「2光子顕微鏡」の版間の差分

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== 2光子顕微鏡(多光子顕微鏡)とは ==
== 2光子顕微鏡(多光子顕微鏡)とは ==
[[ファイル:Noguchi Fig1.png|サムネイル|400px|'''図1. 2光子励起について<br>A.''' 1光子励起では、1分子の[[蛍光色素]]分子が1個の[[wj:光子|光子]]を吸収するのに対し、2光子励起では1つの蛍光色素分子が2つの光子を同時に吸収する。<br>'''B.''' 光子を吸収した蛍光色素分子は、[[wj:基底状態|基底状態]](s0)からエネルギーの高い[[wj:励起状態|励起状態]](s1)に励起される。分子内振動で[[wj:熱エネルギー|熱エネルギー]]としてエネルギーを失う緩和過程を経て励起状態の最も低い準位に至り、その後、数〜数十ナノ秒という時間([[Förster共鳴エネルギー移動#.E8.9B.8D.E5.85.89.E5.AF.BF.E5.91.BD.E3.82.A4.E3.83.A1.E3.83.BC.E3.82.B8.E3.83.B3.E3.82.B0|蛍光寿命]])の後に光子(蛍光)を放出して基底状態に戻る。2光子励起では2つの光子が1つの蛍光分子に同時に吸収されることにより励起状態に至るので、1光子励起に必要な波長(&lambda;1)の約2倍の波長(&lambda;2)で励起される。]]
[[ファイル:Noguchi Fig1.png|サムネイル|400px|'''図1. 2光子励起について<br>A.''' 1光子励起では、1分子の[[蛍光色素]]分子が1個の[[wj:光子|光子]]を吸収するのに対し、2光子励起では1つの蛍光色素分子が2つの光子を同時に吸収する。<br>'''B.''' 光子を吸収した蛍光色素分子は、[[wj:基底状態|基底状態]](s0)からエネルギーの高い[[wj:励起状態|励起状態]](s1)に励起される。分子内振動で[[wj:熱エネルギー|熱エネルギー]]としてエネルギーを失う緩和過程を経て励起状態の最も低い準位に至り、その後、数〜数十ナノ秒という時間([[Förster共鳴エネルギー移動#.E8.9B.8D.E5.85.89.E5.AF.BF.E5.91.BD.E3.82.A4.E3.83.A1.E3.83.BC.E3.82.B8.E3.83.B3.E3.82.B0|蛍光寿命]])の後に光子(蛍光)を放出して基底状態に戻る。2光子励起では2つの光子が1つの蛍光分子に同時に吸収されることにより励起状態に至るので、1光子励起に必要な波長(&lambda;1)の約2倍の波長(&lambda;2)で励起される。]]
[[ファイル:Noguchi Fig2.png|サムネイル|400px|'''図2. 2光子顕微鏡と[[共焦点顕微鏡]]の比較<br>A.''' 共焦点顕微鏡では励起光(青いシェードの部分)が通過する部分の蛍光色素分子が励起される。これに対して、2光子顕微鏡では標本中の焦点付近のみに位置する蛍光色素分子が励起される(マゼンタの点)。2光子顕微鏡では焦点付近から放出された蛍光(緑実線)に加えて、蛍光の散乱光の一部(緑点線)も検出して利用できる。共焦点顕微鏡では焦点以外からの蛍光(緑点線)はピンホールでさえぎられるため原理上利用できない。<br>'''B.''' 実際の蛍光色素の励起。 a. 緑色蛍光色素Alexafluor 488をキュベットに入れ、対物レンズ下に設置した。b. 青色光を入射したところ、入射光の経路に沿って1光子励起による緑色の蛍光が生じた。c. 波長900 nmの赤外線超短パルスレーザーを入射したところ、2光子励起による緑色の蛍光が生じた(矢印)。]]
[[ファイル:Noguchi Fig2.png|サムネイル|400px|'''図2. 2光子顕微鏡と[[共焦点顕微鏡]]の比較<br>A.''' 共焦点顕微鏡では励起光(青いシェードの部分)が通過する部分の蛍光色素分子が励起される。これに対して、2光子顕微鏡では標本中の焦点付近のみに位置する蛍光色素分子が励起される(矢頭)。2光子顕微鏡では焦点付近から放出された蛍光(緑実線)に加えて、蛍光の散乱光の一部(緑点線)も検出して利用できる。共焦点顕微鏡では焦点以外からの蛍光(緑点線)はピンホールでさえぎられるため原理上利用できない。<br>'''B.''' 実際の蛍光色素の励起。 a. 緑色蛍光色素Alexafluor 488をキュベットに入れ、対物レンズ下に設置した。b. 青色光を入射したところ、入射光の経路に沿って1光子励起による緑色の蛍光が生じた。c. 波長900 nmの赤外線超短パルスレーザーを入射したところ、2光子励起による緑色の蛍光が生じた(矢頭)。スケールバー:5 mm。]]


 光は「光子」という微粒子の集合としての性質を有している。[[蛍光分子]]は光子を吸収して10<sup>-15</sup>秒程度で[[wj:励起状態|励起状態]]に遷移し、10<sup>-9</sup>~10<sup>-8</sup>秒程度の時間([[Förster共鳴エネルギー移動#.E8.9B.8D.E5.85.89.E5.AF.BF.E5.91.BD.E3.82.A4.E3.83.A1.E3.83.BC.E3.82.B8.E3.83.B3.E3.82.B0|蛍光寿命]]という)ののちに光子を放出して基底状態に戻る。自然界に一般的に見られる蛍光現象は1つの光子が1つの蛍光色素分子に吸収される1光子励起によるものである。ところが、特殊な条件下では2個以上の光子が一度に1つの蛍光色素分子に吸収される[[多光子励起]]とよばれる現象が発生する('''図1''')。この多光子励起による蛍光を利用して蛍光分子の分布を光学的に観察する顕微鏡を[[多光子顕微鏡]]と呼んでいる。現在実装されているレーザーの性能上の制約から2個の光子が一度に吸収される2光子励起が医学・生物学研究によく用いられており、2光子顕微鏡と呼ぶことも多い。本項でも2光子励起を中心に述べる。
 光は「光子」という微粒子の集合としての性質を有している。[[蛍光分子]]は光子を吸収して10<sup>-15</sup>秒程度で[[wj:励起状態|励起状態]]に遷移し、10<sup>-9</sup>~10<sup>-8</sup>秒程度の時間([[Förster共鳴エネルギー移動#.E8.9B.8D.E5.85.89.E5.AF.BF.E5.91.BD.E3.82.A4.E3.83.A1.E3.83.BC.E3.82.B8.E3.83.B3.E3.82.B0|蛍光寿命]]という)ののちに光子を放出して基底状態に戻る。自然界に一般的に見られる蛍光現象は1つの光子が1つの蛍光色素分子に吸収される1光子励起によるものである。ところが、特殊な条件下では2個以上の光子が一度に1つの蛍光色素分子に吸収される[[多光子励起]]とよばれる現象が発生する('''図1''')。この多光子励起による蛍光を利用して蛍光分子の分布を光学的に観察する顕微鏡を[[多光子顕微鏡]]と呼んでいる。現在実装されているレーザーの性能上の制約から2個の光子が一度に吸収される2光子励起が医学・生物学研究によく用いられており、2光子顕微鏡と呼ぶことも多い。本項でも2光子励起を中心に述べる。