「Forkhead box protein P2」の版間の差分

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==神経系におけるFOXP2の機能と発現部位==
==神経系におけるFOXP2の機能と発現部位==
[[ファイル:Sugiyama&Osumi_figure2.jpg|300px|thumb|'''図2.Foxp2の発現パターン'''<br> (A)マウス14日齢の大脳新皮質領域<br>(B)マウス30日齢の小脳皮質領域]]
 Foxp2の生体における機能を知るため、発生工学的に遺伝子機能を欠損させたノックアウトマウスや <ref name=French_2007 />、KE家に見られる遺伝子変異(R552H)を挿入したノックインマウス <ref name=Fujita_2008><pubmed> 18287060 </pubmed></ref>  <ref name=Groszer_2008><pubmed>  18328704 </pubmed></ref>が作製された。Foxp2のノックアウトマウスでは小脳の縮小が見られた <ref name=French_2007 />。同様にFoxp2の変異ノックインホモ接合マウス(R552H/R552H)でも小脳の縮小、小脳[[プルキンエ細胞]]数の減少、さらに樹状突起の[[シナプス]]後部に発現するシナプトフィジンの発現も減少していた <ref name=Fujita_2008 />。またR552H/R552Hマウスは新生仔が発する超音波による鳴き声(ultrasonic vocalization, USV)の減少という表現型が得られた <ref name=Fujita_2008 />。一方、ヘテロ接合ノックインマウスR552H/+では、形態的に小脳は正常なマウスとほとんど変わらなかったが、行動学的には、全般的な運動機能の障害や、線条体と[[小脳の神経回路]]におけるシナプス可塑性の異常、ホモ接合ノックインマウスR552H/ R552H に比べてマイルドなUSVの異常が見られた <ref name=Fujita_2008 /> <ref name=Groszer_2008 />。
 Foxp2の生体における機能を知るため、発生工学的に遺伝子機能を欠損させたノックアウトマウスや <ref name=French_2007 />、KE家に見られる遺伝子変異(R552H)を挿入したノックインマウス <ref name=Fujita_2008><pubmed> 18287060 </pubmed></ref>  <ref name=Groszer_2008><pubmed>  18328704 </pubmed></ref>が作製された。Foxp2のノックアウトマウスでは小脳の縮小が見られた <ref name=French_2007 />。同様にFoxp2の変異ノックインホモ接合マウス(R552H/R552H)でも小脳の縮小、小脳[[プルキンエ細胞]]数の減少、さらに樹状突起の[[シナプス]]後部に発現するシナプトフィジンの発現も減少していた <ref name=Fujita_2008 />。またR552H/R552Hマウスは新生仔が発する超音波による鳴き声(ultrasonic vocalization, USV)の減少という表現型が得られた <ref name=Fujita_2008 />。一方、ヘテロ接合ノックインマウスR552H/+では、形態的に小脳は正常なマウスとほとんど変わらなかったが、行動学的には、全般的な運動機能の障害や、線条体と[[小脳の神経回路]]におけるシナプス可塑性の異常、ホモ接合ノックインマウスR552H/ R552H に比べてマイルドなUSVの異常が見られた <ref name=Fujita_2008 /> <ref name=Groszer_2008 />。
 FOXP2/Foxp2の発現部位に関しては、齧歯類の胚と成体、[[胎生期]]のヒトにおいて解析が為されている(鳴禽については別の項で記述する)。FOXP2/Foxp2は、感覚神経核、辺縁系神経核、大脳新皮質、そして運動機能に関わる領域(小脳や線条体、橋など)において広範な発現パターンを示す (図1) <ref name=Ferland_2003 /> <ref name=Gray_2008><pubmed> 18218908 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12876151 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 19463901 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12815709 </pubmed></ref> <ref name=Teramitsu_2004 />。なお、Foxp2は脳だけでなく、肺や[[心臓]]、腸にも発現が見られ <ref name=Shu_2001 />、肺発生においては肺上皮細胞の[[分化]]にFoxp2が関与していることが報告されている <ref name=Shu_2001 />。またFoxp2は呼吸中枢の橋背側部にも発現が認められている <ref name=Gray_2008 />。図2にマウス脳におけるFoxp2発現パターンの例を示す。
 FOXP2/Foxp2の発現部位に関しては、齧歯類の胚と成体、[[胎生期]]のヒトにおいて解析が為されている(鳴禽については別の項で記述する)。FOXP2/Foxp2は、感覚神経核、辺縁系神経核、大脳新皮質、そして運動機能に関わる領域(小脳や線条体、橋など)において広範な発現パターンを示す (図1)<ref name=Ferland_2003 /> <ref name=Gray_2008><pubmed> 18218908 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12876151 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 19463901 </pubmed></ref> <ref><pubmed> 12815709 </pubmed></ref> <ref name=Teramitsu_2004 />。なお、Foxp2は脳だけでなく、肺や[[心臓]]、腸にも発現が見られ <ref name=Shu_2001 />、肺発生においては肺上皮細胞の[[分化]]にFoxp2が関与していることが報告されている <ref name=Shu_2001 />。またFoxp2は呼吸中枢の橋背側部にも発現が認められている <ref name=Gray_2008 />。図2にマウス脳におけるFoxp2発現パターンの例を示す。
 
[[ファイル:Sugiyama&Osumi_figure2.jpg|300px|thumb|'''図2.Foxp2の発現パターン'''<br> (A)マウス14日齢の大脳新皮質領域<br>(B)マウス30日齢の小脳皮質領域]]


==FOXP2発現に依拠した神経回路モデル==
==FOXP2発現に依拠した神経回路モデル==
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==Foxp2と鳴禽の歌学習==
==Foxp2と鳴禽の歌学習==
[[ファイル:Osumi_Foxp2_Fig4.jpg|300px|thumb|'''図3.鳴禽の歌学習に関わる神経回路の模式図''' ]]
 鳴禽は、生得的に歌うだけでなく、[[模倣]]することを通して歌学習を行う。鳴禽が歌うことに関わる脳領域にFoxp2の発現が見られることが報告されている(詳細は後述)。このことから種間を超えたFOXP2の類似点に注目が集まり、研究が進められてきた。進化の過程で哺乳類と鳥類が分かれたのは3億年前と言われている。鳴禽の一種であるゼブラフィンチとマウスのFoxp2タンパク質の違いは5アミノ酸であり、ゼブラフィンチとヒトでは8アミノ酸異なる <ref name=Haesler_2004><pubmed> 15056696 </pubmed></ref>。つまり、ヒトとゼブラフィンチの間でFOXP2タンパク質は98%以上が同一である。また、ゼブラフィンチ脳内でのFoxp2の発現パターンはヒト胎児脳の発現パターンと非常に類似していることが報告されている <ref name=Teramitsu_2004 />。
 鳴禽は、生得的に歌うだけでなく、[[模倣]]することを通して歌学習を行う。鳴禽が歌うことに関わる脳領域にFoxp2の発現が見られることが報告されている(詳細は後述)。このことから種間を超えたFOXP2の類似点に注目が集まり、研究が進められてきた。進化の過程で哺乳類と鳥類が分かれたのは3億年前と言われている。鳴禽の一種であるゼブラフィンチとマウスのFoxp2タンパク質の違いは5アミノ酸であり、ゼブラフィンチとヒトでは8アミノ酸異なる <ref name=Haesler_2004><pubmed> 15056696 </pubmed></ref>。つまり、ヒトとゼブラフィンチの間でFOXP2タンパク質は98%以上が同一である。また、ゼブラフィンチ脳内でのFoxp2の発現パターンはヒト胎児脳の発現パターンと非常に類似していることが報告されている <ref name=Teramitsu_2004 />。


 鳴禽の歌学習に関わる神経回路においてFoxp2が発現していることは非常に興味深い。ヒトの前頭葉-線条体経路と相同の神経回路が鳴禽の脳内に存在する。ヒトの[[大脳皮質]]に相当する鳥類の皮質領野(high vocal center: HVC)とヒトの線条体に相当する鳥類の領野XにFoxp2が発現している <ref name=Haesler_2004 />。HVCから領野Xへ、領野Xは視床の背外側視床の内側核(DLM核)へ、DLM核は皮質の前線条体の外側大細胞部(LMAN核)へと軸索が投射され、LMAN核は歌の生成に関わる神経回路に軸索投射する(図4) <ref name=Scharff_2004><pubmed> 15313783 </pubmed></ref>。またFoxp2は領野Xに発現があるだけでなく、鳴禽の歌学習時に発現量が上昇する<ref name=Haesler_2004 />。HVCとLMANからの投射がある[[終脳]]核(robustus arcopallialis: RA)は歌の機能に関わる[[運動ニューロン]]に投射する <ref name=Scharff_2004 /> <ref name=Teramitsu_2004 />。
 鳴禽の歌学習に関わる神経回路においてFoxp2が発現していることは非常に興味深い。ヒトの前頭葉-線条体経路と相同の神経回路が鳴禽の脳内に存在する。ヒトの[[大脳皮質]]に相当する鳥類の皮質領野(high vocal center: HVC)とヒトの線条体に相当する鳥類の領野XにFoxp2が発現している <ref name=Haesler_2004 />。HVCから領野Xへ、領野Xは視床の背外側視床の内側核(DLM核)へ、DLM核は皮質の前線条体の外側大細胞部(LMAN核)へと軸索が投射され、LMAN核は歌の生成に関わる神経回路に軸索投射する(図4) <ref name=Scharff_2004><pubmed> 15313783 </pubmed></ref>。またFoxp2は領野Xに発現があるだけでなく、鳴禽の歌学習時に発現量が上昇する<ref name=Haesler_2004 />。HVCとLMANからの投射がある[[終脳]]核(robustus arcopallialis: RA)は歌の機能に関わる[[運動ニューロン]]に投射する <ref name=Scharff_2004 /> <ref name=Teramitsu_2004 />。
[[ファイル:Osumi_Foxp2_Fig4.jpg|200px|thumb|'''図3.鳴禽の歌学習に関わる神経回路の模式図''' ]]


==FOXP2の進化==
==FOXP2の進化==
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<references/>
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マーティン 神経解剖学 テキストとアトラス 西村書店
 28. '''ジョン・H・マーティン'''<br>
    マーティン 神経解剖学 テキストとアトラス<br> 
  ''西村書店'' 2007