CA1野

提供:脳科学辞典
2013年12月11日 (水) 17:20時点におけるTfuruya (トーク | 投稿記録)による版
ナビゲーションに移動 検索に移動

池谷 裕二松本 信圭
東京大学 大学院薬学系研究科
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2013年12月10日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:岡本 仁(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

 海馬の亜領域の一つ。CA2野およびCA3野とともにアンモン角を形成する。虚血に対して脆弱であることでも知られる。CA1野への興奮性入力の主な入力元は、同側CA3野錐体細胞からのシャッファー側枝(Schaffer collateral)、および嗅内皮質第3層の星状細胞からの側頭-アンモン角経路(temporoammonic pathway)である。側頭-アンモン角経路は、海馬の単シナプス性回路(嗅内皮質第3層→CA1野→嗅内皮質第5層)の起始点と考えることが多い。本稿ではもっとも解明の進んでいる齧歯目(ラットおよびマウス)のCA1野について記載する。

細胞種

 海馬の主要な細胞は錐体細胞(pyramidal cell)である。錐体細胞層は、細胞の大きさと形状から、さらにCA1野、CA2野、CA3野と3つに分類される[1, 2]。CAは、フランスの解剖学者Garengeotが1742年にアンモン角(cornu ammonis)と名付けたことに由来している。

 海馬錐体細胞の細胞体は錐体細胞層の厚みの方向に約3~6個、同じ向きに並んでいる。錐体細胞は細胞体層を挟んで両方向に樹状突起を伸ばしている。尖端樹状突起(apical dendrite)は細胞体の尖頂側(錐体細胞の形は円錐形である)から起始し、海馬の中心方向(歯状回側)へと伸びている。CA1野の錐体細胞は、存在する層やカルビンジンに対する免疫標識によって3つのサブタイプに分類される[3-7]。

 海馬錐体細胞の樹状突起の定量的な解析の結果、CA1錐体細胞は位置によらず樹状突起の規模はほぼ一定で、平均すると全長は約12,000~13,000 μmであることが知られている[8, 9]。平均的なCA1錐体細胞は興奮性入力を30,000、抑制性入力を1,700ほど持っていると見積もられている[9]。抑制性入力は尖端樹状突起の近位に多く、スパインを介さずに主軸(shaft)に直接入力している[10]。

 錐体細胞層以外の層に存在するニューロンはインターニューロン(interneuron)と推定されるが、必ずしもこの限りではない。例えば、CA1野の放線状層からは、樹状突起にスパインを有する大きな細胞を見出している。このニューロンの軸索は海馬采(fimbria)に向かい、ミエリン化されていて太い[5]。

 インターニューロンは古来、局所に集中した軸索叢(plexus)を持ち、GABA(抑制性神経伝達物質のひとつ)を放出し、樹状突起にスパインがない神経細胞として定義されている。細胞標識法や電気生理学的な記録法が進歩し、インターニューロンは従来考えられていたよりもずっと多様であることがわかり、伝統的な定義だけでは、どれも必ず例外が現れる[11]。しかし実質上は、歯状回や海馬のインターニューロンのほとんどは、シナプス標的を局所に持ち、スパインを欠き、GABA作動性であると大雑把に捉えて問題はない[12]。海馬CA1野のインターニューロンには、存在する場所やシナプス標的によって、少なくとも21種の亜種が存在する[13]。

解剖学的特徴

 上昇層(stratum oriens)、錐体細胞層(stratum pyramidale)、放線状層(stratum radiatum)、網状分子層(stratum lacunosum-moleculare)の4領域からなる。

 CA3野とは異なり、CA1錐体細胞はCA1野内で目立った軸索側枝(連合線維)を形成していない。CA1野の軸索は白板(alveus)や上昇層の中を海馬支脚に向かって走行するが、時折、その側枝が上昇層や錐体細胞層に進入している。

 また、CA1錐体細胞には2種の海馬体内の投射が存在する。一つはすぐ脇の海馬支脚への投射であり、これは整然とした空間的配置を持っている。もう一つは、嗅内皮質の深層への投射である。

 CA1錐体細胞の軸索は上昇層もしくは白板を伸長し、海馬支脚の方向に鋭く折れ曲がっている。海馬支脚に到達した軸索は、錐体細胞層方向に再び入り込み、錐体細胞層および分子層中で網目状に細かく枝分かれする。勾配(gradient)則に従った、CA3野からCA1野への投射とは異なり、CA1野からの海馬支脚への投射はカラム状になっている。CA1c野(CA1野の中でCA3野に近い側)からの投射は遠位海馬支脚(海馬支脚をCA1野からの距離で3分割にした部分のうちCA1野から遠い部分)に投射しており、CA1a野からの投射は境界を横切ってすぐの近位海馬支脚(海馬支脚をCA1野からの距離で3分割にした部分のうちCA1野から近い部分)に投射している。CA1b野は中位海馬支脚に投射している。さらに、西洋ワサビペルオキシダーゼをCA1錐体細胞1個1個に注入し、個々の軸索を可視化した実験によって、CA1軸索が海馬支脚の錐体細胞層の約3分の1の幅ごとに分かれて投射しているこが示されている。この解剖学的特徴からCA1野から海馬支脚への投射は、その構造形態によって、3つに分けられることになる。

 CA1野は嗅内皮質に情報を戻す最初の海馬の部位という意味で、歯状回や他の海馬亜領域(CA3野、CA2野)とは決定的に性格を異にしている。CA1野から嗅内皮質への投射は、海馬のすべての長軸および短軸から広く起始し、主に内側嗅内皮質へ投射しているが、一部は外側嗅内皮質へも投射している。これらの投射の多くは嗅内皮質第5層を標的としている。

場所細胞との関連

 場所細胞とは、動物が特定の場所(場所受容野)に存在する時に、高い頻度で発火するニューロンのことである。場所細胞は、Tolmanが提唱した認知地図仮説の裏付けともされている。

 海馬CA1野の場所細胞の細胞内動態(発火メカニズム)は、生体動物を対象としたパッチクランプ記録法により明らかになった[14]。また、ある錐体細胞が場所受容野を持つか持たないか、すなわち、場所細胞となるかならないかは、細胞の内因的特性によって予め決まっている[15]。また海馬CA1錐体細胞は、脱分極性および過分極性電流の注入により、可逆的に場所細胞へと変化することも知られている[16]。