「Forkhead box protein P2」の版間の差分

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 1900年に、重篤な[[発話障害]]または[[言語障害]]がある家系(KE家)が報告された<ref><pubmed> 2332125 </pubmed></ref>。3世代にわたって総計37名中15名で言語障害が認められたが[Watkin et al., Brain, 2002] <ref><pubmed> 11872605</pubmed></ref>、[[聾]]や[[精神遅滞]]などの非言語的障害はなく、言語獲得にのみ障害が認められた。多くの例において、発語において文法的な誤りがあり、さまざまな段階での言語理解が難しいという特徴があった。また運動面においても症状があり、四肢などに運動障害は認められないが、口周囲や顔面の[[運動失調]]が報告されている[Watkins, Dronkers & Vargha-Khadem, Brain, 2002] <ref><pubmed> 11872604</pubmed></ref>。[[MRI]]を用いた研究から、言語機能と関連する脳領域における異常がある可能性が示された[Liegeois et al., Nature Neurosci, 2003] <ref><pubmed>14555953</pubmed></ref>。
 1900年に、重篤な[[発話障害]]または[[言語障害]]がある家系(KE家)が報告された<ref><pubmed> 2332125 </pubmed></ref>。3世代にわたって総計37名中15名で言語障害が認められたが[Watkin et al., Brain, 2002] <ref><pubmed> 11872605</pubmed></ref>、[[聾]]や[[精神遅滞]]などの非言語的障害はなく、言語獲得にのみ障害が認められた。多くの例において、発語において文法的な誤りがあり、さまざまな段階での言語理解が難しいという特徴があった。また運動面においても症状があり、四肢などに運動障害は認められないが、口周囲や顔面の[[運動失調]]が報告されている[Watkins, Dronkers & Vargha-Khadem, Brain, 2002] <ref><pubmed> 11872604</pubmed></ref>。[[MRI]]を用いた研究から、言語機能と関連する脳領域における異常がある可能性が示された[Liegeois et al., Nature Neurosci, 2003] <ref><pubmed>14555953</pubmed></ref>。


 KE家の詳細な遺伝学的解析から、発話・言語障害の原因となる遺伝子座(SPCH1)が第7染色体長腕上の7q31という領域にあることが同定された<ref><pubmed> 9462748 </pubmed></ref>。さらに、KE家とは血縁関係になく、類似の発話・言語機能障害を持つC.S.氏の遺伝子を解析することにより、発話・言語機能障害の原因となる遺伝子領域が絞りこまれ、発話・言語障害の原因遺伝子として[[転写制御因子]]であるForkhead box protein P2 (FOXP2)が同定された<ref><pubmed> 10880297 </pubmed></ref><ref name=Lai2001><pubmed> 11586359 </pubmed></ref>。
 KE家の詳細な遺伝学的解析から、発話・言語障害の原因となる遺伝子座(SPCH1)が第7染色体長腕上の7q31という領域にあることが同定された<ref><pubmed> 9462748 </pubmed></ref>。さらに、KE家とは血縁関係になく、類似の発話・言語機能障害を持つC.S.氏の遺伝子を解析することにより、発話・言語機能障害の原因となる遺伝子領域が絞りこまれ、発話・言語障害の原因遺伝子として[[転写制御因子]]をコードするForkhead box protein P2 (FOXP2)が同定された<ref><pubmed> 10880297 </pubmed></ref><ref name=Lai2001><pubmed> 11586359 </pubmed></ref>。


 [[言語]]は単なる音声ではなく、意思疎通を取るためのコミュニケーションツールの一つである。言語は、[[視覚]]や[[聴覚]]という[[感覚系]]を介して脳に情報を入力し、発話や筆記、[[ジェスチャー]]といった運動系によって出力される。感覚系と運動系の間の脳における情報処理は、言語における重要な特質である。これまで言語の研究は伝統的には、言語学や心理学の観点から為されてきたが、[[fMRI]]等の脳画像情報が得られるようになり、認知科学者も参画するようになった。さらに、ヒトの発話・言語機能の発達に関わる遺伝子FOXP2の発見により、言語の起源や獲得、神経生物学的側面についても研究が進むようになった。
 [[言語]]は単なる音声ではなく、意思疎通を取るためのコミュニケーションツールの一つである。言語は、[[視覚]]や[[聴覚]]という[[感覚系]]を介して脳に情報を入力し、発話や筆記、[[ジェスチャー]]といった運動系によって出力される。感覚系と運動系の間の脳における情報処理は、言語における重要な特質である。これまで言語の研究は伝統的には、言語学や心理学の観点から為されてきたが、[[fMRI]]等の脳画像情報が得られるようになり、認知科学者も参画するようになった。さらに、ヒトの発話・言語機能の発達に関わる遺伝子''FOXP2''の発見により、言語の起源や獲得、神経生物学的側面についても研究が進むようになった。


==構造==
==構造==
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{| class="wikitable"
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|+表2.ヒトFOXP2および齧歯類Foxp2の発現部位
|+表2.ヒト''FOXP2''および齧歯類''Foxp2''の発現部位
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|'''・感覚受容に関わる領域'''<br>
|'''・感覚受容に関わる領域'''<br>
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 以下、FOXP1/2/4(およびこれらのオーソログ)の脳内の各領域における発現パターンについて記述する。
 以下、FOXP1/2/4(およびこれらのオーソログ)の脳内の各領域における発現パターンについて記述する。
===大脳皮質===
===大脳皮質===
 脊椎動物の皮質領域において、FOXP1とFOXP2(およびこれらのオーソログ)の発現は相補的である。マウス脳にて、Foxp1は終脳内投射神経細胞(intra-telencephalic projection neurons および第VIa層の皮質-視床路投射神経細胞(cortico-thalamic projection neuron) に発現している<ref name=Hisaoka2010><pubmed>20040367</pubmed></ref>(Hisaoka et al., 2010)。一方、Foxp2は第VI層皮質-視床路投射神経細胞と第V層錐体路神経細胞に発現している<ref name=Campbell2009><pubmed>18972576</pubmed></ref><ref name=Hisaoka2010 /><ref><pubmed>31099752</pubmed></ref><ref><pubmed>24014670</pubmed></ref>(Campbell et al., 2009; Hisaoka et al., 2010; Kast et al., 2019; Sorensen et al., 2015)。このマウス皮質領域におけるFoxp1とFoxp2の発現パターンは(Foxp1は上層側、Foxp2は下層側)、他の脊椎動物([[コウモリ]]、サル、ヒト)においても保存される傾向にある<ref name=RodenasCuadrado2018 ><pubmed>29297931</pubmed></ref><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Teramitsu2004 />(Rodenas-Cuadrado et al., 2018; Takahashi et al., 2008; Teramitsu et al., 2004)。FOXP4およびこのオーソログの発現は、[[ラット]]皮質では一過性の発現が確認されているが、成体期のゼブラフィンチでは広範な皮質領域に発現が見られる<ref name=Mendoza2015 />(Mendoza et al., 2015)。
 脊椎動物の皮質領域において、''FOXP1''と''FOXP2''(およびこれらのオーソログ)の発現は相補的である。マウス脳にて、Foxp1は終脳内投射神経細胞(intra-telencephalic projection neurons および第VIa層の皮質-視床路投射神経細胞(cortico-thalamic projection neuron) に発現している<ref name=Hisaoka2010><pubmed>20040367</pubmed></ref>(Hisaoka et al., 2010)。一方、Foxp2は第VI層皮質-視床路投射神経細胞と第V層錐体路神経細胞に発現している<ref name=Campbell2009><pubmed>18972576</pubmed></ref><ref name=Hisaoka2010 /><ref><pubmed>31099752</pubmed></ref><ref><pubmed>24014670</pubmed></ref>(Campbell et al., 2009; Hisaoka et al., 2010; Kast et al., 2019; Sorensen et al., 2015)。このマウス皮質領域における''Foxp1''と''Foxp2''の発現パターンは(''Foxp1''は上層側、''Foxp2''は下層側)、他の脊椎動物([[コウモリ]]、サル、ヒト)においても保存される傾向にある<ref name=RodenasCuadrado2018 ><pubmed>29297931</pubmed></ref><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Teramitsu2004 />(Rodenas-Cuadrado et al., 2018; Takahashi et al., 2008; Teramitsu et al., 2004)。''FOXP4''およびこのオーソログの発現は、[[ラット]]皮質では一過性の発現が確認されているが、成体期のゼブラフィンチでは広範な皮質領域に発現が見られる<ref name=Mendoza2015 />(Mendoza et al., 2015)。


===海馬体===
===海馬体===
 哺乳類において、FOXP1とそのオーソログの発現は[[CA1]]および[[海馬台]]に見られる<ref name=Ferland2003 /><ref name=Takahashi2008><pubmed>18461604</pubmed></ref>(Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2008)。FOXP2とそのオーソログの発現は種によって異なり、マウスではほとんど発現していないが、コウモリのCA1では高い発現レベルを示すことが報告されている<ref name=Ferland2003 />b<ref name=Takahashi2008 /><ref name= RodenasCuadrado2018 />(Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2003; 2008; Saunders et al., 2018; Rodenas-Cuadrado et al., 2018)。FOXP4とそのオーソログは胎生期の齧歯類[[海馬体]]領域にて、一時的に広範な発現が見られるが、生後になってからその発現レベルは低下する<ref name=Ferland2003 /><ref name=Takahashi2003 /><ref name=Takahashi2008 />(Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2008)。
 哺乳類において、''FOXP1''とそのオーソログの発現は[[CA1]]および[[海馬台]]に見られる<ref name=Ferland2003 /><ref name=Takahashi2008><pubmed>18461604</pubmed></ref>(Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2008)。''FOXP2''とそのオーソログの発現は種によって異なり、マウスではほとんど発現していないが、コウモリのCA1では高い発現レベルを示すことが報告されている<ref name=Ferland2003 />b<ref name=Takahashi2008 /><ref name= RodenasCuadrado2018 />(Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2003; 2008; Saunders et al., 2018; Rodenas-Cuadrado et al., 2018)。''FOXP4''とそのオーソログは胎生期の齧歯類[[海馬体]]領域にて、一時的に広範な発現が見られるが、生後になってからその発現レベルは低下する<ref name=Ferland2003 /><ref name=Takahashi2003 /><ref name=Takahashi2008 />(Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2008)。


===扁桃体===
===扁桃体===
 脊椎動物の[[扁桃体]]抑制性[[介在細胞]]群([[intercalated nucleus]], [[ITC]])において、FOXP2およびそのオーソログの発現は高度に保存されている<ref name=Campbell2009 /><ref name=Ferland2003 /><ref name=Kaoru2010><pubmed>20004711</pubmed></ref><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Vicario2017><pubmed>27160258</pubmed></ref>(Campbell et al., 2009; Ferland et al., 2003; Kaoru et al., 2010; Takahashi et al., 2008; Vicario et al., 2017)。齧歯類の扁桃体において、Foxp1/2/4の発現はほとんど重ならないことが報告されている<ref name=Campbell2009 /><ref name=Ferland2003 /><ref name=Kaoru2010 /><ref name=Takahashi2008 />(Campbell et al., 2009; Ferland et al., 2003; Kaoru et al., 2010; Takahashi et al., 2008)。
 脊椎動物の[[扁桃体]]抑制性[[介在細胞]]群([[intercalated nucleus]], [[ITC]])において、''FOXP2''およびそのオーソログの発現は高度に保存されている<ref name=Campbell2009 /><ref name=Ferland2003 /><ref name=Kaoru2010><pubmed>20004711</pubmed></ref><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Vicario2017><pubmed>27160258</pubmed></ref>(Campbell et al., 2009; Ferland et al., 2003; Kaoru et al., 2010; Takahashi et al., 2008; Vicario et al., 2017)。齧歯類の扁桃体において、''Foxp1''/''2''/''4''の発現はほとんど重ならないことが報告されている<ref name=Campbell2009 /><ref name=Ferland2003 /><ref name=Kaoru2010 /><ref name=Takahashi2008 />(Campbell et al., 2009; Ferland et al., 2003; Kaoru et al., 2010; Takahashi et al., 2008)。


===大脳基底核===
===大脳基底核===
 脊椎動物の大脳[[基底核]]において、FOXP1/2(およびそれらのオーソログ)の発現パターンは保存されている。線条体では、広範な領域にFOXP1(およびそのオーソログ)が発現しており、FOXP2(およびそのオーソログ)の発現は限定的である<ref name=Takahashi2003 /><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Fong2018><pubmed>30031127</pubmed></ref><ref name=Saunders2018><pubmed>30096299</pubmed></ref><ref name=Vernes2011><pubmed>21765815</pubmed></ref><ref name=Campbell2009><pubmed>18972576</pubmed></ref><ref name=Lai2003><pubmed>12876151</pubmed></ref><ref name=Teramitsu2004 /><ref name=Haesler2007><pubmed>18052609</pubmed></ref>(Takahashi et al., 2003; 2008; Fong et al., 2018; Saunders et al., 2018; Vernes et al., 2011; Campbell et al., 2009; Lai et al., 2003; Teramitsu et al., 2004; Haesler et al., 2004)。[[淡蒼球]]では、FOXP1(およびそのオーソログ)の発現は無く、FOXP2(およびそのオーソログ)の発現レベルは低い<ref name=Ferland2003 /><ref name=Lai2003 /><ref name=Teramitsu2004 />(Ferland et al., 2003; Lai et al., 2003; Teramitsu et al., 2004)。齧歯類Foxp4の発現は発達期に限定しているが、ゼブラフィンチでは成体期までFoxP4の発現は維持される<ref name=Mendoza2015 />(Mendoza et al., 2015)。
 脊椎動物の大脳[[基底核]]において、''FOXP1''/''2''(およびそれらのオーソログ)の発現パターンは保存されている。線条体では、広範な領域に''FOXP1''(およびそのオーソログ)が発現しており、''FOXP2''(およびそのオーソログ)の発現は限定的である<ref name=Takahashi2003 /><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Fong2018><pubmed>30031127</pubmed></ref><ref name=Saunders2018><pubmed>30096299</pubmed></ref><ref name=Vernes2011><pubmed>21765815</pubmed></ref><ref name=Campbell2009><pubmed>18972576</pubmed></ref><ref name=Lai2003><pubmed>12876151</pubmed></ref><ref name=Teramitsu2004 /><ref name=Haesler2007><pubmed>18052609</pubmed></ref>(Takahashi et al., 2003; 2008; Fong et al., 2018; Saunders et al., 2018; Vernes et al., 2011; Campbell et al., 2009; Lai et al., 2003; Teramitsu et al., 2004; Haesler et al., 2004)。[[淡蒼球]]では、''FOXP1''(およびそのオーソログ)の発現は無く、''FOXP2''(およびそのオーソログ)の発現レベルは低い<ref name=Ferland2003 /><ref name=Lai2003 /><ref name=Teramitsu2004 />(Ferland et al., 2003; Lai et al., 2003; Teramitsu et al., 2004)。齧歯類''Foxp4''の発現は発達期に限定しているが、ゼブラフィンチでは成体期まで''FoxP4''の発現は維持される<ref name=Mendoza2015 />(Mendoza et al., 2015)。


===その他の脳領域===
===その他の脳領域===
 [[視床]]や小脳、[[嗅球]]などにおいてもFOXP1/2/4(およびそれらのオーソログ)の発現は確認されている。発現している領域や動物種によって、FOXP1/2/4(およびそれらのオーソログ)の発現は発達期だけの場合もあれば、成体期まで継続する場合がある<ref name=Co2021><pubmed>31999079</pubmed></ref><ref name=Ferland2003 /><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Lai2003 /><ref name=Teramitsu2004 /><ref name=Fujita2012><pubmed>21935935</pubmed></ref><ref name=Tam2011><pubmed>20951773</pubmed></ref><ref name=Haesler2004><pubmed>15056696</pubmed></ref><ref name=Campbell2009><pubmed>18972576</pubmed></ref><ref name=Morikawa2009><pubmed>19463901</pubmed></ref><ref name=Morikawa2009b><pubmed>19797899</pubmed></ref>(Co, 2021; Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2008; Lai et al., 2003; Teramitsu et al., 2004; Fujita & Sugihara, 2012; Tam et al., 2011; Haesler et al., 2004; Campbell et al., 2009; Morikawa, Hisaoka et al., 2009; Morikawa, Komori et al., 2009)。
 [[視床]]や小脳、[[嗅球]]などにおいても''Foxp1''/''2''/''4''(およびそれらのオーソログ)の発現は確認されている。発現している領域や動物種によって、''Foxp1''/''2''/''4''(およびそれらのオーソログ)の発現は発達期だけの場合もあれば、成体期まで継続する場合がある<ref name=Co2021><pubmed>31999079</pubmed></ref><ref name=Ferland2003 /><ref name=Takahashi2008 /><ref name=Lai2003 /><ref name=Teramitsu2004 /><ref name=Fujita2012><pubmed>21935935</pubmed></ref><ref name=Tam2011><pubmed>20951773</pubmed></ref><ref name=Haesler2004><pubmed>15056696</pubmed></ref><ref name=Campbell2009><pubmed>18972576</pubmed></ref><ref name=Morikawa2009><pubmed>19463901</pubmed></ref><ref name=Morikawa2009b><pubmed>19797899</pubmed></ref>(Co, 2021; Ferland et al., 2003; Takahashi et al., 2008; Lai et al., 2003; Teramitsu et al., 2004; Fujita & Sugihara, 2012; Tam et al., 2011; Haesler et al., 2004; Campbell et al., 2009; Morikawa, Hisaoka et al., 2009; Morikawa, Komori et al., 2009)。


==機能==
==機能==
===転写制御===
===転写制御===
 FOXP2/Foxp2タンパクは転写制御因子として、標的遺伝子の転写調節領域に結合し、転写抑制の制御を行う<ref name=Li2004><pubmed> 14701752 </pubmed></ref><ref name=Shu2001 />。FOXP2/Foxp2がどのような遺伝子の発現を制御しているかについて網羅的な解析がなされ、そのうちのいくつか([[アポリポタンパク質D]] ([[APOD]])、[[コレシストキニン]] ([[CCK]])、[[コレシストキニンA受容体]] ([[CCK-AR]])、[[サイクリンD2]]、([[CCND2]])、[[CD5]]、[[DISC1]]、[[ドーパミンD2受容体]] ([[DRD2]])、[[GABA受容体#GABAB.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|GABA<sub>B</sub>受容体]] ([[GABBR1]])、[[メタロチオネイン2A]] ([[MT2A]])、神経型[[一酸化窒素合成酵素]] ([[NOS1]])、[[paired-like homeobox 2b]] ([[PMX2B]])、[[トリプトファン-2,3-ジオキシゲナーゼ]] ([[TDO2]])、[[TIMELESS]]、[[Wnt1|WNT1]]、[[Znフィンガータンパク質74]] ([[ZNF74]]))は言語発達との関連があると言われている<ref><pubmed> 17999357 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17999362 </pubmed></ref>。逆に、Foxp2自身を制御する上流因子もしくは相互作用する因子の候補として、脳の発生発達に重要な[[PAX6|Pax6]]が挙げられる<ref><pubmed>21617155 </pubmed></ref>。
 FOXP2/Foxp2タンパク質は転写制御因子として、標的遺伝子の転写調節領域に結合し、転写抑制の制御を行う<ref name=Li2004><pubmed> 14701752 </pubmed></ref><ref name=Shu2001 />。FOXP2/Foxp2がどのような遺伝子の発現を制御しているかについて網羅的な解析がなされ、そのうちのいくつか([[アポリポタンパク質D]] ([[APOD]])、[[コレシストキニン]] ([[CCK]])、[[コレシストキニンA受容体]] ([[CCK-AR]])、[[サイクリンD2]]、([[CCND2]])、[[CD5]]、[[DISC1]]、[[ドーパミンD2受容体]] ([[DRD2]])、[[GABA受容体#GABAB.E5.8F.97.E5.AE.B9.E4.BD.93|GABA<sub>B</sub>受容体]] ([[GABBR1]])、[[メタロチオネイン2A]] ([[MT2A]])、神経型[[一酸化窒素合成酵素]] ([[NOS1]])、[[paired-like homeobox 2b]] ([[PMX2B]])、[[トリプトファン-2,3-ジオキシゲナーゼ]] ([[TDO2]])、[[TIMELESS]]、[[Wnt1|WNT1]]、[[Znフィンガータンパク質74]] ([[ZNF74]]))は言語発達との関連があると言われている<ref><pubmed> 17999357 </pubmed></ref><ref><pubmed> 17999362 </pubmed></ref>。逆に、Foxp2自身を制御する上流因子もしくは相互作用する因子の候補として、脳の発生発達に重要な[[PAX6|Pax6]]が挙げられる<ref><pubmed>21617155 </pubmed></ref>。


 転写制御因子であるFOXP2の①発現を制御する分子群、②FOXP2と相互作用することで機能する分子群、および③FOXP2によって発現が制御される分子群が次々に明らかにされてきている。これらの分子によって構成される「FOXP2の分子ネットワーク」を解明することが、FOXP2がどのようにして神経系の発達に寄与するのかといった手がかりとなり、究極的にはヒトの言語・発話機能の獲得がどのようにしてなされるのか、その解明へとつながることが期待される<ref name=denHoed2021><pubmed>34260143</pubmed></ref>
 転写制御因子であるFOXP2の①発現を制御する分子群、②FOXP2と相互作用することで機能する分子群、および③FOXP2によって発現が制御される分子群が次々に明らかにされてきている。これらの分子によって構成される「FOXP2の分子ネットワーク」を解明することが、FOXP2がどのようにして神経系の発達に寄与するのかといった手がかりとなり、究極的にはヒトの言語・発話機能の獲得がどのようにしてなされるのか、その解明へとつながることが期待される<ref name=denHoed2021><pubmed>34260143</pubmed></ref>
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===言語機能との関わり===
===言語機能との関わり===
====遺伝子変異====
====遺伝子変異====
 KE家の遺伝子変異はFOXP2配列の553番目のアミノ酸が[[アルギニン]]から[[ヒスチジン]]に変わっており(R553H)、この遺伝子変異はKE家の中でも障害を抱えるメンバーのみに起こり、障害を抱えないKE家のメンバーは健常者と同様に遺伝子変異は見られなかった<ref name=French2007><pubmed>17619227</pubmed></ref>[18]。FOXP2において、この553番目のアルギニンはFOXP2がDNAに結合するための主要な構成要素である。553番目のアルギニンがヒスチジンに置換されると、FOXP2タンパク質とDNAとの結合は阻害されることが示唆されている<ref><pubmed> 8332212 </pubmed></ref>[9]。一方、C.S.氏の遺伝子変異はKE家の遺伝子変異とは異なり、FOXP2遺伝子上にて転座が生じたためにDNA結合領域が壊されている<ref name=Lai2001 />[4]。
 KE家の遺伝子変異はFOXP2配列の553番目のアミノ酸が[[アルギニン]]から[[ヒスチジン]]に変わっており(R553H)、この遺伝子変異はKE家の中でも障害を抱えるメンバーのみに起こり、障害を抱えないKE家のメンバーは健常者と同様に遺伝子変異は見られなかった<ref name=French2007><pubmed>17619227</pubmed></ref>[18]。FOXP2において、この553番目のアルギニンはFOXP2がDNAに結合するための主要な構成要素である。553番目のアルギニンがヒスチジンに置換されると、FOXP2タンパク質とDNAとの結合は阻害されることが示唆されている<ref><pubmed> 8332212 </pubmed></ref>[9]。一方、C.S.氏の遺伝子変異はKE家の遺伝子変異とは異なり、''FOXP2''遺伝子上にて転座が生じたためにDNA結合領域が壊されている<ref name=Lai2001 />[4]。


 Foxp2タンパク質の生体における機能を知るため、発生工学的に遺伝子機能を欠損させたノックアウトマウスや<ref name=French2007 />[18]、KE家に見られる遺伝子変異に対応した変異(R552H)に置換したノックインマウス[20][21]が作製された<ref name=Fujita2008><pubmed>18287060</pubmed></ref><ref name=Groszer2008><pubmed>18328704</pubmed></ref>。''Foxp2''のノックアウトマウスでは小脳の縮小が見られた<ref name=Clark1993><pubmed>8332212</pubmed></ref>[18]。同様に''Foxp2''の変異ノックインホモ接合マウス(R552H/R552H)でも小脳の縮小、小脳[[プルキンエ細胞]]数の減少、さらにプルキンエ細胞の[[樹状突起]]が存在する分子層において、[[シナプス前部]]の分子マーカーである[[シナプトフィジン]]の発現量も減少していた<ref name=Fujita2008 />[20]。またホモ接合ノックインマウスは新生仔が発する[[超音波]]による鳴き声([[ultrasonic vocalization]], [[USV]])の減少という表現型が得られた<ref name=Fujita2008 />[20]。一方、ヘテロ接合ノックインマウスR552H/+では、形態的に小脳は正常なマウスとほとんど変わらなかったが、行動学的には、全般的な運動機能の障害や、線条体と小脳の神経回路における[[シナプス可塑性]]の異常、ホモ接合ノックインマウスに比べて軽度なUSVの異常が見られた<ref name=Fujita2008 /><ref name=Groszer2008 />[20][21]。
 Foxp2タンパク質の生体における機能を知るため、発生工学的に遺伝子機能を欠損させたノックアウトマウスや<ref name=French2007 />[18]、KE家に見られる遺伝子変異に対応した変異(R552H)に置換したノックインマウス[20][21]が作製された<ref name=Fujita2008><pubmed>18287060</pubmed></ref><ref name=Groszer2008><pubmed>18328704</pubmed></ref>。''Foxp2''のノックアウトマウスでは小脳の縮小が見られた<ref name=Clark1993><pubmed>8332212</pubmed></ref>[18]。同様に''Foxp2''の変異ノックインホモ接合マウス(R552H/R552H)でも小脳の縮小、小脳[[プルキンエ細胞]]数の減少、さらにプルキンエ細胞の[[樹状突起]]が存在する分子層において、[[シナプス前部]]の分子マーカーである[[シナプトフィジン]]の発現量も減少していた<ref name=Fujita2008 />[20]。またホモ接合ノックインマウスは新生仔が発する[[超音波]]による鳴き声([[ultrasonic vocalization]], [[USV]])の減少という表現型が得られた<ref name=Fujita2008 />[20]。一方、ヘテロ接合ノックインマウスR552H/+では、形態的に小脳は正常なマウスとほとんど変わらなかったが、行動学的には、全般的な運動機能の障害や、線条体と小脳の神経回路における[[シナプス可塑性]]の異常、ホモ接合ノックインマウスに比べて軽度なUSVの異常が見られた<ref name=Fujita2008 /><ref name=Groszer2008 />[20][21]。
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==進化==
==進化==
 ヒトのFOXP2タンパク質と、他の[[霊長類]]や哺乳類のFoxp2タンパク質とを比較した結果、FOXP2は最も保存されたタンパク質5%の中に含まれることが明らかにされた<ref name=Enard2002><pubmed> 12192408 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21690130 </pubmed></ref><ref name=Zhang2002><pubmed> 12524352 </pubmed></ref>。またFOXP2のアミノ酸配列は人種間に差異がほとんど見られないことから、現代人においてFOXP2配列は保存されていると考えられる<ref name=Enard2002 /><ref name=Zhang2002 />。ヒトとマウスの種が分かれたのは7000万年前と言われており、FOXP2遺伝子には多くの塩基置換が蓄積されてきたが、FOXP2タンパク質のアミノ酸配列に変化があったのは3箇所だけであり、変化のあった3箇所のうち2つがヒト特有で、[[チンパンジー]]や[[オランウータン]]、[[ゴリラ]]には見られなかった<ref name=Enard2002 /><ref name=Zhang2002 />。ヒト特有のFOXP2の変化が起きたのはチンパンジーと分かれた400~600万年前と推定されている。
 ヒトのFOXP2タンパク質と、他の[[霊長類]]や哺乳類のFoxp2タンパク質とを比較した結果、FOXP2は最も保存されたタンパク質5%の中に含まれることが明らかにされた<ref name=Enard2002><pubmed> 12192408 </pubmed></ref><ref><pubmed> 21690130 </pubmed></ref><ref name=Zhang2002><pubmed> 12524352 </pubmed></ref>。またFOXP2のアミノ酸配列は人種間に差異がほとんど見られないことから、現代人においてFOXP2配列は保存されていると考えられる<ref name=Enard2002 /><ref name=Zhang2002 />。ヒトとマウスの種が分かれたのは7000万年前と言われており、''FOXP2''遺伝子には多くの塩基置換が蓄積されてきたが、FOXP2タンパク質のアミノ酸配列に変化があったのは3箇所だけであり、変化のあった3箇所のうち2つがヒト特有で、[[チンパンジー]]や[[オランウータン]]、[[ゴリラ]]には見られなかった<ref name=Enard2002 /><ref name=Zhang2002 />。ヒト特有のFOXP2の変化が起きたのはチンパンジーと分かれた400~600万年前と推定されている。


 FOXP2のアミノ酸置換をもとに予測されるのは、ヒト特有のアミノ酸置換がFOXP2の機能を変えたであろうということである。例えば325番目のアスパラギンからセリンへの置換は[[リン酸]]化の部位を付与し、[[転写抑制因子]]としての機能に影響を与えた可能性がある。しかしながら、ヒト特有のアミノ酸置換が現代人の言語・発話機能に与えた影響については未だ明らかにされていない。また、[[非コード領域]]における遺伝子変異が、どのようにFoxp2の発現領域を変えたかについても、まだ未知となっている<ref name=Enard2002 /><ref name=Zhang2002 />。
 FOXP2のアミノ酸置換をもとに予測されるのは、ヒト特有のアミノ酸置換がFOXP2の機能を変えたであろうということである。例えば325番目のアスパラギンからセリンへの置換は[[リン酸]]化の部位を付与し、[[転写抑制因子]]としての機能に影響を与えた可能性がある。しかしながら、ヒト特有のアミノ酸置換が現代人の言語・発話機能に与えた影響については未だ明らかにされていない。また、[[非コード領域]]における遺伝子変異が、どのようにFoxp2の発現領域を変えたかについても、まだ未知となっている<ref name=Enard2002 /><ref name=Zhang2002 />。