パーソナリティ障害

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林 直樹
帝京大学医学部精神神経科学教室
DOI:10.14931/bsd.7206 原稿受付日:2016年6月20日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:加藤 忠史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

 パーソナリティ障害は、「(パーソナリティ特性に近いと言いうる)持続的で広範囲に及ぶ非適応的な認知・行動パターン」などと定義される精神障害である。基本的な特徴としては、一般人口との間にその特徴に連続性がある(連続的に移行するものである)こと、他の精神障害との診断合併がごく多いこと、比較的持続的であるけれども、変化(改善)可能性が十分あることなどが挙げられる。生物学的研究が広い範囲で行われており、多くの新しい知見がもたらされている。また、治療でも認知行動療法を中心として多くの治療法が開発されている。今後、パーソナリティ障害についての研究や治療の活動をわが国で定着させる努力が必要である。

はじめに

 パーソナリティ障害の概念は、近年、大きく変化してきており、今後も変貌することが見込まれている。それゆえ、本項目では、その概念の歴史を概説した後に、その概念の現状を示す。さらにここでは、パーソナリティ障害の定義や診断、基本的特徴、病因論や病態論、治療の現状について記すこととする。 

パーソナリティ障害概念についての歴史的概観

 ここでは、パーソナリティ障害概念の歴史を、1980年に刊行された米国精神医学会(American Psychiatric Association (APA))の診断基準第1版(Diagnostic and statistical manual of mental disorders, 3rd edition (DSM-III)) [1]を区切りとして概説する。

DSM-III以前

 精神医学の教科書の幾つかでは、Pinel, P. (1801)の妄想なき狂気(manie sans délire)や理性的狂気(la folie raisonnante)がパーソナリティ障害概念の濫觴だとされている。それは、例えば「妄想を伴わずに周期的に起る、患者がなお理性の力で行動を抑えられる怒りの発作(理性的狂気)」に見られるように、病的行動の背後に幻覚・妄想や気分症状がないことを特徴とする精神障害であった。その弟子であるEsquirol, J.É.などによるモノマニー(monomanie)についての議論では、殺人モノマニー、窃盗モノマニーといった特定の衝動に支配された行動を示す症例が記述されている。

 19世紀後半におけるドイツで中間者概念として包括される諸議論もパーソナリティ障害を捉えたものと考えられる。その代表的提唱者であるKoch, J.L.A.は、彼のいう精神病質低格(psychopathische Minderwertigkeit)(1888)を「精神的な異常を持ってはいるが、もっとも不良な場合でも精神病と見ることはできず、もっとも軽い場合でも正常とは考えられない」精神状態と定義した。このような見方は、Kraepelin, E.などの論じる精神病質概念に引き継がれた。

 パーソナリティ障害の病態が初めて独自の精神病理として積極的に(~ではないという否定文によってでなく)定義されたのは、Schneider, K.の精神病質論[2]であった。この業績のためにSchneiderは、多くの教科書で、現代に通じるパーソナリティ障害概念を最初に規定した精神科医とされている。彼はまず、その上位概念となる異常パーソナリティ(abnorme Persönlichkeit)を平均的なパーソナリティからの変異として規定し、さらに精神病質パーソナリティを異常パーソナリティの一部として「そのパーソナリティの異常さのゆえに自らが悩む(leiden)か、または、社会が苦しむ(を苦しませる(stören))異常」であると定義した。

 パーソナリティ障害はその後、世界保健機構(World Health Organization (WHO))の国際疾病分類第6版(The international classification of diseases, 6th revision (ICD-6))(1948)や、APAのDSM-I (1952)以降、当時広く使われていたパーソナリティ障害のタイプを包括する診断として取り上げられるようになった。

DSM-IIIの変革とその後

 DSM-III[1]は、パーソナリティ障害の概念や診断の枠組みが現在の形となる重要な契機となった。そこで行われた改革の中で特に重要なのは、Millon, Tの理論に基づくタイプ分類の採用と、その診断における多神論的記述的症候論モデル(Polythetic descriptive syndromal model)の導入である。

Millonの理論に基づくタイプ分類

 DSM-IIIのパーソナリティ障害のタイプは、Millonの作成した臨床多軸目録から理論的に導かれたものとして規定されている。この理論では、2種の行動パターン(能動・受動)と4種の対人関係(依存・独立・両価・分離)の組み合わせで8 (2×4)種のタイプが規定されている。例えば依存性パーソナリティ障害は受動・依存によって特徴づけられるタイプとされる。また、回避性パーソナリティ障害は、従来規定されていなかったのであるが、能動・分離を特徴とするものとして新たに作成されたタイプであった。従来の診断基準(例えばICD-93 (1978))では、パーソナリティ障害がそこに属する臨床でよく使われているタイプを集めて構成されていたのに対して、ここでは、一つの理論で包括されるものとして捉えられている点に大きな進歩が認められる。

多神論的記述的症候論モデルの導入

 多神論的記述的症候論モデルとは、患者にパーソナリティ障害タイプの診断基準項目が定められた数以上当てはまるなら、そのタイプが診断されるという診断方法である。この操作的診断手法の最大の利点は、診断の信頼性を高めることができる点にある。従来、WHOのICD-9までで行われていた患者の全体的な特徴から直観的にパーソナリティ障害タイプを診断するカテゴリカルモデルによる診断法は、信頼性が低いという重大な問題があった。この多神論的記述的症候論モデルは、その問題を一部解消することに成功した。

ディメンジョナルモデルの提唱

 元々パーソナリティ心理学では、因子分析などの統計学的方法を使って信頼性の高いパーソナリティ傾向のディメンジョナルな評価が確立されていた。他方、パーソナリティ障害の診断では、DSM-IIIの多神論的記述的症候論モデルが導入されても、まだ信頼性が他の精神障害のレベルに達しないなどの問題点が残されていた。それは、当時ICD-10 (1992) [4]やDSM-III-R (1987)で採用されていたカテゴリカルモデルによる診断が原因だと主張されていた。そこで、DSM-IV[5] (1994)では、これへの対策として、Widigerら(1996)の見解に基づいて、DSMの新版でのディメンジョナルモデルの導入が提唱された。その後、Costa, P.T. & McCrae, R.R.の主要5因子モデル(Five Factor Model(1990))から発展した5次元モデルや、Trull, T.J.ら(2007)による4次元モデルなどの診断モデルの検討が進められた。

現在のパーソナリティ障害の概念・定義

従来の考え方を踏襲する立場

 DSM-56におけるパーソナリティ障害は、「社会的状況に対する個人の柔軟性を欠く広範な反応パターンであり、…個々の文化における平均的な個人の感じ方、考え方、他者との関わり方から、極端に相違し偏っており、… しばしばさまざまな程度の主観的苦痛や社会的機能の障害を伴っている」ものと定義されている。これは、従来のICD-10,DSM-IVの定義を踏襲するものである。

 さらに、ICD-10 の研究用診断基準(DCR) (1993)やDSM-5の第二部「診断基準とコード」では、全般的診断基準などとして、パーソナリティ障害の基本的特徴の記述が加えられている。

 その要点は、

  • パーソナリティ障害の偏った内的体験および行動の持続的パターンは、(1)認知、(2)感情、(3)対人関係機能、(4)衝動コントロールの4領域の内2つ以上に表れている(ICD-10 DCRの基準G1、DSM-5の基準A)
  • そのパターンには、柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている(ICD-10 DCRの基準G2、DSM-5の基準B)
  • そのパターンは、長期間安定して持続しており、その始まりは遅くとも青年期もしくは成人期早期までさかのぼる(ICD-10 DCRの基準G4、DSM-5の基準D)、などである。

 パーソナリティ障害の診断は、患者がこれらの特徴にすべて該当するときに考慮されることとされている。

 さらに、DSM-5の第2部におけるパーソナリティ障害タイプの診断は、該当する診断基準項目の数が規定数(域値)以上であるかどうかによって検討される。

 診断基準の例として境界性パーソナリティ障害を示そう。その診断基準の項目は、(1) 見捨てられ体験を避ける努力、(2) 不安定な対人関係、(3) 同一性障害、(4) 2種以上の衝動的行動 (但し(5)を含まず)、(5) 自殺の脅かし、自殺未遂または自傷行為の繰り返し、(6) 著明な感情的不安定さ、(7) 慢性的な空虚感、退屈、(8) 不適切で激しい怒り、(9) ストレスに関連した妄想的念慮もしくは重症の解離症状であり、その5つ以上が当てはまるならそれが診断されることになる。

 他のパーソナリティ障害タイプの診断でも、7~9項目の診断基準が準備され、それぞれに定められた3~5の域値以上の診断基準項目が該当するなら、そのタイプの診断を考慮するという手続きが進められる。