優位半球・劣位半球
伊藤 文人
京都大学 こころの未来研究センター
藤井 俊勝
東北福祉大学 感性福祉研究所 & 健康科学部
DOI:10.14931/bsd.531 原稿受付日:2012年7月18日 原稿完成日:2016年5月25日
担当編集委員:田中 啓治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名: dominant hemisphere・minor hemisphere
左右の大脳半球のうち、ある特定の機能に密接に関係している大脳半球を優位半球、そうでない大脳半球を劣位半球と呼ぶ。例えば、左大脳半球が言語機能に密接に関係している場合、左大脳半球が言語優位半球である。またこのように大脳半球間で、ある機能に果たす役割が異なっており、一方の大脳半球で優れていることを半球優位性と呼ぶ。
半球優位性の概念形成の歴史
高次脳機能のなかで半球優位性の現象が最初に知られたのは言語で、フランスの外科医であったPaul Brocaが発話の半球優位性に関する論文を出版し、言語の左半球優位性が確立されたとされる。それ以前にフランスの神経学者であったMarc Daxが発話の左半球優位性を提唱したとの見解もあるが、Brocaが科学的な客観的証拠を提示し、言語の左半球優位性を確立したとの見方が一般的である。
当初、左半球が言語以外の全ての機能に関しても優位であり、右半球は劣位半球であると考えられていた。その後、右半球損傷によって空間的知覚障害が生じることが報告され、空間認知機能における右半球の優位性が示唆された。
半球優位性の研究方法
1949年に和田淳によって開発されたIntracarotid Sodium Amobarbital Procedureは、言語機能の半球優位性の検討に非常に有用であったため、特にてんかん患者において世界的に行われてきた。欧米ではWada testと呼ばれることが多い。これは、内頸動脈に短時間の麻酔作用を持つアモバルビタールナトリウム (sodium amobarbital)を注入し、一側の大脳半球の機能を一過性に低下させた状態で言語機能を評価する方法である。
難治性てんかん患者において発作を防ぐため、まれに脳梁を離断することがある。これは脳梁離断術と呼ばれており、この脳梁離断術により脳梁が切断された状態を分離脳と呼ぶことがある。Roger Wolcott SperryとMichael Gazzanigaは、脳梁離断患者の研究により左右の大脳半球が異なる役割を果たしていることを明らかにし、Roger Wolcott Sperryは1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
近年では脳活動の測定技術の飛躍的な進歩により、ポジトロン断層法 (positron emission tomography: PET)や機能的磁気共鳴画像法 (functional magnetic resonance imaging: fMRI)といった神経機能画像法を用いて言語優位半球を同定する手法を用いることが多くなっている。よく用いられる方法として動詞生成課題が挙げられる。動詞生成課題では、撮像中に様々な単語を視覚的もしくは聴覚的に呈示し、それらの単語に関連する動詞を想起させる。その際の活動をコントロール課題 (一般的には非言語的な課題)の際の活動と比較することで、言語関連領域の活動を検出する。言語優位半球が左半球である場合、左下前頭回を含む言語関連領域の賦活が認められることが多い。一方で、言語優位半球が右半球である場合は、右下前頭回を含む言語関連領域の賦活が認められることがある。
いくつかの機能に関する半球優位性
言語
半球優位性が最も明確に確認されている機能は言語で、一側性皮質損傷後の失語症の出現率やWada testの結果から、右利き成人の95%程度は左半球優位であり、左利き成人では60~70%程度が左半球優位であるとされることが多い。この左半球優位性の説明として、左半球のBroca野が右半球の相同領域よりも大きいとする結果が報告されている一方で、差がないとする結果も報告されており現段階でコンセンサスが得られているとは言い難い[1]。最近では、右利きにおける左半球への言語機能の側性化の頻度が、家族に左利きがいるかどうかや右手をどれくらい頻繁に使用するかに影響されることが報告されている[2]。
利き手
利き手とは上肢の使いやすさに関わる現象で、日常必須の習慣的行為における一方の手の多用傾向を言う。経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation: TMS)を用いて正常な神経活動を局所的に機能ブロックした状態で左右の手の使用頻度について検討した研究は、左の後部頭頂皮質を刺激した場合に右手の使用頻度が減少する一方で、右の後部頭頂皮質を刺激しても影響がないことを報告している[3]。このことから、後部頭頂皮質はどちらの手を使用するか決定することに関わっていること、およびこの機能に非対称性の存在することが示唆されている。
行為
脳損傷後に失行症が認められることがある。失行症とは運動実現器官に異常がないのに、目的に沿って運動を遂行できない状態である。観念運動失行や観念失行は左半球損傷後に認められることが多いが、着衣失行や運動維持困難は右半球損傷後に多く認められる。これらの半球優位性は、それぞれの行為に伴う言語的観念および衣服と身体の空間関係の認識などの機能の半球優位に起因すると考えられる。
視空間認知
病巣と反対側の刺激に対して、発見して報告したり、反応したり、その方向を向いたりすることが障害される半側空間無視は、右半球損傷後に多く認められる。また、まれではあるが、左半球損傷後に半側空間無視が出現する場合もある。しかしながら、そのような場合、出現しても一過性で軽度であることが多い。このことからも、空間性注意には右半球の果たす役割が大きく、側性化が起こっていると考えられている。経頭蓋磁気刺激法を用いて視空間イメージの神経基盤について検討した研究も、左に比べ、右の頭頂葉重要な役割を果たしていうことを報告している[4]。最近では、左半球に比べ右半球において、白質線維の容積が大きいことや、右の後部頭頂皮質が脳梁を介して左の頭頂葉と運動野の連絡に抑制的に働いていることも明らかにされている [5] [6]。
顔認知
顔の認知には後頭葉や側頭葉が関わっていることが多くの研究から明らかにされている。また古くから相貌失認の研究などにより右半球の優位性が示唆されており、近年のfMRI研究や拡散テンソル画像(DTI)研究もこの見方を支持している[7] [8] [9]。マカクザルを対象としたfMRI研究は、前頭葉にも顔に選択的に反応する領域が存在することを明らかにし、更にこの前頭葉における顔選択的な領域が左半球よりも右半球に多く存在することも報告している[10]。
情動
情動は発話における抑揚などの音声学的特徴として現れることが多い(情動的プロソディー)。発話における情動的プロソディーの障害は、右半球損傷後に認められることが多い[11]。情動全般に関しても、Gainottiにより提唱された"right hemisphere hypothesis"を支持する結果が脳損傷患者を対象とした研究から比較的多く報告されている[12]。しかしながら、PETやfMRIといった脳機能画像法を用いた研究では、必ずしもこの見方がサポートされておらず[13]、情動的な刺激に対する扁桃体の賦活は右扁桃体よりも左扁桃体で多く認められるとする報告も存在する[14]。右半球は情動的な刺激に対する低次の処理に関与する一方で、左半球は右半球で処理された情報に基づくより高次の処理に関与しているとの見方もあり[15]、今後の更なる検討が待たれる。
関連項目
参考文献
- ↑
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