「高親和性ニューロトロフィン受容体」の版間の差分

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==分子構造==
==分子構造==
 TrkはA,B,Cともアミノ酸約800個からなり、糖鎖付加を受けて分子量140-145kDaの成熟分子となる。EGF受容体やインシュリン受容体と同じく受容体型チロシンキナーゼであり、細胞内にキナーゼドメインを持つ。細胞外には2つのシステインリッチクラスターとそれに挟まれた3つのロイシンリッチリピート、さらに2つのイムノグロブリン様ドメインがある。2つ目のイムノグロブリン様ドメインにリガンドである各ニューロトロフィンが結合する。2量体リガンドが結合するとTrk自体も2量体化し、細胞内ドメインのチロシン残基を相互にリン酸化する。このリン酸化チロシンに種々の分子が結合し、細胞内にシグナルを伝達する('''図1''')<ref name=Barbacid1994><pubmed>7852993</pubmed></ref><ref name=Barbacid1995><pubmed>7486690</pubmed></ref>  (3)。リガンド結合部位、キナーゼドメイン共に結晶構造解析がなされている
 TrkはA,B,Cともアミノ酸約800個からなり、糖鎖付加を受けて分子量140-145kDaの成熟分子となる。EGF受容体やインシュリン受容体と同じく受容体型チロシンキナーゼであり、細胞内にキナーゼドメインを持つ。細胞外には2つのシステインリッチクラスターとそれに挟まれた3つのロイシンリッチリピート、さらに2つのイムノグロブリン様ドメインがある。2つ目のイムノグロブリン様ドメインにリガンドである各ニューロトロフィンが結合する。2量体リガンドが結合するとTrk自体も2量体化し、細胞内ドメインのチロシン残基を相互にリン酸化する。このリン酸化チロシンに種々の分子が結合し、細胞内にシグナルを伝達する('''図1''')<ref name=Barbacid1994><pubmed>7852993</pubmed></ref><ref name=Barbacid1995><pubmed>7486690</pubmed></ref>  (3)。リガンド結合部位('''図2''')、キナーゼドメイン共に結晶構造解析がなされている。
[[ファイル:1he7.pdb|サムネイル|200px|図2]]
[[ファイル:1he7.pdb|サムネイル|200px|図2. ヒトTrkAリガンド結合部位の結晶構造<br><ref><pubmed> 11263982</pubmed></ref>による。]]
 


 Trkにはスプライスバリアントが複数存在するが、TrkB, TrkCにはキナーゼドメインを欠失した短いタイプ(truncated型)があり、このタイプの受容体はリガンドと結合はするが、シグナルを伝えることはできない。そのためドミナントネガティブとして働くが、それ以外の働きも示されている<ref name=Deinhardt2014><pubmed> 24668471 </pubmed></ref>  (5)。
 Trkにはスプライスバリアントが複数存在するが、TrkB, TrkCにはキナーゼドメインを欠失した短いタイプ(truncated型)があり、このタイプの受容体はリガンドと結合はするが、シグナルを伝えることはできない。そのためドミナントネガティブとして働くが、それ以外の働きも示されている<ref name=Deinhardt2014><pubmed> 24668471 </pubmed></ref>  (5)。
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 TrkA,B,Cとも末梢神経系の神経細胞に広く発現している。脳内ではTrkB, Cは幅広く分布し、ほとんどの神経細胞に発現している。一方、TrkAの発現はほぼ前脳基底野のアセチルコリン作働性神経細胞に限られておりNGFの作用も限定されている。細胞内局在では末梢系では主に前シナプスに発現し、ニューロトロフィンの標的由来/逆行性作用を受けている。TrkAは中枢でも逆行性作用が主と考えられており前シナプスに発現しているのに対し、TrkBは主に後シナプスに発現して、前シナプスから活動依存的に放出されるBDNFを受容して機能している<ref name=Nawa2001><pubmed>11718853</pubmed></ref>  (6)。
 TrkA,B,Cとも末梢神経系の神経細胞に広く発現している。脳内ではTrkB, Cは幅広く分布し、ほとんどの神経細胞に発現している。一方、TrkAの発現はほぼ前脳基底野のアセチルコリン作働性神経細胞に限られておりNGFの作用も限定されている。細胞内局在では末梢系では主に前シナプスに発現し、ニューロトロフィンの標的由来/逆行性作用を受けている。TrkAは中枢でも逆行性作用が主と考えられており前シナプスに発現しているのに対し、TrkBは主に後シナプスに発現して、前シナプスから活動依存的に放出されるBDNFを受容して機能している<ref name=Nawa2001><pubmed>11718853</pubmed></ref>  (6)。


[[ファイル:Takei Trk Fig2.png|サムネイル|'''図2. Trk受容体による細胞内情報伝達'''<br>リン酸化したチロシン残基にアダプタータンパク質(Shc, FRS2)や酵素(PLC&gamma;)のSH2ドメインが結合し、シグナルが伝わる。]]
[[ファイル:Takei Trk Fig2.png|サムネイル|'''図3. Trk受容体による細胞内情報伝達'''<br>リン酸化したチロシン残基にアダプタータンパク質(Shc, FRS2)や酵素(PLC&gamma;)のSH2ドメインが結合し、シグナルが伝わる。]]


== 生化学的機能 ==
== 生化学的機能 ==
 受容体型チロシンキナーゼに共通の仕組みとして、リガンドの結合によって受容体分子が2量体化し、キナーゼドメインによって相手側のチロシン残基がリン酸化される。リン酸化チロシンにアダプター分子が結合し、リン酸化カスケードが駆動され、様々なシグナルが細胞内に伝わる('''図2''')<ref name=Chao2003><pubmed>12671646</pubmed></ref><ref name=Huang2003><pubmed>12676795</pubmed></ref>  (7,8)。Trkの特徴として、下流シグナルも含めて、活性化の時間経過がEGF受容体などに比べて長く持続することが知られている。'''図2'''に示すようにTrkAではリン酸化したY496 (TrkBはY532, TrkCはY516)にShcあるいはFRS2が結合し、Ras-MAPK系とPI3K-Akt系が活性化される。
 受容体型チロシンキナーゼに共通の仕組みとして、リガンドの結合によって受容体分子が2量体化し、キナーゼドメインによって相手側のチロシン残基がリン酸化される。リン酸化チロシンにアダプター分子が結合し、リン酸化カスケードが駆動され、様々なシグナルが細胞内に伝わる('''図3''')<ref name=Chao2003><pubmed>12671646</pubmed></ref><ref name=Huang2003><pubmed>12676795</pubmed></ref>  (7,8)。Trkの特徴として、下流シグナルも含めて、活性化の時間経過がEGF受容体などに比べて長く持続することが知られている。TrkAではリン酸化したY496 (TrkBはY532、TrkCはY516)にShcあるいはFRS2が結合し、Ras-MAPK系とPI3K-Akt系が活性化される('''図3''')。


 ShcあるいはFRS2を介してGrb2-Sosから、癌遺伝子rasの産物で、低分子GTP結合蛋白質であるRasを活性化する。さらにRaf, MEK (MAPキナーゼキナーゼ, MAPKKとも呼ばれる)を介しErk1,2 (Extracellular regulated kinase, mitogen activated protein kinase (MAPK)とも呼ばれる)を活性化する経路であり、転写調節などメインとして多くの細胞応答を引き起こす。
 ShcあるいはFRS2を介してGrb2-Sosから、癌遺伝子rasの産物で、低分子GTP結合蛋白質であるRasを活性化する。さらにRaf、MEK (MAPキナーゼキナーゼ, MAPKKとも呼ばれる)を介しErk1,2 (Extracellular regulated kinase 1,2、あるいはmitogen activated protein kinase (MAPK)とも呼ばれる)を活性化する経路であり、転写調節などメインとして多くの細胞応答を引き起こす。


 Grb2からGab1を介して、脂質キナーゼであるphosphatidilyinositol 3-OH kinase (PI3キナーゼ, PI3K)を活性化する。PI3Kはホスファチジルイノシトール4,5-ビスホスフェート (PIP2)からPIP3を産生し、PDK1-Aktを活性化するシグナルを伝える。アポトーシスの抑制に作用しているとともに、mTORを活性化し翻訳調節などの細胞内代謝を制御している。
 Grb2からGab1を介して、脂質キナーゼであるphosphatidilyinositol 3-OH kinase (PI3キナーゼ, PI3K)を活性化する。PI3Kはホスファチジルイノシトール4,5-ビスホスフェート (PIP2)からPIP3を産生し、PDK1-Aktを活性化するシグナルを伝える。アポトーシスの抑制に作用しているとともに、mTORを活性化し翻訳調節などの細胞内代謝を制御している。
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==阻害剤とアゴニスト==
==阻害剤とアゴニスト==
 これまでTrk阻害剤としてK252aが広く使われていたが、K252aは実際はTrk特異性は高くなく、PKAやPKCを阻害するし、CaMKに対するIC50は一桁低い。後述する抗癌剤として開発された阻害剤はTrkに作用する(はず)であるが、癌研究以外ではあまり使われていない。これらはキナーゼ阻害剤であるため、キナーゼの構造の似ている各Trkに対する特異性/選択性はない<ref name=Cocco2018><pubmed>30333516</pubmed></ref> (17)。各Trkの働きを個別に阻害するためにはTrk-Fc(あるいはTrk-IgG)と言われる各Trkの細胞外ドメインとIgGのFcドメインの融合タンパクが用いられる。
 これまでTrk阻害剤としてK252aが広く使われていたが、K252aは実際はTrk特異性は高くなく、PKAやPKCを阻害するし、CaMKに対するIC50は一桁低い。抗癌剤として開発された阻害剤はTrkに作用する(はず)であるが、癌研究以外ではあまり使われていない。これらはキナーゼ阻害剤であるため、キナーゼの構造の似ている各Trkに対する特異性/選択性はない<ref name=Cocco2018><pubmed>30333516</pubmed></ref> (17)。各Trkの働きを個別に阻害するためにはTrk-Fc(あるいはTrk-IgG)と言われる各Trkの細胞外ドメインとIgGのFcドメインの融合タンパクが用いられる。


 アゴニスト、特にTrkBのアゴニストとして低分子の7,8-DHFやLM22A-4などが報告されている<ref name=Josephy-Hernandez2017><pubmed>27546056</pubmed></ref>  (18)が、完全なコンセンサスが得られているとは言い難い。
 アゴニスト、特にTrkBのアゴニストとして低分子の7,8-DHFやLM22A-4などが報告されている<ref name=Josephy-Hernandez2017><pubmed>27546056</pubmed></ref>  (18)が、完全なコンセンサスが得られているとは言い難い。