「2光子顕微鏡」の版間の差分

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英語名:Two-photon microscope 独:Zwei-Photonen-Mikroskop 仏:Microscope à deux photons 中:雙光子顯微鏡
英語名:two-photon microscope 独:Zwei-Photonen-Mikroskop 仏:microscope à deux photons 中:雙光子顯微鏡
 
類義語:2光子レーザー走査顕微鏡、多光子顕微鏡


{{box|text= 2光子顕微鏡はレーザー走査型蛍光顕微鏡の一種である。赤外線超短パルスレーザーを顕微鏡の対物レンズを介して標本に入射して焦点付近の蛍光色素のみを励起し、標本から返ってきた蛍光を検出してコンピュータで画像構築する。赤外線を用いるため組織浸透度に優れており、光散乱をもつ厚い組織においてこれまで最大1.6 mm程度までの深さにおける神経細胞の非侵襲観察が報告されている。また、共焦点顕微鏡に近い高い分解能 (~400 nm) での光学観察ができる。これを利用して、厚みのある生体組織や組織スライス標本における高分解能観察に用いられている。このほか、ケージド試薬の局所光分解などの2光子励起の特徴を利用した応用が行われる。}}
{{box|text= 2光子顕微鏡はレーザー走査型蛍光顕微鏡の一種である。赤外線超短パルスレーザーを顕微鏡の対物レンズを介して標本に入射して焦点付近の蛍光色素のみを励起し、標本から返ってきた蛍光を検出してコンピュータで画像構築する。赤外線を用いるため組織浸透度に優れており、光散乱をもつ厚い組織においてこれまで最大1.6 mm程度までの深さにおける神経細胞の非侵襲観察が報告されている。また、共焦点顕微鏡に近い高い分解能 (~400 nm) での光学観察ができる。これを利用して、厚みのある生体組織や組織スライス標本における高分解能観察に用いられている。このほか、ケージド試薬の局所光分解などの2光子励起の特徴を利用した応用が行われる。}}
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 さらに、そのレーザー光を顕微鏡に導き対物レンズで焦点付近に集中させ、空間的にも光子密度を(断面積比で10<sup>7</sup>倍程度に)高めることでようやく2光子励起が生じる。この2光子励起が非常に生じにくいことを利用して、対物レンズの焦点近傍の蛍光分子のみを励起し、光学顕微鏡の解像限界に近い高解像度の断層画像を2光子顕微鏡で得ることができる。2光子励起の生じやすさは光の強度の2乗に比例することから非線形光学現象と呼ばれる。
 さらに、そのレーザー光を顕微鏡に導き対物レンズで焦点付近に集中させ、空間的にも光子密度を(断面積比で10<sup>7</sup>倍程度に)高めることでようやく2光子励起が生じる。この2光子励起が非常に生じにくいことを利用して、対物レンズの焦点近傍の蛍光分子のみを励起し、光学顕微鏡の解像限界に近い高解像度の断層画像を2光子顕微鏡で得ることができる。2光子励起の生じやすさは光の強度の2乗に比例することから非線形光学現象と呼ばれる。


 実際の顕微鏡では、2光子励起される焦点はスキャンニングミラーを高速で動かすことによって走査される。標本から放出された蛍光は対物レンズで集められ、光電子増倍管(Photomultiplier)などで検出して、コンピュータを用いて画像を構築する。
 実際の顕微鏡では、2光子励起される焦点はスキャンニングミラーを高速で動かすことによって走査される。標本から放出された蛍光は対物レンズで集められ、光電子増倍管(photomultiplier)などで検出して、コンピュータを用いて画像を構築する。


 2光子励起現象はGoeppert-Mayer によって1930年頃理論的な研究が行われた<ref name=Goeppert-Mayer1931>Goeppert-Mayer, M. (1931). Über Elementarakte mit zwei Quantensprüngen. Annal Physik 9, 273-294.</ref> 。波長可変の超短パルスレーザーの改良が進むと、とくに1990年代以降から、Denk, Webbその他の研究者によって神経科学分野における高解像度蛍光顕微鏡としての応用が進められた<ref name=Denk1995>'''Denk, W., Piston, D.W., and Webb, W.W.'''<br>Two-Photon Molecular Excitation in Laser-Scanning Microscopy<br>In: Pawley J.B. (eds) Handbook of Biological Confocal Microscopy. (Springer, Boston, MA). 1995></ref><ref name=Denk1997><pubmed> 9115730 </pubmed></ref> 。
 2光子励起現象はGoeppert-Mayer によって1930年頃理論的な研究が行われた<ref name=Goeppert-Mayer1931>'''Goeppert-Mayer, M. (1931).'''<br>Über Elementarakte mit zwei Quantensprüngen. ''Annal Physik'' 9, 273-294.</ref> 。波長可変の超短パルスレーザーの改良が進むと、とくに1990年代以降から、Denk, Webbその他の研究者によって神経科学分野における高解像度蛍光顕微鏡としての応用が進められた<ref name=Denk1995>'''Denk, W., Piston, D.W., and Webb, W.W. (1995)'''<br>Two-Photon Molecular Excitation in Laser-Scanning Microscopy<br>In: Pawley J.B. (eds) ''Handbook of Biological Confocal Microscopy.'' (Springer, Boston, MA).></ref><ref name=Denk1997><pubmed> 9115730 </pubmed></ref> 。


 現在では2光子顕微鏡は各顕微鏡メーカーから市販されており、一般的な研究手段として用いられる<ref name=Yuste2005><pubmed>Yuste, R., and Konnerth, A. (2005). “Imaging in Neuroscience and Development: A Laboratory Mannual”, (Cold Spring Harbor Laboratory Press).</pubmed></ref><ref name=塗谷睦生2018>塗谷睦生 (2018). 非線形顕微鏡:顕微鏡学ハンドブック (朝倉書店).</ref><ref name=岡部繁男2018>岡部繁男 (2018). 生きた個体の観察:顕微鏡学ハンドブック (朝倉書店).</ref> 。一方、技術的な改良や新たな応用も進められている。今後は、より散乱が少ない長波長(1000 nm ~)の励起光や赤外領域の蛍光も用いやすくなると思われ、補償光学系の導入もあわせて不規則な散乱のある組織での解像度の向上が期待される。現時点ではガルバノミラーやレゾナントスキャナによるスキャンニング(走査)が主に採用されているが、音響光学素子等の普及によって、より高速で自由なスキャンニングが今後エンドユーザーでも選択可能になっていくと予想している。実験目的に応じて、スキャンニングの高速化や広域化、ライトシート顕微鏡や電子顕微鏡との組み合わせ、超解像法との組み合わせが今後も模索されていくと思われる。
 現在では2光子顕微鏡は各顕微鏡メーカーから市販されており、一般的な研究手段として用いられる<ref name=Yuste2005>'''Yuste, R., and Konnerth, A. (2005).'''<br>“Imaging in Neuroscience and Development: A Laboratory Mannual”, (Cold Spring Harbor Laboratory Press).</ref><ref name=塗谷睦生2018>'''塗谷睦生 (2018).'''<br>非線形顕微鏡
''顕微鏡学ハンドブック'' (朝倉書店).</ref><ref name=岡部繁男2018>'''岡部繁男 (2018).'''<br>生きた個体の観察 ''顕微鏡学ハンドブック'' (朝倉書店).</ref> 。一方、技術的な改良や新たな応用も進められている。今後は、より散乱が少ない長波長(1000 nm ~)の励起光や赤外領域の蛍光も用いやすくなると思われ、補償光学系の導入もあわせて不規則な散乱のある組織での解像度の向上が期待される。現時点ではガルバノミラーやレゾナントスキャナによるスキャンニング(走査)が主に採用されているが、音響光学素子等の普及によって、より高速で自由なスキャンニングが今後エンドユーザーでも選択可能になっていくと予想している。実験目的に応じて、スキャンニングの高速化や広域化、ライトシート顕微鏡や電子顕微鏡との組み合わせ、超解像法との組み合わせが今後も模索されていくと思われる。


== 特徴 ==
== 特徴 ==
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共焦点顕微鏡は組織で散乱した蛍光は原理上検出しない。これに対して2光子顕微鏡では、励起する領域を空間的に限局して高解像度を達成するので、散乱される蛍光も含めて検出できればシグナル/ノイズ比を上げることができる。したがって高い開口数かつ視野の広い(しばしば低倍の)対物レンズが2光子励起顕微鏡において検出効率を高くする。もしくは、検出器の位置を標本から見て対物レンズの反対側(トランス側)に置くことも用途によっては可能で、対物レンズよりも開口数と視野の大きい検出用の光学系を配置することもできる。
共焦点顕微鏡は組織で散乱した蛍光は原理上検出しない。これに対して2光子顕微鏡では、励起する領域を空間的に限局して高解像度を達成するので、散乱される蛍光も含めて検出できればシグナル/ノイズ比を上げることができる。したがって高い開口数かつ視野の広い(しばしば低倍の)対物レンズが2光子励起顕微鏡において検出効率を高くする。もしくは、検出器の位置を標本から見て対物レンズの反対側(トランス側)に置くことも用途によっては可能で、対物レンズよりも開口数と視野の大きい検出用の光学系を配置することもできる。
* '''空間的に限局した励起の応用'''
* '''空間的に限局した励起の応用'''
2光子励起の空間的に限局された領域のみを励起する性質がイメージング以外にも応用されている。例えば、ケージド試薬(関連事項参照)の光分解は1光子励起でも行われるが、励起光が通過する地点は全て分解されるので空間的な制限を加えることが難しい。これに対して2光子励起では1 m3程度の非常に限局された領域のみで光分解を生じさせることができる。これを利用して、例えば着目する神経細胞のそれぞれの単一シナプスにグルタミン酸やGABAなどの神経伝達物質を投与することが可能となった<ref name=Matsuzaki2011><pubmed>21536760</pubmed></ref><ref name=河西春郎2003>河西春郎 (2003). 新しいケイジドグルタミン酸と2光子励起法を用いた神経機能の解析. 細胞工学 22, 161-164</ref> 。また、photo-activatable [[GFP]](光活性化型GFP)などを用いることによって空間的に限局した領域のタンパク質のみを標識して経過観察することが可能である。逆に単一シナプスの蛍光タンパク質のみを褪色させ、蛍光の回復時間を測定することによって、着目するタンパク質の代謝あるいは拡散速度を求めることも行われる(FRAP: Fluorescence Recovery After Photobleaching)。
2光子励起の空間的に限局された領域のみを励起する性質がイメージング以外にも応用されている。例えば、ケージド試薬(関連事項参照)の光分解は1光子励起でも行われるが、励起光が通過する地点は全て分解されるので空間的な制限を加えることが難しい。これに対して2光子励起では1 m3程度の非常に限局された領域のみで光分解を生じさせることができる。これを利用して、例えば着目する神経細胞のそれぞれの単一シナプスにグルタミン酸やGABAなどの神経伝達物質を投与することが可能となった<ref name=Matsuzaki2011><pubmed>21536760</pubmed></ref><ref name=河西春郎2003>'''河西春郎 (2003).'''<br>新しいケイジドグルタミン酸と2光子励起法を用いた神経機能の解析. ''細胞工学'' 22, 161-164</ref> 。また、photo-activatable [[GFP]](光活性化型GFP)などを用いることによって空間的に限局した領域のタンパク質のみを標識して経過観察することが可能である。逆に単一シナプスの蛍光タンパク質のみを褪色させ、蛍光の回復時間を測定することによって、着目するタンパク質の代謝あるいは拡散速度を求めることも行われる(FRAP: Fluorescence Recovery After Photobleaching)。
* '''蛍光寿命画像顕微鏡(FLIM)やSHG顕微鏡法などとの同時使用'''
* '''蛍光寿命画像顕微鏡(FLIM)やSHG顕微鏡法などとの同時使用'''
2光子顕微鏡ではパルスレーザーを用いるために、蛍光寿命(上述)の測定が比較的容易で、これを実現するために追加する装置が市販されている。[[FRET]] ([[Förster共鳴エネルギー移動]])、つまり、蛍光分子同士の近接によるエネルギー移動はドナーの蛍光寿命を短くするので、この蛍光寿命画像顕微鏡法(Fluorescence Lifetime Imaging Microscopy: FLIM)を適用することによって、1種類の蛍光分子の測定で、蛍光分子の濃度によらず高い空間分解能でFRET測定が可能である。
2光子顕微鏡ではパルスレーザーを用いるために、蛍光寿命(上述)の測定が比較的容易で、これを実現するために追加する装置が市販されている。[[FRET]] ([[Förster共鳴エネルギー移動]])、つまり、蛍光分子同士の近接によるエネルギー移動はドナーの蛍光寿命を短くするので、この蛍光寿命画像顕微鏡法(Fluorescence Lifetime Imaging Microscopy: FLIM)を適用することによって、1種類の蛍光分子の測定で、蛍光分子の濃度によらず高い空間分解能でFRET測定が可能である。