TAG-1

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増田 知之
筑波大学 医学医療系
DOI:10.14931/bsd.6825 原稿受付日:2016年2月1日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)

英語名:TAG-1(transiently expressed axonal surface glycoprotein-1)

同義語:SNAP、コンタクチン2(Contactin 2)、TAX-1(ヒト、human TAG-1/axonin-1の略)、アキソニン-1(ニワトリ、axonin-1)、SC2(ニワトリ)

現在作成中

(註)TAG-1という名称は、厳密にはげっ歯類における分子名であるが、実際には、ヒトやニワトリのホモログに対しても使用することが多い。最近、統一名称として「コンタクチン2」が用いられるようになってきたが、この名称はまだ馴染みが薄く、単独ではあまり使われていない。本稿では新名称を用いず、ヒトとニワトリの記述ではそれぞれのホモログ名であるTAX-1とアキソニン-1を使用し、どの動物種を用いた研究成果であるか、一目で判るように工夫した。

背景・歴史的推移

 ラット胎仔脳を抗原として得られたモノクローナル抗体4D7の認識する分子として見出され、SNAP(stage-specific neurite-associated proteins)と呼ばれた(Yamamoto 1986 [1])。

 その後、その抗原分子はラット胎仔の脳・脊髄を用いて同定され、新たにTAG-1(transiently expressed axonal surface glycoprotein-1)と名付けられた(Dodd 1988 [2])。さらにラットでcDNAが単離され、遺伝子配列も明らかとなった(Furley 1990 [3])。

 上記とは独立した系で、アキソニン-1がニワトリで同定された(Zuellig 1992 [4])。その後、アキソニン-1は、ラットのTAG-1およびヒトのTAX-1のニワトリホモログであることが明らかとなった(Hasler 1993 [5])。

 遺伝子名は、現在、ホモログも含め、以下のような統一名称(CNTN2、Cntn2)となっている。

CNTN2 contactin 2 Homo sapiens (human): Gene ID: 6900
Cntn2 contactin 2 Rattus norvegicus (Norway rat): Gene ID: 25356
Cntn2 contactin 2 Mus musculus (house mouse): Gene ID: 21367
CNTN2 contactin 2 Gallus gallus (chicken): Gene ID: 419825

分子構造とサブファミリー

thumb|350px|図1.
Cell Migration & Adhesion 3:1, p64 Fig.1の改変につき、編集部に作り直し依頼
thumb|350px|図2.
Protein Science 16, p2178 Fig.4 著作権の問題有り。編集部に作り直し依頼

一次構造(ドメイン構造)=

 アミノ酸残基数は、ヒト・ラット・マウスで 1040 aa、ニワトリ で1036 aaであり、分子量約135 kDaの糖タンパク質である。

 神経系に発現する免疫グロブリンスーパーファミリー(IgSF)分子群のグループⅡ(細胞外領域に複数の免疫グロブリン様ドメインと、複数のフィブロネクチンⅢ様ドメインを持つ群)に属する。

 さらにこのグループⅡは、いくつかのサブグループに分けられ、TAG-1はコンタクチン・サブグループに属している。コンタクチン・サブグループは6個の分子で構成され、コンタクチン1~6という新しい名称で呼ばれている。TAG-1の新名称はコンタクチン2である。

 TAG-1も含めたコンタクチン・サブグループの6個の分子は,いずれも細胞外領域に6個の免疫グロブリン様ドメインと4個のフィブロネクチンⅢ様ドメインを持ち、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)によって膜に結合し、細胞膜表面に存在する(図1)。なお、TAG-1には分泌型も存在し、ラット胎仔脳から大量の可溶性TAG-1が検出されている(Furley 1990 [3])。

立体構造

 アキソニン-1(http://pdbj.org/mine/summary/1cs6)のN末端(Freigang 2000 [6])とTAX-1 (http://pdbj.org/mine/summary/2om5)のN末端で(Mörtl 2007 [7])、その結晶構造が調べられている。

 細胞間の相互作用におけるTAG-1の状態は、以下の3種類に分けられると考えられている(図2)(Mörtl 2007 [7])。

  • ジッパーモード。2番目と3番目の免疫グロブリン様ドメインに、相互作用する箇所を持つ(図2A)。
  • 4分子モード。トランス・シス複合体の最小単位(図2B)。
  • 多重分子モード。Bを一般化したモデル(図2C)。

発現様式

 Allen Brain Atlas(http://www.brain-map.org/)で、胎生期および生後発達期のマウス脳(矢状断)におけるin situ hybridization染色像が公開されている。

E11.5 http://developingmouse.brain-map.org/experiment/show/100047095
E13.5 http://developingmouse.brain-map.org/experiment/show/100047275
E15.5 http://developingmouse.brain-map.org/experiment/show/100047281
E18.5 http://developingmouse.brain-map.org/experiment/show/100071425
P4 http://developingmouse.brain-map.org/experiment/show/100072210
P14 http://developingmouse.brain-map.org/experiment/show/100045206
P28 http://developingmouse.brain-map.org/experiment/show/100045216
P56 http://mouse.brain-map.org/experiment/show?id=73497519

胎生期・生後発達期の神経系での発現

 特定の神経細胞に発現する。特に伸長中の軸索表面に一過性に発現する例が多く、胎生期の脊髄運動ニューロンや脊髄交連性介在ニューロンの軸索表面に一過性に発現する(Yamamoto 1986 [1])。胎生期のげっ歯類の神経系では、脊髄神経節細胞(DRG)の細胞体と軸索、外側嗅索、前交連、脳梁、小脳分子層などに発現がみられる(Yamamoto 1986 [1]、Wolfer 1994 [8])。また、生後発達期の小脳では、外顆粒細胞層内側の小脳顆粒細胞に一過性に発現がみられる(Furley 1990 [3])。さらに、アキソニン-1は、ニワトリ胚の網膜視蓋投射系にも発現している(Morino 1996 [9]、Rager 1996 [10])。

成体の神経系での発現

 げっ歯類の成体脳で、小脳顆粒細胞、嗅球僧帽細胞、海馬CA1CA3錐体細胞に発現している(Yoshihara 1995 [11]、Wolfer 1998 [12])。また、中枢・末梢神経系の有髄神経線維に存在する傍パラノードにも発現がみられる(Traka 2002 [13])。

生理機能

thumb|350px|図3.
The Anatomical Record 261, p179 Fig.2の改変につき、編集部に作り直し依頼
thumb|350px|図4.
Nature Reviews Neuroscience 4, p970 Fig.2の改変につき、編集部に作り直し依頼

結合タンパク質

 TAG-1同士(Felsenfeld 1994 [14])、アキソニン-1同士(Rader 1993 [15]、Kunz 1998 [16])のホモフィリックな結合が知られている。また、TAX-1とIgSF分子L1の結合(Pablou 2002 [17])、およびアキソニン-1とNgCAM(L1のニワトリホモログ)との結合(Kuhn 1991 [18]、Buchstaller 1996 [19]、Kunz 1998 [16])が報告されている。さらに、TAX-1がIgSF分子F3(コンタクチン1)およびNrCAMと結合することや(Pablou 2002 [17])、アキソニン-1がNrCAMと結合すること(Suter 1995 [20]、Fitzli 2000 [21])もわかっている。

 その他に、アキソニン-1は、IgSF分子のNCAM、コンドロイチン硫酸プロテオグリカンのニューロカン・フォスファカン、細胞外マトリックスの構成タンパク質であるテネイシンCとも結合することが知られている(Milev 1996 [22])。また、TAG-1/TAX-1はアミロイド前駆体タンパク質(APP)とも結合する(Ma 2008 [23])。

胎生期の神経系における機能

 脊髄の交連性介在ニューロンの軸索は、脊髄底板より分泌されるネトリン-1やソニックヘッジホッグといった軸索誘引因子に誘導され、脊髄の腹側正中部にある底板に向かい、その後、底板を通過して対側へと投射する(Nawabi 2011 [24])。

 げっ歯類の胎仔では、Mbh1タンパク質が、脊髄背側細胞でのTAG-1遺伝子の発現を間接的に誘導し、その結果、この細胞は交連性ニューロンに分化する(Saba 2003 [25])。その後、このニューロンの軸索は、底板に向かう際、その表面にTAG-1を強く発現する。ところが、底板を越えるとTAG-1の発現は無くなり、代わりにL1が発現するようになる(図3)(Dodd 1988 [2])。

 ニワトリ胚の脊髄交連性ニューロンの軸索は、底板通過後も変わらずアキソニン-1とNgCAMを発現しており、その発現様式はげっ歯類とやや異なっている(図3)。アキソニン-1は交連性ニューロン軸索の神経束形成とガイダンスに関与しているが、伸長には関与していない(Stoeckli 1995 [26]、Fitzli 2000 [21])。また、交連性ニューロンの軸索が底板を通過するためには、この軸索表面のアキソニン-1と底板細胞表面のNrCAMとの相互作用が必要である(図3)(Stoeckli 1997 [27]、Lustig 1999 [28]、Fitzli 2000 [21])。  

 胎生期のDRG軸索の表面に発現するTAG-1/アキソニン-1は、DRG軸索の伸長(Furley 1990 [3]、Stoeckli 1991 [29])、線維束形成(Stoeckli 1991 [29]、Masuda 2000 [30])、ガイダンス(Masuda 2000 [30]、Perrin 2001 [31]、Masuda 2003 [32]、2004 [33]、Law 2008 [34])のいずれにも関与することが知られている。

 DRG軸索の伸長は、基質上のTAG-1と軸索上のTAG-1のホモフィリックな結合によってではなく、L1/NgCAM、β1インテグリンとTAG-1のヘテロフィリックな結合によってもたらされる(Kuhn 1991 [18]、Rader 1993 [15]、Felsenfeld 1994 [14])。

 脊髄内侵入後のDRG軸索(求心性線維)のガイダンスには、軸索表面に発現するアキソニン-1と、脊髄に発現する他のIgSF分子(NgCAM、NrCAM、F11)との接触を介した相互作用が必要である(Perrin 2001 [31])。一方、DRG軸索表面のTAG-1/アキソニン-1は、脊索や脊髄腹側部から出る拡散性の軸索ガイド因子の受容に関与する(Masuda 2000 [30]、2003 [32]、2004 [33]、Law 2008 [34])。さらに、軸索反発因子セマフォリン3Aの受容体複合体(L1/ニューロピリン-1)のエンドサイトーシスを制御することで、TAG-1はセマフォリン3Aに対するDRG軸索の反応性も調節している(Law 2008 [34]、Dang 2012 [35])。

 胎生期のマウス大脳皮質では、成熟したニューロンの軸索(パイオニア軸索)と未熟なニューロンとの間の相互作用を仲介しており、未熟なニューロンの軸索形成に重要な役割を果たしている(Namba 2014 [36])。

 TAG-1は、さまざまな神経細胞の移動にも重要な役割を果たしている。胎生期のマウス大脳皮質では、神経幹細胞は細長い形態をとっているが、TAG-1を欠失させるとその形態は短くなり、核の移動ができなくなる(Okamoto 2013 [37])。その結果として、大脳皮質の層形成に異常が生じることが報告されている(Okamoto 2013 [37])。また、TAG-1欠損マウス胎仔を用いた解析から、マウス胎仔の延髄尾側部では、表層移動する細胞がTAG-1欠損で移動中に細胞死を起こし、外側網様核が小さくなることが明らかとなった(Denaxa 2005 [38])。一方で、基底核原基から大脳皮質に移動する抑制性神経細胞の移動には、TAG-1は関与していないことが示されている(Denaxa 2005 [38])。

 胎生期のマウス小脳では、TAG-1は小脳顆粒細胞の前駆細胞表面に発現しており、同細胞の未熟な分化を妨げる働きをしている(Xenaki 2011 [39])。さらに、アキソニン-1は、ニワトリ小脳顆粒細胞の平行線維のガイダンスに必要であるが、伸長には必要ないことが示されている(Baeriswyl 2008 [40])。

成体での神経系における機能

 TAG-1は軸索とミエリンの両方に発現しており、傍パラノードの軸索側では、Caspr2とシス結合してヘテロダイマーとなり、ミエリン側のTAG-1とともに複合体を形成している(図4)(Poliak 1999 [41]、Traka 2002 [13]、Poliak 2003 [42]、Traka 2003 [43])。この複合体は傍パラノードでのK+チャンネルの集積に必要であり(Poliak 2003 [42]、Traka 2003 [43])、TAG-1は有髄神経線維の形成と維持に重要な役割を担っている。なお、傍パラノード以外に、シナプスでもTAG-1はCaspr2と共局在している(Bakkaloglu 2008 [44])。 

 アミロイド前駆体タンパク質APP と相互作用することで,マウスの神経新生を抑制することが知られている(Ma 2008 [23])。

シグナル伝達系=

 膜貫通領域を持たないTAG-1であるが、いくつかの細胞内シグナル伝達系との関連が明らかとなっている。胎生期のマウス大脳皮質ニューロンを用いた解析から、TAG-1はSrcファミリーのLynを介して、ニューロンの極性化を制御していることがわかっている(Namba 2014 [36])。同じく胎生期のラット小脳顆粒細胞でも、TAG-1のシグナルはLynを介して細胞内に伝達していることがわかっている(Kasahara 2000 [45])。

 一方で、胎生期のニワトリDRGでは、アキソニン-1のシグナルは、SrcファミリーのFynを介して細胞内に伝達するとの報告もある(Kunz 1996 [46])。

遺伝子変異

遺伝子改変マウス

  • 2001年に発表されたTAG-1欠損マウス(C57BL/6)
     日本の研究グループが作製したマウスで、TAG-1遺伝子の第2〜5エクソンを欠失させている(Fukamauchi 2001 [47])。野生型と比較して、外観および脳組織の構築に大きな異常はみられなかったが、海馬においてアデノシン受容体が増加しており、けいれん発作を起こしやすいなど、神経系に機能的な異常がみられた(Fukamauchi 2001 [47])。
     また、坐骨神経線維において、K+チャネルおよびCaspr2の発現量が減少しており、行動実験の結果から記憶と学習に障害があることが判明した(Savvaki 2008 [48])。さらに、網膜神経節細胞の軸索では、ミエリンの形成不全もみられている(Chatzopoulou 2008 [49])。加えて、嗅球においては僧帽細胞が減少しており、嗅覚行動に異常がみられることが明らかとなった(Bastakis 2015 [50])。
  • 2003年に発表されたTAG-1欠損マウス(C57BL/6J)
     英国の研究グループが作製したマウスで、TAG-1遺伝子の第2〜6エクソンを欠失させている(Poliak 2003 [42])。メンデルの法則通りの頻度で産まれ、見た目は野生型と変わらない。中枢神経系の組織解析では、日本のグループのマウス同様、形態的な異常はみられなかった(Poliak 2003 [42])。野生型と比較して、代謝機能が低いとの報告がある(Buchner 2012 [51])。

遺伝子変異と神経疾患

 TAX-1は第1染色体(1q32)にマッピングされている(Kenwrick 1993 [52])。

 末梢神経の自己免疫疾患である慢性炎症性脱髄性多発ニューロパシー(CIDP)患者の遺伝子を用いたSNP 解析から、TAX-1遺伝子がCIDPの難治性・治療抵抗性に影響を与える遺伝子であることが判明した(Iijima 2009 [53]、2011 [54])。

 中枢神経の自己免疫疾患である多発性硬化症の患者において、TAX-1は自己抗体の標的タンパク質の1つであることが明らかとなった(Derfuss 2009 [55])。また、皮質性振戦・てんかんの原因遺伝子との報告もある(Stogmann 2013 [56])。

関連項目

参考文献