「高親和性コリントランスポーター」の版間の差分

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<font size="+1">奥田 隆志</font><br>
<font size="+1">奥田 隆志</font><br>
''慶應義塾大学薬学部''<br>
''慶應義塾大学薬学部''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月11日 原稿完成日:2014年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月11日 原稿完成日:2014年7月11日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/haruokasai 河西 春郎](東京大学 大学院医学系研究科)<br>
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英語名: High-Affinity Choline Transporter 英語略名: CHT1; CHT
英語名: high-affinity choline transporter 英語略名: CHT1; CHT
 
{{box|text=
コリン作動性神経は神経伝達物質アセチルコリンの前駆体として細胞外からのコリン供給を必須とする。高親和性コリントランスポーターCHT1は、コリン作動性神経末端においてNa<sup>+</sup>濃度勾配を駆動力として細胞外からコリンを輸送する。この高親和性コリン取り込みはアセチルコリン合成の律速段階である。特に神経高頻度刺激時にはコリン取り込み活性が上昇してアセチルコリンの持続的な合成・放出を可能にする。CHT1はコリン作動性神経に特異的に発現している。
}}


{{box|text= [[コリン作動性神経]]は[[神経伝達物質]][[アセチルコリン]]の前駆体として細胞外からの[[コリン]]供給を必須とする。高親和性コリントランスポーターCHT1は、コリン作動性神経末端においてNa<sup>+</sup>濃度勾配を駆動力として細胞外からコリンを輸送する。この高親和性コリン取り込みはアセチルコリン合成の[[律速段階]]である。特に神経高頻度刺激時にはコリン取り込み活性が上昇してアセチルコリンの持続的な合成・放出を可能にする。CHT1はコリン作動性神経に特異的に発現している。}}
{{PBB|geneid=60482}}
== クローニングと構造 ==
== クローニングと構造 ==
 高親和性コリントランスポーターは2000年に線虫''Caenorhabditis elegans'' およびラットから最初にクローニングされ、CHT1と名付けられた<ref><pubmed> 10649566 </pubmed></ref>。CHT1は約580のアミノ酸からなる13回膜貫通タンパク質で、N末端は細胞外側、C末端は細胞内側に位置する<ref><pubmed> 23132865 </pubmed></ref>。Na<sup>+</sup>依存性グルコーストランスポーターファミリーに属し(SLC5A7)、他のメンバーと20 – 25%の相同性がある。
 高親和性[[コリン]]トランスポーターは2000年に[[線虫]]''[[Caenorhabditis elegans]]'' および[[ラット]]から最初にクローニングされ、CHT1と名付けられた<ref><pubmed> 10649566 </pubmed></ref>。CHT1は約580のアミノ酸からなる13回膜貫通タンパク質で、N末端は細胞外側、C末端は細胞内側に位置する<ref><pubmed> 23132865 </pubmed></ref>。Na<sup>+</sup>依存性[[グルコーストランスポーター]]ファミリーに属し([[SLC5A7]])、他のメンバーと20–25%の相同性がある。


== 発現分布 ==
== 発現分布 ==
 中枢・末梢神経系のコリン作動性神経に限局して発現しており、コリンアセチルトランスフェラーゼChATや小胞アセチルコリントランスポーターVAChTとともにコリン作動性神経の分子マーカーである。特異的抗体を用いた免疫組織化学的解析により、CHT1の組織分布が詳細に調べられている<ref><pubmed> 11483303 </pubmed></ref>。中枢神経系では、前脳基底部、線条体、脳幹、脊髄などにおけるコリン作動性神経細胞群で発現しており、特に投射領域に濃縮して局在する。末梢神経系においてもコリン作動性として知られる部位に特異的に局在する。
 中枢・末梢神経系のコリン作動性神経に限局して発現しており、[[コリンアセチルトランスフェラーゼ]][[ChAT]]や[[小胞アセチルコリントランスポーター]][[VAChT]]とともにコリン作動性神経の分子マーカーである。特異的[[抗体]]を用いた[[免疫組織化学]]的解析により、CHT1の組織分布が詳細に調べられている<ref><pubmed> 11483303 </pubmed></ref>。中枢神経系では、[[前脳基底部]]、[[線条体]]、[[脳幹]]、[[脊髄]]などにおけるコリン作動性神経細胞群で発現しており、特に投射領域に濃縮して局在する。末梢神経系においてもコリン作動性として知られる部位に特異的に局在する。


 細胞内分布については、CHT1はその生理的機能から考えて形質膜に多く局在すると想定されたが、予想に反して細胞内のシナプス小胞に多く局在する<ref><pubmed> 14585997 </pubmed></ref>。神経筋接合部での免疫電子顕微鏡解析では、90%以上のシグナルがシナプス小胞膜上に認められ、神経末端の形質膜ではごくわずかである<ref><pubmed> 15150741 </pubmed></ref>。この細胞内局在は、神経活動に依存してコリン取り込み活性が亢進することでコリン供給がアセチルコリン合成の需要を賄うという古くから知られる事実<ref><pubmed> 165430 </pubmed></ref>をよく説明するものであり、主にシナプス小胞に局在するCHT1が脱分極刺激によるエキソサイトーシスにより形質膜へ移行するためと考えられる。CHT1はクラスリン依存性エンドサイトーシスにより常時細胞内に移行することでシナプス小胞に局在すると考えられ、エンドサイトーシスにはC末端細胞内領域に存在するジロイシン様配列が関与する<ref><pubmed> 15953352 </pubmed></ref>。また、CHT1のエンドサイトーシスは細胞外のコリンによって促進される<ref><pubmed> 22016532 </pubmed></ref>。
 細胞内分布については、CHT1はその生理的機能から考えて[[形質膜]]に多く局在すると想定されたが、予想に反して細胞内の[[シナプス小胞]]に多く局在する<ref><pubmed> 14585997 </pubmed></ref>。[[神経筋接合部]]での[[免疫電子顕微鏡]]解析では、90%以上のシグナルがシナプス小胞膜上に認められ、神経末端の形質膜ではごくわずかである<ref><pubmed> 15150741 </pubmed></ref>。この細胞内局在は、神経活動に依存してコリン取り込み活性が亢進することでコリン供給がアセチルコリン合成の需要を賄うという古くから知られる事実<ref><pubmed> 165430 </pubmed></ref>をよく説明するものであり、主にシナプス小胞に局在するCHT1が脱分極刺激による[[エキソサイトーシス]]により形質膜へ移行するためと考えられる。CHT1はクラスリン依存性エンドサイトーシスにより常時細胞内に移行することでシナプス小胞に局在すると考えられ、エンドサイトーシスにはC末端細胞内領域に存在するジロイシン様配列が関与する<ref><pubmed> 15953352 </pubmed></ref>。また、CHT1のエンドサイトーシスは細胞外のコリンによって促進される<ref><pubmed> 22016532 </pubmed></ref>。


== コリン輸送とアセチルコリン合成 ==
== コリン輸送とアセチルコリン合成 ==
 CHT1はNa<sup>+</sup>濃度勾配に依存して細胞外からコリンを輸送する(''K''<sub>m</sub>: 1 – 5 &mu;M)。この輸送は起電性であるが、1分子のコリンに対して共輸送されるNa<sup>+</sup>の分子数は一義的に決まらず、膜電位に依存する <ref><pubmed> 17005849 </pubmed></ref>。コリン輸送はCl<sup>-</sup>やpHにも依存するが、Cl<sup>-</sup>はアロステリック因子として働くと考えられる。CHT1の特異的阻害剤はヘミコリニウム-3で、競合的に阻害する(''K''<sub>i</sub>: 1 – 10 nM)。CHT1によるコリン取り込みはアセチルコリン合成の律速段階である。アセチルコリンはコリン作動性神経末端でChATの触媒により合成されるが、ChATのコリンに対する親和性は低く(''K''<sub>m</sub>: 〜1 mM)、通常の細胞内コリン濃度で飽和しないのでアセチルコリン合成の律速因子にはならないと考えられる。実際にCHT1によって取り込まれたコリンは速やかにアセチルコリンに変換される。
 CHT1はNa<sup>+</sup>濃度勾配に依存して細胞外からコリンを輸送する(''K''<sub>m</sub>: 1–5 &mu;M)。この輸送は起電性であるが、1分子のコリンに対して共輸送されるNa<sup>+</sup>の分子数は一義的に決まらず、膜電位に依存する<ref><pubmed> 17005849 </pubmed></ref>。コリン輸送はCl<sup>-</sup>やpHにも依存するが、Cl<sup>-</sup>は[[アロステリック因子]]として働くと考えられる。CHT1の特異的阻害剤は[[ヘミコリニウム-3]]で、競合的に阻害する(''K''<sub>i</sub>: 1–10 nM)。CHT1によるコリン取り込みはアセチルコリン合成の律速段階である。アセチルコリンはコリン作動性神経末端でChATの触媒により合成されるが、ChATのコリンに対する親和性は低く(''K''<sub>m</sub>: 〜1 mM)、通常の細胞内コリン濃度で飽和しないのでアセチルコリン合成の律速因子にはならないと考えられる。実際にCHT1によって取り込まれたコリンは速やかにアセチルコリンに変換される。


== 生理的機能と関連疾患 ==
== 生理的機能と関連疾患 ==
 CHT1遺伝子欠損マウスはアセチルコリン合成能を欠くことにより生後間もなく呼吸不全で致死となる <ref><pubmed> 15173594 </pubmed></ref>。CHT1遺伝子欠損のヘテロマウスでは、CHT1のタンパク量は野生型に比べて約半分に減少しているものの高親和性コリン取り込み活性は変化しておらず、通常の条件下では異常は観察されない。しかし、運動負荷を与えるなどアセチルコリン合成の需要が高まる条件下では、このヘテロマウスは野生型よりも易疲労性を示す<ref><pubmed> 17010154 </pubmed></ref>。また、中枢では大脳皮質のアセチルコリンが関与する注意行動に欠陥を示す<ref><pubmed> 23392663 </pubmed></ref>。ヘテロマウスではCHT1の形質膜発現量は野生型と同程度であるものの細胞内プール量が不足しているため、神経高頻度刺激時にはCHT1の形質膜移行量が野生型より少なく、結果的にコリン供給が不足することでアセチルコリンが枯渇しやすいと考えられる。
 CHT1遺伝子欠損[[マウス]]はアセチルコリン合成能を欠くことにより生後間もなく呼吸不全で致死となる<ref><pubmed> 15173594 </pubmed></ref>。CHT1遺伝子欠損のヘテロマウスでは、CHT1のタンパク量は野生型に比べて約半分に減少しているものの高親和性コリン取り込み活性は変化しておらず、通常の条件下では異常は観察されない。しかし、運動負荷を与えるなどアセチルコリン合成の需要が高まる条件下では、このヘテロマウスは野生型よりも易疲労性を示す<ref><pubmed> 17010154 </pubmed></ref>。また、中枢では[[大脳皮質]]のアセチルコリンが関与する[[注意]]行動に欠陥を示す<ref><pubmed> 23392663 </pubmed></ref>。ヘテロマウスではCHT1の形質膜発現量は野生型と同程度であるものの細胞内プール量が不足しているため、神経高頻度刺激時にはCHT1の形質膜移行量が野生型より少なく、結果的にコリン供給が不足することでアセチルコリンが枯渇しやすいと考えられる。


 ヒトCHT1遺伝子の翻訳領域内には人種差はあるものの比較的高頻度の単一塩基多型(SNP)が存在する。このSNPはアミノ酸置換(I89V)を伴い、培養細胞発現系における機能解析ではI89V変異体のコリン取り込み活性は約半分に減少している<ref><pubmed> 12237312 </pubmed></ref>。このSNPはうつ病や注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの精神疾患と関連することが報告されている<ref><pubmed> 22483273 </pubmed></ref>。
 [[ヒト]]CHT1遺伝子の[[翻訳]]領域内には人種差はあるものの比較的高頻度の[[単一塩基多型]]([[SNP]])が存在する。このSNPはアミノ酸置換(I89V)を伴い、[[培養細胞]]発現系における機能解析ではI89V変異体のコリン取り込み活性は約半分に減少している<ref><pubmed> 12237312 </pubmed></ref>。このSNPは[[うつ病]]や[[注意欠陥・多動性障害]]([[ADHD]])などの精神疾患と関連することが報告されている<ref><pubmed> 22483273 </pubmed></ref>。


== 関連語 ==
== 関連語 ==
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