「青斑核」の版間の差分

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ラテン語:locus coeruleus アメリカ英語:locus ceruleus
ラテン語:locus coeruleus アメリカ英語:locus ceruleus  


 青斑核(nucleus locus coeruleus, LC)は広く[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の中枢神経に認められる[[橋]]の背側に位置する小さな[[神経核]]である。[[中枢神経系]]の中で最も多数のノルアドレナリン (noradrenaline, NA)含有[[ニューロン]]が集合している<ref name=ref1><pubmed>231924</pubmed></ref> <ref name=ref2><pubmed>6308694</pubmed></ref>。[[覚醒]]レベルの制御、[[選択的注意]]、[[ストレス]]、[[痛み]]の中枢性抑制、[[姿勢制御]]に関与する。
 青斑核(nucleus locus coeruleus, LC)は広く[[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の中枢神経に認められる[[橋]]の背側に位置する小さな[[神経核]]である。[[中枢神経系]]の中で最も多数の[[ノルアドレナリン]] (noradrenaline, NA)含有[[ニューロン]]が集合している<ref name="ref1"><pubmed>231924</pubmed></ref> <ref name="ref2"><pubmed>6308694</pubmed></ref>。[[覚醒]]レベルの制御、[[選択的注意]]、[[ストレス]]、[[痛み]]の中枢性抑制、[[姿勢制御]]に関与する。  


==構造==
== 構造 ==
===細胞構築===
 ヒトでは10,000から19,000個の細胞が存在するが<ref name=ref3>'''Brody H.'''<br>Cell counts in cerebral cortex and brainstem.<br>In: R. Katzman, R. D. Terry and K. L. Bick (eds). <br>Aging, Alzheimaer's Disease: Senile Dementia and Related Disorders.<br>pp. 345-352: Raven Press; 1978.</ref>、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]では1,000から1,600個<ref name=ref4><pubmed>1100685</pubmed></ref>、[[ゼブラフィッシュ]]では3から10個の細胞が存在するとされる<ref name=ref5><pubmed>8077459</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:組織蛍光法|組織蛍光法]]による研究では、LCを構成する細胞のほとんどがNA含有ニューロンである<ref name=ref6><pubmed>922502</pubmed></ref>。ラットでは非ノルアドレナリン性のニューロンは存在しないか<ref name=ref7><pubmed>6150057</pubmed></ref>、あっても非常にわずかであるとされる<ref name=ref8><pubmed>3348147</pubmed></ref>。この場合の非ノルアドレナリン性ニューロンは、GABA含有介在ニューロンとされている。[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]<ref name=ref9><pubmed>7447036</pubmed></ref>や[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]オポッサム<ref name=ref10><pubmed>8980724</pubmed></ref>のLCでは、非ノルアドレナリン性の介在ニューロンが散在すると報告されている。


===出力===
=== 細胞構築 ===


 LCニューロンは、[[大脳]]、[[視床]]、[[海馬]][[小脳]]、[[脊髄]]など中枢の主要なほとんどの脳領域にNA線維を投射し、これらの部位を支配する。このような脳全域にわたる広範な支配様式から推測されるように、LCは脳全体の機能の調節に関係している。LCニューロンの[[軸索]]は、損傷に対して高い[[再生]]能力を示すとともに、[[ストレス]]等の外界の刺激に反応して、ダイナミックに線維密度を変化させる<ref name=ref11><pubmed>2202018</pubmed></ref> <ref name=ref12><pubmed>1667552</pubmed></ref>
 ヒトでは10,000から19,000個の細胞が存在するが<ref name="ref3">'''Brody H.'''<br>Cell counts in cerebral cortex and brainstem.<br>In: R. Katzman, R. D. Terry and K. L. Bick (eds). <br>Aging, Alzheimaer's Disease: Senile Dementia and Related Disorders.<br>pp. 345-352: Raven Press; 1978.</ref>、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]では1,000から1,600個<ref name="ref4"><pubmed>1100685</pubmed></ref>、[[ゼブラフィッシュ]]では3から10個の細胞が存在するとされる<ref name="ref5"><pubmed>8077459</pubmed></ref>。[[wikipedia:ja:組織蛍光法|組織蛍光法]]による研究では、LCを構成する細胞のほとんどがNA含有ニューロンである<ref name="ref6"><pubmed>922502</pubmed></ref>。ラットでは非ノルアドレナリン性のニューロンは存在しないか<ref name="ref7"><pubmed>6150057</pubmed></ref>、あっても非常にわずかであるとされる<ref name="ref8"><pubmed>3348147</pubmed></ref>。この場合の非ノルアドレナリン性ニューロンは、GABA含有介在ニューロンとされている。[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]<ref name="ref9"><pubmed>7447036</pubmed></ref>や[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]オポッサム<ref name="ref10"><pubmed>8980724</pubmed></ref>のLCでは、非ノルアドレナリン性の介在ニューロンが散在すると報告されている。


 LC-NA神経系は標的とする細胞へ、複数の[[受容体]]を介して作用する。いままで、[[α1]]、[[α2]]および[[β]]の三つの受容体サブタイプが同定されている<ref name=ref13><pubmed>12668290</pubmed></ref>。このうちα1とβは主に[[シナプス後部]]に存在するが、α2は[[シナプス前部]]にもシナプス後部にも存在する。
=== 出力 ===


=== 入力===
 LCニューロンは、[[大脳]]、[[視床]]、[[海馬]]、[[小脳]]、[[脊髄]]など中枢の主要なほとんどの脳領域にNA線維を投射し、これらの部位を支配する。このような脳全域にわたる広範な支配様式から推測されるように、LCは脳全体の機能の調節に関係している。LCニューロンの[[軸索]]は、損傷に対して高い[[再生]]能力を示すとともに、[[ストレス]]等の外界の刺激に反応して、ダイナミックに線維密度を変化させる<ref name="ref11"><pubmed>2202018</pubmed></ref> <ref name="ref12"><pubmed>1667552</pubmed></ref>。


  LC-NA神経系は、広範な脳部位に軸索を投射しているが、LCへの入力線維は非常に限られており、主な入力は[[巨細胞性網様体傍核]](nucleus paragigantocellularis: PGI)と[[舌下神経前位核]](nucleus prepositus hypoglossus: PH)とされている<ref name=ref14><pubmed>3775363</pubmed></ref>。PGIからは[[グルタミン酸]]を介した興奮性入力が<ref name=ref15><pubmed>3193175</pubmed></ref>、PHからは[[GABA]]を介した抑制性入力が<ref name=ref16><pubmed>2769374</pubmed></ref>LCニューロンの電気活動に影響を与える。
 LC-NA神経系は標的とする細胞へ、複数の[[受容体]]を介して作用する。いままで、[[Α1]]、[[Α2]]および[[Β]]の三つの受容体サブタイプが同定されている<ref name="ref13"><pubmed>12668290</pubmed></ref>。このうちα1とβは主に[[シナプス後部]]に存在するが、α2は[[シナプス前部]]にもシナプス後部にも存在する。


==機能==
=== 入力 ===
===覚醒制御===
 [[麻酔]]下あるいは無麻酔下の動物では、LCニューロンは5 Hz以下のゆっくりとした自発発火を示す。LCに存在するすべてのニューロンは同期して発火する<ref name=ref17><pubmed>7346593</pubmed></ref>。LCニューロンは、動物の覚醒に先行して発火頻度を増加し、発火頻度が高くなるとともに覚醒レベルは高くなる。LCニューロンの発火頻度は[[ノンレム睡眠]]時に減少し、[[レム睡眠]]時では発火はほとんど消失する<ref name=ref18><pubmed>6771765</pubmed></ref>。LCニューロンを興奮させると動物は覚醒し<ref name=ref19><pubmed>1682425</pubmed></ref>、抑制すると動物の[[意識]]レベルは低下する<ref name=ref20><pubmed>8104319</pubmed></ref>。このように、LCは覚醒状態の発現と維持に重要な役割を担っている。


 LCニューロンは外界からのすべての感覚刺激に対して発火頻度を増やし、特に[[痛み]]刺激に強い興奮を示す。したがって、外界からの感覚刺激によって、眠っている動物が目覚め、覚醒している動物が覚醒レベルをさらに上げるのは、外界からの感覚刺激によってLCニューロンが興奮し脳全体にNAを放出するためである。覚醒剤による覚醒効果は、覚醒剤がNAニューロンの神経終末からNAを放出する作用があるために生じる<ref name=ref19 />。一部の[[麻酔薬]](例、クロニジン)の麻酔効果は、それら麻酔薬がLCニューロンの活動を抑制するために生じる<ref name=ref20><pubmed>8104319</pubmed></ref>
  LC-NA神経系は、広範な脳部位に軸索を投射しているが、LCへの入力線維は非常に限られており、主な入力は[[巨細胞性網様体傍核]](nucleus paragigantocellularis: PGI)と[[舌下神経前位核]](nucleus prepositus hypoglossus: PH)とされている<ref name="ref14"><pubmed>3775363</pubmed></ref>。PGIからは[[グルタミン酸]]を介した興奮性入力が<ref name="ref15"><pubmed>3193175</pubmed></ref>、PHからは[[GABA]]を介した抑制性入力が<ref name="ref16"><pubmed>2769374</pubmed></ref>LCニューロンの電気活動に影響を与える。


=== 選択的注意 ===
== 機能 ==


 LCニューロンは、新奇な刺激により強く反応し<ref name=ref21><pubmed>16022602</pubmed></ref>、同じ刺激が繰り返し与えられると、その刺激に慣れて反応は減弱する。このことは、生体が外界の新奇な刺激に対して注意するときの神経機構にLCが関与していることを示している。NAには、標的ニューロンの信号/雑音(S/N)比をあげる作用がある<ref name=ref22><pubmed>15128405</pubmed></ref> <ref name=ref23><pubmed>12492432</pubmed></ref>。NAは、標的ニューロンに対する強い入力をより強める一方で、弱い入力を抑えて強い入力を際立たせる。このように、LC-NA神経系が活性化しその神経終末でNAを放出することにより、生体にとって意味のある刺激に関連した神経回路だけが脳全体の中で際立つことになり、選択的注意が生じるとされる。
=== 覚醒制御 ===


=== ストレス ===
 [[麻酔]]下あるいは無麻酔下の動物では、LCニューロンは5 Hz以下のゆっくりとした自発発火を示す。LCに存在するすべてのニューロンは同期して発火する<ref name="ref17"><pubmed>7346593</pubmed></ref>。LCニューロンは、動物の覚醒に先行して発火頻度を増加し、発火頻度が高くなるとともに覚醒レベルは高くなる。LCニューロンの発火頻度は[[ノンレム睡眠]]時に減少し、[[レム睡眠]]時では発火はほとんど消失する<ref name="ref18"><pubmed>6771765</pubmed></ref>。LCニューロンを興奮させると動物は覚醒し<ref name="ref19"><pubmed>1682425</pubmed></ref>、抑制すると動物の[[意識]]レベルは低下する<ref name="ref20"><pubmed>8104319</pubmed></ref>。このように、LCは覚醒状態の発現と維持に重要な役割を担っている。


 LC-NAニューロンは、末梢のNA含有ニューロンである[[交感神経]]と同様にストレス刺激で興奮してNAを放出する<ref name=ref24><pubmed>3529238</pubmed></ref>。末梢の交感神経が[[内臓]]や[[血管]]を標的とするのに対して、LCは脳を標的とする中枢の交感神経系とみなされる。ストレスによるLCニューロンの興奮は、ストレスによって生じる覚醒レベルの上昇や不安などの情動反応の発現と関連している。慢性ストレスによって誘発される[[うつ病]]には、LCニューロンのNA神経線維の退縮あるいは変性が起こっている可能性が示唆されている<ref name=ref12 />。  
 LCニューロンは外界からのすべての感覚刺激に対して発火頻度を増やし、特に[[痛み]]刺激に強い興奮を示す。したがって、外界からの感覚刺激によって、眠っている動物が目覚め、覚醒している動物が覚醒レベルをさらに上げるのは、外界からの感覚刺激によってLCニューロンが興奮し脳全体にNAを放出するためである。覚醒剤による覚醒効果は、覚醒剤がNAニューロンの神経終末からNAを放出する作用があるために生じる<ref name="ref19" />。一部の[[麻酔薬]](例、クロニジン)の麻酔効果は、それら麻酔薬がLCニューロンの活動を抑制するために生じる<ref name="ref20"><pubmed>8104319</pubmed></ref>。  


=== 痛み ===
=== 選択的注意  ===


 LCは、痛みを中枢性に抑制する[[下行性抑制系]]としても働く<ref name=ref25><pubmed>6143527</pubmed></ref>。この抑制系は、LCを起始核として[[背外側索]]より下行性に[[脊髄後角]]へと投射する。LCを電気刺激したりグルタミン酸を注入したりすることで、脊髄後角細胞における痛み応答は抑制される<ref name=ref26><pubmed>1813927</pubmed></ref>。これは、[[Aδ]]や[[C線維]]の脊髄内の終末部に発現するα2受容体を介して、グルタミン酸の放出量が減少するためである。[[抗てんかん薬]]である[[gabapentin]]は[[神経因性疼痛]]治療薬としても使用されるが、LCにおいてGABA入力を抑制することによってLCを脱抑制し、下行性抑制系を活性化させることによってその作用が生じる<ref name=ref27><pubmed>19034104</pubmed></ref>
 LCニューロンは、新奇な刺激により強く反応し<ref name="ref21"><pubmed>16022602</pubmed></ref>、同じ刺激が繰り返し与えられると、その刺激に慣れて反応は減弱する。このことは、生体が外界の新奇な刺激に対して注意するときの神経機構にLCが関与していることを示している。NAには、標的ニューロンの信号/雑音(S/N)比をあげる作用がある<ref name="ref22"><pubmed>15128405</pubmed></ref> <ref name="ref23"><pubmed>12492432</pubmed></ref>。NAは、標的ニューロンに対する強い入力をより強める一方で、弱い入力を抑えて強い入力を際立たせる。このように、LC-NA神経系が活性化しその神経終末でNAを放出することにより、生体にとって意味のある刺激に関連した神経回路だけが脳全体の中で際立つことになり、選択的注意が生じるとされる。


=== 姿勢制御 ===
=== ストレス  ===


 [[姿勢制御]]の面では、LCは[[前庭脊髄反射]]にも関係する。除脳ネコにおいて、LCニューロンは、全身の傾斜による[[前庭]]入力に反応する<ref name=ref28><pubmed>2381509</pubmed></ref>。これは[[内耳]]の[[卵形嚢]]刺激による反応と考えられている。LC-NA神経系は脊髄投射を介して四肢の筋肉の活動性に影響を与え、前庭脊髄反射の利得を調整して姿勢制御に関与する。LCニューロンは[[外側半規管]]由来の入力も受けており、[[前庭自律神経反射]]に関与すると考えられている<ref name=ref29><pubmed>8705311</pubmed></ref>。  
 LC-NAニューロンは、末梢のNA含有ニューロンである[[交感神経]]と同様にストレス刺激で興奮してNAを放出する<ref name="ref24"><pubmed>3529238</pubmed></ref>。末梢の交感神経が[[内臓]][[血管]]を標的とするのに対して、LCは脳を標的とする中枢の交感神経系とみなされる。ストレスによるLCニューロンの興奮は、ストレスによって生じる覚醒レベルの上昇や不安などの情動反応の発現と関連している。慢性ストレスによって誘発される[[うつ病]]には、LCニューロンのNA神経線維の退縮あるいは変性が起こっている可能性が示唆されている<ref name="ref12" />。  


== 参考文献 ==
=== 痛み  ===


<references/>
 LCは、痛みを中枢性に抑制する[[下行性抑制系]]としても働く<ref name="ref25"><pubmed>6143527</pubmed></ref>。この抑制系は、LCを起始核として[[背外側索]]より下行性に[[脊髄後角]]へと投射する。LCを電気刺激したりグルタミン酸を注入したりすることで、脊髄後角細胞における痛み応答は抑制される<ref name="ref26"><pubmed>1813927</pubmed></ref>。これは、[[Aδ]]や[[C線維]]の脊髄内の終末部に発現するα2受容体を介して、グルタミン酸の放出量が減少するためである。[[抗てんかん薬]]である[[Gabapentin]]は[[神経因性疼痛]]治療薬としても使用されるが、LCにおいてGABA入力を抑制することによってLCを脱抑制し、下行性抑制系を活性化させることによってその作用が生じる<ref name="ref27"><pubmed>19034104</pubmed></ref>


=== 姿勢制御  ===


(執筆者:西池季隆、中村彰治 担当編集委員:藤田一郎)
 [[姿勢制御]]の面では、LCは[[前庭脊髄反射]]にも関係する。除脳ネコにおいて、LCニューロンは、全身の傾斜による[[前庭]]入力に反応する<ref name="ref28"><pubmed>2381509</pubmed></ref>。これは[[内耳]]の[[卵形嚢]]刺激による反応と考えられている。LC-NA神経系は脊髄投射を介して四肢の筋肉の活動性に影響を与え、前庭脊髄反射の利得を調整して姿勢制御に関与する。LCニューロンは[[外側半規管]]由来の入力も受けており、[[前庭自律神経反射]]に関与すると考えられている<ref name="ref29"><pubmed>8705311</pubmed></ref>。
 
== 関連項目 ==
 
*[[ノルアドレナリン]]
*[[選択的注意]]
*[[覚醒]]
*[[ストレス]]
*[[痛覚]]
*[[姿勢制御]]
 
==参考文献==
 
<references />
 
<br> (執筆者:西池季隆、中村彰治 担当編集委員:藤田一郎)