「長期抑圧」の版間の差分

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[[image:長期抑圧1.png|thumb|350px|'''図1.小脳長期抑圧の分子機構''']]
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 [[小脳]]の長期抑圧は小脳皮質の[[平行線維]]と[[プルキンエ細胞]]間の[[シナプス]]の伝達効率が長期(数十分間以上)に渡って低下する現象である。プルキンエ細胞への2つの興奮性の入力である平行線維と[[登上線維]]を同時に刺激することで引き起こされる。この際、平行線維と途上繊維の活性化のタイミングが重要であることが知られている<ref name=Finch2012><pubmed>21975855</pubmed></ref>。平行線維の活性化の2~300ミリ秒以内に登上線維が活性化した場合に長期抑圧が起こりやすいことが報告されている。また、平行線維の活動が比較的弱い場合は、長期抑圧は活性化した平行線維シナプスでのみ引き起こされるが、活動の程度が強い場合は付近の活性化されていない平行線維シナプスにおいても長期抑圧が誘導されることも知られている。
 [[小脳]]の長期抑圧は小脳皮質の[[平行線維]]と[[プルキンエ細胞]]間の[[シナプス]]の伝達効率が長期(単離した急性小脳切片の場合でも最低数十分以上)に渡って低下する現象である。プルキンエ細胞への2つの興奮性の入力である平行線維と[[登上線維]]を同時に刺激することで引き起こされる。この際、平行線維と途上繊維の活性化のタイミングが重要であることが知られている<ref name=Finch2012><pubmed>21975855</pubmed></ref>。平行線維の活性化の2~300ミリ秒以内に登上線維が活性化した場合に長期抑圧が起こりやすいことが報告されている。また、平行線維の活動が比較的弱い場合は、長期抑圧は活性化した平行線維シナプスでのみ引き起こされるが、活動の程度が強い場合は付近の活性化されていない平行線維シナプスにおいても長期抑圧が誘導されることも知られている。


 小脳長期抑圧の分子実体は、シナプス後部における[[AMPA型グルタミン酸受容体]](AMPA受容体)の数の減少であると考えられている。このAMPA受容体の数の減少は次の2つのステップを経て引き起こされる。まずAMPA受容体がアンカータンパク質(受容体をシナプス後部につなぎ止めるタンパク質)から解離する(ステップ1)。その後、側方拡散によってendocytic zoneに運ばれ[[エンドサイトーシス]]によって細胞内へ取り込まれる(ステップ2)<ref name=ref1><pubmed>20559335</pubmed></ref>('''図1''')という2つのステップである。
 小脳長期抑圧の分子実体は、シナプス後部における[[AMPA型グルタミン酸受容体]](AMPA受容体)の数の減少であると考えられている。このAMPA受容体の数の減少は次の2つのステップを経て引き起こされる。まずAMPA受容体がアンカータンパク質(受容体をシナプス後部につなぎ止めるタンパク質)から解離する(ステップ1)。その後、側方拡散によってendocytic zoneに運ばれ[[エンドサイトーシス]]によって細胞内へ取り込まれる(ステップ2)<ref name=ref1><pubmed>20559335</pubmed></ref>('''図1''')という2つのステップである。
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 GRIPから解離したAMPA受容体はステップ2の側方拡散と[[クラスリン]]依存性のエンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれ、細胞表面の数が減少すると考えられている<ref name=ref3><pubmed>12805550</pubmed></ref>。このAMPA受容体のクラスリン依存性のエンドサイトーシスにはAMPA受容体と強固に結合するタンパク質である[[TARP]] ([[Transmembrane AMPA receptor Regulatory Protein]])の脱リン酸化が必須であることが報告されている<ref name=Nomura2012><pubmed>22239345</pubmed></ref>。またリン酸化されたGluA2が[[PICK1]]と結合することも重要であると報告されている<ref name=ref3><pubmed>12805550</pubmed></ref>。
 GRIPから解離したAMPA受容体はステップ2の側方拡散と[[クラスリン]]依存性のエンドサイトーシスによって細胞内へ取り込まれ、細胞表面の数が減少すると考えられている<ref name=ref3><pubmed>12805550</pubmed></ref>。このAMPA受容体のクラスリン依存性のエンドサイトーシスにはAMPA受容体と強固に結合するタンパク質である[[TARP]] ([[Transmembrane AMPA receptor Regulatory Protein]])の脱リン酸化が必須であることが報告されている<ref name=Nomura2012><pubmed>22239345</pubmed></ref>。またリン酸化されたGluA2が[[PICK1]]と結合することも重要であると報告されている<ref name=ref3><pubmed>12805550</pubmed></ref>。


 以上が小脳長期抑圧を司る中核分子の機能であるが、これらの分子の機能を調節する様々な補助分子も報告されている。例えば、プルキンエ細胞に存在する[[δ2グルタミン酸受容体|δ2グルタミン酸受容体]]([[δ2受容体]]、[[GluD2]])を欠損したマウスでは長期抑圧が引き起こされない<ref name=ref4><pubmed>7736576</pubmed></ref>ため、この受容体も長期抑圧に必須の働きを持っていることが知られている。δ2グルタミン酸受容体は[[チロシン脱リン酸化酵素]][[PTPMEG]]を介してAMPA受容体GluA2サブユニットの[[チロシン]]のリン酸化状態を制御して小脳長期抑圧に関与していることが報告されている<ref name=ref5><pubmed>23431139</pubmed></ref>。
 以上が小脳長期抑圧を司る中核分子の機能であるが、これらの分子の機能を調節する様々な補助分子も報告されている。例えば、プルキンエ細胞に存在する[[δ2グルタミン酸受容体|δ2グルタミン酸受容体]]([[GluD2]])を欠損したマウスでは長期抑圧が引き起こされない<ref name=ref4><pubmed>7736576</pubmed></ref>ため、この受容体も長期抑圧に必須の働きを持っていることが知られている。δ2グルタミン酸受容体は[[チロシン脱リン酸化酵素]][[PTPMEG]]を介してAMPA受容体GluA2サブユニットの[[チロシン]]のリン酸化状態を制御して小脳長期抑圧に関与していることが報告されている<ref name=ref5><pubmed>23431139</pubmed></ref>。


 さらに[[顆粒細胞]]から放出される[[Cbln1]]というタンパク質<ref name=ref6><pubmed>16234806</pubmed></ref>や[[一酸化窒素]]([[NO]])<ref name=ref7><pubmed>7646893</pubmed></ref>の重要性も指摘されている。NOは[[cGMP]]の合成を促進することで[[cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素]] ([[protein kinase G]], [[PKG]])を活性化する。このPKGの活性化も小脳長期抑圧の誘導に重要であると報告されている<ref name=Feil2003><pubmed>14568994</pubmed></ref>。PKGのよりリン酸化されるタンパク質として[[G-substrate]]がよく知られており、このG-substrateは小脳プルキンエ細胞に強く発現していることから、長期抑圧に関与する可能性が考えられるが、G-substrateの欠損マウスの小脳長期抑圧はほぼ正常である<ref name=Endo2009><pubmed>19218432</pubmed></ref>。NOは平行線維―プルキンエ細胞間の[[長期増強]]に必須であるとの報告もあり<ref name=Kakegawa2005><pubmed>16303868</pubmed></ref>、LTD/LTPのバランス制御に関与している可能性がある。
 さらに[[顆粒細胞]]から放出される[[Cbln1]]というタンパク質<ref name=ref6><pubmed>16234806</pubmed></ref>や[[一酸化窒素]]([[NO]])<ref name=ref7><pubmed>7646893</pubmed></ref>の重要性も指摘されている。NOは[[cGMP]]の合成を促進することで[[cGMP依存性タンパク質リン酸化酵素]] ([[protein kinase G]], [[PKG]])を活性化する。このPKGの活性化も小脳長期抑圧の誘導に重要であると報告されている<ref name=Feil2003><pubmed>14568994</pubmed></ref>。PKGのよりリン酸化されるタンパク質として[[G-substrate]]がよく知られており、このG-substrateは小脳プルキンエ細胞に強く発現していることから、長期抑圧に関与する可能性が考えられるが、G-substrateの欠損マウスの小脳長期抑圧はほぼ正常である<ref name=Endo2009><pubmed>19218432</pubmed></ref>。NOは平行線維―プルキンエ細胞間の[[長期増強]]に必須であるとの報告もあり<ref name=Kakegawa2005><pubmed>16303868</pubmed></ref>、LTD/LTPのバランス制御に関与している可能性がある。
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===生理的機能===
===生理的機能===
 海馬における長期抑圧は海馬依存的な[[記憶]]および行動の柔軟性に寄与していると考えられている。例えば、NMDA型グルタミン酸受容体が欠損した海馬の[[CA1]][[錘体細胞]]ではNMDA受容型依存的な長期抑圧が阻害されており、このマウスで[[モリス水迷路テスト]]等の海馬依存的な記憶・学習タスクに異常が見られることが報告されている<ref name=ref16><pubmed>20357110</pubmed></ref>。また、前脳特異的にカルシニューリンが欠損したマウスの海馬ではLTDが障害されており、また[[八方迷路テスト]]等の海馬依存的な記憶に異常が見られることが報告されている<ref name=ref17><pubmed>11733061</pubmed></ref>。さらに前脳で[[プロテインホスファターゼ2A]](PP2A)の活性を阻害した[[トランスジェニックマウス]](SV40のT抗原断片のトランスジェニックマウス)ではNMDA受容体依存的長期抑圧が特異的に阻害されているが、このマウスでは一度記憶した内容を変更する能力が低下していることが明らかになった<ref name=ref18><pubmed>18400167</pubmed></ref>。具体的には水迷路テスト等において一度学習したプラットフォームの位置を変更すると、野生型マウスに比べてトランスジェニックマウスでは新しい位置を覚える能力が低下していた。このことからNMDA依存的長期抑圧は行動の柔軟性に重要な働きを持っていると考えられている。一方、海馬においても小脳と同様にシナプス可塑性と記憶・学習との関連性は不明な点も多い。例えばGluA1欠損マウスでは、海馬における代表的なシナプス可塑性であるシャーファー側枝とCA1錘体細胞間の長期増強が引き起こされないが、上述の水迷路テストでは異常が見られない。このようにシナプス可塑性が個体行動レベルの記憶や学習のどの側面を担っているのかについては海馬も小脳と同様に不明な点が多く、今後も研究が必要である。
 海馬における長期抑圧は海馬依存的な[[記憶]]および行動の柔軟性に寄与していると考えられている。例えば、NMDA型グルタミン酸受容体のGluN2Bサブユニットが欠損した海馬の[[CA1]][[錘体細胞]]ではNMDA受容型依存的な長期抑圧が阻害されており、このマウスで[[モリス水迷路テスト]]等の海馬依存的な記憶・学習タスクに異常が見られることが報告されている<ref name=ref16><pubmed>20357110</pubmed></ref>。一方でこのマウスでは長期増強にもある程度の異常が見られており、また樹状突起上のスパイン密度が低下しているため、これらが海馬依存的な記憶・学習に影響を与えている可能性もある。また、前脳特異的にカルシニューリンが欠損したマウスの海馬では長期抑圧が障害されているが、長期増強は正常である。このマウスでは[[八方迷路テスト]]等の海馬依存的な記憶に異常が見られることが報告されている<ref name=ref17><pubmed>11733061</pubmed></ref>。これらのことから長期抑圧が海馬依存的な記憶に関与していることが考えられる。さらに前脳で[[プロテインホスファターゼ2A]](PP2A)の活性を阻害した[[トランスジェニックマウス]](SV40のT抗原断片のトランスジェニックマウス)ではNMDA受容体依存的長期抑圧が特異的に阻害されており、長期増強や代謝型グルタミン酸受容体依存性の長期抑圧は正常である。このマウスでは一度記憶した内容を変更する能力が低下していることが明らかになった<ref name=ref18><pubmed>18400167</pubmed></ref>。具体的には水迷路テスト等において一度学習したプラットフォームの位置を変更すると、野生型マウスに比べてトランスジェニックマウスでは新しい位置を覚える能力が低下していた。このことからNMDA依存的長期抑圧は行動の柔軟性に重要な働きを持っていると考えられている。一方、海馬においても小脳と同様にシナプス可塑性と記憶・学習との関連性は不明な点も多い。例えばGluA1欠損マウスでは、海馬における代表的なシナプス可塑性であるシャーファー側枝とCA1錘体細胞間の長期増強が引き起こされないが、上述の水迷路テストでは異常が見られない<ref name=zamanillo1999><pubmed>10364547</pubmed></ref>。このようにシナプス可塑性が個体行動レベルの記憶や学習のどの側面を担っているのかについては海馬も小脳と同様に不明な点が多く、今後も研究が必要である。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==