「錐体細胞」の版間の差分

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<div align="right"> 
<font size="+1">牛丸 弥香</font><br>
''生理学研究所 大脳神経回路論研究部門''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0096762 苅部 冬紀]</font><br>
''同志社大学 高等研究教育機構''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/yasuokawaguchi 川口 泰雄]</font><br>
''生理学研究所 大脳神経回路論研究部門''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年7月2日 原稿完成日:2012年8月27日 一部改訂:2021年6月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
</div>
英語名:pyramidal cell, 独:Pyramidenzelle, 仏:cellule pyramidale  
英語名:pyramidal cell, 独:Pyramidenzelle, 仏:cellule pyramidale  


 錐体細胞とは、主に[[大脳皮質]]に存在する投射性の興奮性神経細胞である。[[樹状突起]]は[[棘突起]]を豊富に持つ。大脳皮質の領野内・領野間及び、皮質から皮質下への情報伝達に重要な役割を果たしている。形態的・生理学的な特徴からサブタイプに分けられ、それぞれが機能的にも異なる役割を果たしていると考えられている。[[網膜]]の[[視細胞]]である[[視細胞#.E9.8C.90.E4.BD.93.E7.B4.B0.E8.83.9E|錐体細胞]](cone cell)についてはここでは記載しない。
{{box|text=
 錐体細胞とは、主に大脳皮質に存在する投射型興奮性神経細胞である。細胞体は錐形で、脳表面に向かう尖端樹状突起と細胞体近辺に伸びる基底樹状突起に棘突起が豊富に分布している。軸索の投射様式が異なるサブタイプから成り、大脳皮質の領野内・領野間及び、皮質から皮質下への情報伝達に重要な役割を果たしている。サブタイプ間で形態的・生理的・遺伝子的特徴やシナプス結合にも違いが見られ、これらは機能的に異なる役割を持つ。
}}


== 定義  ==
== 定義  ==


 錐体細胞は主に[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の[[中枢神経系]]に存在し、[[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]においては大脳皮質や[[海馬]]などに分布する興奮性の神経細胞である。[[細胞体]]が錐形をしていることに由来し、[[錐体路]](pyramidal tract)とは名称の由来が異なる。細胞体は直径20-70 μm程であり、[[神経伝達物質]]として[[グルタミン酸]]を使う。[[軸索]]は遠距離に投射する。スペインの神経解剖学者[[wikipedia:ja:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|Santiago Ramón y Cajal]]らによる一連の研究により、詳細な形態が明らかにされた。  
 錐体細胞は主に[[wj:脊椎動物|脊椎動物]]の[[中枢神経系]]に存在し、[[wj:哺乳類|哺乳類]]においては大脳皮質や[[海馬]]などに分布する興奮性の神経細胞である。[[細胞体]]が錐形をしていることに由来し、[[錐体路]](pyramidal tract)とは名称の由来が異なる。細胞体は直径20-70 μm程であり、[[神経伝達物質]]として[[グルタミン酸]]を使う。[[軸索]]は遠距離に投射する。スペインの神経解剖学者[[wj:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール|Santiago Ramón y Cajal]]らによる一連の研究により、詳細な形態が明らかにされた。  
 
 対義語として、[[非錐体細胞]]と呼ばれる神経細胞があり、細胞体は楕円ないし円形で[[尖端樹状突起]]と[[基底樹状突起]]の区別がない。ほとんどの非錐体細胞は皮質下には投射しない。非錐体細胞は、典型的には[[GABA]]作動性の抑制性[[介在細胞]]を指すことが多いが、後述する[[有棘星状細胞]] (spiny stellate cell)などの興奮性細胞もこう呼ばれることがある。


 対義語として、[[非錐体細胞]]と呼ばれる神経細胞があり、細胞体は楕円ないし円形で[[尖端樹状突起]][[基底樹状突起]]の区別がない。ほとんどの非錐体細胞は皮質下には投射しない。非錐体細胞は、典型的には[[GABA]]作動性の抑制性[[介在細胞]]を指すことが多いが、後述する[[有棘星状細胞]] (spiny stellate cell)などの興奮性細胞もこう呼ばれることがある。
 [[網膜]][[視細胞]]である[[視細胞#.E9.8C.90.E4.BD.93.E7.B4.B0.E8.83.9E|錐体細胞]](cone cell)についてはここでは記載しない。 


== 解剖学的な特徴   ==
== 解剖学的な特徴   ==
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 また、5層深部と6層には[[modified pyramidal cell]]と呼ばれる非典型的な形態の錐体細胞が比較的多く観察され、その尖端樹状突起が伸びる方向は細胞によって様々である。しかし、[[棘突起]]の存在や興奮性のシナプス結合など、多くの特徴を錐体細胞と共有している<ref name="ref7"><pubmed>19052106</pubmed></ref>。
 また、5層深部と6層には[[modified pyramidal cell]]と呼ばれる非典型的な形態の錐体細胞が比較的多く観察され、その尖端樹状突起が伸びる方向は細胞によって様々である。しかし、[[棘突起]]の存在や興奮性のシナプス結合など、多くの特徴を錐体細胞と共有している<ref name="ref7"><pubmed>19052106</pubmed></ref>。


'''表'''  
'''表'''  
{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1" style="width: 504px; height: 157px;"
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 1層には錐体投射細胞は存在しないので省略したが、錐体細胞の尖端樹状突起が密に分岐しており、シナプス結合そのものは豊富である。<br> 層間結合・投射先共に、皮質領野によって違いがみられる。<br> * 結合の同定には様々な手法があり、相互に矛盾しない結果が必ずしも得られているわけではないので、詳細については引用文献などを参照されたい<ref name=ref28><pubmed>19632814</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>19186171</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>21245906</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>16624959</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>22171028</pubmed></ref>。錐体細胞のタイプによって、入出力関係に差があることも報告されている<ref name=ref30><pubmed>21245906</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>16624959</pubmed></ref>。層内の相互結合は全層で見られるので、表では省略した。<br> ** ここで言う皮質投射は同側領野間および半球間投射。<br> *** 4層は感覚野で発達しており、4層ニューロンの多くは同一または近傍の領野にしか投射しない。
 1層には錐体投射細胞は存在しないので省略したが、錐体細胞の尖端樹状突起が密に分岐しており、シナプス結合そのものは豊富である。<br> 層間結合・投射先共に、皮質領野によって違いがみられる。<br> * 結合の同定には様々な手法があり、相互に矛盾しない結果が必ずしも得られているわけではないので、詳細については引用文献などを参照されたい<ref name=ref28><pubmed>19632814</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>19186171</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>21245906</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>16624959</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed>22171028</pubmed></ref>。錐体細胞のタイプによって、入出力関係に差があることも報告されている<ref name=ref30><pubmed>21245906</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>16624959</pubmed></ref>。層内の相互結合は全層で見られるので、表では省略した。<br> ** ここで言う皮質投射は同側領野間および半球間投射。<br> *** 4層は感覚野で発達しており、4層ニューロンの多くは同一または近傍の領野にしか投射しない。


== 皮質錐体細胞間の結合 ==
== 皮質錐体細胞間の結合 ==
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 錐体細胞間の興奮性結合は、[[機能性カラム]]内や単一の領野内での局所的な結合(local/ intrinsic connection)と、機能性カラム間・領野間・大脳半球間などの長距離の結合(long range/ extrinsic/ inter-areal connection)とに分けることができる。
 錐体細胞間の興奮性結合は、[[機能性カラム]]内や単一の領野内での局所的な結合(local/ intrinsic connection)と、機能性カラム間・領野間・大脳半球間などの長距離の結合(long range/ extrinsic/ inter-areal connection)とに分けることができる。


 局所的結合については、層間の結合様式<ref name=ref28 /> <ref name=ref30 /> <ref name=ref29 />(表)に加え、細胞レベルでの詳細な結合パターンが明らかにされてきている。同じ投射先を持つ錐体細胞同士や、感覚入力に対する応答性を共有する錐体細胞同士では局所結合の確率が高い<ref><pubmed>21478872</pubmed></ref> <ref name=ref31 /> <ref name=ref32 /> <ref><pubmed>15729343</pubmed></ref>。[[視覚野]]では、同じ刺激反応特性を示す互いに離れた(0.5-数mm)機能性カラム同士が、錐体細胞の軸索によって相互に結合している<ref><pubmed>9045738</pubmed></ref> <ref><pubmed>2746337</pubmed></ref> <ref><pubmed>9373017</pubmed></ref>。
 局所的結合については、層間の結合様式<ref name=ref28 /> <ref name=ref29 /> <ref name=ref30 /> (表)に加え、細胞レベルでの詳細な結合パターンが明らかにされてきている。同じ投射先を持つ錐体細胞同士や、感覚入力に対する応答性を共有する錐体細胞同士では局所結合の確率が高い<ref name=ref31 /> <ref name=ref32 /> <ref><pubmed>21478872</pubmed></ref> <ref><pubmed>15729343</pubmed></ref>。[[視覚野]]では、同じ刺激反応特性を示す互いに離れた(0.5-数mm)機能性カラム同士が、錐体細胞の軸索によって相互に結合している<ref><pubmed>9045738</pubmed></ref> <ref><pubmed>2746337</pubmed></ref> <ref><pubmed>9373017</pubmed></ref>。


 皮質領野には機能的な階層性があり、[[感覚野]]を例に取ると、[[感覚]]刺激に対する応答が最初に現れる一次領野から高次領野に情報が運ばれていくに従い、刺激応答性が特異化すると考えられている<ref><pubmed>3793980</pubmed></ref> <ref>'''Van Essen DC, Maunsell JHR'''<br>Hierarchical organization and functional streams in the visual cortex.<br>''Trends in Neurosci'' :370-375. (1983) </ref>。機能的階層性の観点から、領野間の結合様式は、低次から高次の階層へのfeedforward(FF)connection、高次から低次の階層へのfeedback(FB) connection、似たような階層間のlateral connectionに分けることができる<ref name=ref120><pubmed>6655500</pubmed></ref>。
 皮質領野には機能的な階層性があり、[[感覚野]]を例に取ると、[[感覚]]刺激に対する応答が最初に現れる一次領野から高次領野に情報が運ばれていくに従い、刺激応答性が特異化すると考えられている<ref><pubmed>3793980</pubmed></ref> <ref>'''Van Essen DC, Maunsell JHR'''<br>Hierarchical organization and functional streams in the visual cortex.<br>''Trends in Neurosci'' :370-375. (1983) </ref>。機能的階層性の観点から、領野間の結合様式は、低次から高次の階層へのfeedforward(FF)connection、高次から低次の階層へのfeedback(FB) connection、似たような階層間のlateral connectionに分けることができる<ref name=ref120><pubmed>6655500</pubmed></ref>。
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 大脳皮質の錐体細胞は、脳[[スライス標本]](in vitro)やin vivo条件の電気生理記録から得られた発火パターンから、いくつかのサブタイプに分けられてきた<ref name="ref8"><pubmed>6296328</pubmed></ref> <ref name="ref9"><pubmed>2999347</pubmed></ref> <ref name="ref10"><pubmed>1729440</pubmed></ref> (図3)。  
 大脳皮質の錐体細胞は、脳[[スライス標本]](in vitro)やin vivo条件の電気生理記録から得られた発火パターンから、いくつかのサブタイプに分けられてきた<ref name="ref8"><pubmed>6296328</pubmed></ref> <ref name="ref9"><pubmed>2999347</pubmed></ref> <ref name="ref10"><pubmed>1729440</pubmed></ref> (図3)。  


 最も多く見られるのは、脱分極パルスに対して等間隔で規則的に発火するregular spiking(RS) 細胞であり、[[wikipedia:Vernon Benjamin Mountcastle|Mountcastle]]によって名づけられた<ref name="ref11"><pubmed>4977839</pubmed></ref>。RS細胞は、閾値以上の電流注入に対して持続的な反復発火で応答し、その注入電流と発火頻度は線形に相関していることから<ref name="ref12"><pubmed>6087761</pubmed></ref> <ref name="ref13"><pubmed>6481432</pubmed></ref>、細胞への入力の時間情報などを運ぶのに適すると考えられる。持続通電中に発火頻度が徐々に落ちる適応(accommodation)の程度によってさらにサブグループに分けられることもある<ref name="ref10"><pubmed>1729440</pubmed></ref> <ref name="ref14"><pubmed>12626627</pubmed></ref> <ref name="ref15"><pubmed>8395586</pubmed></ref>。  
 最も多く見られるのは、脱分極パルスに対して等間隔で規則的に発火するregular spiking(RS) 細胞であり、[[w:Vernon Benjamin Mountcastle|Mountcastle]]によって名づけられた<ref name="ref11"><pubmed>4977839</pubmed></ref>。RS細胞は、閾値以上の電流注入に対して持続的な反復発火で応答し、その注入電流と発火頻度は線形に相関していることから<ref name="ref12"><pubmed>6087761</pubmed></ref> <ref name="ref13"><pubmed>6481432</pubmed></ref>、細胞への入力の時間情報などを運ぶのに適すると考えられる。持続通電中に発火頻度が徐々に落ちる適応(accommodation)の程度によってさらにサブグループに分けられることもある<ref name="ref10"><pubmed>1729440</pubmed></ref> <ref name="ref14"><pubmed>12626627</pubmed></ref> <ref name="ref15"><pubmed>8395586</pubmed></ref>。  


 Intrinsically Bursting(IB)細胞は、[[脱分極]]パルスに対して高頻度で連続発火し<ref name="ref8"><pubmed>6296328</pubmed></ref>、特に[[閾値]]より少し上の電流注入に対しては顕著な脱分極に乗った3-5発のバースト発火(約200Hz)を示すのが特徴である。  
 Intrinsically Bursting(IB)細胞は、[[脱分極]]パルスに対して高頻度で連続発火し<ref name="ref8"><pubmed>6296328</pubmed></ref>、特に[[閾値]]より少し上の電流注入に対しては顕著な脱分極に乗った3-5発のバースト発火(約200Hz)を示すのが特徴である。  
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== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
 
(執筆者:牛丸弥香、苅部冬紀、川口泰雄 担当編集委員:河西春郎)