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英語名:bone morphogenetic protein  英語略称名:BMP
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0191450 若松 義雄]</font><br>
''東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2012年5月11日 原稿完成日:2012年7月5日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br>
</div>
 
{{Pfam_box
| Symbol = BMP
| Name = Bone Morphogenic Protein
| image = Protein_BMP4_PDB_1reu.png
| width =
| caption = Bone Morphogenic Protein type 4 (BMP4)
| Pfam= PF00019
| InterPro= IPR001839
| SMART=
| PROSITE= PDOC00223
| SCOP = 1tfg
| TCDB =
| OPM family=
| OPM protein=
| PDB=
{{PDB3|1ktz}}A:312-412  {{PDB3|1tgj}}A:312-412  {{PDB3|1tgk}} :312-412
{{PDB3|1tfg}} :314-414  {{PDB3|2tgi}} :314-414  {{PDB3|1kld}}A:290-390
{{PDB3|1klc}}B:290-390  {{PDB3|1kla}}A:290-390  {{PDB3|1nyu}}B:318-426
{{PDB3|1nys}}D:318-426  {{PDB3|2b0u}}B:318-426  {{PDB3|1s4y}}D:318-426
{{PDB3|1m4u}}L:327-431  {{PDB3|1bmp}} :328-431  {{PDB3|1lxi}}A:327-431
{{PDB3|1lx5}}A:327-431  {{PDB3|1es7}}A:293-396  {{PDB3|1rew}}B:293-396
{{PDB3|1reu}}A:294-396  {{PDB3|3bmp}}A:293-396  {{PDB3|2bhk}}A:397-501
{{PDB3|1waq}}A:397-501  {{PDB3|1zkz}}A:324-429  {{PDB3|1ehu}}A:290-393
{{PDB3|1ehr}}A:290-393  {{PDB3|1agq}}B:115-211
}}
 
 
英語名:bone morphogenetic protein  英語略称名:BMP 独:knochenmorphogenetische Proteine
 
同義語:骨形成タンパク質
同義語:骨形成タンパク質


 もともと、組織や[[軟骨]]の分化を誘導、促進する分子として同定された一群のタンパク質である。[[TGF-β]]スーパーファミリーに属しており、I型、II型の受容体2量体に結合し、転写因子SMADのリン酸化を経て核内にシグナル伝達される。両生類等を用いた実験から、胚の背腹軸の決定に関与していることが示され、その後も発生期の組織や器官の誘導、パターン形成、細胞死の誘導、細胞分化の制御など、発生過程の様々な場面で重要な役割をしていることが明らかとなっている。とりわけ神経系の発生過程においては、神経管や大脳の背側領域のパターン形成や、特定のニューロンの個性決定、[[神経幹細胞]]の維持、神経ー筋接合の形成などに関わる。また、BMPシグナルのこれらの活性/機能に異常が生じたことによる神経系の疾患への関与が示唆されている。
{{box|text=
 もともと、骨組織や[[軟骨]]の[[細胞分化|分化]]を誘導、促進する分子として同定された一群のタンパク質である。[[TGF-β]]スーパーファミリーに属しており、I型、II型の受容体2量体に結合し、[[転写因子]][[SMAD]]の[[リン酸化]]を経て核内にシグナル伝達される。[[wikipedia:ja:両生類|両生類]]等を用いた実験から、[[wikipedia:ja:胚|胚]]の[[wikipedia:ja:背腹軸|背腹軸]]の決定に関与していることが示され、その後も発生期の組織や器官の誘導、パターン形成、[[細胞死]]の誘導、[[細胞分化]]の制御など、発生過程の様々な場面で重要な役割をしていることが明らかとなっている。とりわけ神経系の発生過程においては、[[神経管]]や[[大脳]]の背側領域のパターン形成や、特定のニューロンの個性決定、[[神経幹細胞]]の維持、[[神経筋接合部|神経ー筋接合]]の形成などに関わる。また、BMPシグナルのこれらの活性/機能に異常が生じたことによる神経系の疾患への関与が示唆されている。
}}


==骨形成因子とは==
==骨形成因子とは==
 骨形成因子という名が示す通り、もともとは組織や軟骨の分化を誘導、促進する分子として同定された一群のタンパク質である。当初同定された8種類の蛋白質のうち、TGF-βスーパーファミリーに属するものが大部分であったが、BMP1はメタロプロテアーゼで、BMP3も同じファミリーには属していない。本稿で扱うのはTGF-βスーパーファミリーに属するBMPで、BMP2/4グループ(BMP2、BMP4)、OP-1グループ(BMP5、BMP6、BMP7、BMP8a、BMP8b)、BMP9グループ(BMP9、BMP10)、GDF5グループ(GDF5、GDF6、GDF7)に分けられる。同じ両生類等を用いた実験から、胚の背腹軸の決定に関与していることが示され、その後も発生期の組織や器官の誘導、パターン形成、細胞死の誘導、細胞分化の制御など、発生過程の様々な場面で重要な役割をしていることが明らかとなっている。
 骨形成因子という名が示す通り、もともとは骨組織や軟骨の分化を誘導、促進する分子として同定された一群のタンパク質である。当初同定された8種類のタンパク質のうち、TGF-βスーパーファミリーに属するものが大部分であったが、BMP1は[[wikipedia:ja:マトリックスメタロプロテアーゼ|メタロプロテアーゼ]]で、BMP3も同じファミリーには属していない。本稿で扱うのはTGF-βスーパーファミリーに属するBMPで、BMP2/4グループ(BMP2、BMP4)、OP-1グループ(BMP5、BMP6、BMP7、BMP8a、BMP8b)、BMP9グループ(BMP9、BMP10)、GDF5グループ(GDF5、GDF6、GDF7)に分けられる。両生類等を用いた実験から、胚の背腹軸の決定に関与していることが示され、その後も発生期の組織や器官の誘導、パターン形成、細胞死の誘導、細胞分化の制御など、発生過程の様々な場面で重要な役割をしていることが明らかとなっている。


==シグナル伝達==
==シグナル伝達==


 BMPを含むTGF−βスーパーファミリータンパク質はホモもしくはヘテロ二量体として[[リガンド]]活性を持ち、2本の[[wikipedia:ja:ペプチド鎖|ペプチド鎖]]は[[wikipedia:ja:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]によって結合している。膜貫通型の[[セリン/スレオニンリン酸化酵素]][[受容体]]であるI型、II型BMP受容体のヘテロ二量体に結合して、シグナルが細胞内に伝達される<ref><pubmed> 21565618</pubmed></ref>。BMPと受容体の結合特異性は主にI型受容体によって決められており、BMP2/4はBMPR1AやBMPR1Bに、BMP6/7はALK2に強く結合し、BMPR1Bにも弱く結合する。GDF5はBMPR1Bに結合する。[[TAK1]]/[[TAB1/2]]を介した経路や[[PKA]]を介した経路等も知られているが、主要なシグナル伝達経路は[[SMAD]]タンパク質を介した経路である。リガンドの結合によって活性化された受容体が[[SMAD1]]/[[SMAD5|5]]/[[SMAD8|8]]の[[wikipedia:ja:セリン|セリン]]/[[wikipedia:ja:スレオニン|スレオニン]]残基を[[リン酸化]]すると、リン酸化SMAD1/5/8は細胞質にある[[SMAD4]]と結合して[[wikipedia:ja:核|核]]に移行する。そこでターゲット遺伝子の[[cis制御領域]]に結合し、その[[wikipedia:ja:転写 (生物学)|転写]]を活性化する。一義的にはBMPを産生する細胞からの濃度勾配がパターンを形成するために重要であるが、細胞外では[[ノギン]](Noggin) や[[コーディン]](Chordin)などのようなBMPに結合する分泌性タンパク質によって細胞外で活性を抑制されるし、細胞内ではSMAD1/5/8に結合する抑制性[[SMAD6]]/[[SMAD7|7]]によってもBMPシグナルの調節がおこなわれる。一般には、SMAD1/5/8のリン酸化部位に対する抗体を用いた検出で、BMPシグナルの活性化分布を検出することができる。
 BMPを含むTGF−βスーパーファミリータンパク質はホモもしくはヘテロ二量体として[[リガンド]]活性を持ち、2本の[[wikipedia:ja:ペプチド鎖|ペプチド鎖]]は[[wikipedia:ja:ジスルフィド結合|ジスルフィド結合]]によって結合している。膜貫通型の[[セリン/スレオニンリン酸化酵素]][[受容体]]であるI型、II型BMP受容体のヘテロ二量体に結合して、シグナルが細胞内に伝達される<ref><pubmed> 21565618</pubmed></ref>。BMPと受容体の結合特異性は主にI型受容体によって決められており、BMP2/4は[[wikipedia:BMPR1A|BMPR1A]]やBMPR1Bに、BMP6/7はALK2に強く結合し、BMPR1Bにも弱く結合する。GDF5はBMPR1Bに結合する。[[TAK1]]/[[TAB1/2]]を介した経路や[[PKA]]を介した経路等も知られているが、主要なシグナル伝達経路は[[SMAD]]タンパク質を介した経路である。リガンドの結合によって活性化された受容体が[[SMAD1]]/[[SMAD5|5]]/[[SMAD8|8]]の[[wikipedia:ja:セリン|セリン]]/[[wikipedia:ja:スレオニン|スレオニン]]残基を[[リン酸化]]すると、リン酸化SMAD1/5/8は細胞質にある[[SMAD4]]と結合して[[wikipedia:ja:核|核]]に移行する。そこでターゲット遺伝子の[[cis制御領域]]に結合し、その[[wikipedia:ja:転写 (生物学)|転写]]を活性化する。一義的にはBMPを産生する細胞からの濃度勾配がパターンを形成するために重要であるが、細胞外では[[ノギン]](Noggin) や[[コーディン]](Chordin)などのようなBMPに結合する分泌性タンパク質によって細胞外で活性を抑制されるし、細胞内ではSMAD1/5/8に結合する抑制性[[SMAD6]]/[[SMAD7|7]]によってもBMPシグナルの調節がおこなわれる。一般には、SMAD1/5/8のリン酸化部位に対する抗体を用いた検出で、BMPシグナルの活性化分布を検出することができる。


==神経発生における機能と活性==
==神経発生における機能と活性==
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 成体[[マウス]]の[[海馬]]においては、[[神経幹細胞]]がゆっくりと増殖しながら分化したニューロン([[顆粒細胞]])を産生しているが、BMPシグナルのレベルを下げてしまうと神経幹細胞が一時的に増殖を早める一方でゆっくり増殖する幹細胞のプールが枯渇してしまい、結果的に産生するニューロンの数が減る<ref><pubmed> 20621052</pubmed></ref>。したがって、この場合ではBMPは神経幹細胞の維持をおこなっていると考えられる。
 成体[[マウス]]の[[海馬]]においては、[[神経幹細胞]]がゆっくりと増殖しながら分化したニューロン([[顆粒細胞]])を産生しているが、BMPシグナルのレベルを下げてしまうと神経幹細胞が一時的に増殖を早める一方でゆっくり増殖する幹細胞のプールが枯渇してしまい、結果的に産生するニューロンの数が減る<ref><pubmed> 20621052</pubmed></ref>。したがって、この場合ではBMPは神経幹細胞の維持をおこなっていると考えられる。


 また、[[BMP受容体Ib]]のノックアウトマウスとEmx1-creをもちいた[[BMP受容体Ia]]のコンディショナルノックアウトマウスを掛け合わせることで、[[cortical hem]]特異的にBMPシグナルを失わせたマウスが作られている<ref><pubmed> 20445055 </pubmed></ref>。このダブルノックアウト(DKO)マウスでは、[[歯状回]]が特異的に小さくなっており、顆粒細胞の数も減少している。このことは、よく知られているcortical hemの海馬の発生のオーガナイザーとして機能の少なくとも一部は、BMPシグナルによっておこなわれていることを示している。このDKOマウスは[[恐怖]]や[[不安]]を誘発する刺激に対する反応性が鈍くなる表現型を示すが、これはこれまでに示唆されている歯状回の機能とよく一致している。
 また、[[BMP受容体Ib]]の[[ノックアウトマウス]]とEmx1-creをもちいた[[BMP受容体Ia]]のコンディショナルノックアウトマウスを掛け合わせることで、[[cortical hem]]特異的にBMPシグナルを失わせた[[マウス]]が作られている<ref><pubmed> 20445055 </pubmed></ref>。このダブルノックアウト(DKO)マウスでは、[[歯状回]]が特異的に小さくなっており、顆粒細胞の数も減少している。このことは、よく知られているcortical hemの海馬の発生のオーガナイザーとして機能の少なくとも一部は、BMPシグナルによっておこなわれていることを示している。このDKOマウスは[[恐怖]]や[[不安]]を誘発する刺激に対する反応性が鈍くなる表現型を示すが、これはこれまでに示唆されている歯状回の機能とよく一致している。


==神経筋接合、BMPシグナル<ref><pubmed> 20832291</pubmed></ref>==
==神経筋接合とBMPシグナル<ref><pubmed> 20832291</pubmed></ref>==


 主にショウジョウバエの研究から、[[運動神経]]と[[筋肉]]の接合部(neuromauscular junction、[[神経筋接合部]])における[[シナプス]]形成に逆行性(retrograde)のBMPシグナルが重要な役割を果たしていることが示されている。すなわち、神経筋接合部の筋肉側から分泌されるBMP([[Glass bottom boat]](Gbb))がプレシナプスに分布する[[Wishful thinking]](Wit)、[[Thickveins]](Tkv)、[[Saxophone]](Sax)からなる受容体複合体に結合する。
 主に[[ショウジョウバエ]]の研究から、[[運動神経]]と[[筋肉]]の接合部(neuromauscular junction、[[神経筋接合部]])における[[シナプス]]形成に逆行性(retrograde)のBMPシグナルが重要な役割を果たしていることが示されている。すなわち、神経筋接合部の筋肉側から分泌されるBMP([[Glass bottom boat]](Gbb))がプレシナプスに分布する[[Wishful thinking]](Wit)、[[Thickveins]](Tkv)、[[Saxophone]](Sax)からなる受容体複合体に結合する。


 これにより、[[LIMK]]1を活性化させてシナプスを安定化するとともに、受容体によって[[Mothers against decepentaplegic]](Mad、ショウジョウバエのSMADホモログ)がリン酸化されて核内に移行して[[Trio]]などのターゲット遺伝子の転写を活性化する<ref><pubmed> 20510858 </pubmed></ref>。これらのBMPシグナル構成因子の変異体では神経筋接合部の縮小や[[神経伝達]]の低下が見られ、逆にBMPシグナルの抑制因子(例えば[[Daughters against decapetaplegic]] (Dad))の変異は神経筋接合部の過形成/肥大が認められる。
 これにより、[[LIMK]]1を活性化させてシナプスを安定化するとともに、受容体によって[[Mothers against decepentaplegic]](Mad、ショウジョウバエのSMADホモログ)がリン酸化されて核内に移行して[[Trio]]などのターゲット遺伝子の転写を活性化する<ref><pubmed> 20510858 </pubmed></ref>。これらのBMPシグナル構成因子の変異体では神経筋接合部の縮小や[[神経伝達]]の低下が見られ、逆にBMPシグナルの抑制因子(例えば[[Daughters against decapetaplegic]] (Dad))の変異は神経筋接合部の過形成/肥大が認められる。
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===遺伝性痙性対麻痺 ===
===遺伝性痙性対麻痺 ===


 [[遺伝性痙性対麻痺]](hereditary spastic paraplegia)にみられる変異遺伝子の一つである[[NIPA1]]のショウジョウバエホモログである[[spichthyin]]の変異体では、リン酸化Madが正常の4倍ほどに増え、神経筋接合部の[[シナプスボタン]](synaptic bouton)の数も2倍に増えてしまう。哺乳類細胞の培養実験からもNIPA1がBMPシグナルを抑制することが示されている。
 [[遺伝性痙性対麻痺]](hereditary spastic paraplegia)にみられる変異遺伝子の一つである[[NIPA1]]のショウジョウバエホモログである[[spichthyin]]の変異体では、リン酸化Madが正常の4倍ほどに増え、神経筋接合部の[[シナプスボタン]](synaptic bouton)の数も2倍に増えてしまう。哺乳類細胞の培養実験からもNIPA1がBMPシグナルを抑制することが示されている。


===筋萎縮性側索硬化症===
===筋萎縮性側索硬化症===
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<references/>
<references/>
(執筆者:若松義雄 担当編集委員:大隅典子)

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