「進行性核上性麻痺」の版間の差分

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''国立病院機構東名古屋病院脳神経内科''<br>
''国立病院機構東名古屋病院脳神経内科''<br>


DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年12月28日 原稿完成日:2020年12月21日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2020年12月28日 原稿完成日:2020年12月30日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br>             
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 脳神経内科)<br>             
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英略称:PSP
英略称:PSP
{{box|text= 進行性核上性麻痺 は、パーキンソニズムを呈する神経変性疾患で非定型パーキンソニズムに位置付けられる。病理学的には、基底核や脳幹部被蓋、小脳、前頭葉などの神経細胞内やグリア細胞内に異常リン酸化タウタンパク質が蓄積し、タウオパチーに分類される。臨床像は垂直性核上性注視麻痺、早期からの姿勢保持障害を主徴とするリチャードソン症候群のほか、近年多様な臨床病型が示されている。パーキンソニズムを呈するが、パーキンソン病よりも進行が速く、対症療法やリハビリ・ケアが治療の中心である。 近年病態抑止療法が開発されつつあり、早期に正しく診断するため、診断に有用なバイオマーカーの開発が求められる。}}
{{box|text= 進行性核上性麻痺 は、パーキンソニズムを呈する神経変性疾患で非定型パーキンソニズムに位置付けられる。病理学的には、基底核や脳幹部被蓋、小脳、前頭葉などの神経細胞内やグリア細胞内に異常リン酸化タウタンパク質が蓄積し、タウオパチーに分類される。臨床像は垂直性核上性注視麻痺、早期からの姿勢保持障害を主徴とするリチャードソン症候群のほか、近年多様な臨床病型が示されている。パーキンソニズムを呈するが、パーキンソン病よりも進行が速く、対症療法やリハビリ・ケアが治療の中心である。 近年病態抑止療法が開発されつつあり、早期に正しく診断するため、診断に有用なバイオマーカーの開発が求められる。}}
 
{{TOC limit|3}}
== 歴史 ==
== 歴史 ==
 進行性核上性麻痺は、Richardsonらが1963年にアメリカ神経学会において6例の臨床病理学的所見を報告し、翌1964年Annals of Neurology誌に9例をまとめ、報告した<ref name=Steele1964><pubmed>14107684</pubmed></ref> 。1996年にthe National Institute of Neurological Disorders and Stroke and the Society for PSP (NINDS-SPSP)による国際的な臨床診断基準が発表され<ref name=Litvan8710059><pubmed>8710059</pubmed></ref> 、その臨床的特徴は[[垂直性注視麻痺]]および発症早期の転倒を伴う[[姿勢保持障害]]とされ、現在では[[リチャードソン症候群]]と呼ばれる。2005年にPSP第2の臨床病型として[[PSP-parkinsonism]]<ref name=Williams2005><pubmed>15788542</pubmed></ref> が、また2007年に[[pure akinesia with gait freezing]]<ref name=Williams2007><pubmed>17712855</pubmed></ref> が報告された後も多様な臨床病型の報告が相次ぎ、2017年に発表されたMovement disorder societyによる診断基準(以下MDS基準と略す)では、リチャードソン症候群以外に7つの臨床病型が提唱されている<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。  
 進行性核上性麻痺は、Richardsonらが1963年にアメリカ神経学会において6例の臨床病理学的所見を報告し、翌1964年Annals of Neurology誌に9例をまとめ、報告した<ref name=Steele1964><pubmed>14107684</pubmed></ref> 。1996年にthe National Institute of Neurological Disorders and Stroke and the Society for PSP (NINDS-SPSP)による国際的な臨床診断基準が発表され<ref name=Litvan8710059><pubmed>8710059</pubmed></ref> 、その臨床的特徴は[[垂直性注視麻痺]]および発症早期の転倒を伴う[[姿勢保持障害]]とされ、現在では[[リチャードソン症候群]]と呼ばれる。2005年にPSP第2の臨床病型として[[PSP-parkinsonism]]<ref name=Williams2005><pubmed>15788542</pubmed></ref> が、また2007年に[[pure akinesia with gait freezing]]<ref name=Williams2007><pubmed>17712855</pubmed></ref> が報告された後も多様な臨床病型の報告が相次ぎ、2017年に発表されたMovement disorder societyによる診断基準(以下MDS基準と略す)では、リチャードソン症候群以外に7つの臨床病型が提唱されている<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。  
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== 病態 ==
== 病態 ==
=== 病理所見 ===
=== 病理所見 ===
 肉眼的には[[脳幹]]部[[被蓋]]、[[淡蒼球]]、[[視床下核]]、[[小脳]][[歯状核]]などが萎縮し、組織学的に上記部位の[[神経細胞]]脱落及び[[グリオーシス]]を示す<ref name=Steele1964><pubmed>14107684</pubmed></ref> 。これらの部位を含み広範に神経細胞、[[グリア細胞]]、[[neuropil]]に異常に[[リン酸化]]した[[タウ]]タンパク質が蓄積する<ref name=Litvan8558176><pubmed>8558176</pubmed></ref><ref name=Yoshida2014><pubmed>25124031</pubmed></ref> 。タウタンパク質はヒトでは[[微小管]]結合領域が3つのリピート(3R)タウと4つのリピート(4R)タウが存在するが、PSPでは4Rタウが優位に蓄積する。タウタンパク質は神経細胞内では[[神経原線維変化]] [[neurofibrillary tangle]] ([[NFT]])という形態で蓄積し('''図1''')、[[アストロサイト]]では[[細胞体]]近位部に房状に蓄積するため[[房付き星状細胞]](tufted astrocyte)と呼ばれ、PSPに特異的な病理所見とされる<ref name=Komori1998><pubmed>9797005</pubmed></ref> ('''図2''')。また[[サルコシル]]不溶性の脳抽出物のタウ分子量はPSPでは33kDa、 PSPとの鑑別が問題となる[[大脳皮質基底核変性症]] [[corticobasal degeneration]](CBD)では37kDaであり、生化学的にも大脳皮質基底核変性症と区別されている<ref name=Arai2004><pubmed>14705114</pubmed></ref> 。
 肉眼的には[[脳幹]]部[[被蓋]]、[[淡蒼球]]、[[視床下核]]、[[小脳]][[歯状核]]などが萎縮し、組織学的に上記部位の[[神経細胞]]脱落及び[[グリオーシス]]を示す<ref name=Steele1964><pubmed>14107684</pubmed></ref> 。これらの部位を含み広範に神経細胞、[[グリア細胞]]、[[neuropil]]に異常に[[リン酸化]]した[[タウ]]タンパク質が蓄積する<ref name=Litvan8558176><pubmed>8558176</pubmed></ref><ref name=Yoshida2014><pubmed>25124031</pubmed></ref> 。タウタンパク質はヒトでは[[微小管]]結合領域が3つのリピート(3R)タウと4つのリピート(4R)タウが存在するが、PSPでは4Rタウが優位に蓄積する。タウタンパク質は神経細胞内では[[神経原線維変化]] [[neurofibrillary tangle]] ([[NFT]])という形態で蓄積し('''図1''')、[[アストロサイト]]では[[細胞体]]近位部に房状に蓄積するため[[房付き星状細胞]](tufted astrocyte)と呼ばれ、PSPに特異的な病理所見とされる<ref name=Komori1998><pubmed>9797005</pubmed></ref> ('''図2''')。また[[サルコシル]]不溶性の脳抽出物のタウ分子量はPSPでは33kDa、 PSPとの鑑別が問題となる[[大脳皮質基底核変性症]] [[corticobasal degeneration]](CBD)では37kDaであり、生化学的にも大脳皮質基底核変性症と区別されている<ref name=Arai2004><pubmed>14705114</pubmed></ref> 。


 わが国の70剖検例の報告によれば、PSPの病理学的な病変分布は大きく3群に分かれ、典型的な分布は73%、淡蒼球、視床下核、[[黒質]]に限局したタウ病変を認める群は18%、[[大脳皮質]]に左右差を伴うタウ病理を認める群が9%とされ、各々臨床像との関連が示唆されている<ref name=Yoshida2014><pubmed>25124031</pubmed></ref> 。
 わが国の70剖検例の報告によれば、PSPの病理学的な病変分布は大きく3群に分かれ、典型的な分布は73%、淡蒼球、視床下核、[[黒質]]に限局したタウ病変を認める群は18%、[[大脳皮質]]に左右差を伴うタウ病理を認める群が9%とされ、各々臨床像との関連が示唆されている<ref name=Yoshida2014><pubmed>25124031</pubmed></ref> 。
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=== 眼球運動障害 ===
=== 眼球運動障害 ===
 疾患名の核上性麻痺とは、核上性注視麻痺のことを指す。また「核上性」の意味は「核以下が保たれている」という意味で、[[頭位変換眼球反射]](頚部を他動的に前後屈させると眼球は上転あるいは下転する)で確認できる<ref name=Steele1964><pubmed>14107684</pubmed></ref> 。垂直性注視麻痺の中では[[上方注視麻痺]]は[[下方注視麻痺]]に先行するが、上方注視麻痺は加齢により障害されるため、下方注視麻痺がPSPの特徴である<ref name=Litvan8710059><pubmed>8710059</pubmed></ref><ref name=Litvan8648326><pubmed>8648326</pubmed></ref> 。[[水平性注視麻痺]]は垂直性注視麻痺に遅れて出現し、最終的に全く動かなくなる。眼球運動障害は本疾患の特徴であるが、初期には存在せず、発症2〜3年経ってから現れる場合が多い<ref name=Litvan8648326><pubmed>8648326</pubmed></ref> 。
 疾患名の核上性麻痺とは、核上性注視麻痺のことを指す。また「核上性」の意味は「核以下が保たれている」という意味で、[[頭位変換眼球反射]](頚部を他動的に前後屈させると眼球は上転あるいは下転する)で確認できる<ref name=Steele1964><pubmed>14107684</pubmed></ref> 。垂直性注視麻痺の中では[[上方注視麻痺]]は[[下方注視麻痺]]に先行するが、上方注視麻痺は加齢により障害されるため、下方注視麻痺がPSPの特徴である<ref name=Litvan8710059><pubmed>8710059</pubmed></ref><ref name=Litvan8648326><pubmed>8648326</pubmed></ref> 。[[水平性注視麻痺]]は垂直性注視麻痺に遅れて出現し、最終的に全く動かなくなる。眼球運動障害は本疾患の特徴であるが、初期には存在せず、発症2〜3年経ってから現れる場合が多い<ref name=Litvan8648326><pubmed>8648326</pubmed></ref> 。
=== 姿勢保持障害/転倒 ===
=== 姿勢保持障害/転倒 ===
 眼球運動障害に比べ、姿勢保持障害は初期から出現する。他の[[パーキンソニズム]]を呈する疾患と異なり、転倒の出現が早期であることは、PSPに特異的であり、診断基準にも発症早期の転倒が含まれている<ref name=Litvan1996><pubmed>8710059</pubmed></ref><ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。また、バランスを失った際、手で防御する反応が出にくいため他疾患に比べ上半身(顔面・肋骨・脊椎)の外傷が多い<ref name=Williams2006><pubmed>16543524</pubmed></ref> 。
 眼球運動障害に比べ、姿勢保持障害は初期から出現する。他の[[パーキンソニズム]]を呈する疾患と異なり、転倒の出現が早期であることは、PSPに特異的であり、診断基準にも発症早期の転倒が含まれている<ref name=Litvan1996><pubmed>8710059</pubmed></ref><ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。また、バランスを失った際、手で防御する反応が出にくいため他疾患に比べ上半身(顔面・肋骨・脊椎)の外傷が多い<ref name=Williams2006><pubmed>16543524</pubmed></ref> 。
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== 診断 ==
== 診断 ==
=== 診断基準 ===
=== 診断基準 ===
 米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)基準はリチャードソン症候群の基準であり、特異度は高いもののリチャードソン症候群以外の臨床病型が合致せず、感度が高くない基準であった<ref name=Litvan8710059><pubmed>8710059</pubmed></ref> 。2017年に発表されたMovement disorder societyによる診断基準(以下MDS基準と略す)には、PSP-parkinsonism(PSP-P)、[[PSP-corticobasal syndrome]]([[PSP-CBS]])のほか、[[PSP with progressive gait freezing]]([[PSP-PGF]])、[[PSP with predominant frontal presentation]]([[PSP-F]])、[[PSP with predominant ocular motor dysfunction]]([[PSP-OM]])、[[PSP with predominant speech/language disorder]]([[PSP-SL]])、[[PSP with predominant postural instability]]([[PSP-PI]])の全部で8つの臨床病型が含まれ<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 、各々の病型に対する病理所見が示された<ref name=Kovacs2020><pubmed>32383020</pubmed></ref> 。他に主にわが国から報告されている臨床病型として、[[小脳性運動失調]]が先行し、初期に[[脊髄小脳変性症]]と診断されうる[[PSP with predominant cerebellar ataxia]]([[PSP-C]])がある<ref name=Kanazawa2009><pubmed>19412943</pubmed></ref><ref name=Shimohata2016><pubmed>27030358</pubmed></ref> 。
 米国国立神経疾患・脳卒中研究所(NINDS)基準はリチャードソン症候群の基準であり、特異度は高いもののリチャードソン症候群以外の臨床病型が合致せず、感度が高くない基準であった<ref name=Litvan8710059><pubmed>8710059</pubmed></ref> 。2017年に発表されたMovement disorder societyによる診断基準(以下MDS基準と略す)には、PSP-parkinsonism(PSP-P)、[[PSP-corticobasal syndrome]]([[PSP-CBS]])のほか、[[PSP with progressive gait freezing]]([[PSP-PGF]])、[[PSP with predominant frontal presentation]]([[PSP-F]])、[[PSP with predominant ocular motor dysfunction]]([[PSP-OM]])、[[PSP with predominant speech/language disorder]]([[PSP-SL]])、[[PSP with predominant postural instability]]([[PSP-PI]])の全部で8つの臨床病型が含まれ<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 、各々の病型に対する病理所見が示された<ref name=Kovacs2020><pubmed>32383020</pubmed></ref> 。他に主にわが国から報告されている臨床病型として、[[小脳性運動失調]]が先行し、初期に[[脊髄小脳変性症]]と診断されうる[[PSP with predominant cerebellar ataxia]]([[PSP-C]])がある<ref name=Kanazawa2009><pubmed>19412943</pubmed></ref><ref name=Shimohata2016><pubmed>27030358</pubmed></ref> 。


 MDS基準ではリチャードソン症候群の特徴である眼球運動障害、姿勢保持障害のほか、無動、認知機能障害の4つの機能ドメインを組み合わせて8つの臨床病型を決定する。各機能ドメインの症候は診断の確からしさにより3段階に分けられている([http://plaza.umin.ac.jp/neuro2/pdffiles/CQ6-2table2.pdf NINDS基準の和訳])。これらの主要臨床症候についてはtutorial videoが作成されたので、ぜひ参照されたい<ref name=Iankova2020><pubmed>32988736</pubmed></ref> 。また診断の確実性により確実例(病理診断例、 Definite PSP)、ほぼ確実例(Probable) PSP、疑い例(Possible) PSPに加え示唆例(suggesitive of PSP)が加えられた<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。示唆例は病態修飾療法を見据え、早期に正しく診断するための病型として位置づけられている。実際の症例でこの基準を適応すると複数の病型に該当することが多いため、Multiple allocation extinction rule を適用し病型を絞ることが提案されている<ref name=Grimm2019><pubmed>30884545</pubmed></ref> 。
 MDS基準ではリチャードソン症候群の特徴である眼球運動障害、姿勢保持障害のほか、無動、認知機能障害の4つの機能ドメインを組み合わせて8つの臨床病型を決定する。各機能ドメインの症候は診断の確からしさにより3段階に分けられている([http://plaza.umin.ac.jp/neuro2/pdffiles/CQ6-2table2.pdf MDS基準の和訳])。これらの主要臨床症候についてはtutorial videoが作成されたので、ぜひ参照されたい<ref name=Iankova2020><pubmed>32988736</pubmed></ref> 。また診断の確実性により確実例(病理診断例、 Definite PSP)、ほぼ確実例(Probable) PSP、疑い例(Possible) PSPに加え示唆例(suggesitive of PSP)が加えられた<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。示唆例は病態修飾療法を見据え、早期に正しく診断するための病型として位置づけられている。実際の症例でこの基準を適応すると複数の病型に該当することが多いため、Multiple allocation extinction rule を適用し病型を絞ることが提案されている<ref name=Grimm2019><pubmed>30884545</pubmed></ref> 。


 MDS基準は2019年に病理診断例において感度・特異度が報告され、probable PSPは特異度は86%と高いが感度は47%と低く、一方suggestive of PSPは感度は88%と高いものの特異度は40%と低いことが報告されている<ref name=Ali2019><pubmed>30726566</pubmed></ref> 。
 MDS基準は2019年に病理診断例において感度・特異度が報告され、probable PSPは特異度は86%と高いが感度は47%と低く、一方suggestive of PSPは感度は88%と高いものの特異度は40%と低いことが報告されている<ref name=Ali2019><pubmed>30726566</pubmed></ref> 。
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 蓄積したタウタンパク質を可視化する方法で、タウオパチーであるという疾患の質的な診断および病変分布が確認でき<ref name=Endo2019><pubmed>30892739</pubmed></ref> 、種類も増えている。
 蓄積したタウタンパク質を可視化する方法で、タウオパチーであるという疾患の質的な診断および病変分布が確認でき<ref name=Endo2019><pubmed>30892739</pubmed></ref> 、種類も増えている。
==== RT-QuIC assay ====
==== RT-QuIC assay ====
 PSP特有の微量の異常4リピートタウタンパク質(シード)を増幅する方法で、PSP剖検例の脳脊髄液で4リピートタウシードが報告されている<ref name=Saijo2020><pubmed>31616982</pubmed></ref> 。
 PSP特有の微量の異常4リピートタウタンパク質(シード)を増幅する方法で、PSP剖検例の脳脊髄液で4リピートタウシードが報告されている<ref name=Saijo2020><pubmed>31616982</pubmed></ref> 。
== 鑑別診断 ==
== 鑑別診断 ==
 最終臨床診断がPSPであった症例の中で病理診断がPSPは8割弱であり、non-PSPの約3分の2は大脳皮質基底核変性症corticobasal degeneration(CBD)、 多系統萎縮症multiple system atrophy(MSA)、 レヴィー小体病Lewy body disease(LBD)である<ref name=Osaki2004><pubmed>14978673</pubmed></ref><ref name=Josephs2003><pubmed>14502669</pubmed></ref> 。それ以外にも多様な疾患が含まれる。Non-PSPの中では[[αシヌクレオパチー]]である多系統萎縮症とレヴィー小体病を除外することが重要である。MDS基準の中ではPSP mimicsを除外するために、必須除外基準が設けられており<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 、それらの項目が鑑別診断上重要である。
 最終臨床診断がPSPであった症例の中で病理診断がPSPは8割弱であり、non-PSPの約3分の2は大脳皮質基底核変性症corticobasal degeneration(CBD)、 多系統萎縮症multiple system atrophy(MSA)、 レヴィー小体病Lewy body disease(LBD)である<ref name=Osaki2004><pubmed>14978673</pubmed></ref><ref name=Josephs2003><pubmed>14502669</pubmed></ref> 。それ以外にも多様な疾患が含まれる。Non-PSPの中では[[αシヌクレオパチー]]である多系統萎縮症とレヴィー小体病を除外することが重要である。MDS基準の中ではPSP mimicsを除外するために、必須除外基準が設けられており<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 、それらの項目が鑑別診断上重要である。
=== 多系統萎縮症 ===
=== 多系統萎縮症 ===
 パーキンソニズム、[[自律神経障害]]、[[小脳性運動失調]]が3大神経症候で、PSPと共通の所見は「[[レボドパ]]の効果が乏しい」、「自律神経障害の中の[[排尿障害]]」、「[[筋トーヌス]]低下、slurred speech([[不明瞭発語]])、[[不安定歩行]]など小脳性運動失調に関連する症候」である。PSPとの鑑別点は[[起立性低血圧]]の存在であり、「起立3分後に収縮期30mmHg以上、拡張期15mmHg以上の起立性低血圧」はMDS基準の必須除外項目に含まれている<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref>  ([http://plaza.umin.ac.jp/neuro2/pdffiles/CQ6-2table2.pdf NINDS基準の和訳])。また、画像所見としては多系統萎縮症ではMRIにおいて橋の[[クロスサイン]]や[[被殻]]の[[slit sign]]など特徴的な所見が認められる。
 パーキンソニズム、[[自律神経障害]]、[[小脳性運動失調]]が3大神経症候で、PSPと共通の所見は「[[レボドパ]]の効果が乏しい」、「自律神経障害の中の[[排尿障害]]」、「[[筋トーヌス]]低下、slurred speech([[不明瞭発語]])、[[不安定歩行]]など小脳性運動失調に関連する症候」である。PSPとの鑑別点は[[起立性低血圧]]の存在であり、「起立3分後に収縮期30mmHg以上、拡張期15mmHg以上の起立性低血圧」はMDS基準の必須除外項目に含まれている<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref>  ([http://plaza.umin.ac.jp/neuro2/pdffiles/CQ6-2table2.pdf MDS基準の和訳])。また、画像所見としては多系統萎縮症ではMRIにおいて橋の[[クロスサイン]]や[[被殻]]の[[slit sign]]など特徴的な所見が認められる。


=== レヴィー小体病 ===
=== レヴィー小体病 ===
 認知症、パーキンソニズムはPSPと共通である。 MDS基準ではレヴィー小体病を除外するために「起立性低血圧」、「[[幻視]]ないし[[覚醒度]]の変容」が必須除外基準に含まれている<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。またPSPの中でレヴィー小体病と最も鑑別が難しいのはパーキンソニズムを主徴とするPSP-Pであるが、病理診断例における後方視的検討によれば、「進行期の薬剤誘発性[[ジスキネジア]]」、「進行期の自律神経障害」、「全経過を通じた幻視」は陽性的中率99%でパーキンソン病を示唆したとされている<ref name=Williams2010><pubmed>20108379</pubmed></ref> 。
 認知症、パーキンソニズムはPSPと共通である。 MDS基準ではレヴィー小体病を除外するために「起立性低血圧」、「[[幻視]]ないし[[覚醒度]]の変容」が必須除外基準に含まれている<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。またPSPの中でレヴィー小体病と最も鑑別が難しいのはパーキンソニズムを主徴とするPSP-Pであるが、病理診断例における後方視的検討によれば、「進行期の薬剤誘発性[[ジスキネジア]]」、「進行期の自律神経障害」、「全経過を通じた幻視」は陽性的中率99%でパーキンソン病を示唆したとされている<ref name=Williams2010><pubmed>20108379</pubmed></ref> 。


 上記2疾患はαシヌクレオパチーであるが、「起立性低血圧の欠如」はPSPをαシヌクレオパチーから区別するための最も強い自律神経系所見であることが病理診断例において報告されている<ref name=vanGerpen2019><pubmed>31484717</pubmed></ref> 。
 上記2疾患はαシヌクレオパチーであるが、「起立性低血圧の欠如」はPSPをαシヌクレオパチーから区別するための最も強い自律神経系所見であることが病理診断例において報告されている<ref name=vanGerpen2019><pubmed>31484717</pubmed></ref> 。


=== 大脳皮質基底核変性症 ===
=== 大脳皮質基底核変性症 ===
 大脳皮質基底核変性症(corticobasal syndrome)はPSPとの鑑別が最も難しい疾患であり、現時点で診断基準の必須除外基準の中に大脳皮質基底核変性症を除外するための項目は設けられていない<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。病理診断された大脳皮質基底核変性症の中で、生前の臨床診断大脳皮質基底核変性症は37%に過ぎず、2番目に多い生前診断はPSP23%であるとされている<ref name=Armstrong2013><pubmed>23359374</pubmed></ref> 。一方大脳皮質基底核変性症の典型的な臨床像である大脳皮質基底核症候群の背景病理は大脳皮質基底核変性症は半数以下で、PSPも2割弱含まれる<ref name=Aiba2012><pubmed>22481519</pubmed></ref> 。大脳皮質基底核変性症では[[レヴィー小体型認知症]] Dementia with Lewy bodies(DLB)、PSP、アルツハイマー病などに比べてMRI上大脳萎縮の進行が速いという画像上の所見が知られている<ref name=Whitwell2007><pubmed>17347250</pubmed></ref> が、現時点でリチャードソン症候群の中で大脳皮質基底核変性症を除外することは極めて難しい。  
 大脳皮質基底核変性症(corticobasal syndrome)はPSPとの鑑別が最も難しい疾患であり、現時点で診断基準の必須除外基準の中に大脳皮質基底核変性症を除外するための項目は設けられていない<ref name=Höglinger2017><pubmed>28467028</pubmed></ref> 。病理診断された大脳皮質基底核変性症の中で、生前の臨床診断大脳皮質基底核変性症は37%に過ぎず、2番目に多い生前診断はPSP23%であるとされている<ref name=Armstrong2013><pubmed>23359374</pubmed></ref> 。一方大脳皮質基底核変性症の典型的な臨床像である大脳皮質基底核症候群の背景病理は大脳皮質基底核変性症は半数以下で、PSPも2割弱含まれる<ref name=Aiba2012><pubmed>22481519</pubmed></ref> 。大脳皮質基底核変性症では[[レヴィー小体型認知症]] Dementia with Lewy bodies(DLB)、PSP、アルツハイマー病などに比べてMRI上大脳萎縮の進行が速いという画像上の所見が知られている<ref name=Whitwell2007><pubmed>17347250</pubmed></ref> が、現時点でリチャードソン症候群の中で大脳皮質基底核変性症を除外することは極めて難しい。  


== 疫学 ==
== 疫学 ==
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 パーキンソニズムに対し、レボドパ合剤をはじめ、[[抗パーキンソン病薬]]を使用するが、パーキンソン病のような効果は得られない場合がほとんどである。[[抗うつ薬]]である[[塩酸アミトリプチリン]]、[[コハク酸タンドスピロン]]が奏功する場合もある。[[坑コリン薬]]である[[トリヘキシフェニジル]](アーテン®)は無動あるいは[[すくみ足]]に有効な場合が多いが、量が多いと突発的な行動が増えるので少量から開始し、症状の変化を確認しながら増量する。 わが国において医師主導治験が行われている(UMIN000036522)。一方、[[コリンエステラーゼ阻害薬]]である[[ドネペジル]]はランダム化比較試験 randomized controlled trial  (RCT)の結果、認知機能においては中等度の改善が見られたものの運動機能を悪化させたため、PSPでは使用を薦められないとされている<ref name=Litvan2001><pubmed>11502915</pubmed></ref> 。
 パーキンソニズムに対し、レボドパ合剤をはじめ、[[抗パーキンソン病薬]]を使用するが、パーキンソン病のような効果は得られない場合がほとんどである。[[抗うつ薬]]である[[塩酸アミトリプチリン]]、[[コハク酸タンドスピロン]]が奏功する場合もある。[[坑コリン薬]]である[[トリヘキシフェニジル]](アーテン®)は無動あるいは[[すくみ足]]に有効な場合が多いが、量が多いと突発的な行動が増えるので少量から開始し、症状の変化を確認しながら増量する。 わが国において医師主導治験が行われている(UMIN000036522)。一方、[[コリンエステラーゼ阻害薬]]である[[ドネペジル]]はランダム化比較試験 randomized controlled trial  (RCT)の結果、認知機能においては中等度の改善が見られたものの運動機能を悪化させたため、PSPでは使用を薦められないとされている<ref name=Litvan2001><pubmed>11502915</pubmed></ref> 。
=== 病態抑止療法 ===
=== 病態抑止療法 ===
 現在MAPT遺伝子発現調節([[アンチセンスオリゴ]]、[[スプライシング]]調整)、タウタンパク質翻訳後調節(タウのリン酸化、[[アセチル化]]、[[N-アセチルグルコサミン]](GlcNAc)修飾、[[ユビキチン]][[プロテアソーム]]システムと[[オートファジー]]による分解、微小管安定化)、およびタウの伝搬抑制(抗タウ抗体、[[ミクログリア]]によって媒介されるタウ増殖の阻害)が開発中である<ref name=Boxer2017><pubmed>28653647</pubmed></ref> 。この中で、わが国では2つのヒト化IgG4モノクローナル抗体であるABBV-8E12(AbbVie)およびBIIB092(Biogen)の試験が終了し、いずれも安全性が確認されたが有効性は示されなかった<ref name=Vaswani2020><pubmed>32520801</pubmed></ref> 。
 現在MAPT遺伝子発現調節([[アンチセンスオリゴ]]、[[スプライシング]]調整)、タウタンパク質翻訳後調節(タウのリン酸化、[[アセチル化]]、[[N-アセチルグルコサミン]](GlcNAc)修飾、[[ユビキチン]][[プロテアソーム]]システムと[[オートファジー]]による分解、微小管安定化)、およびタウの伝搬抑制(抗タウ抗体、[[ミクログリア]]によって媒介されるタウ増殖の阻害)が開発中である<ref name=Boxer2017><pubmed>28653647</pubmed></ref> 。この中で、わが国では3つのヒト化IgG4モノクローナル抗体であるABBV-8E12(AbbVie)およびBIIB092(Biogen)の試験が終了し、いずれも安全性が確認されたが有効性は示されなかった<ref name=Vaswani2020><pubmed>32520801</pubmed></ref> 。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />
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