「運動前野」の版間の差分

 
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<font size="+1">中山 義久、[http://researchmap.jp/hoshie 星 英司]</font><br>
<font size="+1">[https://researchmap.jp/y-nakayama 中山 義久]、[http://researchmap.jp/hoshie 星 英司]</font><br>
''東京都医学総合研究所 前頭葉機能プロジェクト''<br>
''東京都医学総合研究所 前頭葉機能プロジェクト''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月3日 原稿完成日:2015年11月25日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2015年6月3日 原稿完成日:2015年11月25日<br>
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英語名: premotor cortex
英語名: premotor cortex 独:prämotorischer Cortex 仏:cortex prémoteur


{{box|text=
{{box|text= 運動前野は前頭葉にある高次運動関連領野の一つである。ブロードマン(Brodmann)の脳地図の6野の外側面を占め、一次運動野の前方、前頭前野の後方に位置する。運動前野は脳幹や脊髄に直接投射をしており運動の実行に関与する。さらに、感覚情報に基づく運動、運動の企画、運動の準備、他者の運動内容の理解(ミラーニューロン)等において、主要な役割を果たす。}}
 運動前野は前頭葉にある高次運動関連領野の一つである。ブロードマン(Brodmann)の脳地図の6野の外側面を占め、一次運動野の前方、前頭前野の後方に位置する。運動前野は脳幹や脊髄に直接投射をしており運動の実行に関与する。さらに、感覚情報に基づく運動、運動の企画、運動の準備、他者の運動内容の理解(ミラーニューロン)等に関連して、主要な役割を果たす。
}}


==歴史==
==歴史==
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==運動前野背側部==
==運動前野背側部==
[[IMAGE:運動前野1.png|thumb|300px|'''図1.運動前野の位置'''<br>マカクザルの左半球の外側面を示す。運動前野は背側部(PMd)と腹側部(PMv)に分けられる。運動前野背側部(緑色)の前方には、前背側運動前野(pre-PMd;青色)がある。前背側運動前野はさらに、後方部(F4;赤色)と前方部(F5;黄色)に分けられる。]]
[[IMAGE:運動前野1.png|thumb|300px|'''図1.運動前野の位置'''<br>マカクザルの左半球の外側面を示す。運動前野は背側部(PMd)と腹側部(PMv)に分けられる。運動前野背側部(緑色)の前方には、前背側運動前野(pre-PMd;青色)がある。運動前野腹側部は、後方部(F4;赤色)と前方部(F5;黄色)に分けられる。]]


 [[運動前野背側部]](PMd)(図1、緑色の領域)の細胞の特徴として、運動の準備状態にあるときにその活動を上昇させることが挙げられる。
 [[運動前野背側部]](PMd)(図1、緑色の領域)の細胞の特徴として、運動の準備状態にあるときにその活動を上昇させることが挙げられる。
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 Wiseらは、到達するターゲットを提示し、遅延期間後のGOシグナルとともに運動を実行する課題を開発した<ref name=ref7><pubmed>7119878</pubmed></ref>。この課題を行っている最中にサルの運動前野背側部から細胞活動を記録したところ、運動実行の際に上昇する活動(運動関連活動)に加えて、運動を指示されてからGOシグナルが提示される間に持続的に上昇する活動(準備関連活動)を多数見出した。この持続的な活動は行われる運動の内容(運動方向)を反映していたので、運動の準備状態の形成に関与すると考えられた。
 Wiseらは、到達するターゲットを提示し、遅延期間後のGOシグナルとともに運動を実行する課題を開発した<ref name=ref7><pubmed>7119878</pubmed></ref>。この課題を行っている最中にサルの運動前野背側部から細胞活動を記録したところ、運動実行の際に上昇する活動(運動関連活動)に加えて、運動を指示されてからGOシグナルが提示される間に持続的に上昇する活動(準備関連活動)を多数見出した。この持続的な活動は行われる運動の内容(運動方向)を反映していたので、運動の準備状態の形成に関与すると考えられた。


 さらに、運動前野背側部は、「[[条件付き視覚運動連合]]」(視覚情報に任意に連合された動作を遂行する行動)において中心的な役割を果たす。例えば、指示刺激が黄色なら左方向の運動が要求され、青色なら右方向の運動が要求されるといった場合がこれに該当する。この行動において、運動前野背側部細胞は、指示刺激そのもの(色や形など)は反映しないが、指示された動作内容をすみやかに表現し始める<ref name=ref8><pubmed>3345810</pubmed></ref>。さらに、この行動が運動前野背側部の損傷で傷害され<ref name=ref9><pubmed>4091963</pubmed></ref>、ヒトの脳機能画像研究はこの行動課題の遂行中に運動前野背側部の活動を同定している<ref name=ref10><pubmed>11715080</pubmed></ref>。
 さらに、運動前野背側部は、「[[条件つき視覚運動連合]]」(視覚情報に任意に連合された動作を遂行する行動)において中心的な役割を果たす。例えば、指示刺激が黄色なら左方向の運動が要求され、青色なら右方向の運動が要求されるといった場合がこれに該当する。この行動において、運動前野背側部細胞は、指示刺激そのもの(色や形など)は反映しないが、指示された動作内容をすみやかに表現し始める<ref name=ref8><pubmed>3345810</pubmed></ref>。さらに、この行動が運動前野背側部の損傷で傷害され<ref name=ref9><pubmed>4091963</pubmed></ref>、ヒトの脳機能画像研究はこの行動課題の遂行中に運動前野背側部の活動を同定している<ref name=ref10><pubmed>11715080</pubmed></ref>。


 これに留まらずに、複数の候補の中から一つの動作を選択する過程へ関与すること<ref name=ref11><pubmed>12574469</pubmed></ref>、使用する手と到達するターゲットの情報を統合すること<ref name=ref12><pubmed>11100727</pubmed></ref>、さらに、行動のゴールを運動情報へ変換する過程に関与することが<ref name=ref13><pubmed>18842888</pubmed></ref>、運動前野背側部に見出されている。こうした一連の結果は、運動前野背側部が動作の選択や企画といった動作発現の中心となる過程に深く関与することを示す。
 これに留まらずに、複数の候補の中から一つの動作を選択する過程へ関与すること<ref name=ref11><pubmed>12574469</pubmed></ref>、使用する手と到達するターゲットの情報を統合すること<ref name=ref12><pubmed>11100727</pubmed></ref>、さらに、行動のゴールを運動情報へ変換する過程に関与することが<ref name=ref13><pubmed>18842888</pubmed></ref>、運動前野背側部に見出されている。こうした一連の結果は、運動前野背側部が動作の選択や企画といった動作発現の中心となる過程に深く関与することを示す。