「間脳の発生」の版間の差分

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 発生期の間脳に存在するZliはこれまで調べられてきた脊椎動物の多くの種において、脳形成に関わるオーガナイザーとして重要な役割を担っている。Zliに相同な構造は、脊椎動物の姉妹群であるナメクジウオやホヤでは認められないものの、脊索動物の外群に当たる半索動物のギボシムシ(最近では半索動物と棘皮動物の類縁性が指摘され、これらは歩帯動物Ambulacrariaというクレードを構成する)でZliでのShhの発現に関わるエンハンサーの存在を示唆するデータが得られている<ref><pubmed> 22422262 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27064252 </pubmed></ref>。そうであれば、このオーガナイザーの起源は歩帯動物と脊索動物の分岐以前に遡ることになる。
 発生期の間脳に存在するZliはこれまで調べられてきた脊椎動物の多くの種において、脳形成に関わるオーガナイザーとして重要な役割を担っている。Zliに相同な構造は、脊椎動物の姉妹群であるナメクジウオやホヤでは認められないものの、脊索動物の外群に当たる半索動物のギボシムシ(最近では半索動物と棘皮動物の類縁性が指摘され、これらは歩帯動物Ambulacrariaというクレードを構成する)でZliでのShhの発現に関わるエンハンサーの存在を示唆するデータが得られている<ref><pubmed> 22422262 </pubmed></ref><ref><pubmed> 27064252 </pubmed></ref>。そうであれば、このオーガナイザーの起源は歩帯動物と脊索動物の分岐以前に遡ることになる。


 間脳のプロソメア領域の起源については、現生脊椎動物の系統のうち、最も初期に分岐したとされる円口類(ヤツメウナギ類、ヌタウナギ類)において研究が進んでいる。発生期のヤツメウナギ前脳では、プロソメアを規定する遺伝子発現(''Pax6''、''Pax3/7''、''Lhx''などの相同遺伝子)が見られ、Zliには''Shh''に相同な遺伝子(''HhB'')が発現しており、視床下部の原基では''Nkx2.1''の相同遺伝子の発現が見られる。それらの領域から発生する神経要素も他の脊椎動物のものと対応している<ref><pubmed> 19729892 </pubmed></ref>。そして円口類のもう一つの系統であるヌタウナギでも、遺伝子の発現様式が他の脊椎動物やヤツメウナギとよく似ていることが明らかとなっている<ref><pubmed> 26878236 </pubmed></ref>。このことから、脊椎動物の歴史において、円口類と顎口類(Gnathostomes)の分岐以前の段階(すなわち脊椎動物の共通の祖先に極めて近い段階)で間脳のプロソメアを規定する分子基盤は成立していたと考えられる。現生脊椎動物の祖先が誕生したのはおよそ5億年前とされていることから、脊椎動物の間脳発生機構の起源は極めて古いといえる。ただし、間脳に入出力する神経路は動物ごとに多かれ少なかれ相違が見られる。例えば視覚系については、哺乳類以外の羊膜類では視神経は間脳の腹側でほぼ全てが交叉し(全交叉)、視神経は視床と中脳の視蓋に入力する(視神経の多くは視蓋に入力する)。そして視蓋から出た神経が視床の神経核(円形核)に入り、そこからの軸索が終脳の背側脳室稜(dorsal ventricular ridge: DVR)に投射する。一方、哺乳類では、視神経は間脳の腹側で完全には交叉しない(部分交叉あるいは半交叉)。ただし哺乳類でもクジラ類の視神経は全交叉あるいはそれに近い形態となる<ref>'''Ridgway SH'''<br>The central nervous system of the bottlenose dolphin. In: Leatherwood, S., Reeves, R.R. (Eds.), The Bottlenose Dolphin. pp. 69–97.<br>''Academic Press, San Diego, CA'':1990</ref>。視神経は間脳の外側膝状体と中脳の上丘(視蓋に相同な領域)に入力し、外側膝状体からの軸索は新皮質の一次視覚野に投射する。このとき、視神経が部分交叉する哺乳類(食肉目や霊長目)では右目由来と左目由来の外側膝状体の軸索は混じり合うこと無く視覚野に入力し、眼優位性カラム(ocular domincance column)を形成する。視覚系のみならず、聴覚系の投射様式も哺乳類と鳥類・爬虫類では異なっている。魚類でも異なる感覚の求心性投射は終脳の特定の場所に局在しているが<ref name=ref45 />、その投射領域は羊膜類とは異なる可能性がある。つまり、間脳はその発生メカニズムが確立された後、その基本形を維持しつつも、進化の過程で系統ごとに様々な改変がなされてきたと考えられる。
 間脳のプロソメア領域の起源については、現生脊椎動物の系統のうち、最も初期に分岐したとされる円口類(ヤツメウナギ類、ヌタウナギ類)において研究が進んでいる。発生期のヤツメウナギ前脳では、プロソメアを規定する遺伝子発現(''Pax6''、''Pax3/7''、''Lhx''などの相同遺伝子)が見られ、Zliには''Shh''に相同な遺伝子(''HhB'')が発現しており、視床下部の原基では''Nkx2.1''の相同遺伝子の発現が見られる。それらの領域から発生する神経要素も他の脊椎動物のものと対応している<ref><pubmed> 19729892 </pubmed></ref>。そして円口類のもう一つの系統であるヌタウナギでも、遺伝子の発現様式が他の脊椎動物やヤツメウナギとよく似ていることが明らかとなっている<ref><pubmed> 26878236 </pubmed></ref>。このことから、脊椎動物の歴史において、円口類と顎口類(Gnathostomes)の分岐以前の段階(すなわち脊椎動物の共通の祖先に極めて近い段階)で間脳のプロソメアを規定する分子基盤は成立していたと考えられる。現生脊椎動物の祖先が誕生したのはおよそ5億年前とされていることから、脊椎動物の間脳発生機構の起源は極めて古いといえる。ただし、間脳に入出力する神経路は動物ごとに多かれ少なかれ相違が見られる。例えば視覚系については、哺乳類以外の羊膜類では視神経は間脳の腹側でほぼ全てが交叉し(全交叉)、視神経は視床と中脳の視蓋に入力する(視神経の多くは視蓋に入力する)。そして視蓋から出た神経が視床の神経核(円形核)に入り、そこからの軸索が終脳の[[背側脳室稜]](dorsal ventricular ridge: DVR)に投射する。一方、哺乳類では、視神経は間脳の腹側で完全には交叉しない(部分交叉あるいは半交叉)。ただし哺乳類でもクジラ類の視神経は全交叉あるいはそれに近い形態となる<ref>'''Ridgway SH'''<br>The central nervous system of the bottlenose dolphin. In: Leatherwood, S., Reeves, R.R. (Eds.), The Bottlenose Dolphin. pp. 69–97.<br>''Academic Press, San Diego, CA'':1990</ref>。視神経は間脳の外側膝状体と中脳の上丘(視蓋に相同な領域)に入力し、外側膝状体からの軸索は新皮質の一次視覚野に投射する。このとき、視神経が部分交叉する哺乳類(食肉目や霊長目)では右目由来と左目由来の外側膝状体の軸索は混じり合うこと無く視覚野に入力し、[[眼優位性カラム]](ocular domincance column)を形成する。視覚系のみならず、聴覚系の投射様式も哺乳類と鳥類・爬虫類では異なっている。魚類でも異なる感覚の求心性投射は終脳の特定の場所に局在しているが<ref name=ref45 />、その投射領域は羊膜類とは異なる可能性がある。つまり、間脳はその発生メカニズムが確立された後、その基本形を維持しつつも、進化の過程で系統ごとに様々な改変がなされてきたと考えられる。


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