「鏡像認知」の版間の差分

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鏡像認知とは、個体が鏡に映った像を自己のものだと認識することである。もとはチンパンジーを対象にした研究から始まり、ヒトの乳幼児を対象にした研究に広がった。現在では様々な種を対象にした研究がなされており、鏡像認知のテストであるマークテストやルージュテストは、自己認識のリトマス紙的な指標として用いられている。
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/moriguchiy 森口 佑介]</font><br>
''上越教育大学 学校教育研究科 (研究院)''<br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0095222 板倉 昭二]</font><br>
''京都大学 大学院文学研究科 行動文化学専攻''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年8月1日 原稿完成日:2013年9月4日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/atsushiiriki 入來 篤史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>


英語名:mirror self-recognition 独:Selbsterkenntnis im Spiegel 仏:reconnaissance de soi dans un miroir


{{box|text= 鏡像認知とは、鏡に映った像を自己像だと認識することである。[[wj:霊長類|霊長類]]や[[wj:ヒト|ヒト]]の幼児を対象に研究が始まり、現在は様々な種を対象にした研究がなされている。近年は神経基盤を探る試みもなされており、成人の[[fMRI]]研究から鏡像認知と関連する[[自己顔認識]]の際には[[前頭葉]]の一部や[[頭頂葉]]などが賦活することが示されている。
}}
==鏡像認知とは==
 鏡像認知とは、個体が鏡に映った像を自己のものだと認識することである。20世紀前半からエピソード的な記述はあったが、20世紀後半に[[wj:ヒト|ヒト]]の乳幼児や[[wj:チンパンジー|チンパンジー]]を対象にした実験的な研究が始まり、現在ではその方法が定着している。様々な種を対象にした研究がなされており、鏡像認知のテストである[[wj:マークテスト|マークテスト]]や[[wj:ルージュテスト|ルージュテスト]]は、[[自己認識]]の[[wj:リトマス紙|リトマス紙]]的な指標として用いられている。但し、鏡像認知が自己意識の指標であるのか、低次な自己身体の認識の指標であるのかについては議論がある<ref name=ref1><pubmed>23410584</pubmed></ref>。


== チンパンジーを対象にした鏡像認知 ==
== チンパンジーを対象にした鏡像認知 ==


 Gallupは,チンパンジーの自己認識を調べるため、鏡を見たことのないチンパンジーに鏡を見せて,その様子を観察した<ref><pubmed> 4982211 </pubmed></ref>。鏡を見せた当初は,鏡に映った像に対して威嚇するような行動をとるなど,その像が自分であるとは認識している様子はなく,むしろ他者がいるかのように振る舞っていた。ところが,数日もたつとこのような行動はなくなり,むしろ,鏡を使って歯の隙間に挟まった食べ物をとるなど,自分の体を整えるような行動が見られるようになった。Gallupは、より実験的に自己認識を調べるため、マークテストを実施した。この実験では、チンパンジーが麻酔をされている間に,眉や耳のあたりに赤い染料をつけられた。そして,麻酔から醒めた後に,チンパンジーがどのような行動をとるかが検討された。その結果,鏡を見せる前には,チンパンジーは赤い染料部分がつけられた部分をほとんど触れないのに対して,鏡を見せた後には頻繁にその部分を頻繁に触れることが観察された。鏡を使って自分自身に対して行動が向けられたことから,チンパンジーは鏡に映った像を自分であると理解できると結論づけられた。
 [[w:Gordon G. Gallup|Gallup]]は,チンパンジーの[[自己認識]]を調べるため、[[wj:鏡|鏡]]を見たことのないチンパンジーに鏡を見せて,その様子を観察した<ref>'''Gordon G. Gallup, Jr.'''<br>Chimpanzees:self-recognition<br>''Science'':1970, 167, 86-87</ref>。鏡を見せた当初は,鏡に映った像に対して威嚇するような行動をとるなど,その像が自分であるとは認識している様子はなく,むしろ他者がいるかのように振る舞っていた。ところが,数日もたつとこのような行動はなくなり,むしろ,鏡を使って歯の隙間に挟まった食べ物をとるなど,自分の体を整えるような行動が見られるようになった。Gallupは、より実験的に自己認識を調べるため、マーク[[テスト]]を実施した。この実験では、チンパンジーが麻酔をされている間に,眉や耳のあたりに赤い染料をつけられた。そして,麻酔から醒めた後に,チンパンジーがどのような行動をとるかが検討された。その結果,鏡を見せる前には,チンパンジーは赤い染料部分がつけられた部分をほとんど触れないのに対して,鏡を見せた後にはその部分を頻繁に触れることが観察された。鏡を使って自分自身に対して行動が向けられたことから,チンパンジーは鏡に映った像を自分であると理解できると結論づけられた。
 
 このマークテストは,自己認識の発達のリトマス紙的存在として様々な種の動物に用いられており,霊長類以外ではイルカやアジアゾウなどは自己像について感受性があるという結果が示されている<ref><pubmed>11331768</pubmed></ref><ref><pubmed>17075063</pubmed></ref>。サルについては,訓練をすることによって同様の結果が見られることも示されている<ref>'''Shoji Itakura'''<br>Use of a mirror to direct their responses in Japanese monkeys (Macaca fuscata fuscata)<br>''Primates'':1987, 28, 3, 343-352</ref>


 このマークテストは,自己認識の発達のリトマス紙的存在として様々な種の動物に用いられており,[[wj:霊長類|霊長類]]以外では[[wj:イルカ|イルカ]]や[[wj:アジアゾウ|アジアゾウ]]などは自己像について感受性があるという結果が示されている<ref><pubmed>11331768</pubmed></ref><ref><pubmed>17075063</pubmed></ref>。サルについては,訓練をすることによって同様の結果が見られることも示されている<ref>'''Shoji Itakura'''<br>Use of a mirror to direct their responses in Japanese monkeys (''Macaca fuscata fuscata'')<br>''Primates'':1987, 28,  3, 343-352</ref>。哺乳類以外ではカササギもマークテストに通過することが報告されている<ref><pubmed>18715117</pubmed></ref>が、霊長類以外では結果が追試されないことも多く、結果の解釈は慎重になされるべきである。


== ヒト幼児を対象にした鏡像認知 ==
== ヒト幼児を対象にした鏡像認知 ==
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 さらに,この時期の子どもは,恥ずかしがったりするなど,自己と関連するような感情を示すようになり<ref>'''Mark Lewis'''<br>elf-Conscious Emotions<br>''American Scientist'':1995, 83, 1, 68-78</ref>,自分の名前を呼ぶようになったりもする。
 さらに,この時期の子どもは,恥ずかしがったりするなど,自己と関連するような感情を示すようになり<ref>'''Mark Lewis'''<br>elf-Conscious Emotions<br>''American Scientist'':1995, 83, 1, 68-78</ref>,自分の名前を呼ぶようになったりもする。


== 脳内基盤 ==


 最近は、自己に関する神経科学的研究も盛んで、[[自己意識]]、[[自己顔]]、[[自己評価]]などに関する脳内基盤が検討されている。鏡像認識に関連する自己顔の研究では、成人の参加者が自己顔を観察すると、自己以外の見慣れた顔を観察した時と比べて、右側の[[運動前野]]や[[下前頭回]]などの前頭領域<ref><pubmed>15019708</pubmed></ref>や、右の[[下頭頂葉]]<ref><pubmed>15588605</pubmed></ref><ref><pubmed>15808992</pubmed></ref>などの自己に関する情報を処理する領域を賦活させることが示されている。但し、用いられる課題や刺激の種類などによって活動する領域は大幅に異なる<ref name=ref1 />。


== 脳内基盤 ==
 ヒト乳幼児を対象にした研究は少ないが、近年[[構造MRI]]を用いた検討もなされている。Lewis らは、1-2歳児を対象に、自己認識の発達と、脳内の変化の関連を調べた<ref><pubmed>18793066</pubmed></ref>。行動実験として、鏡像認知と、ふり遊びの2つの尺度が用いられた。これらをまとめて、自己認識発達の行動指標として、どの脳領域と関連があるかが調べられた。その結果、左の[[側頭・頭頂接合部]]と行動指標の間にのみ有意な相関がみられた。この結果は成人の脳機能イメージング研究と必ずしも一致しないが、乳幼児を対象にした知見が少ないことから、今後も知見を蓄積していくことで、鏡像認識の発達とその脳内機構の関連は評価されるべきである。
 
 最近は、自己に関する神経科学的研究も盛んで、自己意識、自己顔、自己評価などに関する脳内基盤が検討されている。それらによると、自己顔や自己の身体部位を観察すると、右の腹側運動前野や頭頂葉(TPJを含む)が活動する。


 ヒト乳幼児を対象にした研究は少ないが、近年構造MRIを用いた見当もなされている。Lewis and Carmody (2008)は、1-2歳児を対象に、自己認識の発達と、脳内の変化の関連を調べた。行動実験として、鏡像認知と、2つの尺度が用いられた。1つは、自由遊びの中の、ふり遊びの頻度。もう1つは、子どもが"me", "my", "mine"などの自己に関する発話をするかを、母親に尋ねたものである。これらをまとめて、自己発達の行動指標として、どの脳領域のと関連があるかが調べられた。その結果、左の側頭・頭頂連結部と行動指標の間にのみ有意な相関がみられた。<br>
==関連項目==
*[[自己]]
*[[自己意識]]


== 参考文献 ==
<references/>
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