知と作業記憶の両方の機能に関与していると考えられる(Jarrard, Okaichi, Steward and Goldschmidt, 1984)。

  2.3 水迷路
   2.3.1 場所課題
水の入った大きな円形プールの水面下の定位置に逃避台が沈められている。プールの水は不透明で、沈められた逃避台は見えない(Fig. 5)。空間参照記憶のみを要する空間認知課題としてMorris (1981)によって考案された。空間作業記憶を考慮する必要がないため、1日複数回の訓練が可能であり、ノーマルな動物において学習が早く成績が安定しているため幅広い分野で用いられている。動物の頭を壁側に向け、プールの端からスタートさせ、逃避台に到達するまでの時間(逃避潜時)を測定する。試行を繰り返すうちに、動物は逃避台の位置を憶え、短時間で逃避台に到達できるようになる。ビデオトラッキングによる遊泳の軌跡の分析を行うと、訓練初期には壁沿いに円を描くような軌跡やプール全体にランダムに広がる軌跡が見られるが、20試行程度行うと、どのスタート地点から出発しても逃避台まで直線的な軌跡が描かれる。これは動物が装置外刺激との関係において逃避台位置を学習したためである。このような課題は場所課題と呼ばれる。場所学習が成立したかどうかは、プローブテストにより確認することができる。このテストでは逃避台を取り去り、プールを扇形に4分割して各象限での遊泳時間を計測する。学習が成立していると、訓練時に逃避台のあった位置の横断回数が多く、その象限で泳ぐ時間も長くなる。海馬破壊やNMDA受容体の阻害はいずれも課題の獲得障害をもたらすが、獲得後の再訓練においては海馬破壊が課題の遂行障害をもたらすのに対し、NMDA受容体の阻害は遂行を妨げない(Review Morris, 1989)。
プールの深さは通常40cm程度であるが、ラットの後肢が底につく程度の浅い水深(12cm)でも同様に課題を行うことができる(Okaichi, 2001)。浅い水迷路は、水温、水質の管理が容易であることや、動物の不安を軽減できること、遊ぎの能力の衰えた老齢動物にも適用できるなどの利点がある。Morrisの論文では水を乳白色に濁らすが、使用する動物が白色であれば、墨汁などで黒濁するほうが、動物の軌跡を追跡しやすい。
   2.3.2 手掛り課題
逃避台は水上に出ており、泳ぎながら逃避台を見ることができ、見える目標地点まで泳ぎつくことを訓練する。この課題は複雑な学習要素を含んでおらず、視覚、動機づけ、運動能力に異常はないかを確認するために使用される。スタート地点と逃避台の位置関係は試行ごとにランダムに変化するように設定する。装置外刺激の存在は混乱要因となるので、プールの周囲をカーテンで囲み、装置外の刺激を利用できない状況下で訓練を行う。感覚運動障害を引き起こす投与量のNMDA受容体阻害薬の投与は、手掛り課題の学習障害をもたらすが、投与以前に泳ぎの訓練を受けると成績は悪くならないことが報告されている(Saucier & Cain, 1995)。
   2.3.3 空間弁別課題
見える1つの目標物に対する到達を見る手掛り課題とは異なり、2つの刺激の位置関係を弁別させる空間課題である。外観の等しい2つの逃避台のうち、一方を逃避可能な正の逃避台、他方を逃避不可能な偽の逃避台に割り当てる。正の逃避台は訓練を通じて同じ位置にあるが、偽の逃避台は試行ごとに異なる位置に移動する。動物は移動する逃避台を避け、常に一定の位置にある逃避台を選択することが求められる。NMDA受容体阻害により空間弁別課題の学習障害は,課題経験の有無ではなく訓練環境の新奇性に依存して出現することが報告されている(Uekita & Okaichi, 2005)。
   2.3.4 視覚弁別課題
この課題では空間情報ではなく、逃避台の視覚的性質の違いにより正誤の逃避台を弁別する必要がある。プールの周囲をカーテンで囲み、装置外の刺激を利用できない状況下で訓練を行う。外観の異なる2つの逃避台(例えば、灰色と白黒縞模様)のうち、一方を逃避可能な正の逃避台、他方を逃避不可能な偽の逃避台に割り当てる。逃避不可能な偽の逃避台はバネや糸で底面とつながれており、動物がこれに登ろうとすると倒れる。スタート地点と2つの逃避台の位置関係は、試行ごとにランダムに変化する。海馬損傷やNMDA受容体阻害は視覚弁別課題の学習は妨げない(Review Morris, 1989)
2.3.5 遅延場所合わせ課題
逃避台位置が1日の複数試行においては変化しないが、翌日には異なる位置で訓練を行うという課題。したがって、1日の第1試行が見本試行となり、この試行において動物は迷路内をランダムに泳ぎ、逃避台を探す。それ以降の試行が選択試行となる。第1試行で潜時が長いが、第2試行以降の潜時は大きく短縮される。これは、第1試行において逃避台到達後に周囲を見渡すことにより、この位置で逃避できたというイベント記憶が形成されることによる。この記憶は翌日には有効でないため、作業記憶とみなされる場合もある。第1試行と第2試行の逃避潜時の短縮の度合い(節約率)が評価される。また、第1試行と第2試行の間の試行間間隔を操作することにより、脳損傷や薬理学的処置、その他の実験的処置による記憶障害の遅延依存性について評価することができる。海馬損傷ラットでは15秒遅延条件においても障害を示すが、NMDA受容体阻害ラットは20分以上の遅延条件で障害を示すことが報告されている(Steel & Morris, 1999)。

  2.4 バーンズ迷路
ラットが暗い囲われた場所を好み、開けた明るく照らされた状況を嫌う性質を利用した迷路課題である(Fig. 6)。円形のテーブル(120 cm程度)の外周に18個の穴があり、そのうちの1つがトンネルとなっており、逃避することができる。その他の穴は迷路上からの外観は等しいが塞がっていて入ることができない。トンネルへと続く正しい穴の場所は、装置外刺激の空間的な関係性によって識別できる。テーブル中央の小さな円筒に動物を入れ、円筒を持ち上げて試行を開始する。訓練により、動物は逃避可能な穴に直線的に向かうようになる。逃避潜時や誤反応(逃避箱以外の穴をのぞいた回数)を学習測度として用いる。Morris水迷路と同様に訓練後に全ての穴を逃避できないようにしてプローブテストを行うことも可能である。この時、逃避箱のあった位置での滞在時間を学習の測度とする。
この他、バーンズ迷路を用いた帰巣行動(homing)に関する研究も多い。ラットやマウスが巣穴を離れて餌を探索し、巣穴に餌を持ち帰る性質をもつ。正常なラットは目隠しをしても直線的な道筋で巣穴まで戻ってくるが、海馬損傷ラットでは帰巣方向が不正確になる(Maaswinkel, Jarrard and Whishaw, 1999)。この帰巣行動は経路統合に依存したものとみなされ、海馬において内的な運動手掛りを統合しながらルートをたどる処理が行われていると考えられている。

  2.5 高架式十字迷路
 十字に交わる4本の走路をもつ高架式迷路である。古くは他の迷路と同様に場所課題や手掛り課題の実施に用いられてきたが、近年、不安の測定に使用されることが多い。4本のうち2本の走路は高い壁があり(closed arm)、残りの2本は壁がなく解放された走路である(open arm)。狭く暗いところを好む齧歯類は、closed armでの滞在時間が長くなる。不安レベルの低下によりopen armへの進出に抵抗がなくなり、そこでの滞在時間も長くなる。

関連語 空間学習 空間記憶 認知地図 ナビゲーション 海馬