「間脳の発生」の版間の差分

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<font size="+1">[http://researchmap.jp/7000014792 村上 安則]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/7000014792 村上 安則]</font><br>
''愛媛大学大学院理工学研究科''<br>
''愛媛大学大学院理工学研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年3月26日 原稿完成日:2018年X月X日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2018年3月26日 原稿完成日:2018年8月21日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
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英語名:development of diencephalon 独:Entwicklung von Diencephalon 仏:développement de diencéphale
英語名:development of diencephalon 独:Entwicklung von Diencephalon 仏:développement de diencéphale
{{box|text= 間脳は脊椎動物の神経管の前端において、終脳と中脳の間に発生する領域である。胚発生期の間脳原基には様々な遺伝子が特徴的なパターンで発現し、前後軸や背腹軸に沿ったパターニングがなされる。その過程で間脳にはプロソメアと呼ばれる分節構造が生じる<ref name=ref1 ><pubmed> 7507621 </pubmed></ref><ref name=ref2><pubmed> 12948657 </pubmed></ref><ref name=ref3><pubmed> 7939711 </pubmed></ref><ref name=ref4><pubmed> 8564469 </pubmed></ref>。その後、間脳からは目(の網膜)や松果体、視床など、様々な構造が発生する。また、視床と終脳をつなぐ軸索路などの重要な神経回路もつくられる。}}
{{box|text= 脊椎動物の間脳は、神経管の吻側に生じる脳胞の後方部から発生する領域である。胚発生期の間脳原基には様々な遺伝子が特徴的なパターンで発現し、前後軸や背腹軸に沿ったパターニングがなされる。その過程で間脳原基にはプロソメア(前脳分節)と呼ばれる分節構造が生じ、プロソメア1〜3の背側要素(翼板)からそれぞれ視蓋前域、視床、視床前域が発生する。また、間脳原基からは左右の脳領域を連絡する交連や、視床と終脳をつなぐ軸索路などの重要な神経回路もつくられる。脳胞のうち、後の視床下部に相当する場所からは眼の網膜や視神経(視索)が発生する。ただし、最近では、視床下部を間脳の一部とせず、終脳と視床下部を一つの要素とする考えが提唱されている。}}


== 脊椎動物の成体の間脳形態 ==
== 脊椎動物の成体の間脳形態 ==
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== 初期発生 ==
== 初期発生 ==
<u>(編集部コメント:高橋先生の項目から図を引用しました。村上先生の方でOKでしたら、高橋先生には編集部からご許可をお願い致します。村上:OKです。ありがとうございます)</u>
[[Image:神経管図2.jpg|thumb|300px|'''図1.神経管の領域化'''<br>マウス・ラットにおける脳胞形成過程。文献<ref>'''佐藤&大隅'''<br>脳の領域化と転写因子<br>''脳神経科学入門講座'' 下、2002</ref>の図を改変。高橋 将文、[[神経管]]から転載。]]  
[[Image:神経管図2.jpg|thumb|300px|'''図1.神経管の領域化'''<br>マウス・ラットにおける脳胞形成過程。文献<ref>'''佐藤&大隅'''<br>脳の領域化と転写因子<br>''脳神経科学入門講座'' 下、2002</ref>の図を改変。高橋 将文、[[神経管]]から転載。]]  
 哺乳類や鳥類では発生の過程で[[神経管]]の前端が膨らみ、[[前脳胞]]、[[中脳胞]]、[[後脳胞]](菱脳胞)となり、それらから各脳領域が形成される('''図1''')。これらのうち前脳胞から間脳と終脳が分化する。このとき、終脳は前脳胞の前方に、間脳はその後方に生ずる。間脳の原基は左右に突出して[[眼胞]]を生じ、そこには層状の[[網膜]]が発生して、神経節細胞や[[アマクリン細胞]]などのニューロンの形成が行われる。神経管の内腔のうち、間脳の部分は[[第三脳室]]となる。神経管の脳室側(脳室帯)からは間脳の前駆細胞が発生し、それらが分裂して生じた神経細胞は外側へと移動して神経核を形成する。ニワトリを用いた研究から、間脳と中脳の境界は[[Pax6]]と[[En1]]/[[Pax2]]の間での抑制的な相互作用により決定されることがわかっている<ref><pubmed>10804178 </pubmed></ref>。神経管の背側には[[蓋板]]と[[翼板]]があり、腹側には[[基板]]と[[底板]]がある。この構成は間脳でも他の脳領域と同様である。
 哺乳類や鳥類では発生の過程で[[神経管]]の前端が膨らみ、[[前脳胞]]、[[中脳胞]]、[[後脳胞]](菱脳胞)となり、それらから各脳領域が形成される('''図1''')。これらのうち前脳胞から間脳と終脳が分化する。このとき、終脳は前脳胞の前方に、間脳はその後方に生ずる。間脳の原基は左右に突出して[[眼胞]]を生じ、そこには層状の[[網膜]]が発生して、神経節細胞や[[アマクリン細胞]]などのニューロンの形成が行われる。神経管の内腔のうち、間脳の部分は[[第三脳室]]となる。神経管の脳室側(脳室帯)からは間脳の前駆細胞が発生し、それらが分裂して生じた神経細胞は外側へと移動して神経核を形成する。ニワトリを用いた研究から、間脳と中脳の境界は[[Pax6]]と[[En1]]/[[Pax2]]の間での抑制的な相互作用により決定されることがわかっている<ref><pubmed>10804178 </pubmed></ref>。神経管の背側には[[蓋板]]と[[翼板]]があり、腹側には[[基板]]と[[底板]]がある。この構成は間脳でも他の脳領域と同様である。
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 間脳では発生の進行につれ前後軸に沿った形態学的、組織学的な領域化が起こり、分節的な構造([[神経分節]]:neuromeres)が生じ、その中から様々な神経核が発生していく。この構造はRubenstein、 Martinez、 嶋村、Puellesによってプロソメア(p1, p2, p3)と名付けられている<ref name=ref1 /><ref><pubmed>8575293 </pubmed></ref><ref name=ref2 /><ref name=ref3 /><ref name=ref4 />。
 間脳では発生の進行につれ前後軸に沿った形態学的、組織学的な領域化が起こり、分節的な構造([[神経分節]]:neuromeres)が生じ、その中から様々な神経核が発生していく。この構造はRubenstein、 Martinez、 嶋村、Puellesによってプロソメア(p1, p2, p3)と名付けられている<ref name=ref1 /><ref><pubmed>8575293 </pubmed></ref><ref name=ref2 /><ref name=ref3 /><ref name=ref4 />。


 これまでの発生学的研究から、各々のプロソメアを規定するいくつかの指標が提示されている。脊椎動物の発生初期に現れる[[軸索路]]として知られる基本的神経回路([[後交連]]:p1;手綱交連:p2)や、[[転写因子]]の発現(''[[Lhx1]]/[[Lhx5|5]]''と''[[Pax3]]/[[Pax7|7]]''が共発現していればp1;''[[Ebf1]]''が発現していればp1;''[[Lhx2]]/[[Lhx9|9]]''や''[[Dlx2]]''が発現していればp2;''Lhx1/5''と''[[Dlx1]]/[[Dlx6|6]]''が共発現していればp3;''[[Gbx2]]''が発現していればp2;''[[Tcf4]]''の発現の前端がp2とp3の境界)などがそれにあたる<ref name=ref1 /><ref name=ref10><pubmed> 8510755 </pubmed></ref><ref name=ref11><pubmed> 7687285 </pubmed></ref><ref name=ref12><pubmed> 17912743 </pubmed></ref>。
 これまでの発生学的研究から、各々のプロソメアを規定するいくつかの指標が提示されている。脊椎動物の発生初期に現れる[[軸索路]]として知られる基本的神経回路([[後交連]]:p1;手綱交連:p2)や、[[転写因子]]の発現(''[[Lhx1]]/[[Lhx5|5]]''と''[[Pax3]]/[[Pax7|7]]''が共発現していればp1;''[[Ebf1]]''が発現していればp1;''[[Lhx2]]/[[Lhx9|9]]''や''[[Dlx2]]''が発現していればp2;''Lhx1/5''と''[[Dlx1]]/[[Dlx6|6]]''が共発現していればp3;''[[Gbx2]]''が発現していればp2;''[[Tcf4]]''の発現の前端がp2とp3の境界)などがそれにあたる<ref name=ref1 /><ref name=ref10><pubmed> 8510755 </pubmed></ref><ref name=ref11><pubmed> 7687285 </pubmed></ref><ref name=ref12><pubmed> 17912743 </pubmed></ref>。


 また重要な点として、神経管腹側の''[[Shh]]''の発現が背側に伸びてきて[[峡部オーガナイザー]](Zona limitans intrathalamica: Zli)を形成し、峡部オーガナイザーからのShhシグナルがプロソメア2とプロソメア3の分化に関わり、峡部オーガナイザーがp2とp3の境界となる('''図2''')<ref><pubmed> 16026780 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15494730 </pubmed></ref>。また、峡部オーガナイザーの背側で発現する[[Fgf8]]も間脳のパターニングに関与している<ref><pubmed> 18653561 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19846726 </pubmed></ref>。同様に[[Wnt]]シグナルも重要な役割を担う<ref><pubmed> 14522868 </pubmed></ref>。Shhのシグナルは間脳の[[神経前駆細胞]]の配置様式にも大きな影響を及ぼす<ref><pubmed> 19357274 </pubmed></ref>。
 また重要な点として、神経管腹側の''[[Shh]]''の発現が背側に伸びてきて[[zona limitans intrathalamica]](Zli)を形成し、zona limitans intrathalamicaからのShhシグナルがプロソメア2とプロソメア3の分化に関わり、zona limitans intrathalamicaがp2とp3の境界となる('''図2''')<ref><pubmed> 16026780 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15494730 </pubmed></ref>。また、zona limitans intrathalamicaの背側で発現する[[Fgf8]]も間脳のパターニングに関与している<ref><pubmed> 18653561 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19846726 </pubmed></ref>。同様に[[Wnt]]シグナルも重要な役割を担う<ref><pubmed> 14522868 </pubmed></ref>。Shhのシグナルは間脳の[[神経前駆細胞]]の配置様式にも大きな影響を及ぼす<ref><pubmed> 19357274 </pubmed></ref>。


== 神経回路形成 ==
== 神経回路形成 ==
=== 基本的神経路 ===
=== 基本的神経路 ===
[[ファイル:図2:トラザメ胚(St.28)の中枢神経系.png|thumb|right|300px|'''図3. トラザメ胚(St.28)の中枢神経系'''<u>(編集部コメント:赤と青が何を示しているかご記述下さい。スケールバーもでればお願い致します。村上:赤は神経の軸索を示し、青は細胞核を染色することで胚の外形を示している。スケールバーは1 mm)</u>]]
[[ファイル:図2:トラザメ胚(St.28)の中枢神経系.png|thumb|right|300px|'''図3. トラザメ胚(St.28)の中枢神経系'''<br>
赤は神経の軸索を示し、青は細胞核を染色することで胚の外形を示している。スケールバーは1 mm]]
 間脳の発生の進行に伴い、その内部には様々な神経回路が生じる。発生初期には基本的神経路(early axon scaffold)として、脊椎動物で高度に保存された神経路が形成され、発生後期に作られる多くの神経路の足場としても重要な役割を担う<ref><pubmed> 2351059 </pubmed></ref><ref><pubmed> 18158094 </pubmed></ref>。これらのうち、間脳では[[後交連]]や[[手綱交連]]、[[tract of postoptic commissure]](TPOC)などが発生する('''図3''')。後交連は、間脳の後方背側、中脳と接するところに生じ、プロソメア1を特徴づける構造となる。手綱交連は間脳の背側で後交連の前方に生じ、プロソメア2の特徴の一つとなる。これらの交連は円口類の段階から見られるため、脊椎動物の共通祖先の段階ですでに獲得されていた可能性がある。後交連と手綱交連は[[wj:クジラ目|クジラ類]]では融合して交連複合体を形成する<ref><pubmed> 17975302 </pubmed></ref>。後交連やTPOCの形成には[[Pax6]]が関わるとされる<ref><pubmed> 9169845 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15514979 </pubmed></ref>。
 間脳の発生の進行に伴い、その内部には様々な神経回路が生じる。発生初期には基本的神経路(early axon scaffold)として、脊椎動物で高度に保存された神経路が形成され、発生後期に作られる多くの神経路の足場としても重要な役割を担う<ref><pubmed> 2351059 </pubmed></ref><ref><pubmed> 18158094 </pubmed></ref>。これらのうち、間脳では[[後交連]]や[[手綱交連]]、[[tract of postoptic commissure]](TPOC)などが発生する('''図3''')。後交連は、間脳の後方背側、中脳と接するところに生じ、プロソメア1を特徴づける構造となる。手綱交連は間脳の背側で後交連の前方に生じ、プロソメア2の特徴の一つとなる。これらの交連は円口類の段階から見られるため、脊椎動物の共通祖先の段階ですでに獲得されていた可能性がある。後交連と手綱交連は[[wj:クジラ目|クジラ類]]では融合して交連複合体を形成する<ref><pubmed> 17975302 </pubmed></ref>。後交連やTPOCの形成には[[Pax6]]が関わるとされる<ref><pubmed> 9169845 </pubmed></ref><ref><pubmed> 15514979 </pubmed></ref>。


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=== 視床下部と終脳に関する発生基盤 ===
=== 視床下部と終脳に関する発生基盤 ===
 視床下部は、前脳の前方腹側で発生するが、他の間脳領域(プロソメア1〜3)とは発現する遺伝子の種類が異なる例が多い。視床下部は少なくともその一部は神経管の腹側の要素(基板)であると考えられており、基板を特徴づける''[[Shh]]''の発現が見られる。ただし''Shh''は視床下部の全域に発現するわけではない。また、転写因子である''[[Nkx2.1]]''が発現していることも視床下部の特徴である<ref><pubmed> 1811929 </pubmed></ref>。この遺伝子は実際に前脳腹側の形成に関わっている<ref><pubmed> 8557195 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10393115 </pubmed></ref>。そして、視床下部領域と終脳とを合わせたものをひとつのコンパートメントと捉える考えが、プロソメアモデルを提唱したPuellesらの研究グループから出されている<ref name=ref2 /><ref name=ref40><pubmed> 25852489 </pubmed></ref>('''図2''')。この視床下部−終脳コンパートメントは[[secondary procencephalon]]と名付けられている。このモデルでは発生期の前脳は間脳(プロソメア1〜3)とsecondary procencephalonに分化するとされる。つまり、従来のモデルでは視床下部は間脳に含まれるが、このモデルでは視床下部はsecondary procencephalonに含まれる。前脳が後方の「間脳」と前方の「secondary procencephalon」にわかれるとする形態発生学的な根拠として、「間脳」領域の発生は腹側にある[[脊索]]の影響を受け、「secondary procencephalon」は[[脊索前板]](prechordal plate)の影響を受けることが挙げられる。このモデルに従うなら、secondary procencephalonの背側部分が終脳で、その腹側部分が視床下部となり、同時に視床下部が神経管の最も前方の領域となる<ref name=ref40 />。secondary procencephalonはさらにhypotyalamo-telencephalic prosomere 1と2(HP1とHP2)に細分されている。HP1が後方でHP2が前方である。視床下部はHP1に含まれる部分がpeduncular hypothalamus(PHy)、HP2に含まれる部分がterminal hypothalamus(THy)と名付けられている(図2)。終脳ではHP1が[[外套]](pallium)と[[外套下部]](subpallium)の多くの領域を占め、HP2は視索前野と前交連を含む領域を占める。さらに真骨魚類では終脳と視床下部の間にあるoptic recess region(視交叉陥凹部;目の網膜も含む)を一つのユニットとして認め、secondary procencephalonを三つのパートに分ける考えも出されている<ref><pubmed> 25736911 </pubmed></ref>。
 視床下部は、前脳の前方腹側で発生するが、他の間脳領域(プロソメア1〜3)とは発現する遺伝子の種類が異なる例が多い。視床下部は少なくともその一部は神経管の腹側の要素(基板)であると考えられており、基板を特徴づける''[[Shh]]''の発現が見られる。ただし''Shh''は視床下部の全域に発現するわけではない。また、転写因子である''[[Nkx2.1]]''が発現していることも視床下部の特徴である<ref><pubmed> 1811929 </pubmed></ref>。この遺伝子は実際に前脳腹側の形成に関わっている<ref><pubmed> 8557195 </pubmed></ref><ref><pubmed> 10393115 </pubmed></ref>。そして、視床下部領域と終脳とを合わせたものをひとつのコンパートメントと捉える考えが、プロソメアモデルを提唱したPuellesらの研究グループから出されている<ref name=ref2 /><ref name=ref40><pubmed> 25852489 </pubmed></ref>('''図2''')。この視床下部−終脳コンパートメントは[[secondary procencephalon]]と名付けられている。このモデルでは発生期の前脳は間脳(プロソメア1〜3)とsecondary procencephalonに分化するとされる。つまり、従来のモデルでは視床下部は間脳に含まれるが、このモデルでは視床下部はsecondary procencephalonに含まれる。前脳が後方の「間脳」と前方の「secondary procencephalon」にわかれるとする形態発生学的な根拠として、「間脳」領域の発生は腹側にある[[脊索]]の影響を受け、「secondary procencephalon」は[[脊索前板]](prechordal plate)の影響を受けることが挙げられる。このモデルに従うなら、secondary procencephalonの背側部分が終脳で、その腹側部分が視床下部となり、同時に視床下部が神経管の最も前方の領域となる<ref name=ref40 />。secondary procencephalonはさらにhypotyalamo-telencephalic prosomere 1と2(HP1とHP2)に細分されている。HP1が後方でHP2が前方である。視床下部はHP1に含まれる部分がpeduncular hypothalamus(PHy)、HP2に含まれる部分がterminal hypothalamus(THy)と名付けられている('''図2''')。終脳ではHP1が[[外套]](pallium)と[[外套下部]](subpallium)の多くの領域を占め、HP2は視索前野と前交連を含む領域を占める。さらに真骨魚類では終脳と視床下部の間にあるoptic recess region(視交叉陥凹部;目の網膜も含む)を一つのユニットとして認め、secondary procencephalonを三つのパートに分ける考えも出されている<ref><pubmed> 25736911 </pubmed></ref>。


== 魚類の間脳の形態と発生 ==
== 魚類の間脳の形態と発生 ==
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== 間脳発生機構の起源と進化 ==
== 間脳発生機構の起源と進化 ==
=== 峡部オーガナイザーの起源 ===
=== Zona limitans intrathalamicaの起源 ===
 発生期の間脳に存在する峡部オーガナイザーはこれまで調べられてきた脊椎動物の多くの種において、脳形成に関わる[[オーガナイザー]]として重要な役割を担っている。峡部オーガナイザーに相同な構造は、脊椎動物の姉妹群である[[wj:ナメクジウオ|ナメクジウオ]]や[[wj:ホヤ|ホヤ]]では認められないものの、脊索動物の[[wj:外群|外群]]に当たる[[wj:半索動物|半索動物]]の[[wj:ギボシムシ|ギボシムシ]](最近では半索動物と[[wj:棘皮動物|棘皮動物]]の類縁性が指摘され、これらは[[wj:歩帯動物|歩帯動物]]Ambulacrariaという[[wj:系統群|クレード]]を構成する)で峡部オーガナイザーでのShhの発現に関わる[[エンハンサー]]の存在を示唆するデータが得られている<ref><pubmed> 22422262 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27064252 </pubmed></ref>。そうであれば、このオーガナイザーの起源は歩帯動物と脊索動物の分岐以前に遡ることになる。
 発生期の間脳に存在するzona limitans intrathalamicaはこれまで調べられてきた脊椎動物の多くの種において、脳形成に関わる[[オーガナイザー]]として重要な役割を担っている。zona limitans intrathalamicaに相同な構造は、脊椎動物の姉妹群である[[wj:ナメクジウオ|ナメクジウオ]]や[[wj:ホヤ|ホヤ]]では認められないものの、脊索動物の[[wj:外群|外群]]に当たる[[wj:半索動物|半索動物]]の[[wj:ギボシムシ|ギボシムシ]](最近では半索動物と[[wj:棘皮動物|棘皮動物]]の類縁性が指摘され、これらは[[wj:歩帯動物|歩帯動物]]Ambulacrariaという[[wj:系統群|クレード]]を構成する)でzona limitans intrathalamicaでのShhの発現に関わる[[エンハンサー]]の存在を示唆するデータが得られている<ref><pubmed> 22422262 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27064252 </pubmed></ref>。そうであれば、このオーガナイザーの起源は歩帯動物と脊索動物の分岐以前に遡ることになる。


=== 脊椎動物における間脳発生機構の多様化 ===
=== 脊椎動物における間脳発生機構の多様化 ===
 間脳のプロソメア領域の起源については、現生脊椎動物の系統のうち、最も初期に分岐したとされる[[wj:円口類|円口類]](ヤツメウナギ類、[[wj:ヌタウナギ|ヌタウナギ]]類)において研究が進んでいる。発生期のヤツメウナギ前脳では、プロソメアを規定する遺伝子発現(''Pax6''、''[[Pax3]]/7''、''[[Lhx]]''などの相同遺伝子)が見られ、峡部オーガナイザーには''Shh''に相同な遺伝子(''[[HhB]]'')が発現しており、視床下部の原基では''Nkx2.1''の相同遺伝子の発現が見られる。それらの領域から発生する神経要素も他の脊椎動物のものと対応している<ref><pubmed> 19729892 </pubmed></ref>。そして円口類のもう一つの系統であるヌタウナギでも、遺伝子の発現様式が他の脊椎動物やヤツメウナギとよく似ていることが明らかとなっている<ref><pubmed> 26878236 </pubmed></ref>。このことから、脊椎動物の歴史において、円口類と[[顎口類]](Gnathostomes)の分岐以前の段階(すなわち脊椎動物の共通の祖先に極めて近い段階)で間脳のプロソメアを規定する分子基盤は成立していたと考えられる。現生脊椎動物の祖先が誕生したのはおよそ5億年前とされていることから、脊椎動物の間脳発生機構の起源は極めて古いといえる。ただし、間脳に入出力する神経路は動物ごとに多かれ少なかれ相違が見られる。例えば視覚系については、哺乳類以外の[[羊膜類]]では[[視神経]]は間脳の腹側でほぼ全てが交叉し(全交叉)、視神経は視床と中脳の視蓋に入力する(視神経の多くは視蓋に入力する)。そして視蓋から出た神経が視床の神経核([[円形核]])に入り、そこからの軸索が終脳の[[背側脳室稜]](dorsal ventricular ridge: DVR)に投射する。一方、哺乳類では、視神経は間脳の腹側で完全には交叉しない(部分交叉あるいは半交叉)。ただし哺乳類でもクジラ類の視神経は全交叉あるいはそれに近い形態となる<ref>'''Ridgway SH'''<br>The central nervous system of the bottlenose dolphin. In: Leatherwood, S., Reeves, R.R. (Eds.), The Bottlenose Dolphin. pp. 69–97.<br>''Academic Press, San Diego, CA'':1990</ref>。視神経は間脳の[[外側膝状体]]と中脳の上丘(視蓋に相同な領域)に入力し、外側膝状体からの軸索は新皮質の一次視覚野に投射する。このとき、視神経が部分交叉する哺乳類([[食肉目]]や[[霊長目]])では右目由来と左目由来の外側膝状体の軸索は混じり合うこと無く視覚野に入力し、[[眼優位性カラム]](ocular domincance column)を形成する。視覚系のみならず、聴覚系の投射様式も哺乳類と[[鳥類]]・[[爬虫類]]では異なっている。魚類でも異なる感覚の求心性投射は終脳の特定の場所に局在しているが<ref name=ref45 />、その投射領域は羊膜類とは異なる可能性がある。つまり、間脳はその発生メカニズムが確立された後、その基本形を維持しつつも、進化の過程で系統ごとに様々な改変がなされてきたと考えられる。
 間脳のプロソメア領域の起源については、現生脊椎動物の系統のうち、最も初期に分岐したとされる[[wj:円口類|円口類]](ヤツメウナギ類、[[wj:ヌタウナギ|ヌタウナギ]]類)において研究が進んでいる。発生期のヤツメウナギ前脳では、プロソメアを規定する遺伝子発現(''Pax6''、''[[Pax3]]/7''、''[[Lhx]]''などの相同遺伝子)が見られ、zona limitans intrathalamicaには''Shh''に相同な遺伝子(''[[HhB]]'')が発現しており、視床下部の原基では''Nkx2.1''の相同遺伝子の発現が見られる。それらの領域から発生する神経要素も他の脊椎動物のものと対応している<ref><pubmed> 19729892 </pubmed></ref>。そして円口類のもう一つの系統であるヌタウナギでも、遺伝子の発現様式が他の脊椎動物やヤツメウナギとよく似ていることが明らかとなっている<ref><pubmed> 26878236 </pubmed></ref>。このことから、脊椎動物の歴史において、円口類と[[顎口類]](Gnathostomes)の分岐以前の段階(すなわち脊椎動物の共通の祖先に極めて近い段階)で間脳のプロソメアを規定する分子基盤は成立していたと考えられる。現生脊椎動物の祖先が誕生したのはおよそ5億年前とされていることから、脊椎動物の間脳発生機構の起源は極めて古いといえる。ただし、間脳に入出力する神経路は動物ごとに多かれ少なかれ相違が見られる。例えば視覚系については、哺乳類以外の[[羊膜類]]では[[視神経]]は間脳の腹側でほぼ全てが交叉し(全交叉)、視神経は視床と中脳の視蓋に入力する(視神経の多くは視蓋に入力する)。そして視蓋から出た神経が視床の神経核([[円形核]])に入り、そこからの軸索が終脳の[[背側脳室稜]](dorsal ventricular ridge: DVR)に投射する。一方、哺乳類では、視神経は間脳の腹側で完全には交叉しない(部分交叉あるいは半交叉)。ただし哺乳類でもクジラ類の視神経は全交叉あるいはそれに近い形態となる<ref>'''Ridgway SH'''<br>The central nervous system of the bottlenose dolphin. In: Leatherwood, S., Reeves, R.R. (Eds.), The Bottlenose Dolphin. pp. 69–97.<br>''Academic Press, San Diego, CA'':1990</ref>。視神経は間脳の[[外側膝状体]]と中脳の上丘(視蓋に相同な領域)に入力し、外側膝状体からの軸索は新皮質の一次視覚野に投射する。このとき、視神経が部分交叉する哺乳類([[食肉目]]や[[霊長目]])では右目由来と左目由来の外側膝状体の軸索は混じり合うこと無く視覚野に入力し、[[眼優位性カラム]](ocular domincance column)を形成する。視覚系のみならず、聴覚系の投射様式も哺乳類と[[鳥類]]・[[爬虫類]]では異なっている。魚類でも異なる感覚の求心性投射は終脳の特定の場所に局在しているが<ref name=ref45 />、その投射領域は羊膜類とは異なる可能性がある。つまり、間脳はその発生メカニズムが確立された後、その基本形を維持しつつも、進化の過程で系統ごとに様々な改変がなされてきたと考えられる。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==

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