「MPTP」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
1,754 バイト追加 、 2017年1月9日 (月)
編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
(4人の利用者による、間の11版が非表示)
1行目: 1行目:
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/atsushinambu 南部 篤]</font><br>
''自然科学研究機構 生理学研究所''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年2月4日 原稿完成日:2015年5月2日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0141446/ 漆谷 真](滋賀医科大学 医学部 神経内科)<br>
</div>
{{chembox
{{chembox
| verifiedrevid = 464192606
| verifiedrevid = 464192606
48行目: 55行目:
}}
}}


[[Image:MPTP Fig1.jpg|thumb|90px|'''図1.MPTP''']]
IUPAC名:1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine <br>


化学式:1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine <br>
{{box|text=
 
 MPTPとは、[[ドーパミン]]作動性ニューロンを変性脱落させる神経毒。実験動物に投与し、[[パーキンソン病]]モデルを作成するために用いられる。
 MPTP(図1)とは、[[ドーパミン]]作動性ニューロンを変性脱落させる神経毒。実験動物に投与し、[[パーキンソン病]]モデルを作成するために用いられる。
}}


==発見の経緯==
==発見の経緯==
[[Image:MPTP Fig2.jpg|thumb|300px|'''図2.MPTPの代謝''']]  
[[Image:MPTP Fig2.jpg|thumb|240px|'''図 MPTPの代謝''']]  


 疾患モデルを作成するため、長年、パーキンソン病を発症させる[[神経毒]]の探索が続いていたが、良い候補は見つかっていなかった。しかし、以下のような皮肉な事件によりMPTPが「発見」されることになった。
 疾患モデルを作成するため、長年、パーキンソン病を発症させる[[神経毒]]の探索が続いていたが、良い候補は見つかっていなかった。しかし、以下のような皮肉な事件によりMPTPが「発見」されることになった。


 [[麻薬]]常習者の大学院生が、合成[[ヘロイン]]であるMPPP (1-methyl-4-phenyl-propionoxy-piperidine)を自宅の実験室で合成し、自分で注射していたところ、1976年、重篤なパーキンソン病を発症した。ある時から、合成段階でいくつかの手抜きをしたため、副生成物質が混入したためと思われる。症状は典型的なパーキンソン病で、[[L-ドーパ]]が著効を示した。その後、麻薬過剰摂取で死亡したため剖検したところ、[[黒質細胞]]脱落、[[レビー小体]]陽性など病理的にもパーキンソン病であった。しかし原因物質を特定するまでには至らず、この報告は注目されなかった<ref><pubmed> 298352</pubmed></ref>。
 [[麻薬]]常習者の大学院生が、合成[[ヘロイン]]である[[wikipedia: Desmethylprodine|1-methyl-4-phenyl-propionoxy-piperidine]] (MPPP)を自宅の実験室で合成し、自分で注射していたところ、1976年、重篤なパーキンソン病を発症した。ある時から、合成段階でいくつかの手抜きをしたため、副生成物質が混入したためと思われる。症状は典型的なパーキンソン病で、[[L-ドーパ]]が著効を示した。その後、麻薬過剰摂取で死亡したため剖検したところ、[[黒質細胞]]脱落、[[レビー小体]]陽性など病理的にもパーキンソン病であった。しかし原因物質を特定するまでには至らず、この報告は注目されなかった<ref><pubmed> 298352</pubmed></ref>。


 その後、1982年、北カリフォルニアで4人の若い麻薬常習者が、新しい合成ヘロインを入手し連用したところ、重度の無動を示すパーキンソン病を発症した。この合成ヘロインを分析したところMPTPが発見され、これを実験動物(サル)に投与したところ、パーキンソン病様症状を呈したため、MPTPが原因物質として確定した<ref><pubmed>6823561</pubmed></ref><ref> '''J William Langston, Jon Palfreman'''<br>The Case of the Frozen Addicts 309 pp. <br>''New York, Pantheon,'' 1996</ref>。<br>
 その後、1982年、北カリフォルニアで4人の若い麻薬常習者が、新しい合成ヘロインを入手し連用したところ、重度の無動を示すパーキンソン病を発症した。この合成ヘロインを分析したところMPTPが発見され、これを実験動物([[wikipedia:ja:サル|サル]])に投与したところ、パーキンソン病様症状を呈したため、MPTPが原因物質として確定した<ref><pubmed>6823561</pubmed></ref><ref> '''J William Langston, Jon Palfreman'''<br>The Case of the Frozen Addicts 309 pp. <br>''New York, Pantheon,'' 1996</ref>。  


==作用機序==
==作用機序==
 MPTPが脳内に入ると、[[グリア]]内で[[モノアミン酸化酵素]]B(MAO-B)によって酸化されMPP<sup>+</sup>になり、これがドーパミン作動性ニューロンに取り込まれ、[[ミトコンドリア]]の代謝を阻害するため、細胞が変性すると考えられる(図2)。
 MPTPが脳内に入ると、[[アストロサイト]]や[[ミクログリア]]内で[[モノアミン酸化酵素]]B ([[MAO-B]])により酸化されMPP<sup>+</sup>となり、これが細胞外に放出された後、ドーパミン作動性ニューロンに取り込まれる。MPP<sup>+</sup>は[[ミトコンドリア]]内に取り込まれ、電子伝達系のcomplex Iを強力に阻害するため、エネルギー産生能の低下によって細胞が変性すると考えられている(図)。ドーパミン細胞の選択的障害については、MPP<sup>+</sup>がニューロメラニンと結合して毒性機構が増強するためと考えられている<ref name=ref4><pubmed>3091760</pubmed></ref>。


==意義==
==意義==
 このMPTPの「発見」により、ドーパミン作動性ニューロンが変性・脱落するメカニズムの解明が進んだ。また、主に[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]にMPTPを投与しパーキンソン病モデルを作成することにより、パーキンソン病の病態の解明<ref name=ref4><pubmed>1695404</pubmed></ref>、[[定位脳手術]]や[[脳深部刺激療法]](DBS)などの治療法の開発<ref><pubmed>2402638</pubmed></ref>などにつながった。さらには、パーキンソン病の原因として、内在性・外来性のMPTP類似物質、例えば[[wikipedia:ja:除草剤|除草剤]]などによる原因説も復興した。
 このMPTPの「発見」により、ドーパミン作動性ニューロンが変性・脱落するメカニズムの解明が進んだ。また、主に[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]にMPTPを投与しパーキンソン病モデルを作成することにより、パーキンソン病の病態の解明<ref name=ref4><pubmed>1695404</pubmed></ref>、[[定位脳手術]]や[[脳深部刺激療法]](DBS)などの治療法の開発<ref><pubmed>2402638</pubmed></ref>などにつながった。さらには、パーキンソン病の原因として、内在性・外来性のMPTP類似物質、例えば[[wikipedia:ja:除草剤|除草剤]]などによる原因説も復興した。
 またMPTPによるパーキンソンモデルサルは[[ES細胞]]の移植治療研究に用いられ、症状の改善を認められ[[iPS細胞]]を加えた移植治療の優れた前臨床研究モデルとして注目されている<ref><pubmed>23370347</pubmed></ref>。


==毒性==
==毒性==
 ヒトを含む霊長類は感受性が高く、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]は低く、[[wikipedia:ja:マウス|マウス]]、[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]は、その中間の感受性を示す。MPTPが揮発性・脂溶性であることから、[[wikipedia:ja:皮膚|皮膚]]、[[wikipedia:ja:呼吸器|呼吸器]]などから吸収され易く[[血液脳関門]]も通過し易い、さらに動物に投与した場合、一部、代謝されないまま排泄されるなど、取り扱いに注意を要する<br><ref><pubmed> 11238711</pubmed></ref>。
 ヒトを含む霊長類は感受性が高く、[[ラット]]は低く、[[マウス]]、[[ネコ]]は、その中間の感受性を示す。ラットでは、[[血液脳関門]]にMAO-Bが豊富に発現しているため、同部位でMPP<sup>+</sup>が産生されるが、MPP<sup>+</sup>は陰性荷電をしており血液脳関門を通過しにくいため、MPTPに感受性が低いと考えられている<ref><pubmed> 3495000 </pubmed></ref>。
 
 MPTPが揮発性・脂溶性であることから、[[wikipedia:ja:皮膚|皮膚]]、[[wikipedia:ja:呼吸器|呼吸器]]などから吸収され易く血液脳関門も通過し易い、さらに動物に投与した場合、一部、代謝されないまま排泄される。このため取り扱い時には使い捨て手袋を着用し、[[wj:ドラフトチャンバー|ドラフトチャンバー]]内で操作すること、使用後や残分のMPTPは1%[[wj:次亜塩素酸|次亜塩素酸]]で不活性化させる([[wj:オートクレーブ|オートクレーブ]]は揮発するため不可)など、取り扱いに注意を要する<ref><pubmed> 11238711</pubmed></ref>。


==関連語==
==関連語==
*[[大脳基底核]]<br>
*[[大脳基底核]]
*[[パーキンソン病]]<br>
*[[パーキンソン病]]


==外部リンク==
==外部リンク==
[http://www.youtube.com/watch?v=QJIMC9d9l2o BBC Horizon Awakening the Frozen Addicts (1993)]
*[http://www.youtube.com/watch?v=TwCk_dqCg0k BBC Horizon Awakening the Frozen Addicts (1993)]
*[http://www.ors.od.nih.gov/sr/dohs/Documents/Procedures_for_Working_with_MPTP_or_MPTP_Treated_Animals.pdf 米国NIHのMPTPおよびMPTP投与動物の取り扱い指針]


==参考文献 ==
==参考文献 ==
<references/>
<references/>
(執筆者:南部篤 担当編集委員:伊佐正)

案内メニュー