脆弱X症候群

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英:fragile X syndrome

 脆弱X症候群はX連鎖性遺伝形式をとる、知的障害、自閉傾向、特有の顔貌などを示す疾患である。X染色体上のFMR1遺伝子の5’非翻訳領域のCGGリピートの伸長(201リピート以上)により引き起こされる。遺伝性の知的障害では、最も研究の進んでいる疾患の一つで、病態、診断、治療などの研究が盛んに行われている。家系内には同じ伸長リピート、あるいは201リピートよりも短い伸長リピートを有する母などがいる。本疾患は、短い伸長リピートが減数分裂・体細胞分裂において複製される過程で伸長することにより、世代と共に発症し、さらには発症年齢が若年化したり症状が重篤化する(表現促進現象)。短い伸長リピートをもつ人では、50代以降で発症する神経変性疾患(fragile-X associated tremor and ataxia syndrome、FXTAS)や早期卵巣不全などの症状を呈する場合がある。これらの遺伝の特徴を踏まえた、遺伝カウンセリングや診療体制が必要となる。

脆弱X症候群とは

 脆弱X症候群は、1943年にMartinとBellによってX連鎖性を示す家族性の知的障害をきたす疾患として初めて報告された。1969年にLubsによってX染色体上の脆弱部位が明らかにされ、初期には葉酸欠乏培地を用いた染色体検査で、この部位の脆弱性を示すことにより診断が行われた。1991年にVerkerkらによって染色体Xq27.3に原因遺伝子FMR1(FMRP translational regulator 1)遺伝子が同定され、この遺伝子の5’端非翻訳領域に位置する3塩基(CGG)の繰り返し配列伸長が原因であることが分かった[1][2]

 欧米では脆弱X症候群は知的障害の代表的疾患として知られており、知的障害患者では広く遺伝学的検査が実施されている。また、知的障害の病態解明も進んでおり、治療法の開発が行われている。本疾患は代を経るごとにCGG繰り返し配列が伸長することにより発症し、家系内には、別の症状を呈する家系員(脆弱X症候群関連疾患)がいることもある。そのために、遺伝カウンセリングの面も十分に考慮した診断体制、診療体制が必要となる。

症状

 知的障害や自閉症状の他に、長い顔、大耳介、大きな精巣などの症状が知られている[3] 。しかし、これらの特徴は他疾患でもみられ、脆弱X症候群症例であっても目立たない場合もあることから、臨床症状のみから脆弱X症候群を必ずしも鑑別に挙げることはできない。また、女性が全変異を有する場合、多くの場合知的障害はないか、あるいは知的障害を有していても軽度のことが多いが、知的障害の程度が強い症例も少数ながら報告されている[1]。このように女性でも知的障害の原因となることがあるため、性別を問わず、原因不明の知的障害を有する症例では、脆弱X症候群を鑑別疾患として挙げる必要がある。

疫学

 FMR1遺伝子のCGG繰り返し配列数伸長について、一般人口での調査が各国で行われているが、その頻度は報告によりばらつきがある。2014年に報告された各国の情報をもとにしたメタ解析の報告によれば、脆弱X症候群(全変異)の出現頻度は男性では7,143人、女性では11,111人に1人とされている[4] 。これまでの調査からFMR1遺伝子のCGGリピート数伸長の頻度には人種差があり、アジアよりも欧米でやや多いと考えられている。日本国内で実施した調査(平成21~23年度難治性疾患克服研究事業)では、男性10,000人に1人の頻度と推定される[1]。これは、知的障害が人口の2.5%とすると、知的障害をもつ男性では250人に1人の頻度で、これは日本での検討結果[5]ともほぼ一致する。

遺伝

 原因遺伝子であるFMR1遺伝子の5’非翻訳領域(エクソン1内)にあるCGG繰り返し配列の繰り返し回数は、正常では6から44回、intermediate(中間型)では45から54回、premutation(前変異)では55回から200回、full mutation(全変異)では201回以上を呈し、脆弱X症候群症例は全変異である(図)。現時点では、正常範囲の回数の親から、こどものCGG繰り返し回数が全変異にまで伸長することはないとされ、中間型の回数を有する親からこどもが前変異の回数に、前変異の回数を有する親からこどもが全変異の回数への伸長が生じうると考えられている(表現促進現象)。そのためFMR1遺伝子の解析で全変異が見つかった場合には、母が前変異あるいは全変異を有している。一方、父が前変異を有する場合にも伸長することがあるが、こどもが全変異となる程は伸長しないとされている[1]</ref>。

 なお、FMR1遺伝子のCGG繰り返し配列中には所々AGG配列があり、このAGG配列の出現頻度が少ない場合に、CGGリピートが伸長しやすいことが知られている[6][7] 。ただし、AGG配列出現頻度によるこどもの繰り返し回数の伸長予測方法としての臨床応用はまだされていない。

 中間型の繰り返し回数を有する者に、明らかな臨床症状が出現したとの報告はない。米国での報告では、中間型の繰り返し回数が、次世代で前変異の繰り返し回数になる確率は約14%で[8] 、次世代へ引き継ぐ際に繰り返し回数が伸長しない場合もあるが、伸長するときには、早ければ次々世代(本人にとって孫の世代)で全変異となり、脆弱X症候群の症状を呈する可能性がある。なお、欧米では中間型の繰り返し回数を有する女性の頻度は53人に1人との報告がある[9]

病態生理

 FMR1遺伝子のCGG繰り返し配列が201回以上の全変異の場合に、伸長したCGG繰り返し回数と近傍のFMR1遺伝子プロモーター領域のCpGアイランドが、過剰なメチル化修飾を受ける。そのためFMR1遺伝子の発現が抑制され、コードするタンパク質であるFMRPを産生できないことが脆弱X症候群の病態生理の中核である。FMRPはユビキタスに発現しているが、脳と精巣で比較的強く発現するRNA結合タンパク質である[1]</ref> 。

 FMRPは核内mRNAに結合するが、神経細胞では核内のみならず、シナプス樹状突起や樹状突起棘の局所的mRNAと複合体を形成している。この局所的mRNAの翻訳調節は、代謝型グルタミン酸受容体(mGluR5)からのシグナルが引き金になっており、リン酸化されたFMRPのみがタンパク翻訳に抑制的に働く。mGluR5が刺激されるとFMRPが急速に脱リン酸化され、シナプスの局所的なmRNAの急激な増加を引き起こし、タンパク翻訳を活性化させる[10] 。この調節機構にはmTORカスケードが必要であり、最終的にはS6キナーゼがFMRPをリン酸化している。

 FMRPは標的mRNAの翻訳を抑制することにより、シナプス機能を維持しているため、脆弱X症候群でFMRPが欠損することでこの機能が失われると、シナプス可塑性に変化をもたらし、知的障害などの症状を呈すると考えられている。シナプスの活動状況によってシナプスの伝達効率が変化するシナプス可塑性は記憶や学習に重要な役割を担っており、シナプス伝達効率が増加する長期増強現象(LTP)やこの伝達効率が低下する長期抑制現象((LTD)などの生理的な現象と密接な関係がある。実際にヒト脆弱X症候群患者やノックアウトマウスモデルにおいても、シナプス樹状突起棘(スパイン)に異常(数が多い、異常に長く曲がった形)があり、未熟であることが明らかにされており、脆弱X症候群では海馬と小脳のLTDが増強され、大脳や海馬ではLTPに変化を起こすことなど、可塑性の異常が報告されている[1]</ref>[11]

検査

 脆弱X症候群の診断には遺伝学的検査が必須であり、染色体検査、サザンブロット法、PCR法などの方法がある。染色体検査ではX染色体長腕末端の脆弱部位を検出するが、CGG繰り返し配列が伸長していても陽性にならない場合がある。また、サザンブロット法はCGGリピートの繰り返し回数だけでなく、伸長したリピートに特有のメチル化の状態も同時に検出できるため、脆弱X症候群の診断としては確実性が高い。しかし、前変異の場合には、は同定が困難となる場合がある。

 繰り返し回数の最も簡便な評価方法がPCR法であるが、ターゲットがCGG繰り返し配列というGC含量が極めて高い塩基配列の増幅であるため、脆弱X症候群の遺伝学的検査の標準法として安定した結果を得るためには様々な試行錯誤が必要であった。しかし、近年のPCR法の改良を経て、現在では正常範囲から全変異まで、すべての長さの繰り返し回数を正確に検出する方法が開発されている[12] 。国内では2017年から登録衛生検査所において、この方法を用いた検査が保険診療として実施可能となっている。

 診断における留意点として、未診断の知的障害症例においては、次世代シークエンサーを用いた網羅的な遺伝子解析が診断率に大きく貢献しているが、現在主流を占めているショートリードを用いた次世代シークエンサー技術では、脆弱X症候群の原因となるCGG繰り返し配列伸長の同定はできない。同様に染色体検査やマイクロアレイ検査でもリピートの長さは評価できないため、現時点では脆弱X症候群の遺伝学的検査は、PCR法あるいはサザンブロット法で実施する必要がある。


脆弱X症候群関連疾患

 FMR1遺伝子の前変異を有する場合、脆弱X症候群関連疾患である脆弱X随伴振戦/失調症候群(FXTAS:Fragile X-associated tremor/ataxia syndrome)や脆弱X関連早期卵巣不全(FXPOI: Fragile X-associated primary ovarian insufficiency)の症状を呈することがある。国内での頻度は不明だが、海外では前変異をもつ人のうち男性で46%、女性では17%で脆弱X随伴振戦/失調症候群の症状を呈し、女性の15〜20%に脆弱X関連早期卵巣不全がみられたことが報告されている[13] 。脆弱X随伴振戦/失調症候群は典型的には50歳以降に出現する進行性の振戦、小脳失調、末梢神経障害、非典型的パーキンソニズム、認知症を特徴とする。検査所見として、頭部MRIでのmiddle cerebellar pedunclesの高信号(MCP兆候)が有用とされているが[14] 、FMR1遺伝子のCGG繰り返し回数が前変異の範囲であることを確認する必要がある。一方、脆弱X関連早期卵巣不全は不規則な月経、FSH上昇、妊孕性の低下、早発閉経を来す。

治療

 脆弱X症候群は知的障害、自閉症状をきたす単一遺伝子疾患であり、これらの症状に対する治療研究対象疾患として、現時点で確立した治療はないものの、現在も海外では盛んに治療研究が行われている。様々な薬剤の臨床研究の進行については、各ウェブサイトで調べることができる[1]</ref>。ここでは、現在も治験が行われている主な候補薬剤を解説する。

代謝型グルタミン酸受容体拮抗薬

 神経細胞における局所的mRNAの翻訳調節は、代謝型グルタミン酸受容体5型(mGluR5)からのシグナルが引き金になっており、リン酸化されたFMRPのみがタンパク質翻訳に抑制的に働く。脆弱X症候群ではFMR1の発現が抑制され、FMRPが産生されないため、治療薬の候補としてmGluR5拮抗薬が以前から挙げられている[15]

GABA受容体調整薬

 GABA経路は抑制系の中枢神経経路で、イオンチャネル型のGABAA受容体と代謝型のGABAB受容体の2つの主な受容体のサブタイプがある。

 Fmr1ノックアウトマウスではGABAA受容体が減少していることが知られている[1]</ref>。一方、GABAB受容体はシナプス前にあり、GABA放出を調節している。脆弱X症候群のGABABの標的はGABAシステムの抑制機能の増強及び、mGluRの過剰な活動からの入力を減らすことで、GABAB受容体作動薬であるアーバクロフェン(バクロフェンのR−異性体)が候補薬として挙げられている。その他に、GABAA、GABAB両方に作用するアカンプロセートの臨床研究が行われている[16]

ミノサイクリン

 脆弱X症候群では、FMRPの欠如によりマトリックスメタロプロテアーゼ-9(MMP-9)活性が亢進する。この機序は、脆弱X症候群においてP13K-mTOR経路が活性化されることでeIF4Eのリン酸化が上昇する結果、MMP-9の翻訳レベルが上昇するためである。FMRPはMMP-9の活性亢進を抑制しているが、FMRPが欠損している場合には、MMP-9がmTORシグナル伝達系の経路の活性化を促し、このことが脆弱X症候群でのシナプス形態の変化、行動異常の病態の一つと考えられている[17] 。抗生物質として知られるミノサイクリンはMMP-9活性を低下させる働きを有し、候補薬として挙げられている[18][19]

選択的セロトニン再取り込み阻害薬

SSRIs

 以前から、セロトニンの機能障害と脆弱X症候群および自閉スペクトラム症との関連が知られている。月齢12から50か月の小児脆弱X症候群を対象に行われた少量のセルトラリンを用いた臨床研究では、非投与群に比べて特に言語発達において有意に効果が認められた[20] 。この結果を受けて、2歳から6歳を対象とした52人に対し、ランダム化2相性試験が行われた。この結果では、プラシーボ群に対し、粗大運動、視覚認知、認知機能で有意に効果がみられた[16]

ロバスタチン

 脆弱X症候群ではRAS-MAPK-ERK1/2経路の障害が関与していると考えられている。高脂血症の治療薬であるロバスタチンは、RAS-MAPK-ERK1/2活性を阻害することが分かっている。Fmr1ノックアウトマウスでの検討では、mGluR関連LTDの正常化、海馬ニューロンによるてんかん原生の阻害などロバスタチンの効果が確認された[21][22] 。平均年齢18歳(18±5歳)、15例の脆弱X症候群に対するロバスタチンの臨床研究が行われ、多動、無気力、社会性などに効果を認めた[23]

メトフォルミン

 メトフォルミンは2型糖尿病の治療薬として知られているが、2017年に脆弱X症候群モデルマウスでの効果が認められたとの報告がなされた[24] 。作用機序として、亢進したRAS-MAPK-ERK1/2経路およびMMP-9産生の阻害が考えられている。臨床試験の報告が翌年にはなされ、現在も臨床研究が行われている[25]

カナビジオール

 カナビジオールは神経疾患のみならず、炎症性疾患、自己免疫疾患などに対する効果が報告されている[15] 。現在では抗てんかん作用が最も知られており、Dravet症候群とLennox-Gastaut症候群による難治性てんかんに対する治療薬としてFDAの承認を得ている。カナビジオールジェルを用いた治療が、脆弱X症候群症例の不安障害やその他の行動異常に対する治療薬候補としても挙げられており、2018年の米国神経精神薬理学会(ACNP)でHeusslerらにより発表されたPhase2の結果を受けて、Phase3(NCT03614663)の臨床試験が行われたが、明らかな効果は示されなかった。

 上記の他にもビタミンCおよびEを用いた治療に関するもの、ミノサイクリンとロバスタチンを併用するものなど、様々な臨床研究が候補として挙げられている。

 その他、脆弱X症候群の病態においてCGGリピート伸長によるメチル化修飾が重要であることを上記病態生理に記した。Liuら[26] はこのメチル化を除去することにより、伸長したリピート数を保っていてもFMR1の発現が回復することを、脆弱X症候群のiPS神経細胞とCRISPER/Cas9を用いた実験で示している。

 このように現在脆弱X症候群の治療研究が非常に活発に行われており、将来的には、これらの成果が日本人脆弱X症候群症例に有益な治療となる可能性が充分にあり、未診断となっている症例の診断を推進し、これらの治療を受けることができる体制を構築することが必要である。このような背景から本邦では2015年に脆弱X症候群(206)ならびに脆弱X症候群関連疾患(205)が指定難病となり、2016年には遺伝学的検査が保険収載された。2017年にレジストリシステムが構築され、登録者数が少しずつ増えている状況である。

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