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[[image:長期抑圧2.png|thumb|350px|'''図2.NMDA受容体依存型の海馬長期抑圧の分子機構''']]
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 [[海馬]]における長期抑圧は小脳と同様に代謝型グルタミン酸受容体の依存するものと[[NMDA型グルタミン酸受容体]](NMDA受容体)に依存するものが存在する。どちらの場合も、AMPA受容体がアンカータンパク質から解離した後、側方拡散によってendocytic zoneに運ばれエンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれるという2つのステップを経てシナプス後部におけるAMPA受容体の数が減少することがその分子 実体である点では小脳と共通である。しかし、その分子メカニズムについては共通な点とそうでない点がある。代謝型グルタミン酸受容体依存型の海馬長期抑圧は、小脳長期抑圧とより共通点が多い。一方NMDA受容体依存型の長期抑圧はAMPA受容体がアンカータンパク質からの解離メカニズムは、小脳の場合と異なっている可能性がある。小脳長期抑圧に必須であったGluA2サブユニットのser880のリン酸化やPICK1との結合、さらにはPKCの活性化がNMDA依存型の長期抑圧には必要でないことが報告されている<ref name=Collingridge2010><pubmed>20559335</pubmed></ref>。アンカータンパク質からの解離はむしろTARPの脱リン酸化によるところが大きいと考えられる。NMDA受容体からCa2+が流入すると脱リン酸化酵素であるカルシニューリンが活性化される。この活性化されたカルシニューリンがTARPを脱リン酸化する。この脱リン酸化によりTARPはそのアンカータンパク質であるPSD-95から解離し[12]、側方拡散によってendocytic zoneに運ばれ、エンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれる。このエンドサイトーシス過程には、カルシニューリン、TARP、ホスファチジルイノシトール2リン酸(PIP2)を合成する酵素であるPIP5Kγが必須の働きを持っていることが知られている[1] [10] [11](図2)。NMDA受容体からCa2+が流入することにより活性化されたカルシニューリンはTARPと共にPIP5Kγを脱リン酸化する。脱リン酸化されたPIP5Kγは活性化され細胞膜上にPIP2を合成する。このPIP2はクラスリン依存性のエンドサイトーシスに必須の脂質であり、PIP2に引き寄せられる形でまずアダプタータンパク質複合体の1つであるAP-2が細胞膜上に集積し、このAP-2に引き寄せられてクラスリンが集積しクラスリン被覆ピットが形成されて、エンドサイトーシスが誘導される[11]。また脱リン酸化されたTARPはAP-2に結合性を持っているため、クラスリン被覆ピットに集積し効率的にエンドサイトーシスによって細胞内へと取り込まれていく。エンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれたAMPA受容体は、脱リン酸化TARPとAP-3との結合により、リソソームへと輸送されることで細胞表面へとリサイクルされることなく、長期にわたって細胞表面のAMPA受容体の数が減少すると考えられている[10]。TARPの脱リン酸化は小脳長期抑圧にも必須の現象であるため、このタンパク質が関与する過程は小脳長期抑圧と共通である可能性が高い。一方、AMPA受容体のGluA1のser845のリン酸化状態がAMPA受容体のリサイクリングを制御するという報告もある<ref name=Ehlers2000><pubmed>11144360</pubmed></ref>。TARPとAMPA受容体のリン酸化がそれぞれどのようにLTDに関与しているのかは今後の研究が待たれるところである。
 [[海馬]]における長期抑圧は小脳と同様に代謝型グルタミン酸受容体の依存するものと[[NMDA型グルタミン酸受容体]](NMDA受容体)に依存するものが存在する。どちらの場合も、AMPA受容体がアンカータンパク質から解離した後、側方拡散によってendocytic zoneに運ばれエンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれるという2つのステップを経てシナプス後部におけるAMPA受容体の数が減少することがその分子 実体である点では小脳と共通である。しかし、その分子メカニズムについては共通な点とそうでない点がある。


 さらにNMDA受容体依存的な海馬の長期抑圧誘導時に樹状突起上のスパインのサイズや数がカルシニューリン依存的に減少することも知られている<ref name=BoschHayashi2012><pubmed>21963169</pubmed></ref> <ref name=Zhou2004><pubmed>15572107</pubmed></ref>。このスパインのサイズの減少はPSDの主要なタンパク質であるアクチンのダイナミクスにより引き起こされる。細胞骨格であるF-アクチンはスパインの形態やサイズの維持に必須であり、また様々なPSDタンパク質の足場として機能しているが、長期抑圧誘導刺激によりこのF-アクチンがG-アクチンへと脱重合するため、スパインが縮小するものと考えられている<ref name=Okamoto2004><pubmed>15361876</pubmed></ref>。海馬長期抑圧誘導時に見られるこのスパインサイズの減少は小脳長期抑圧では見られないということが報告されている<ref name=SdrullaLinden2007><pubmed>17435753</pubmed></ref>。一方で、運動学習を繰り返すと小脳プルキンエ細胞のスパインの数が減少するという報告もあり<ref name=Aziz2014><pubmed>24367076</pubmed></ref>、小脳における長期抑圧とスパインの数や形態の変化との関連性については不明な点が多く残されている。
==== NMDA受容体依存型長期抑圧 ====
 NMDA受容体依存型の長期抑圧はAMPA受容体がアンカータンパク質からの解離メカニズムは、小脳の場合と異なっている可能性がある。小脳長期抑圧に必須であったGluA2サブユニットのser880のリン酸化やPICK1との結合、さらにはPKCの活性化がNMDA依存型の長期抑圧には必要でないことが報告されている<ref name=Collingridge2010><pubmed>20559335</pubmed></ref>。アンカータンパク質からの解離はむしろTARPの[[脱リン酸化]]によるところが大きいと考えられる。NMDA受容体からCa<sup>2+</sup>が流入すると脱リン酸化酵素である[[カルシニューリン]]が活性化される。この活性化されたカルシニューリンがTARPを脱リン酸化する。この脱リン酸化によりTARPはそのアンカータンパク質である[[PSD-95]]から解離し[12]、側方拡散によってendocytic zoneに運ばれ、エンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれる。
 
 このエンドサイトーシス過程には、カルシニューリン、TARP、[[ホスファチジルイノシトール|ホスファチジルイノシトール2リン酸]]([[ホスファチジルイノシトール|PIP<sub>2</sub>]])を合成する酵素である[[PIP5Kγ]]が必須の働きを持っていることが知られている[1] [10] [11](図2)。NMDA受容体からCa<sup>2+</sup>が流入することにより活性化されたカルシニューリンはTARPと共にPIP5Kγを脱リン酸化する。脱リン酸化されたPIP5Kγは活性化され細胞膜上にPIP2を合成する。このPIP<sub>2</sub>はクラスリン依存性のエンドサイトーシスに必須の脂質であり、PIP<sub>2</sub>に引き寄せられる形でまずアダプタータンパク質複合体の1つである[[AP-2]]が細胞膜上に集積し、このAP-2に引き寄せられてクラスリンが集積しクラスリン被覆ピットが形成されて、エンドサイトーシスが誘導される[11]。また脱リン酸化されたTARPはAP-2に結合性を持っているため、クラスリン被覆ピットに集積し効率的にエンドサイトーシスによって細胞内へと取り込まれていく。エンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれたAMPA受容体は、脱リン酸化TARPと[[AP-3]]との結合により、[[リソソーム]]へと輸送されることで細胞表面へとリサイクルされることなく、長期にわたって細胞表面のAMPA受容体の数が減少すると考えられている[10]。TARPの脱リン酸化は小脳長期抑圧にも必須の現象であるため、このタンパク質が関与する過程は小脳長期抑圧と共通である可能性が高い。一方、AMPA受容体のGluA1のser845のリン酸化状態がAMPA受容体のリサイクリングを制御するという報告もある<ref name=Ehlers2000><pubmed>11144360</pubmed></ref>。TARPとAMPA受容体のリン酸化がそれぞれどのようにLTDに関与しているのかは今後の研究が待たれるところである。
 
 さらにNMDA受容体依存的な海馬の長期抑圧誘導時に[[樹状突起]]上の[[スパイン]]のサイズや数がカルシニューリン依存的に減少することも知られている<ref name=BoschHayashi2012><pubmed>21963169</pubmed></ref> <ref name=Zhou2004><pubmed>15572107</pubmed></ref>。このスパインのサイズの減少は[[シナプス後膜肥厚]] ([[postsynaptic density]], [[PSD]])の主要なタンパク質である[[アクチン]]のダイナミクスにより引き起こされる。[[細胞骨格]]である[[アクチン|線維状アクチン]] ([[アクチン|F-アクチン]])はスパインの形態やサイズの維持に必須であり、また様々なPSDタンパク質の足場として機能しているが、長期抑圧誘導刺激によりこのF-アクチンが[[アクチン|球状アクチン]] ([[アクチン|G-アクチン]])へと脱重合するため、スパインが縮小するものと考えられている<ref name=Okamoto2004><pubmed>15361876</pubmed></ref>。海馬長期抑圧誘導時に見られるこのスパインサイズの減少は小脳長期抑圧では見られないということが報告されている<ref name=SdrullaLinden2007><pubmed>17435753</pubmed></ref>。一方で、運動学習を繰り返すと小脳プルキンエ細胞のスパインの数が減少するという報告もあり<ref name=Aziz2014><pubmed>24367076</pubmed></ref>、小脳における長期抑圧とスパインの数や形態の変化との関連性については不明な点が多く残されている。
 
==== 代謝型グルタミン酸受容体依存型長期抑圧 ====


 代謝型グルタミン酸受容体依存性の長期抑圧はNMDA依存性の長期抑圧とは異なり、PKCの活性化<ref name=Oliet1997><pubmed>9208864</pubmed></ref>および、PICK1とGluA2との結合<ref name=Jo2008><pubmed>19109914</pubmed></ref>を必要としていることから小脳長期抑圧とより共通点が多いものと考えられる。また、代謝型グルタミン酸受容体依存性長期抑圧は低分子量Gタンパク質のARF6およびその活性化因子(GEF)であるBRAG2が重要な働きをしていることが報告されている[13]が、これらのタンパク質が小脳長期抑圧に必要か否かは明らかではなく、こちらもさらなる研究が必要とされている。
 代謝型グルタミン酸受容体依存性の長期抑圧はNMDA依存性の長期抑圧とは異なり、PKCの活性化<ref name=Oliet1997><pubmed>9208864</pubmed></ref>および、PICK1とGluA2との結合<ref name=Jo2008><pubmed>19109914</pubmed></ref>を必要としていることから小脳長期抑圧とより共通点が多いものと考えられる。また、代謝型グルタミン酸受容体依存性長期抑圧は低分子量Gタンパク質のARF6およびその活性化因子(GEF)であるBRAG2が重要な働きをしていることが報告されている[13]が、これらのタンパク質が小脳長期抑圧に必要か否かは明らかではなく、こちらもさらなる研究が必要とされている。


 また、海馬の長期抑圧はシナプス前部からのグルタミン酸の放出量の低下によって引き起こされる場合もある。この現象はシナプス後部から放出される逆行性シグナルによって引き起こされる。NDMA受容体依存型の長期抑圧では一酸化窒素[14]が、代謝型グルタミン酸受容体依存性の長期抑圧ではリポキシゲナーゼが逆行性シグナルとして機能し[15]、グルタミン酸の放出量を減少させることが報告されている。  
 
 また、海馬の長期抑圧はシナプス前部からのグルタミン酸の放出量の低下によって引き起こされる場合もある。この現象はシナプス後部から放出される[[逆行性シグナル]]によって引き起こされる。NDMA受容体依存型の長期抑圧では一酸化窒素[14]が、代謝型グルタミン酸受容体依存性の長期抑圧では[[リポキシゲナーゼ]]が逆行性シグナルとして機能し[15]、グルタミン酸の放出量を減少させることが報告されている。


===生理的機能===
===生理的機能===