「運動前野」の版間の差分

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==運動前野背側部==
==運動前野背側部==
[[IMAGE:運動前野1.png|thumb|300px|'''図1.運動前野の位置'''<br>マカクザルの左半球の外側面を示す。運動前野はPMd(背側部)とPMv(腹側部)に分けられる。PMd(緑色)の前方には、pre-PMd(前背側運動前野;青色)がある。PMvはさらに、後方部(F4;赤色)と前方部(F5;黄色)に分けられる。]]
[[IMAGE:運動前野1.png|thumb|300px|'''図1.運動前野の位置'''<br>マカクザルの左半球の外側面を示す。運動前野は背側部(PMd)と腹側部(PMv)に分けられる。運動前野背側部(緑色)の前方には、前背側運動前野(pre-PMd;青色)がある。前背側運動前野はさらに、後方部(F4;赤色)と前方部(F5;黄色)に分けられる。]]


 [[運動前野背側部]](PMd)(図1、緑色の領域)の細胞の特徴として、運動の準備状態にあるときにその活動を上昇させることが挙げられる。
 [[運動前野背側部]](PMd)(図1、緑色の領域)の細胞の特徴として、運動の準備状態にあるときにその活動を上昇させることが挙げられる。


 Wiseらは、到達するターゲットを提示し、遅延期間後のGOシグナルとともに運動を実行する課題を開発した<ref name=ref7><pubmed>7119878</pubmed></ref>。この課題を行っている最中にサルのPMdから細胞活動を記録したところ、運動実行の際に上昇する活動(運動関連活動)に加えて、運動を指示されてからGOシグナルが提示される間に持続的に上昇する活動(準備関連活動)を多数見出した。この持続的な活動は行われる運動の内容(運動方向)を反映していたので、運動の準備状態の形成に関与すると考えられた。
 Wiseらは、到達するターゲットを提示し、遅延期間後のGOシグナルとともに運動を実行する課題を開発した<ref name=ref7><pubmed>7119878</pubmed></ref>。この課題を行っている最中にサルの運動前野背側部から細胞活動を記録したところ、運動実行の際に上昇する活動(運動関連活動)に加えて、運動を指示されてからGOシグナルが提示される間に持続的に上昇する活動(準備関連活動)を多数見出した。この持続的な活動は行われる運動の内容(運動方向)を反映していたので、運動の準備状態の形成に関与すると考えられた。


 さらに、運動前野背側部は、「[[条件付き視覚運動連合]]」(視覚情報に任意に連合された動作を遂行する行動)において中心的な役割を果たす。例えば、指示刺激が黄色なら左方向の運動が要求され、青色なら右方向の運動が要求されるといった場合がこれに該当する。この行動において、運動前野背側部細胞は、指示刺激そのもの(色や形など)は反映しないが、指示された動作内容をすみやかに表現し始める<ref name=ref8><pubmed>3345810</pubmed></ref>。さらに、この行動が運動前野背側部の損傷で傷害され<ref name=ref9><pubmed>4091963</pubmed></ref>、ヒトの脳機能画像研究はこの行動課題の遂行中にPMdの活動を同定している<ref name=ref10><pubmed>11715080</pubmed></ref>。
 さらに、運動前野背側部は、「[[条件付き視覚運動連合]]」(視覚情報に任意に連合された動作を遂行する行動)において中心的な役割を果たす。例えば、指示刺激が黄色なら左方向の運動が要求され、青色なら右方向の運動が要求されるといった場合がこれに該当する。この行動において、運動前野背側部細胞は、指示刺激そのもの(色や形など)は反映しないが、指示された動作内容をすみやかに表現し始める<ref name=ref8><pubmed>3345810</pubmed></ref>。さらに、この行動が運動前野背側部の損傷で傷害され<ref name=ref9><pubmed>4091963</pubmed></ref>、ヒトの脳機能画像研究はこの行動課題の遂行中に運動前野背側部の活動を同定している<ref name=ref10><pubmed>11715080</pubmed></ref>。


 これに留まらずに、複数の候補の中から一つの動作を選択する過程へ関与すること<ref name=ref11><pubmed>12574469</pubmed></ref>、使用する手と到達するターゲットの情報を統合すること<ref name=ref12><pubmed>11100727</pubmed></ref>、さらに、行動のゴールを運動情報へ変換する過程に関与することが<ref name=ref13><pubmed>18842888</pubmed></ref>、PMdに見出されている。こうした一連の結果は、運動前野背側部が動作の選択や企画といった動作発現の中心となる過程に深く関与することを示す。
 これに留まらずに、複数の候補の中から一つの動作を選択する過程へ関与すること<ref name=ref11><pubmed>12574469</pubmed></ref>、使用する手と到達するターゲットの情報を統合すること<ref name=ref12><pubmed>11100727</pubmed></ref>、さらに、行動のゴールを運動情報へ変換する過程に関与することが<ref name=ref13><pubmed>18842888</pubmed></ref>、運動前野背側部に見出されている。こうした一連の結果は、運動前野背側部が動作の選択や企画といった動作発現の中心となる過程に深く関与することを示す。


 解剖学的研究およびヒトを対象にしたイメージング研究は運動前野背側部の前方に別の[[高次運動野]] ([[前背側運動前野]]、前背側運動前野、図1の青色の領域) があることを示した<ref name=ref14><pubmed>11741015</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>1757597</pubmed></ref>。PMdは一次運動野や[[脊髄]]へ投射するが、[[前頭前野]]との連絡は限定的である。これに対し、前背側運動前野は前頭前野との連絡が強く、一次運動野や脊髄への投射はない<ref name=ref16><pubmed>12581174</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>7680069</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>7515081</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>22882424</pubmed></ref>。前背側運動前野は、次に行うべき運動の選択<ref name=ref20><pubmed>2043959</pubmed></ref>に加えて、[[眼球運動]]と手の運動の統合<ref name=ref21><pubmed>3371430</pubmed></ref>や、刺激属性への注意(空間的位置や形状など)<ref name=ref22><pubmed>10382618</pubmed></ref>に関与する。また、ヒトを対象としたイメージング研究では、前背側運動前野は注意や意志決定などの認知的なプロセスに関与することが示されている<ref name=ref23><pubmed>19061921</pubmed></ref>。
 解剖学的研究およびヒトを対象にしたイメージング研究は運動前野背側部の前方に別の[[高次運動野]] ([[前背側運動前野]]、前背側運動前野、図1の青色の領域) があることを示した<ref name=ref14><pubmed>11741015</pubmed></ref> <ref name=ref15><pubmed>1757597</pubmed></ref>。運動前野背側部は一次運動野や[[脊髄]]へ投射するが、[[前頭前野]]との連絡は限定的である。これに対し、前背側運動前野は前頭前野との連絡が強く、一次運動野や脊髄への投射はない<ref name=ref16><pubmed>12581174</pubmed></ref> <ref name=ref17><pubmed>7680069</pubmed></ref> <ref name=ref18><pubmed>7515081</pubmed></ref> <ref name=ref19><pubmed>22882424</pubmed></ref>。前背側運動前野は、次に行うべき運動の選択<ref name=ref20><pubmed>2043959</pubmed></ref>に加えて、[[眼球運動]]と手の運動の統合<ref name=ref21><pubmed>3371430</pubmed></ref>や、刺激属性への注意(空間的位置や形状など)<ref name=ref22><pubmed>10382618</pubmed></ref>に関与する。また、ヒトを対象としたイメージング研究では、前背側運動前野は注意や意志決定などの認知的なプロセスに関与することが示されている<ref name=ref23><pubmed>19061921</pubmed></ref>。


 細胞構築学的な視点からは、運動前野背側部はV層の巨大[[錐体細胞]]([[ベッツ細胞]])の密度が一次運動野よりも低く、中程度の大きさの錐体細胞が占める<ref name=ref7 /><ref name=kurata1986><pubmed> 3950703</pubmed></ref><ref name=Matelli1985><pubmed>3006721</pubmed></ref>。また、前背側運動前野は運動前野背側部よりもはっきりした層構造が認められ、V層にはベッツ細胞は認められず、小型の錐体細胞が密集しているのが特徴である<ref name=ref5 /><ref name=ref15 />。
 細胞構築学的な視点からは、運動前野背側部はV層の巨大[[錐体細胞]]([[ベッツ細胞]])の密度が一次運動野よりも低く、中程度の大きさの錐体細胞が占める<ref name=ref7 /><ref name=kurata1986><pubmed> 3950703</pubmed></ref><ref name=Matelli1985><pubmed>3006721</pubmed></ref>。また、前背側運動前野は運動前野背側部よりもはっきりした層構造が認められ、V層にはベッツ細胞は認められず、小型の錐体細胞が密集しているのが特徴である<ref name=ref5 /><ref name=ref15 />。